第18話 デンバーの地下にて
『まったく……デンバー国際空港も今や軍事拠点ですか、いえ、空港が軍事拠点なのは何を今更でしたね』
「……空港?」
『航空機の発着場所、軍用航空機の拠点及び基地……まぁ、あなた方の言う旧人類の航空機が離発着していた場所です』
「航空機?」
『……要するに空を飛ぶ機械です』
「そんなのがあったのか」
戦闘後の書類仕事を終え24時間の休みを命じられたリヒトは、他ならぬスクルドの提案で、トゥエニィを連れてデンバー遺跡の地下へと訪れていた。
長い年月の間で通路はほぼ崩壊し、崩落が起こっている、しかしそれでも一部の通路はそれなりに進む事ができ、そもそもの構造や設計、要するに技術力の高さを浮き彫りにしていた。
『この状況下と状態でなければ逢引には決して悪くない場所なのですがね』
「スクルド、あなたのその辺の感覚もなんか狂ってますわね?」
そこになぜかついてきたダリアがスクルドに律儀にツッコミを入れている。まぁデバガメをしようとしたらスクルドに見つかったので開き直って一緒に来たというのが正解ではあるのだが。
「まぁ、たまたま見つけた地下空洞だから、報告前に軽くだけでも調査してってのは判るけど……トゥエニィやミス・ダリアまで一緒に連れてくるのは危険なんじゃないか?」
『何を寝ぼけた事を、トゥエニィを助けたりトゥエニィを連れて逃げ出すという様な事になれば、ダリアはあなたなど比較するのもおこがましい位役に立ちますよ、パイロット』
「スクルド、へんな買いかぶりしないでくださいまし。逃げるだけで手一杯ですわ、か弱い乙女ですし」
何を言ってるんだ、と言わんばかりのリヒトの声と、余計な事をいうなと言わんばかりのダリアのツッコミが重なる。スクルドが音声だけの状態でなければ肩の一つもすくめていただろう。
<にしても、あなた意外と通信飛ばせますのね?>
<コア部のベースは偵察型ですからね、適切な装備があれば地球の裏側にも美声を届けて見せますよ>
<……画像はマイクロドローンですか?>
<ノーコメントです>
こんな会話が通信で行われていたのはご愛敬である。
***
地下の空洞は比較的短い距離でホールへと切り替わる。かつての役割がなんだったのかリヒトには想像もつかないが、それでも巨大な商業区か行政区であったのだろうという事はうすぼんやりと理解できた。
少し離れた壁に、いくつもの顔の様なものがライトで浮かび上がる。驚いたのか「ひゃっ」と息をのむのと同時に意識的か無意識か、リヒトにしがみ付くようにして見せるダリア、押し付けられた柔らかい感触を意識しないように努めながらトゥエニィの方を確認すると、こちらは落ち着いた表情だ。だが、繋いできた手が先ほどよりも少しだけ強く握られているかもしれない。
彼らの視界に入ってきたのは、何十もの人が沢山の剣を壊す絵画だった。様々な肌の色の、様々な服を着た、恐らくは子供達が沢山の剣をいくつもの旗に巻いて持ち寄り、それを金槌で壊している。
子供達の下には軍服の様なものを着た死体が描かれており、天高くには虹が描かれていた。
「な、なんだ……絵、でしたのね」
ほっと胸をなでおろしてダリアが呟く、落ち着きを取り戻した事で、思わずリヒトにしがみ付いていた事に気が付いたのだろう、少し慌てたように離れる。
「ご、ごめんなさい、ミスタ」
「いえ、それよりも歩けそうですか?」
「えぇ、大丈夫ですわ」
ダリアが大丈夫そうなことを確認すると、トゥエニィがまだ自分に身を寄せるようにしたままの状態を改めて認識し、リヒトはなんとなくトゥエニィが掴みやすいように腕の力を緩める。すぐに、華奢な少女の身体が密着し、ダリアとは比べるべくもないが、それでも年頃の少女らしい膨らみがリヒトの腕を挟んだ。
彼女が怯えた様な様子を見せる原因、それは先ほどの絵の隣にかけられているもう一枚の絵だ。
おそらく、先ほどと同じだろう子供達が恐怖に怯えた顔で端に追いやられ、世界は荒れ果てている。絵画の中心であろう場所には、軍服を着た髑髏が、蘇った悪鬼のように巨大な剣と魔導砲らしきものを構えている。崩落に巻き込まれたのか、右半分は見えないままだが、この絵画が先ほどの絵を受けて描かれたのは間違いないだろう。
“よう、御同輩!どうだ?力ってモンは、最高だろ?どうにか押し込んでなかった事にしたいみてぇだが、俺がちょいとその気になれば、こう、だ!”
絵画の中の不死の軍人は、リヒトにそう言っているように思えた。「黙れ」と呟きかけた言葉を止めたのは、繋がれたままの小さな柔らかい手、不安そうな表情をしたまま、ぎゅっと手を握りしめてくる少女の存在が、リヒトを現実に引き戻す。
大丈夫だよ、と言うつもりで微笑んで見せたリヒトだが、少女の表情から不安がぬぐわれる事は無かった。
『白人、黒人、黄色人種……肌の色で3種に分けられ、所属する国家で無数に分けられていた旧人類、その子供達がモデルです』
「……聖王国、帝国、同盟の三国だけでもぐちゃぐちゃになるのに、そんなに国家があったのか」
『細かい事は省きますが、生息範囲が違いすぎます。今、その三国となっている場所は、昔はアメリカという一つの国家でした』
知ってか知らずか、スクルドの声がリヒトを目の前の現実に引き戻す。
『世界最強の軍隊を持つ、世界最大の商業を行う超巨大国家、当時世界全てを相手に一国で戦争を出来ると言われていた国で作られるには、皮肉な絵です』
「いつの時代のどんな人々にも、戦争はイヤだったって事でしょう?」
リヒトが口を開くよりも早く、ダリアがぽつりとつぶやいた。それに対してスクルドが何か言う事は、或いはあったのかもしれない。しかし、それよりも早く大きな揺れが三人を襲った。
『パイロット、離脱を。爆発です』
「昔の配管?」
『10世紀以上無事な可燃性ガスとか、持ち帰ったら世界を変えますよ』
「二人とも、戻ろう」
「ですわね」
言葉少なに交わされる会話、トゥエニィは小さくこくりと頷く。
***
もうもうと沸き立つ埃の中を、袖で口元を押さえた男が歩いてくる。
「おい、こんな急に崩落するなんて聞いてないぞ」
「警告はしました、にも拘らず強行したアドルフ様の自業自得です」
ごほごほと咳き込みながら文句を言う痩身の男に、小柄な女の子の様な声が答える。
「俺は帝国貴族にして見習いとはいえ暗黒騎士だぞ!?それをこんな……!」
「重力や物理法則にも帝国の威光や暗黒騎士の威圧が利くと良いですね」
「……なぁ、ヨハン?実は俺の事嫌いか?」
「あなたが誰かに好きになってもらえる要素が欠片ほどでもある、と思っていたことが驚きですよ、アドルフ様」
「……俺も、傷つきはするんだぞ?」
「へー」
漫才の様な会話が繰り広げられる様を、物陰に隠れたリヒトは警戒して観察していた。
(……まずいな、帝国軍らしいってのは判ったけど)
まずはダリアとリディアを逃がさなければならない。リヒトがダリアに目くばせすると、ダリアはすべて理解しているかのように頷き、リディアの手を取って音を立てぬように移動を開始する。
或いは、その雰囲気を感じ取ってしまったのが失敗だったのかもしれない。
「あっ……」
足元の極小さな石に躓いたリディアが、遮蔽から転がり出るように転んでしまった。
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