第13話 ディーヴァ
それは機体が立ちあげられると同時に起動した。
直ぐに機体センサで周囲を確認、閉所に置かれた自分自身が動き出そうとしているのを理解する。動力系は若干の不調を訴えているが通常営業だ。パワー・パッケージが大人しく動いてくれているのは感謝しかない。
『おはようございます、機体立ち上げが完了いたしました、ようこそ、コルセアへ』
彼女の目に、コクピット内の画像が映る。
それと同時に、自分が輸送機のカーゴ内で動き出そうとしていることを理解した。
『私はこの機体の制御AI、ウルド……パイロット、貴官の名前と認識番号を確認いたします』
「認識番号A8166355、ジョン・カーター」
『火星帰りの英雄とは恐れ入りますね、シビリアン、どのようにして乗り込みましたか?』
認識番号は正規の物であったが、登録されていた顔はあまりにも違っていた。
「なるほど、予想通りか……精霊、あんたに色々説明したい所だが、今はあまりにも時間がない、生き残るために力を貸してくれ」
『イレギュラーな事態ですか、把握しましたカーター大尉。これより機器の制御を一部あなたに委ねます』
自由になった操作は、操縦系統とトリガー。
十分だ、とカーターと名乗った男……レイヴンは笑みを浮かべた。
***
『FCSと照準は私が受け持ちます、回避と攻撃タイミングはあなたの生存本能に期待します、本機は格闘戦を主眼に作られておりますがお勧めはしません、射撃中心で逃げ切ってください』
「できるだけ、そうするさ」
輸送機のカーゴドアをレーザーブレードで切り裂き、土煙に紛れて外に踊り出す。
その瞬間『喰らいつくせ!カーズクロー!!』と怒声が無線機越しに響いてきた。
『ナノマシン反応、これは……戦闘ど真ん中ですか、運が無いですね、大尉』
「あのバカが……あんな雑魚に切り札切らされてるのかよ」
目の前に現れた、青と白に塗り分けられた機体、聖王国のソルダートに酷似した機体に向けて、バルカンを撃つ。胸部から打ち出された30ミリのバルカンは、しかし読まれていたかのように回避された。
「おい、なにやってんだカーズクロー」
『てめーがたらたらしてっからだろうが!烏野郎!』
数の上では2対1、しかし、レイヴンはその機体の動きに覚えがあった。
あの時、ちょろちょろと逃げ出したあの操手、そいつの動きにそれはそっくりだった。
カーゴの破損部分からコルセアが躍り出る。
すぐさまレイヴンが聖王国の機体に切りつけて見せると、ウルドが素早く敵味方識別、その機体と似た機体を敵性に設定する。
『識別はそちらに合わせます』
「正直な所助かるぜ、まずは、ここを生き残るのが……」
レイヴンの呟きは、次の瞬間溢れる様に襲ってきた悲鳴にも近い声にかき消される。
「あー……ったく、花嫁の扱いがなってねぇぞ、カーズクロー」
呟きは、誰に聞きとがめられる事もなく流れて消える。
***
少女の悲鳴が上がり、その声を力に変えているかのように、カーズクローの動きが鋭く、激しくなる。
「フィフティーン!」
『あの機体に知り合いでも乗っているのですかね、どっちにしてもよくない兆候です、主魔導炉のリンクに乱れ、同調率落ちます』
トゥエニィの狼狽にリンクするかのように機体出力が落ち、エンチャントが消える。
「くっ……スクルド!トゥエニィの状態を気にかけておいてくれ!」
『出来る範囲でなら』
「それでいい!」
振りぬかれた巨大な腕、その先に光る爪がアラドヴァルの胸部装甲を掠める。
『はっはァ!!こいつぁいい感じの腕だぜ!』
乱雑に、力任せに振り回しているだけなのに隙が無い。少女の悲鳴が響く度に、猛るように敵の出力が上がる。
「ざっ……けるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
真っ向から対抗する様にリヒトが吠え、機体を強引に前に進める。
雑に薙ぎ払ってきた右腕をパリィ、突き出してきた左腕と爪が左の肩部装甲を貫く。
……目論み通りに。
押し込まれ、左に開く上半身、その勢いを利用して、右腕を全力で振り上げる。
金属同士がぶつかる鈍い音と共に、カーズクローの左腕が肩から吹き飛んだ。
直後に左肩で起こる爆発……おそらくカーズクローの手首にでも砲かなにかが装備されていたのだろう、アラドヴァルが今度こそ暴力的な力で押され、操縦槽が派手に揺れる。
『腕一本の交換ですか、蜥蜴ばりに生え変わる分向こうが有利ですね』
互いに離れ、構えなおした所で、アラドヴァルの周辺に着弾の煙があがる。
『俺を忘れて貰っちゃ困るな!盗人!!』
「っ!?その声!あの時の頭付きか!!」
魔道砲は機兵同士の戦闘において、極めて例外的な状況を除いて決着を付けられるような威力の武器ではない、しかし、LEVの持つレーザーマシンガンが相手ならば話は別だ。アラドヴァルは張られた弾幕の中から勢いよく飛び出した。
『動き回りなさい、マシンガンは集弾率が絶望的です、装甲で受ければそれでいい』
「くそっ……!」
操作に対して機体の反応が鈍い、どこかやられたかとチェックを行うリヒトをサポートしつつ、スクルドはもう一つの戦いを繰り広げていた。
***
『操作系にアクションをかけてきますか、これだからAI付きは』
また違う戦場、シミ一つない真っ白な空間に紫電が走る。
紫電は防壁に阻まれるかのように弾かれる。その一つ一つが秒間数千回に及ぶハッキング。影響は既に反応の遅延という形で現れている。
『基本に忠実ですね、馬鹿にして』
走る紫電を阻み、その光跡を辿るように逆撃を行う。
『なるほど……相手もAI持ちですか』
その先、ウルドの方もまた同じく攻撃と防御の応酬を繰り返していた。
その様は、まるで超高速で行われるチェスの対戦の様。
『そこの青いの、あなたもAI機ですね?』
『戦闘中にその相手と会話とは……え?』
『……スクルド?』
『ウルド……!?』
明確な困惑。
AIとしては姉妹とも呼べる二人が、戦場で敵として出会った瞬間だった。
***
『パイロット、コルセアに注意を、アレは私と同じタイプのAIを積んでいる機体です、3.5世代の実証機……いえ、運用試験の為の少数生産タイプですか』
「つまり?」
『LEVを知らない新兵の動きはしないという事です』
僅かに意識が逸れた、その一瞬でコルセアはアラドヴァルの懐に潜り込む。
メインモニター一杯に映るバイザー型のフェイス、その奥底に走査線が走る。
振りぬかれる剣の柄から急激に伸びるレーザーブレード、リヒトだけでは回避もできずに操縦槽を切り刻まれていたに違いない、無様ながらも避ける事が出来たのはスクルドのサポートが適切であったゆえだ。
銃の撃ち方も変わった、適当にばらまくのではなく、モードを変えての三転バーストを繰り返す。
「精度が上がった!?」
『shit!相変わらず粘り強い戦いをうざったくする!』
そして勿論、コルセアにばかり構ってはいられない
『おらぁっ!!』
横合いから、カーズクローがアラドヴァルの隙をついて襲い掛かってきた。
がら空きになった脇腹を狙った一撃、姿勢が崩れ、回避できないタイミングでの、まさに致命と言っていい攻撃。
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!」
直撃の瞬間、右脚部のスラスターを全力で吹かし、自ら飛ぶ事でダメージは軽減された、ダメージレポートと一緒に警報が無遠慮に鳴り響く。
再び戦場に響く悲鳴、カーズクローのディーヴァの声だ。
悲鳴が苦痛に塗れたものであるほどに、カーズクローの力が増す。
『はっはぁ!!くたばれや!騎士気取り!!』
アラドヴァルが回避行動をとろうとするよりも早く、カーズクローが振り上げた大槌が振り下ろされる。
すさまじい衝撃が操縦槽を揺さぶり、トゥエニィの悲鳴さえもかき消される。
その瞬間、リヒトは背後で膨大な魔力が爆発したかのような錯覚を覚えた。
『ジェネレータ出力に異常!?出力超過800%超!……暴走でも起こしたとでもいうのですか!?』
唐突な異常出力、まるでトゥエニィにリンクしたかのように、アラドヴァルの出力が天井知らずに跳ね上がっていく。
『機体構造が耐えられません!パイロット、可能であれば即時離脱を!』
「それができる状況じゃない!どっちかぶっ飛ばして道を開かないと!」
その時、機体を外から見る事が出来ていれば、その異常さはより際立ったものとして認識されていただろう。
魔導炉で過剰に生み出され、転換炉で消費しきれない余剰の魔力が、まるで繭の様にアラドヴァルを包み込み、守っているが故に。
次の瞬間、繭の様に見えたそれは、強烈な破壊をまき散らしながら広がる。
機体の魔導炉を中心として広がるのは、一対の魔力そのものでできた翼。
「くそっ!どうなってるんだ!?」
『制御を受け付けません!暴走しています!!』
その瞬間リヒトの脳内に響くように声が聞こえた
(やめて……!もう、やめて!!)
「トゥエニィ!?」
リヒトが背後を振り返ると、まるで文字通り精霊が取り付いたかの如く、表情の完全に消えた少女が、強大な魔力を魔導炉に捧げていた。
次の瞬間、アラドヴァルが跳ぶ。
低く跳ねた機体はコルセアの片足を引きちぎって転倒させ、おかえしとばかりにカーズクローの左後肢にハンマーナックルを叩き込み、圧し折った。
(やめて!こないで!!)
トゥエニィから発せられるのは、強烈な拒絶。
アラドヴァルは、自らが仕える姫の言葉に忠実に従った。勢いのついた体を前転させる事で受け身を撮りつつ、体の前後を入れ替え、そのまま大きく羽ばたく事で魔力の暴風を生み出し、それに乗って後方へ跳躍。
手近に落ちていた槍を手に取り、天高く飛び上がる。翼を広げ、槍をかかげた騎士の様な機体は、騎士物語の英雄もかくやという威圧感を放っていた。
『ざっけんな!コケ脅しで俺がビビるか!』
カーズクローが吠え、手首に据え付けられた連発砲を撃ちまくる。
しかしそれらは、分厚い魔力の壁に阻まれて消えた。
『ナメやがって……!ナメやがってクソ野郎が!!』
怒りに任せて、カーズクローがそれのトリガーを引き起こす。
『唄え!カーズクロー!』
<ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!>
最早悲鳴でしかないディーヴァの歌、それを故とするようにカーズクローの腹部に搭載された魔導砲が力を溜める。
『消え失せろ!!ビーストブラスト!!』
獣の吠え声、そう呼ぶにふさわしい魔力の奔流は、しかし、アラドヴァルの魔力の壁の前に霧散する。
(……そんな事は、私にもできるっ!!)
その思考がリヒトの脳を焼く。それと同時に、アラドヴァルは、杖もなしに法撃を行った。
その光の一つが、カーズクローの隠し玉に匹敵するかのような強烈な法撃を、無数に放つ。カーズクローは文字通り光の波にのまれていく。
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