第16話 シュタールの三姉妹

 アルカディア帝国……ユーゼス・アルカディアによって、聖王国と祖を同じくして建国された、聖王国、同盟と比される三大国家の一角。強大な軍事力を持つ国家の中で、特に名だたるものとして暗黒騎士が挙げられる。

 その帝国が治めるレティクヴァ要塞の城壁から、デンバー遺跡を警戒する影があった。黒いローブとケープに身を包んだ空色の髪の青年が、望遠鏡から目を離してにやりと笑みを浮かべる。


「聖王国の連中、何とやり合ったのかは知らないが……それなりに疲弊してるみたいだな」

「そうですね、撃退には成功したようですが、それなりの被害も出ているでしょう」


 彼の隣でまだ幼い、少年ともいえる従者が同じく望遠鏡から目を離す。


「今が機だ、違うか?ヨハン」

「僕があなたの意見に否を言うような無駄な事をすると思いますか?」


 ヨハンと呼ばれた少年は諦めた様に……実際諦めているのだろう、首を横に振る。


「逆らわないというのは良い心がけだ、俺はいずれ、暗黒騎士のトップに君臨する騎士なのだからな」


 それを聞いたヨハンはやれやれと内心肩をすくめる。自信がなく、オドオドしているよりはいいのだろうが、この傲慢な態度は彼の主が味方を減らし敵を作り続けている原因となっている。


「ともあれ、止めた所で行くのでしょう?どんな言い訳するつもりですか?アドルフ様」

「言い訳などとはお言葉だな、ヨハン、俺は近回りと訓練に出るだけだ、その先で何かあったとしても、まぁそれは事故だな、マスター・ゴザレスも認めてくださっている」


 マスターの為にも結果を出し、俺が力を持っていることを示さねばな、と肩で風を切るアドルフの後ろで、ヨハンは気取られないようにため息を吐く。


「弟子に傭兵の真似事をさせて、まともに鍛錬も見ないような輩が師匠、ね……」


 少し離れて小さくこぼした言葉を、アドルフが聞くことは無かった。


 レスクヴァ要塞から小型艇を主軸に編成された小規模の偵察部隊が出立したのは、それからほどなくの事である。


***


「……次、腕回り」

『了解、振るぞ』


 聖王国の駐機場とそこに付随した広場で、応急処置と簡易的なチェックを終了させたアラドヴァルが起動チェックを行っていた。


『わざわざ実際に動かさなくとも、走査は行えているのですが』

「準備体操みたいなものさ」


 スクルドのボヤきを聞き流しながら、リヒトがアラドヴァルを動かす。実際の所、現実的に全身を動かしてサーチできていない不具合が発生しないかを確認するのは必要な事ではあるので、スクルドもそう長く四の五のは言わない。


『取り付けられた怪しげな転換炉も問題なし、効率は全体的に上がっていますが……これは何かの追加武装が前提の出力ですね、何もない状況だと持て余します』


 スクルドがパワーレシオの比較表示を展開する。それを見て、リヒトはなんどか腕を動かし、実際に余剰が多く発生していることを確認する。


『新たにバイパスもいくつか行き先不明なものが確認されていますし、どうやら技師達は私を実験機に仕立て上げるつもりの様ですね』

『リヒト、腕の出力が大きいのは予定通りだ、ハンガーで新しい装備を付けるから移動してくれ』


 外部収音機がメカニックの声を拾う。それに対して了解を示すと、リヒトは装備交換を行うためにアラドヴァルを再びハンガーへと戻した。

 駆動系の動力伝達を落としハッチを開く、狭苦しい操縦槽から外に出たリヒトはタラップ上で一つ伸びをする。

 すぐさまとばかりにアラドヴァルに取り付くメカニックの姿を見ているリヒトの肩が、不意にとんとんと叩かれる。


「失礼、サー・オプファーベルで間違いないかしら?」


 果たして振り返った先にいたのは、目の覚めるような金髪の美人。普通に街中を歩けばすれ違う男の大体が振り返るほど、と言えば多少はその美しさが伝わるだろうか。


「自分で間違いありませんが、あなたは?」

「これは失礼、私はダリア・シュタール、オルドール商会の使いと言ったら伝わるかしら?」


 ダリアと名乗った女性は、リヒトを見ながら軽く微笑んだ。


「武辺者ゆえ、失礼な態度となるのはお許しください、フロイライン・シュタール……リヒト・オプファーベルです、若輩ながら、聖騎士の末席に着座を許されています」

「お嬢さん、と言われるのは少しくすぐったいですわね、サー・グスタフにもお礼を言ってこないと……そこまでの間、護衛をしてくださる?騎士様?」


 どこか悪戯っぽい光を瞳の中に宿して、ダリアは嫋やかにそう言った。


***


 視線が痛い、とはこういうことを言うのだろう。ダリアの引率を引き受けてから僅か3分で、リヒトはその選択を若干後悔した。

 ダリアがとにかく周囲の目を引く美人で、その隣にホーバーグを着込んだリヒトが並んで歩いている訳で……


「本当に助かったわ、搬入先に丁度来てくれると思ってなかったから、真面目でいらっしゃるのね」

「軍人である以上規律は守らねばなりません」

「あら、気に障ったならごめんなさい、悪い意味では無かったのですけど」


 とにかく周りの……特にメカニック達からの視線が痛い。そうでなくても最近トゥエニィを連れてきた事でメカニック達から嫉妬交じりに小突き回されたのは記憶に新しいというのに、なぜこうなったとリヒトは若干遠い目をしており、それが更に独り身男達の怒りと嫉妬を煽った。

 少し前に可愛らしい少女を悪漢から救い出して連れ帰るという行動をしておいて、数日開けて今度は目の覚めるような美人と並んで歩いているのでは、特に女っ気のない若い連中から嫉妬されるのはある意味仕方のない事ではある。


「……」

「あら、ごめんなさい、少し喋りすぎたかしら?」

「いいえ、寧ろ自分の方が気の利いた話の一つもできず、申し訳ないです」


 ころころと良く変わる表情とその瞳の奥の光の差に、リヒトは少し警戒を強める。僅かに歩幅を詰め、いざという時に前後左右どちらにでも回避が出来る様にしながら、ダリアと名乗った女を無力化する手順を頭の中に構築する。

 体に無駄な力を入れない、足は常にあらゆる方向に移動する事ができるように……


「おいダリア、お前まーた男引っ掛けてるのかよ?」


 不意に聞こえてきた呆れ切ったような声に、リヒトの集中が殺がれる。

声をかけてきたのは銀の短髪が印象的な、すらりとした女性。どこか荒い様な口調は、はすっぱと言うよりもやんちゃ坊主という印象をリヒトに与えた。

 気の強そうな顔つきが、その印象に拍車をかけているのだろう。リヒトの警戒心がまた一段上がる。


「……なぁ、ダリア、なんか警戒されてね?」

「そう?美人に挟まれて緊張しているんじゃなくて?」

「いやー、この感じ、切った張ったの雰囲気に近いと思うんだ……」


 気づかれた、とリヒトは内心舌打ちする。こちらに気が向き切っていない間に制圧するか、それとも逃げるか……僅かな迷いが彼の足を鈍らせる。


「あ~……っと、先ずは自己紹介だな。アタシはディジー・シュタールだ、言っても無駄かもしれねぇが、安心してくれ、確かにアタシもダリアもそれなりに戦闘はできるが、別にこっちから先制してどうこうって気はねぇよ」

「リヒト・オプファーベルです、フロイライン・ディジー」


 一足飛びに飛び込まれないだろう範囲を予想して、その外側で軽く頭を下げる。そのリヒトの姿を見て「いや心配いらねぇんだがなぁ」とディジーがボヤく。

 ともあれ、そんなディジーの言葉をリヒトが頭から信じない事にもそれなりの理由があった。戦場の最前線に、見眼麗しいと言って差し支えない女性がひょいと現れれば、よほど目が眩んでいない限り、なんらかの裏はあるのだろうと想像は付く。

 その裏が何なのかは、リヒトが考える事ではない。必要なのは、その目的を可能な限り想定し、考えられる目的を達成させない事だ。


 そう、有り体に纏めてしまえば、リヒトはこの二人の女性を帝国か、或いはメカニカのスパイかと疑っていた。

 まぁ確かに、この二人の女性には本来の目的がありはするのだが、実はそれはもうほぼ達成した後なので、ダリアは本当にグスタフからリヒトの事を聞いて話をしに来ただけだし、ディジーはリヒトを連れているダリアを見てまた哀れな男がアイツの毒牙にかかったのかと様子を観に来ただけな訳で……つまり、この緊迫感にはなんの意味も無いのだ。


「オプファーベル、美人二人に挟まれているというのにエスコートもせずに眉間に皴を寄せて何をやっている」


 そんな状況を動かす救いの天使は、とりあえずリヒトの頭部を持っていた書類の束でべし、と叩いた。黒人系の浅黒い肌と筋肉質の肉体の向こうで、長い黒髪の女性が少し驚いたように手で口元を隠していた。


「騎士グスタフ、失礼いたしました!」

「最近背負うものが多いからと言って気負い過ぎだ、戦場で判断を誤る事は即、己の死に繋がるぞ」

「はっ!」


 生真面目に敬礼するリヒトの姿に、ダリアとディジーは顔を見合わせる。


「サー・グスタフ?そちらの方は……?」

「あぁ、失礼いたしました、ミス・シュタール……オプファーベル、こちらはオルドール商会のカトレア・シュタール嬢だ」


 グスタフに紹介されたカトレアが、軽く腰を折って礼をする。


「初めまして、サー・オプファーベル、お話はサー・グスタフから伺いました、私はオルドール商会のカトレア・シュタール……今回はモリディアーニ・シュタールの名代として、補給部隊の方とご一緒させていただきました」

「ご丁寧にありがとうございます、リヒト・オプファーベルです……失礼かもしれませんが、ダリアさん、ディジーさんと同じ家名であらせられるようですが……?」

「えぇ、姉妹ですわ」


 リヒトの質問に、三姉妹の長女は嫋やかに微笑んで答えた。

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