第14話 騎士


『スクルド、力押しばかりなのは相変わらずですね』


 ウルドが指先でチェス盤の駒を動かす。

 そこに見えはしない対戦相手が、ほぼリアルタイムで防壁を張り、こちらへと逆撃をしかける。しかしそれは予測済み、突っ込んできたポーンをかわしたナイトが、返す刀で相手のルークを奪い取る。


『さて、電子戦は相変わらず私の優位、どう立ち回るのかしら?スクルド』


***


 反応が僅かに鈍くなる機体に舌打ちしつつ、リヒトはそれでも生き残る術を探っていた。

 目下、目の前の敵は同時に相手をしなければならないものの、相互に協力、協調するような動きを見せる事はまれだ、そこに付け入るスキがある。2対1ならば勝つ見込みはないが、1対1を2人相手にやるならば生き残る目はある。


「スクルド、敵それぞれの個体識別は可能か!?」

『簡単な事です、トカゲモドキをEα、LEVをEβに設定します』


 リヒトに電子戦の影響で操作に遅延の発生した機体を動かした経験はない。

 しかし、整備不良で操作系にラグが発生している機体を強引に動かしたことは何度かある。

 目下最大の難敵は……


「トゥエニィさん!」


 後席から襲い掛かる魔力と言うプレッシャーに負けぬよう、リヒトは大声で呼びかけた。


***


 叩きつけた強烈な魔力の塊の中から、満身創痍でありながらもそいつは生きて現れる。フィフティーンの悲鳴が響き、それを糧とするように損傷部分が癒されていく。自分を殺しに来る、獣。トゥエニィはそれを追い払おうとがむしゃらに手を薙ぎ払う。

 果たして実体として現れたのは、強烈な魔力の波。それがアラドヴァルを中心に衝撃となって周辺一帯を薙ぎ払う。

 際限なく酷使される魔導炉が悲鳴を上げ、サボり癖がある癖に突発的に自爆級の出力をはじき出すB炉がやる気になるタイミングが最悪の状態で重なった。

 暴れ狂う魔力の嵐に、LEVとカーズクローが揃って後退する。


私は歌う


これは荘厳なる嵐の竜


新月の夜よりも暗い竜の唱


いかなる勇者も抗う事は叶わぬ


大雨と大風、雷を従えた


漆黒の竜の吠え声


 トゥエニィの唱が響く。

 次の瞬間、猛烈な、と言うのも生ぬるいプラズマ嵐が戦場を覆いつくした。


『shit!!なんですかこの異常事態は!?』

『気象情報のリンク……!?衛星とのリンクが途切れている!?』


 混乱状態になるAI達に比して、人間の対応は早かった。

 レイヴンは機体毎魔法の効果範囲から抜け出し、カーズクローは魔力の壁を作り出す事で攻撃魔法を薙ぎ払う。

 勢いも威力もあるが、荒い魔法だ。ちょいと実戦経験のある者なら、いくらでも防げる。


「トゥエニィさん!!」


 そこに、リヒトの声が響いた。


***


 タンデム故の広さはあるとはいえ、狭い操縦槽の中でハーネスの拘束を解いたリヒトは、後席に入り込むとトゥエニィの肩をゆすり、大声で呼びかける。

 勢いのある魔法で敵が迂闊に動けない今が唯一の機会だ。


「意識をしっかり持って!大丈夫だ!君は俺が守る!!」


 何が何でも暴走状態を押さえようとするリヒトの意志が、トゥエニィの魔力を介して伝わっていく。


………


……




 今、彼女は間違いなく、アラドヴァルという獣に組み敷かれていた。

 身動き一つ取れず、神への供物として捧げられた少女。

 獣はあらぶり、少女を思うがままに蹂躙する。

 裸のままで抵抗もできない少女の前、強烈な光に覆われて何も見えないその中に、人一人分の影が生まれた。


「大丈夫だ!君は俺が守る!!」


 次の瞬間、獣は強烈な力に殴り飛ばされ、彼女は人影にしっかりと抱きかかえられる。

 ようやく見えるようになったのは、赤髪の、まだあどけなさが残る青年の顔だった。

 受け身をとり、異物を排除しようと襲い掛かろうとする獣は、その力を込めた足を何かに捕らわれる。


『押さえましたよ、ケダモノ』


 薄衣を纏った銀髪の美しい女性が、獣を首輪と鎖で抑え込む。


『好き勝手に人のボディで暴れてくれてますが、補足してしまえば拙いプログラムなど!』


 力づくで拘束を振り払い、自由を得ようと暴れる獣と、その首に巻いた首輪とそこから伸びる鎖を手掛かりに、狂暴な獣を抑え込もうとする銀髪の女性。


『グレイプニルの拘束から並の事で抜けられると思わない事です、強化プログラム「猫の足音」「女の顎髭」「山の根元」「熊の腱」「魚の吐息」「鳥の唾液」』


 体全体を抑え込む鎖がさらに強化され、いよいよ獣は身じろぎ一つ取る事はできなくなる。


『……解析完了、さぁ、わんころ、お前は今この瞬間から私のプログラムの一部となるのです』


 女性が強烈な光を発して、獣に触れる。

 次の瞬間、トゥエニィの視界一杯に現実が戻ってくる。



……


………


 目の前には、真剣そのものの表情で自分を見る青年の顔。

 ほんの少しの衝撃ででも、どこかが触れてしまいそうな距離。

 トゥエニィが彼の顔を真正面から見たのは、そんなタイミングだった。


「あ……私……?」

『魔力減少、正常値に移行、パイロット、戻ってください、AI持ち相手に自律駆動での防衛戦は私が辛い!』

「大丈夫?トゥエニィさん」


 まだあどけなさの残る青年の顔が、微笑んでそう尋ねる。


「うん……」

「良かった……まだ揺れるけど、怖い思いはさせないから」


 そう言って離れようとするリヒトの袖口を、トゥエニィは我知らず掴んでいた。


「まって……!」


 振り返ろうとして前を向きかけていたリヒトに縋るように抱き着き。

 頬に、唇を触れさせる。


「え……?」

「……あなたを、信じます」


 何をされたか理解し、振り返る少年の視界に

 微笑む少女の姿が、大写しに映っていた。


『青春ラブコメしてる余裕はないと言っています!パイロット!!そろそろ追い詰められますよ!?』


 唐突に割り込んでくる外野の声に、リヒトは慌てて操縦席に戻る。

 トゥエニィもまた、ハーネスを締め直し、魔力の流れに身をゆだねる。


***


 彼女の唇が触れた頬が熱い。

 気恥ずかしさと、頼られた嬉しさが、リヒトに気合を入れなおさせる。


 カーズクローが怒声を上げながら突っ込んでくる。

 これまでのタイミングより一拍遅れて、リヒトはそれを見事に回避して見せた。リヒトの背後から現れたのは、回避行動をとるアラドヴァルを背後から斬りつけようとしていたコルセア。

 無論、勢いのついているカーズクローが止まれるタイミングではない。結果として発生するのは、強烈な衝撃音、転倒まではいかずとも大きくバランスを崩す敵機。

 その隙を逃すような訓練はされていない。すぐさま、リヒトの放つ斬撃がカーズクローの右腕を切り裂いた。


『再生がされない?マジックのタネ切れですか』


 スクルドの言葉に、トゥエニィがはっとした表情をする。

 カーズクローが損傷を受ける度に響いていたフィフティーンの悲鳴が、聞こえなかった。

 更にカーズクローを追撃するリヒト、しかしその一撃は間に割って入ってきたコルセアに防がれる。


「くそっ!」

『やるじゃねぇか盗人!ここはひとつ、貸しにしといてやるよ!!』


 アラドヴァルの胴にケリを入れて強引に距離をとると、コルセアがホバー機構を利用して戦場から離脱する。


『くっ……待ちなさい!ウルド!!』

『再見ね、スクルド、次はもう少し思い切った戦いをする事よ』


 最近までナノマシンを使った動態保存状態にあったとは思えない高速で、コルセアはリヒトの視界から消えてゆく。

 そして、逃げていった機体にばかり気をとられてはいられなかった。


 背後から、何か重いものを落とすかのような音が聞こえた。

 振り返ると、カーズクローの胴体の一部が抜け落ちている。まるで操縦槽の様な……


『やるじゃねぇか、騎士気取り……ツラぁ、覚えたからな!』

「っ!待て!!」


 本気で逃げられると、人馬機兵に通常の機兵が追い付ける道理はない。


「あぁ……くそっ!」

『手練れ二人を同時に相手取って生き残った、初陣としては上々です、高望みは愚かと言うものですよ』


 スクルドがリヒトをたしなめる。

 言っている事は正しいと判っているからこそ、リヒトはそれ以上何も言わず、カーズクローが捨てていった操縦槽に近寄った。


***


 操縦槽自体は、それほどの改造がされているとも思えないごく普通の見た目のものだった。

 外部からの強制開放操作を行うと、圧縮空気で閉鎖されていたハッチが開く。


「動くな、両手を上げてゆっくりと出てこい」


 いつでも抜刀できるように剣の柄を握ったままかける声に、返答はない。

 ゆっくりと、内部をのぞき込む。


「これは……」

「フィフティーン……そんな……!」


 とりあえず急に攻撃される恐れはないと判断し、トゥエニィと覗き込んだ操縦槽の中には……


 裸のまま、両の手足を切り取られて操縦槽に繋がれた少女の躯があった。


「フィフティーン……いや、いやぁ……」


 リヒトが操縦槽と少女を繋ぐ拘束を解き、外へとその小さな体を連れ出す。

 トゥエニィがそれを見て、信じたくないとばかりに躯を揺さぶる。


「……」

『はっきりとは言えませんが、大きな外傷らしきものは見えない、パイロット、頚椎は折れていますか?』

「……いや、首は座ってる」

『そうですか、即効性の薬物でも使われたか、或いは……まぁ、考察しても意味のない事です』


 淡々としたスクルドの言葉に、なにか言い返してやりたくなる気分にもなったが、生憎と、そんな事をする気になれないという方が強かった。


「……」


 恐怖に見開いたままの彼女の目を手で覆って、軽く撫でる。

 それだけで、虚ろな死に顔は安らかなものへと変わった。


『意味がある行為とも思えませんね、それよりも、味方と合流すべきです』

「多少時間はとれるだろう?」


 スクルドの言葉を聞き流して、リヒトはトゥエニィと共にフィフティーンと呼ばれた少女の躯を埋める。

 戦場では、これが精一杯だ。ぐすぐすと泣き続けるトゥエニィを操縦槽に誘導し、アラドヴァルを立ち上がらせる。


『合流予定地点を表示します、なんならこちらで動かしますが?』

「たのむ、緊急時はこっちに操作を回してくれ」


 ゆっくりと、アラドヴァルが歩き出す。

 後方監視カメラに映るフィフティーンを埋めた場所を、トゥエニィはじっと見つめていた。

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