第2話 神の居ぬ間に


ここは『ちきゅう』と似て非なる星『チキュウ』。


主な設定は同じであるが、星の支配者となる『ヒト』について以下3点が異なる。


1. 年齢は100歳からスタートし、1年経つ度に減っていく。0になると死を迎える。

2. 性別が3年周期で入れ替わる。初期の性別はランダム。最後の1年は自分で好きな方を選べる。

3. 相手の感情が色によって表現され、視覚情報として認識できる。



紹介が遅れたが、私は神の使いとしてこの星に住む者だ。


神様に成果を報告する為。ここでの生活をこうして記録に残している。


「おはようビー。よく眠れた?」

「ばっちりだよママ」


寝起きの私にハグをして、キッチンへと戻っていく女性。


今のは私の母・・ということになっているヒトだ。

私がこの世界に存在していてもおかしくないように、神様がいろいろと調整してくれたらしい。


彼女のことを思うと少し胸が痛いが、神様が決めたことだから仕方がない。

神様の言うことは絶対なのだ。


話が少し脱線したが、今の私の年齢は90歳。

と言っても分かりづらいだろうから、『ちきゅう』の換算に慣れている人は100から引いてくれ。


この星に派遣されて10年が経ったが、真っ先に浮かぶ感想は『平和』だ。


変更したヒトの性質のおかげかは定かでないが、戦争は勿論、喧嘩などの騒ぎも見たことがない。


「ビー!朝ごはんできたわよ」

「はーい。今行く」


部屋の外からミートパイのいい匂いが漂ってくる。


ぐうぅ


私の腹の虫も鳴ったことだし、今日の記録はここまでとしよう。


まだ朝であるが、ここでの生活に溶け込むことも立派な業務の一つなのだ。


というわけだから、神様に告げ口をするような真似は謹んでもらいたい。


これは私との約束だ。



部屋に飾られたカレンダーを見て、私は絶望を感じていた。


「遂にこの日が来てしまったか・・・」


赤い丸印が付けられた日付と、机の上のデジタル時計に表示された日付が一致している。


そう、今日は私の誕生日。

つまり性が変わる日なのだ。


今日で私は70歳。『ちきゅう』でいうところの30歳だ。


現在の性別は女。

初期が男であり、今は5回目の女だ。


もうすぐ男に戻るわけだが、突然アレが生えてくる感覚は、何度経験しても慣れない。


この日だけは、私を派遣した神様のことを、少しだけ恨めしく思うのだった。


「もうそろそろだな・・・」


私の思いとは裏腹に。

時計の針は1秒、また1秒と進んでいく。


性の変換は自分が産まれた時刻に合わせて行われる。

私の場合は午前の10時23分であった。


「シー!いないのかい?」

「どうしたのビー?」


部屋の奥から、1人の女性が駆け寄ってくる。


「不安だから側にいてくれないか?」

「勿論だよ」


そう言うと、シーは私の手を握ってくれた。


彼女は私と婚姻関係にあるヒトだ。

現在の性別は女であるが、出会った時は男だった。


異性である時。男性同士である時。女性同士である時。

どの関係においても居心地の良さは変わらず、この人しかいないと感じて結婚を決めた。


私が恋愛をして良いのかと疑問に思う者もいるだろうが、神様が言うには問題ないらしい。


他の誰でもない神様が良いと言うのだから、それは正解なのだ。


「っ!」

「ビー。大丈夫かい?」

「・・・うん。平気」


約束の時間が訪れ、ひゅんという感じがしたかと思うと、私の股を強烈な違和感が襲った。


「シー。そろそろ子どもが欲しいね」

「そうだね。私が男になる前につくらなきゃ」


シーは私の提案を快く受け入れてくれた。


これ以上ない幸福感を抱いて、私はシーの手を握ったまま。

緊張の余韻と疲れからか、深い眠りについた。



この星に派遣されて50年の月日が流れた。


私とシーの関係は良好で、今日も街に一緒に出かけて買い物をしていた。


「ビー。あれ」


シーが、私と繋いでいるのとは逆の手で一方を指差す。

その方向に目を向けると、今にも泣きそうな表情で辺りを見渡す男の子がいた。


「どうしたの?」


シーと共に男の子の元へと向かい、目線を合わせるために屈んで声をかける。


「ママと逸れて・・・」


男の子の周りに、の靄がかかって見える。

水色が表す感情は『不安』だ。


「シー」

「わかってるよ。ビー」


私とシーは顔を見合わせ、気持ちが同じであることを確かめる。

シーの周りの靄は、いつ見ても優しいだ。


「もう大丈夫だよ。お兄さんたちがママを探してあげるからね」

「・・・ほんと?」

「ああ。私たちに任せて」


男の子の周りの靄が、少しだけ赤みを帯びた。


「君はママと2人で来たの?」

「ううん。ママは2人だよ」

「ママとママと君の3人だね」

「うん」


ママの情報を得た私とシーは、男の子を間に挟んで手を繋ぎ、3人並んで温かな雰囲気の街を歩き始めた。



「本当にありがとうございました!」

「いえいえ。無事でなによりですよ」

「ほらジーもお礼言って」

「おいちゃんとおいちゃん!ありがとう!」


頭を何度も下げる女性2人と、「ばいばい!」と手を振る男の子を見送る。


あれから『の靄がかかった女性2人組』という条件で聞き込みを行なったところ、さほど時間もかからずに、男の子の両親を見つけ出すことができた。


「ジー君可愛かったね」

「そうだね。昔のブイみたいだったね」


既に家を出てしまった実の子どものことを思い出し、懐かしい気持ちになる2人。

元気にやれているだろうか。充実した日々を送っているだろうか。


忙しい日常の中に、細やかな幸せがある人生を送って欲しいと、切に願う。


「そろそろ帰ろうか」

「そうだね」


シーの靄がからに変化していることに気づき、私は先ほどまで男の子と繋いでいた手を差し出した。


シーはその手をそっと取ると、静かに優しく微笑んだ。


夕日に照らされながら。

優しいオレンジ色に包まれた私とシーは、家に向けて歩きだした。



心地いいそよ風が街を吹き抜ける季節。

春らしい陽気に誘われて、数羽の蝶が華麗に舞う。


そんな爽やかな朝に、


ピーンポーン


私とシーが住む家のチャイムが鳴った。


「はーい」


気温に合わせた陽気な態度で、私は家の扉を開く。


「久しぶりだね。元気にしてた?」

「ブイ!よく来たね」

「ブイが帰ったのかい!?」


私の声に反応して、部屋の奥からシーもやってきた。


「その子は・・・よかった。産まれたんだね」


ブイの両手には、小さな赤ちゃんが抱えられていた。


赤ちゃんは私とシーの顔を見るなり、嬉しそうに表情を緩めた。


「出産に長旅に疲れただろう?ちょうどシチューをつくってたんだ。一緒に食べよう!」

「ありがとう。そうするよ」


ブイはシーの提案を受け入れ、部屋の奥へと進んでいく。


ブイの靄は、安心の『グリーン』。

シーの靄は、ご機嫌の『イエロー』。


それぞれ綺麗な色に包まれた背中を眺めながら、私も後に続く。


自分には見えないが、きっと私の靄も幸せな色をしていることだろう。


神様。

この星は今日も平和です。



100年間。


私がこの星に来て、いつの間にかそれだけの時が過ぎていた。


優しい両親の元に生まれ、シーと出会い、結ばれ、ブイが生まれ、それなりに幸せな日々を送ってきた。


それこそ、自分が神の使いであることを忘れるほどに。


『男と女』

両方を経験することで、異性に関する理解が深まった。


『感情の可視化』

他人の大まかな感情が判ることで、不用意に人を傷つけることが減った。

また、無意味な腹の探り合いなどをせずに済み、心に余裕ができた。


『タイムリミット』

100年という命の終わりがあることで、嫌にでも時間を大切にするようになった。


そして、今日は私の最愛のヒト。

シーの命日だ。


「私もうすぐ死ぬんだね」

「・・・怖いかい?」

「ううん。ビーがいるから平気だよ」


笑顔を見せるシーの周りは、いつもと同じオレンジ色だ。


「ビーと一緒になれてよかったよ」

「私もだよ」


シーは最後の性別として男を選択した。

私と初めて会った時に合わせたらしい。


「そろそろみたいだね。最後に一つだけ訊いてもいいかい?」

「勿論だよ。なんだい?」

「私に何か隠してないかい?」

「・・・・・」


私は思わず言葉に詰まった。

シーの靄に少しの青みがかかる。


「君はいつも幸せそうだったけど、時々とても苦しそうだった。私はそれが唯一の気がかりだったんだ」

「それは・・・」


心当たりはある。

でも、それを口にすることはできなかった。


「どうしても言えないんだね」

「・・・すまない」

「いいんだ。君のことだからきっと優しい理由なんだろ?」

「ああ、でもこれだけは言わせておくれ。私は君といれて幸せだったよ」

「そうか。私もだよ」


それから暫くして、シーは静かに息を引き取った。


「・・・あれ?」


気づくと私の両目から、自然と涙が溢れていた。


私はこの星の住民になりきれていたのだろうか。

ふとそんな疑問が脳裏をよぎる。


「私の任期ももうすぐか・・・」


結局、最後までシーに正体を明かすことはできなかった。

しかし、それは仕方がないことなのだ。


何故なら私に口止めしているのは、他の誰でもない神様なのだから。


この星も、所詮は神様の庭なのだから。

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