第19話 帝国貴族・暗黒騎士
悲鳴と、少女が転倒する音が響いた。
「何者だ!?」
当然のように聞きつけた侵入者が、ランタンを前に突き出して警戒しながら近づいてくる。
「っ……!」
「……なんだ?女、貴様どこからこんな場所に入った」
男が警戒しながらトゥエニィに近づく。その動きに隙は無い。目の前の女から目を離さぬまま、下げてある剣を抜き放つ。
「畏れ多くも帝国貴族プフィルズィヒ家が嫡男、アドルフが訪ねているのだぞ!答えぬか!!」
アドルフがイラついた声を隠そうともせず、トゥエニィの喉元に剣を突き付ける。
トゥエニィは動じた様子も見せない、ただじっとアドルフを見つめるだけだ。これにはアドルフの方が逆に少し気圧された様に視線を外す。行き場を失って流れた視線が、トゥエニィの僅かに乱れた胸元にたどり着く。
決して大きくはない、しかし女性を感じさせない訳ではない、胸。
剣先を少し下ろすと、アドルフは剣の切っ先を器用に動かし、トゥエニィの服の襟元を切り裂いた。剣先はそれだけにとどまらず、トゥエニィの上着を縦に裂く。
「あっ……」
胸元を隠そうとしたリディアの腕は、もう一人の、一見少女のようにも見える少年によって押さえられる。
「諦めた方が良いですよ。反応しないでいてやれば、直ぐに飽きますから」
腕を押さえられたリディアの元に、アドルフが無表情のまま近づく。半ば以上切り裂かれた上着の切れ込みを掴み力任せに引きちぎれば、上着は耐える事もできずに襤褸切れと化した。
「いや……」
「ふん、この作り、聖王国の民か……聖王国の雌豚が帝国貴族の情けを嫌がるとは、躾が必要だな」
「ここから女の子連れて戻るつもりですか?嫌がって暴れる、または強姦されたショックで放心状態でまともに動けないこの子をどうにかして連れて行くのは僕なんですけど?」
「……ヨハン、お前ちょっとは歯に衣着せてだな」
「いいからとっとと欲求満たしてください、強姦魔、半端に昂られたままお預けとかになったら後で被害を被るのは僕なんですから」
「なぁヨハン?やっぱりお前俺の事嫌いか?」
「好きですよ?マナローチの0.5歩前位には」
「それ相当嫌いだよな!?なんならスライムとかあの辺より下だよな!?」
「え?」
「……やめて、その「え?あなたまさか自分が人として誰かに好かれる様な要素持ってるとホントに思ってたんですか?」って表情で一言だけで終えるのやめて?すっげー傷付くから」
なんだかショックを受けた様子を隠そうともしないまま、アドルフがトゥエニィの残っている衣服も破り取る。ショーツと体の間に器用にナイフを差し込んで、わざと時間をかけてトゥエニィに残された最後の守りを切り裂く。
そこで彼女が嫌がって暴れたり、或いは許しを求めて懇願する様を望んでいたのだろうが、トゥエニィの反応は顔を背けて目を閉じただけ。
「気に入らんな、お高くとまって」
ぐい、とトゥエニィの顎を掴むように、自分に顔を向けさせる。
「有難く思え、今から帝国貴族の血をお前の胎に入れてやる、這い蹲って涙して喜べ」
ぷつりとゴムの切れる音がして、トゥエニィの腰を覆っていたショーツが落ちる。
「……悲鳴の一つも上げれば可愛げもあるものを」
「あぁ、多分、それ望むだけムダですよ」
トゥエニィを強引に押し倒す。強引に広げさせた足をヨハンに押さえさせると、アドルフは自身の下半身を覆う服を下ろし、ヨハンの言葉に顔をしかめる。
「それはどういうことだ?」
「だってこいつ……」
生憎と、ヨハンがその先を言う事も、アドルフが聞く事も無かった。
トゥエニィに自身の性器を挿し入れようとアドルフが集中したその瞬間、以下の事がほぼ同時に起こったが故に。
まず、金属製の脚絆を付けた誰かが走るような音がした、それに被って
「トゥエニィから離れろ!!」
というリヒトの叫びが木霊する。
それと一緒にアドルフの周りで何かが爆ぜるような、パンパンという音が連続して響いた。リヒトの手には黒い金属塊にも見える何か。
撃たれた、そう判断したアドルフはトゥエニィを放置するとすぐに物陰へと飛び込む。少し遅れてヨハンも続いた。その飛び込んだ先に導火線が燃えているかのような音を出す何かが纏めていくつも放り込まれる。
一拍遅れて連続で起こる小さな爆発音。アドルフはその状況に完全に呑まれた。混乱状態であっても防御姿勢をとろうとするのは立派なものだが、トゥエニィを犯そうとズボンを半端に脱いでいたのが災いし盛大に転んでしまう。
その間に、リヒトがトゥエニィを抱き上げ、自身の纏っていたジャケットを彼女の身体にかけて離脱する。その先ではダリアが待っていて、リヒトからトゥエニィを受け取ると、直ぐに彼女の手を引いて逃げを打った。
あとに残されたリヒトは、剣を抜いて倒れているアドフルに近づく。
「……」
「ぐ……きっさまぁ……!」
なんとかズボンを上げたアドルフが、取り落としていた剣を拾ってリヒトに向き直る。
「下郎が!この私を帝国貴族プフィルズィヒ家の者と知っての狼藉か!?」
「……帝国貴族?道理でゴブリンの巣よりも酷い臭いがする訳だ」
「なにぃ……!貴様!」
アドルフが怒りの声を上げるのと、彼が振り上げた剣が、振り下ろされた剣を受け止めるのは同時だった。
「聖王国の雑兵が!帝国貴族たるこのアドルフ・フォン・プフィルズィヒに手向かうなどと!道理を弁えぬ愚か者が!!」
「聖王国聖騎士、リヒト・オプファーベルだ」
「黙れ!聖王国の雑兵の名を聞くなど、帝国貴族の恥だ!!」
アドルフが突き出すように放った蹴りを軽く後ろに跳ねて避けたリヒトは、相手に切っ先を向けたスタンダートな構えをとる。
対するアドルフは、バスタードソードほども厚みと長さのある剣を、半ば身の後ろに隠すように構える。前後左右、どの方向にも対処できるようにしたリヒトと、前進と制圧以外何も考えていないアドルフ。先に動いたのはアドルフだった。大きく振りかぶった状態から、突進の勢いと体全部の体重を乗せて振り回す、一撃必殺を求めた強打。素直に言ってしまえば、何も考えていない大振り。慌てるまでもなく、リヒトは1歩下がって避ける。
「なっ……!貴様!避けるな!!」
「……」
こいつは何を言っているんだ。リヒトは思わず脳裏で呆れる。まさか敵対している国家の、今まさに命を懸けて殺し合おうという相手が、自分にとって都合のいいように忖度し、動いてくれるとでも思っているのか?
先ほどの火薬を使った玩具による陽動にも面白いほど反応していた事から、リヒトは眼前の敵はいう程の脅威ではないと判断する。ともなれば、単に剣を持った子供にすぎない、と言える。そしてそれは同時に危険度が跳ねあがった事すらも示唆していた。
バカな子供に刃物など、最悪以外の何も言えない選択肢なのだから。
アドルフが無暗矢鱈と振り回す剣を床に食い込むように誘導し、刃に対して横から力を入れるように蹴り飛ばす。薄い横っ腹に強烈な衝撃を受けた剣は真っ二つに圧し折れた。急に重さから解放されたアドルフが大きくよろけ、地に手を付く。
その首筋に、リヒトが突き付けたロングソードの刃が宛がわれた。
「貴様……!」
反撃の術は今のアドルフに残されていない。ここからリヒトを押し返したとして、手元にあるのは折れた剣のみ、逃げを打つにも状況は心もとない。
捕虜になるなど、貴族として、暗黒騎士として名折れの極みだ、ならばいっそ一死報いて、とアドルフが覚悟を決めようとしていた時、小さな影がリヒトの内懐に入り込んだ。
鋭く突き出されたレイピアの一撃を咄嗟に引き戻した剣の腹で弾く。
「吹き、貫け!」
続いて響く詠唱。それに応えるように、その影を中心に生み出された風の槍が通路の壁、その最も重量がかかっている所を貫いた。リヒトがそれに気づいたのは、致命的な崩壊が始まった時だった。崩壊し、落ちてくる天井に巻き込まれない様、来た道を全力で走る。
最後にちらと横目で見た敵は、まさに立ち上がった所だった。その姿は丁度落ちてきた一際大きな塊に隠されて見えなくなったが。
崩壊はほどなく収まる、異変に気付いた部隊がこれから状況を確認しに来るだろう。起こった事を頭の中で纏めながら、リヒトは手にしている剣を鞘に戻した。
「り、リヒトさん、無事ですの!?」
ダリアが自分を呼ぶ声を聞いて、ようやくリヒトは彼女らが無事な事を知り、安堵する。
「無事です、そっちに行きます」
そう歩く事も無く、ダリアが身に着けていたコートを羽織ったトゥエニィと、その傍に立つダリアの姿が見えてきた。
「トゥエニィ、無事でよかった」
何の気もなく、少なくともリヒト本人は他意はなくトゥエニィに声をかけて、頭を撫でようとした。
「……っ!」
そのリヒトの手の動きに、トゥエニィは怯えた様な仕草を見せる。反射的にだろうか、彼女はリヒトの手を払った。
「……あ、ご、ごめん、なさい……ちがうの、これ、は……」
「いや……いいんだ、怖い思いをさせてしまった、仕方ない」
はっとしたようなトゥエニィの言葉に、リヒトは力なくそう答える。
「すみません、ミス・ダリア……私は部隊にこの事を知らせます、この先は味方陣地ですから、トゥエニィのエスコートをお願いします」
「え、えぇ、判ったわ」
少しだけ気押されたように、しかしそうなる事もまた理解していたように、ダリアが頷いた。
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