第24話 誰のために、何のために

 したたかに衝撃を受けたリヒトだったが、気絶するまでには至らなかった。倒れそうになる体を支え、痛みをこらえながら悶え暴れる男の腕を捻り上げ、押さえつける。そう時間を置かずに治安維持の衛兵隊がなだれ込み、男を捕えて連れていく。


「いてて……」


 一通りの動きが終わってようやく気を抜ける状態になったと認識したのか、リヒトはそんな事を言いながら壁を背に腰を下ろす。


「何をしてらっしゃいますの!?」


 その様子に真っ先に駆け寄ったのはダリアだった。顔色を無くし、リヒトが銃口を押さえていた手を確認するために引っ張り出させる。正直、ずたずたに引き裂かれた手の残骸を見る事を覚悟していたダリアだが、彼女の目に映ったのは、割としっかり原形を保ったリヒトの手だった。


「あ、あら……?」


 一瞬何が起こったのか判らない、と言うような表情でリヒトの顔と手を何度も見直す様は、ここ何時間かでリヒトが初めて見るダリアの表情でもあった。まぁ実際、手の骨は折れている可能性は一切否定できないのだが、回復魔法で治癒が出来る範囲だ。衛兵隊と一緒に駆け付けた治癒術の使い手が、リヒトの手を確認して即座に魔法で痛み止めと血止めを行い、必ず医者にかかる様にと念を押してきたので、決して軽い状態では無いのだろうが。


「……ほんとに!あなたは、何を考えているのですか!」

「何って、あの状況、自分は軍人ですし、銃口はダリアさん達の方を向いてましたし」

「だからって!軽々しく銃口の前に体を割り込ませる方が何処にいますの!?」

「これに関しては自分が軍人である以上……」


 眦に薄く涙を浮かべ、リヒトに怒鳴るダリアと、軍人として当然のことだと言い切るリヒト。命の心配をする言葉に、自分の命と守る相手の命を等価と思うなと考える、使命の為に命を捨てる事を厭わない言葉のすれ違い。


「なるほど、それがあなたがトゥエニィさんを他の名前で呼ばない理由、ですか?」


 ダリアを宥める事をデイジーに任せて、カトレアが正面からリヒトに尋ねる。そしてその言葉はそう間違っているものでもないので、リヒトは一つ頷いた。


「その意味も、想像ついているのでは?」

「……いつ様々な意味で居なくなるかも判らない男が、見眼麗しい少女に深入りするべきではない」


 カトレアがどこか無感情に呟いた「答え」に、リヒトは軽く頷く。

 リヒトはトゥエニィを助けたパイロット、彼女を守り、戦い、いつか彼女の前から消える。それがどんな形であれ。それでいい、それだけでいい。

 そして、そんな存在が、彼女に要らぬ瑕を付けるべきではない。彼女の新たな名前を呼ぶとして、それは彼女を選び、彼女が選ぶ誰かであるべきだ。そう考えるからこそ、リヒトは彼女を彼が呼ぶべき名前で呼ぶことができない。そして、リヒト自身は決してそこに存在する事はあり得ない。いうなれば、トゥエニィにとってリヒトは身を守るために適当に拾った盾であるべきだ。そう思うからこそ、彼は彼女を番号以外の名で呼べない。


「……それは、だめですわ」


 ダリアの、少しだけ思い悩んだような声がリヒトの思考を遮った。リヒトの傷ついた手をその両の手で包んで。


「あなたが私を、私たちを助けてくれたように、あなたは彼女を助けたのですわ……もっと危険な状況から、文字通り命を賭けて」

「ですがそれは……」

「状況に流されただけでもなんでも、そんな事されて、しかもその相手が歳の近い男の子で、意識しない女はそうそう居ないですわ」


 ダリアが、自らの感情を理解して制御しきる事ができず、自ら身を引く事で自身の感情から逃げ出そうとする若い騎士に続ける。


「あなたが、彼女を機兵の能力強化の為のパーツの一つ、とでも考えていない限り、既に答えは出ているはずですわ、それとも、あなたにとって、彼女はパーツの一つに過ぎないのかしら?」

「そんな事はないです!……ない、けれど……」

「いつ死ぬかわからねぇ、だったら死なないようにすりゃあいい、簡単だろ」


 デイジーがダリアにならんで言葉を続ける。最も、それが精神論に属するものでしかなく、問題の解決には何も寄与しない事は知っている。ついでに自分の言っている事は「当たる馬券を買い続ければ競馬で大儲けできる」「結果の出る研究に予算をつぎ込めば大きなリターンがある」という位に支離滅裂な事も。


「まぁそれは兎も角、そろそろ奇術のタネを教えてくださらないかしら?」


 多少なりとも雰囲気を変えようとしたのだろう、カトレアがリヒトが無事な理由を尋ねる。


「こいつですよ」


 それに応えながら、リヒトは左手を上げる。その手には風のルーンを縫い込まれた皮手袋をかぶせていた。


「それは確か……エアログローブ、と言ったかしら?」

「えぇ、訓練用に持ってきていたのですが、こいつで空気の塊を作って銃口に被せたんです」


 魔法で作り出した空気の塊を銃口に押し付け、空気の密度と気圧の差で弾丸の射出を妨害して暴発させた、いや理屈は判る。空気の密度を変えれば銃の弾丸程度はその圧に押されて速度が一気に落ち、そのまま軌道を大きく下に変更するだろう。密度が高ければ高いほど速度低下は激しく、初速が遅いものであれば下手をすれば弾丸を止められる事もあるかもしれない。


「なんというか、凄いですね」

「普通のならこんな悪戯みたいな手、通用しませんよ。明確に手製の粗悪な銃だからできた事です」


 筒の片方を埋め、簡単な激発機構を組み込んだだけの、いわいるパイプガンである事を見抜いたからこそ、多少の無茶をした。粗悪な作りの自殺用拳銃が相手とはいえ、衝撃は本物だ。だからこそ空気の壁を押し付けた左手はダメージを受けた。空気の壁は空気その物を揺らしてダメージを与えてくる衝撃に対する防御能力は皆無だ。

 結果として、リヒトは後程加療が必要な状態ではあるが全体の損耗としては許容範囲内に収まったと言える。軍人としての思考では。


 しかし、ごく普通の、守られた人間の側からすればどうだろうか。リヒトの思考に、アンドロイド達は一抹の不安をぬぐい切れずにいた。

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騎士と姫 ~迷子になった先で秘密結社の怪しい儀式と遭遇!?全裸の女の子を救出して現在逃走中。至急救援求む!~ 近衛真魚 @shittoreus

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