第15話 戦いは終わり

 結論から言えば、メカニカは敗北した。戦闘能力の規模と質から言っても妥当な所だと言えるだろう。戦闘直後の混乱を帝国軍に突かれる事が無かったのは、聖王国の軍にとって幸運であった。


「どうにか、追い払えたようだな」

「まもなく追撃隊も戻ります、しかし、確実に気取られたでしょう」


 彼らが見上げる山間にはアルカディア帝国の要塞が陣取っている。そもそもがそこを攻略するための足掛かりを求めての、いわば前哨戦でしかない戦いに、カルト教団がちょっかいをかけてきたが故にこの大騒ぎ。しかも、その結末さえまだ見えていないときたものだ。


「なんとも、頭の痛い事だ」

「全くです……それに輪をかけてあの精霊機の事……」

「……臨時の休暇と追加予算でも支給して貰わんと、割に合わんな」


 ナイトハルトのボヤキに、副官は肩をすくめる。


「ま、エール1杯分目をつぶってくれるかどうかがギリギリのラインでしょうな、休暇は……夢を見る分には自由かと」

「ほんっと、やってられんよな」


 既にナイトハルトの頭の中は「帰りたい」でいっぱいだった。


「この糞みたいな戦争さえなきゃ、働かずに給料がもらえるのに」

「全くです」


 ダメ人間全開な司令官の言葉に、副官は深く頷いて見せた。


***


「……」

「……なんだぁ、こりゃ」


 帰還し、ハンガーに収められたアラドヴァルを見た整備員達はその異常っぷりに何をどうしたらいいのか判らなかった。

 戦闘におけるダメージであろう部分は別にいい、コア部分は兎も角、他のフレームはよく見る、言ってしまえばありきたりな作りのフレームなのだから。問題なのは魔導炉周りだ、双発で大出力に対応した装備を付けているにも関わらず、その多くが短絡し、マナやエーテルを運ぶ回路がぐちゃぐちゃになっている。


「針の穴に狂雷獣を通したってここまで酷くはならんぞ……」

「あ~……こりゃダメだ、上半身の転換炉は交換だな」

「この間開発連中がテスト先を探してた怪しい転換炉位しかないぞ」

「四の五の言ってられるか、機械なんて口金のサイズが合えば動くもんだ」


 戦闘後で損傷機体が続々と入ってくる中、アラドヴァルばかりに手間をかけていられない。ありもので損傷を補って、後は調整でどうにかすると言うのが正解ではないが最適解だった。


***


「……」


 所は変わり、トゥエニィに宛がわれた部屋の中、戻って来た少女は扉を閉めると簡素なベッドに腰かける。その表情は無表情というのが正しく、しかし泣き出しているかのような印象も受けた。手元に鏡を引き寄せ、鏡の中の自分が泣いても居ない事を理解すると、彼女自身の指が、己の頬を強く抓る。

 彼女自身が、そんな自分自身に怒りを感じているかのように。

 ほどなく、ぽすん、とでも言うような柔らかい音が聞こえた。嗚咽が聞こえないように枕に顔を埋めた、と言われればその通りなのだろう。思いのほか柔らかい枕が彼女の涙をふき取ってくれるかは別としても。


***


 トゥエニィに宛がわれた部屋の前で、リヒトは丁度扉をノックする事をやめて踵を返した所だった。悲鳴を聞いただけで、あれだけ動じない少女が動じた相手。その相手を直接ではないにせよ手にかけた自分がトゥエニィに何を言う権利があるのか。ふと頭に浮かんだその考えに、彼は抗うべき言葉を持たなかった。たとえそれが己の命と相手の命をやりとりした事の結果だったとしても。


「オプファーベル、どうした?彼女に振られたか?」

「そんなんじゃないですよ、隊長」


 そんな彼の様子を観かけたのだろう、グラムエルがぐいとリヒトの肩に肘を乗せ、揶揄る様に言う。そんなグラムエルの肘を丁寧に退けながら、リヒトは苦笑して見せた。


「戦闘の報告は目を通した、すまんな、こっちもようやく押し返した感じで助けを送れなかった」

「いえ……」

「手練れと熟練を相手に生き延びたんだ、お前には間違いなく操手の才がある……が、そんな風に才能を開花させた奴は大体私生活においては不幸だってジンクスもあるな」


 にやりと笑うグラムエルの言葉に「慰めたいのか追い打ちかけたいのかどっちなんですか」とリヒトも力なく返す。そんなリヒトの背中をバンバンと叩きながら大笑いするその姿に釣られて、リヒトもまた少し気分が晴れた様に笑みを浮かべる。相変わらず苦笑に分類されるものではあったが。


***


 リヒトを兵員室に追いやってから、グラムエルは今度こそ深くため息をついた。戦闘中、あの少女の悲鳴を直に聞きながら戦っていたのならばリヒトがああなっても仕方がない。

 グラムエルとて何も知らずに今の地位まで登って来た男ではない。拷問にかけられた人間がどんな悲鳴を上げるかは、男女問わずによく知っている。おそらくは、あの機体に据え付けられた何かのシステムが利用されるたびに、あの声の主の少女は拷問されるような激痛を味わっていたのだろう。

 あの映像が正しいとすれば、トゥエニィという少女とそう年齢も変わらない少女が、機体に体を括りつけられ、服も着せられずに。


「……くそったれが」


 グラムエルは、その時その場には他に誰も居なかった事をつくづく感謝した。

 ある程度の立場にある者が感情的になる様など、迂闊に見せて良い物ではない事であるが故に。

 ともあれ、個々人の要素はともかく聖王国を襲ったメカニカの襲撃は失敗に終わった。デンバーはひと時の静寂を取り戻す。


 ……しかし、そこにいる全ての人は、次の嵐が起こる事を既に確信していた。

彼らの本来の敵、アルカディア帝国軍の城砦は、このデンバー遺跡群からそう遠くない所にあり……帝国軍にとって、聖王国がひと暴れした後、静かになっているこのタイミングは寝込みを襲うのにまたとない機会でもあるからだ。


 故にこそ、それを機会と捉える者もまた、少なからず存在する。

 一時の安らぎを得、複雑な胸の内を隠して次の嵐に備える聖王国の騎士達。


 彼らに、暗黒竜の牙が襲い掛かるのは、そう時間を置いての事では無かった。

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