第20話 彼の思う事

 デンバー遺跡の地下通路の件はすぐさま聖王国駐留部隊に連絡され、そこからの侵攻を想定した防衛が整備される事となった。この報告を受けたグラムエルが頭を抱えていた事は言うまでもない。しかし隊長格の仕事と言うのはそういう物である。


 グラムエルの苦労と愚痴はいずれまたの機会を設けるとして、視点はリヒト達を追う事となる。ギリギリの所とは言え、トゥエニィを救い出したリヒトではあったが、彼はそのトゥエニィと会話する事は避け、アラドヴァルの調整に掛かりきりになっている。その中で彼が機体制御AIのスクルドに提案したのが、アラドヴァルの単座化だ。


『アホですかあなたは』


 そして無碍もなく一蹴された。さもありなん。


『はっきりと言いますが、アラドヴァルはあのじゃじゃ馬魔導炉2基の併用による大出力運用を大前提として構成されています、その制御にはトゥエニィの存在が必須です、今更トゥエニィを下ろして、魔導炉を使い勝手の良い物に組み替えたとしても、出力不足でまともに動かない欠陥ソルダートもどきが1機出来上がるだけです』

「重機用の魔導炉1基に換装するのは?」

『論外です、フレームが持ちません、LEVの胸部コアに後付けされた魔導炉の保持フレームはあなたが信じるよりも遥かに脆いですよ、パイロット』


 LEV本来の搭載動力としての動力炉が組み込まれる前の状態だったため、最悪補器で動くことは不可能ではないが、ろくに動けない事に変わりはない。何より機体胸部しか動かないのであれば論外にも程がある。


『……こんな所で私にクダ撒いているよりも、トゥエニィの様子を見に行った方が良いのでは?』

「ああいう事があった後だし、男は近寄らない方がいいだろ?同じ女性の方がトゥエニィも安心できるはずだ」

『なるほど、まぁある程度は道理です。実際レイプ被害者の女性の対応には女性を当てた方が話がスムーズだ』


 そこで一度言葉を区切ると、スクルドは改めて呆れた様な声を出す。


『しかし、今日で3日です、いい加減お互い冷静に話が出来る位の時間は経っているはずですよ?そもそも、今のパイロットとトゥエニィの状態ではアラドヴァルは本来の性能など出せはしませんし、シングルなぞ論外です』


 リヒトの気持ちも判らなくはない、女が前線に出るという事は極論そういう事だ。しかしアラドヴァルを戦力とする為にはトゥエニィという存在が絶対に必要だ。ある種、アラドヴァルに搭載されたシステムの弊害と言えるだろう。

 いずれにせよ、パイロットとディーヴァの関係性は修復されなければならない。そうでなければ、アラドヴァルはただの置物に過ぎないのだから。


***


 所変わって機体の整備場。

 

「ダメですかい」

「あたりめぇだ、お前さんの機体が重装甲と馬鹿みたいな盾を持つ事に最適化されてるとは言え、人馬機を押し返して足を握りつぶすなんて運用、考えてる訳がねぇだろうが」


 先の戦闘でダメージを受けた機体が修理を受けるハンガー群の中に、グスタフの搭乗するソルダートも懸架されていた。

 見た目以上に内部がダメージを受けている機体に下された判定は後方送り。完全な分解整備が必要。という物。整備班長に睨まれたグスタフは、所在なさげにぽりぽりと指先で頬を掻く。


「まぁ、元々ソルダートにあの大楯を持たせるところに無理があったんだ、ここまで収縮筋のダメージが通常の運用の範囲で収まってたのも、お前さんの腕があってこそだろうよ」

「へぇ……」


 口の悪い職人気質だが腕は良い整備班長の言葉に、グスタフは委縮した様に答える。


「どっちにしてもこいつは後方送りだ、ここじゃあまともな修理なんかできねぇからな、そこでだ、こいつぁ司令部からの指示でもあるんだが、グスタフ、お前さんに機体を用意してある」


 驚いて目を見開くグスタフの姿に、整備班長は悪戯が成功した事を喜ぶように低く笑い声をあげた。


「最も、急ごしらえで前線の兵士に渡すんだ、お前さんの想像する様に怪しげなものさ……変なものがあの坊主と連れ子ばかりに行かないように、という意味合いもある」

「あぁ……」


 聖騎士、リヒトが鹵獲して来た正体不明の機体。戦力が足りない現状、可能な限りの調査を並行しながら戦力として運用せざるを得ないが、因数外の機体という事で様々な怪しい装備や運用があの機体に集中している状況は認識していた。

 確か今も、オルドール商会経由で持ち込まれた魔導突撃砲なる訳の分からない大砲が搭載されているはずだ。


「まぁ、どうしようもねぇ事をグチっても仕方ねぇや、俺らは俺らのやる事をやるだけよ、お前さんは次から乗る機体のフッティングして来な」

「へぇ、了解いたしやした」


 そういう整備班長と連れ立って別のハンガーに来たグスタフは、その機体の異様さに言葉を失う。

 その機体を、果たしてどう表現したらよいのだろう。

 まず足が無い、いや、正確には着地支持脚ともいうべき、到底歩行には向かないだろう機体を支える事に特化した脚があるにはあるが。

 下半身は巨大なブースターを搭載し、更にその基幹フレームを中心としてちょっとした防壁ほどもある装甲がこれでもかと張り付けられている。それら装甲の影に隠れて見えづらいが、要所要所にあるノズルはおそらくホバースラスターだろう。

 特筆すべきはその形状で、間違いなく人型ではない。しかしもっとも近いであろう人馬機とも言えない、なんとも不思議な形状をしていた。機体下部の構造、やや前寄りに乗せられた、同じく重装甲を施された人型の上半身が寧ろ違和感を感じるまである。


「……おやっさん、こいつぁ……」

「何年か前に、ウチの陸星と同盟のウィッシュスター特技研だかって所が共謀して開発した重装機兵よ、重装甲と高機動がコンセプトだ、お前さんの戦い方に合うかどうかは判らんが……乗りこなせるか?」


 整備班長の言葉に、グスタフはにやりと笑う。


「なぁに、多少のじゃじゃ馬なら乗りこなして見せますよ」


***


「ところでだ、グスタフ」

「なんすか?おやっさん」


 結局のところ、受領した機体の調整に駆り出されただけのグスタフは整備を補助しながら整備班長との雑談に興じていた。


「坊主の機体だが、ありゃなんだ?精霊機ってぇ建前は判るが、純粋に変なのはいくら俺でも判るぞ」

「俺の方でも半分も判っちゃいませんよ?」

「構わねぇ、普通に考えりゃ動くハズもねぇ魔導炉で動く機体、嬢ちゃんが同乗した時と坊主だけが乗った時に出力の差が激しすぎる、到底ろくでもねぇモンだろうなんて事は想像がつく」


 手にしたスパナでコンソールを傷めない程度にコンコンと叩く。


「それに関しちゃ、オプファーベルが似たようなシステムを載せてるであろうメカニカの機兵とやり合ったデータが隊長の所にあります……が……かなり胸糞悪くなりますよ」

「俺だって何も知らずにこんな所でこんな事してる訳じゃねぇ、後でグラムエルの奴に話でも聞いてくるさ」


 グスタフのやたらと生真面目な表情から、相応の情報だと悟ったのだろう。渋い表情は崩すことなくそういう整備班長の言葉に、グスタフは「なら、隊長に連絡は入れておきます」と返した。

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