モンスターアパートの次の獲物なんて聞いてない

ちびまるフォイ

モンスターが求められる場所

「大家さんになりませんか? 大家さんになれば、家賃収入だけで楽して生活できますよ」


「本当ですか! やります!」


甘い言葉に載ったのが運のツキ。

用意されたのは人の心を食うモンスターアパートだった。


「グルルル……」


「う、うそだろ……アパートに目がある……!」


「ちょうど前任者が食われて空きが出ていたので助かりました。

 これからこのアパートにたくさん人を詰めて心を食わせていってください。

 もしも空き部屋が出たらあなたが食べられます」


「やっぱりやめます! こんなの聞いてない!!」


「そうですか……それは残念です。ではこちらで契約終了の手続きをしておきますね」


「よかった……」


しかし、数日後届いたのは契約完了の証明書だった。

話がちがうと殴り込みに行っても手紙の送信元は空き地。

手元に残ったのはモンスターアパートだけだった。


「ガオーー!」


「ひいい! 食べないで! すぐに入居者を探すから!!」


人の心を食べるモンスターアパートが空腹になって襲うのはまっさきに自分だろう。

物件雑誌に破格の入居料で掲載してもらうと、あっという間に人が集まった。


「すっごい安いアパートだと聞いたから覚悟してましたけど、思った以上にきれいですね」


「もちろんです。私はよりよい住居をたくさんの人に提供したいからこのお値段で頑張らせてもらってます」


「……いわくつきじゃないですよね? 誰かが死んだとか?」


「そんなわけないですよ。ほら検索してもこの一帯はなにも出てこない。

 それに警察からもらったこの事故記録も載ってない。ほらね? 大丈夫でしょう!?」


「たしかに……」


信じられないほど安い値段に最初は誰でも幽霊を疑っていたが、

必死のアピールでなんとかモンスターアパートであることは気づかれないまま空き部屋は埋まった。


「はあ、よかった……これでひと安心だ……」


モンスターアパートは入居者の心をじわじわ食らって満腹になったのか目を閉じて、見た目には普通のアパートに戻った。

安心したのもつかのま、入居者からすぐに契約更新の相談が寄せられた。


「大家さん、このアパートそろそろ離れたいんです。

 なんか過ごすだけで心が削られると言うか……気が滅入るんです」


「きっ……気のせいですよ。はは、ははは……」


「笑い事じゃないんです! 引っ越してから友達にも病み始めたと言われるし!」


「わかりました、契約は終了ということで手続きしておきます」


「お願いします!」


入居者の前では解約する風に答えたが、実際にはこっそり契約更新させた。

いつか自分がやられた手口を再現するとは思わなかった。


他の入居者からも同じように「アパートから出たい」と話が何度もあったが、

そのたびにすっとぼけたりはぐらかしたりしてごまかした。

それでも無理なときは解約する風を装っての契約更新を実行した。


「アパートに人がいなくなったら食われるのはこっちなんだ……! なんだってやってやる……!」


それから数日後のこと。

モンスターアパートが目を開け始めて空腹を訴えるうなり声を出し始めた。


「まさか……」


嫌な予感がしたのでアパートを見回っていると、どの部屋も人がいなくなっていた。


「ちくしょう! あいつら勝手に逃げやがった!!」


いくら書類で契約をしたところで人間の行動をしばることなどできない。

入居者たちは夜逃げのごとくアパートを離れてしまった。


「やばい……このままじゃモンスターアパートが……!」


空き部屋が続くのはまずい。自分の心が食われてしまう。

すぐに連絡がつく両親や兄弟、友達に連絡を取ってアパートに一時的に入居させた。


彼らの心を食べることでモンスターアパートはいったんはおとなしくなったが、これもいつまでもつかわからない。


「くそぉ……どこかにずっと入居してくれる人はいないか……」


アパートへの生贄を探しに町の至る場所で入居者を探し回った。

ある病院を訪れたとき「これだ」というひらめきがあった。


遺族や病院にうまい話を持ちかけると、生命維持装置に繋がれている人をモンスターアパートへと運び込んだ。


「病院よりもこのアパートの方が良い環境で療養できますよ!

 面会時間もないし、いつでも会い放題!

 他の部屋にも同じような人が住んでいるので、騒音もありません!」


「本当にこのわずかな入居料でいいんですか!?」


「もちろんです。私は多くの困っている人を助けたいだけですから」


「あなたは現代のマザー・テレサです! ありがとうございます!」


寝たきりの人たちを部屋に入れることで、モンスターアパートの空腹を抑えた。

言葉を発することもできず動くこともできないので、勝手にアパートから逃げられる心配もない。

心がいくら食われても誰も気づかない。


心が完全に尽きたときは生命維持装置を少しづつ解除して自然死に見せて追い出す。

病院からまた新しい生贄を補充すればよい。


「完璧だ! これでもうモンスターアパートに食われずに済む!!」


生贄サイクルが落ち着いてきたとき、最初にアパートを押し付けた男がやってきた。


「いやぁ素晴らしいですね」


「てめぇ! どの面下げてやってきたんだ! お前には言いたいことが山ほどある!!」


「おやおや。いいんですか、せっかくモンスターアパートの飼い主契約を切ろうというのに」


「なんだって?」


「以前に解約したいとおっしゃってたじゃないですか。それをお持ちしたんですよ」


「だって以前は勝手に……」


「ここまで安定してモンスターアパートを保ってくれたんですから。

 こちらとしてもそれなりの対応をしないとと思いまして」


「解約してくれ! 今すぐに!!」

「かしこまりました」


目の前でモンスターアパートとの解約手続きを行った。


「これでもう空き部屋ができたとしても、俺が食べられることはないんだよな?」


「ええ、そうです。モンスターアパートの飼い主ではなくなりましたから」


「よかった……これで自由だ!」


「私としてもあなたには感謝しているんですよ。

 なにかお礼がしたいのですが、何でもあなたののぞみを叶えてあげましょう」


「本当か!? そうだなぁ……」


頭の中にはさまざまな煩悩が駆け巡る。

それらの欲望の源に共通するのはすべて「カネ」だった。


「俺を社長にしてくれ! 大金持ちの社長生活にしてくれ!」


「大金持ち、ではダメなんですか?」


「使い切ったら豪遊できないだろ。それに社長っていう肩書にも憧れるし!」


「承知いたしました、かけあってみます」


男は電話でなんらかの裏取引を行った。

トントン拍子で自分に社長の席が明け渡された。


地球で最も太陽に近づいてるんじゃないかと思えるほどの高いビルの屋上で、

ふかふかの椅子に背中をあずけて葉巻をくゆらせた。


「ああ、これが社長かぁ……日がないちにちこうしているだけでお金がめっちゃ手に入る……最っ高……!」


すると、自分が顔だけで選んだ美人な秘書がやってきた。


「社長、本日のお仕事ですが……」


「はっはっは。仕事なんてないだろう? ここでハンコを押してるだけでいいって話だぞ」


「いいえ、社長には他にも大事な仕事があります」


「仕事?」


秘書は社長机の上に書類を並べた。


「こちら今月の退職希望者です」


「……これがなんだ?」


「社長、従業員が減ると会社としても売上が落ちてしまいます。

 ですが、仕事をしていると心や体が削られて会社を辞める人が出てきます」


「それはわかる。だがそれと何の関係があるんだ?」




「そんな退職希望者を言いくるめて会社に留めさせるのも、社長の仕事です」


どうやら俺のスキルが活かされる時が来た。

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