第12話 逆転

 戦場にあまりにも似つかわしくない、歌声が響く。


「私は願う、この歌が力になる様にと」


 いや、正確にはそれは歌とは言えないだろう。

 たまたま、それが音階を持っているかのように聞こえるだけで、スクルドや、少し離れた場所でアラドヴァルを見張っていたアンドロイド達にははっきりと判る程の、超高圧縮された機械語


「私の騎士に、勝利の力を」


 歌声と言う割り込み命令を受けた魔導炉が出力を上げ、魔法を形成する。

 強烈な熱を発し始める右の剣と、相対するように霜が張り、冷気を発し始める左の剣。


「私の翼は炎となり、私の翼は氷となり、騎士の剣に加護を与える」


 ごう、と強烈な熱波と、寒波を、リヒトは同時に感じた様な錯覚に陥った。

 操縦槽の装甲に守られているにもかかわらず。その熱波と寒波が同時に自分に襲い掛かったと意識が認識した。

 果たしてそれを裏付けるように、並の騎士がやって出来るような出力ではないほどの、文字通り炎に包まれ、氷結した剣を両手に持つソルダートの姿が現れる。


「我らが敵を撃ち果たすまで、この歌は止まらない」


 左右異属性の付与というのは、決して絵空事ではない。実際にやってのけた者もそれなりにいる。しかし並の天才に出来るようなものではない離れ業である事に違いはない。

 しかもその出力は、はっきりと異常と言い切れるほどのものだ。

 ディーヴァという加護を受けた機体の、力の片鱗。それは強烈な熱を伴ってカーズクローを焼き、刹那の間を持って身じろぎ一つできぬほどに凍り付かせる。そこに叩きつけられる物理的な衝撃。強烈な温度差で脆くなっていた接続部にとっては、脱落するのに十分なダメージが叩き込まれる。


『なぁっ!?』


 カーズクローの狼狽した声が響く。

 いつぞやの弱兵と侮っていた相手が、わずかと言うのもおこがましい間にこのような技を身に付けていればそうもなるだろうが。

 脱落した右腕の装甲を信じられないと見る、敵の前でその行動はあまりにも大きな隙だった。はっと我に返った時、強烈な炎を纏った刃が、既に目の前まで迫っていたのだから。


『クソがぁっ!!』


 防御が間に合ったのはただの僥倖だっただろう。そのわずかな時間で過剰に金属が熱せられ、融解直前までの熱を与えられたという事実に目を瞑れば。

 次の瞬間に襲い掛かった強烈な冷気で、今度は稼働不良を起こすほどに冷やされた金属製のフレームが、僅かに文句を言う様にぎしりと音を立てる。

 急激に熱せられた直後に冷却された金属は、続いて襲い掛かる物理的な衝撃に耐えるだけの強度を既に持ち合わせていなかった。中途半端に砕けたフレームを軸に、大型の爪がだらりと垂れる。


『て、テメェ……!このカーズクローをコケにしやがってよぉ!!』


 装甲の剥がれた右腕で大型のモールを抱え、リヒト機から距離を取る。人馬機ならば一瞬で詰められるが、機兵であるアラドヴァルには少し遠い間合い。


「大丈夫、信じて」


 少女の声がリヒトの背を押す。

 アラドヴァルは、目の前の人馬機に決して負けぬ速さで、その懐に飛び込んだ。内懐まで飛び込めば、相手は武装を振るえないが、こちらも剣を振り切れないのは承知の上で、脆くなった左腕の関節に突き立てる。

 破砕の音は一度、落下の金属音をかき消すように、アラドヴァルが独楽のように回り、その遠心力を剣に込めて薙ぎ払う。

 カーズクローの胴部を狙った一撃は、咄嗟に持ち上げられた左前脚を傷つけるに終わった。

 腰部スラスターを噴射して、離脱と目くらましを同時に行う。

 アラドヴァルがカーズクローの懐から抜け出した直後、振り下ろされたモールが何もない地面を打ち付けた。


『ヤロっ!逃げんな!!』


 苛立ち紛れにモールを投げ捨て、腰部にマウントされた小ぶりのクラブを引き抜くカーズクローは、ここでわずかながらにでも冷静さを取り戻したのか、無理な突撃はせず、いつでも走れるように脚をためる。操縦槽の中で、カーズクローは歯ぎしりする、どんな手品を使ったのかは知らないが、奴の良い様にさせているのは甘受できるものではない。

 カーズクローの名の由来になった、金属製の義手がガンガンとコンソールを叩く。

 ふと、その爪先にあるボタンを目にして、そいつはにやりと笑みを浮かべた。


***


 不意に、その機体は動きを止めた。

 観念したかのようにだらりと垂れた両手、光の消えた魔晶球。

 リヒトはぎりぎりの間合いを保ちつつ、様子をうかがう。


『あ~、まて、まてよ、聖王国の騎士サマよ』


 不意にオープンチャンネルで入った通信、スクルドが自動でチャンネルを繋げる。


『俺の負けだ、機体ももう動かねぇや、投降しようにもハッチが開かねぇからよ、そっちの方で開けてくれねぇか』

<罠です、敵機体内に動力反応を感知>


 声は出さず、スクルドが字幕でリヒトに警告する。


「開ける必要はない、このまま後方へ牽引する」

『いやいや、こんなデカブツ担いでいくのは一苦労だろ?』

「生憎と、規定だ」

『硬ぇ野郎だ』

<機体再起動信号を確認>


 モニターに浮かぶ字幕が急に拡大される。


<右へ!>

『なぁっ!!』


 跳ねるように行った回避が間に合い、不意打ちで突き出された右腕のフレームが空を切る。

 同時に下から振り上げた剣が、その右腕を関節部分より少し上から切り落とした。


『唱え!カーズクロォ!!』


 それを意に留めず上げられる声。

 そして、それに応えるように、戦場に悲鳴が響き渡った。


『あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

「フィフティーン……!」


 ふと背後から聞こえた少女の声に、リヒトが気を回している余裕はない。

 敵機が適当に壊れかけた腕を振り回し、迂闊に近づけない状況となっている。

 それを知ってか知らずか、カーズクローが更に距離を詰め……


 突き出された腕を前転しながら避けると、カーズクローの腕はリヒトが背にしていた謎の遺跡に突き刺さる。


『丁度いい……食い尽くせ!カーズクロー!!』


 その時、戦場に響いたのは悲鳴だったろうか。いずれにせよ凄まじいほどの光が走る、咄嗟に遮光モードが発動し、強烈なフラッシュからリヒトを護った。


『な、なんですか……!?これは!?』


 何が起こったのか、スクルドすら理解はできなかった。

 光が消えた瞬間もう然と襲い掛かって来たのは、巨大なかぎ爪を備えた両腕を振りかざして襲い掛かってくるカーズクローだったのだから。


『ナノマシンによる再構築!?DAMM!!そんなものまで積み込んでいるのですかアレは!』

「ナノマシン?」

『話は後です!要するに腕が再生したと思っておきなさい!』


 ナノマシンによる自律修復は確かにあった技術だ、だが、それは人類の滅亡と共に失われたのではなかったか?

 考えるスクルドの視野の片隅に、トゥエニィが移り込む。

 そして、先ほどから敵機がなにかやらかす度に聞こえてくる「悲鳴」


『パイロット、敵機はおそらくこの機体と同じシステムを搭載しています』

「同じ!?」

『効果の向く先が違うだけです、あの機体は、修復用ナノマシンを強化している!』


 ただでさえ希少なものを、そいつがどうやって入手したのか、それは気になるがどうでもいい事だ。

 今は、とスクルドが続ける。


『とにかく今は離脱を……!?』


 次の瞬間、リヒトが身を隠していた大型の遺跡の一部が挟異音と共に崩壊した。


「今度は!?」

『残骸……いえ、大型輸送機!?』


 その正体を理解したのはやはりスクルドだけであったが、その先はまさしくスクルドにも読む事が出来ない展開だった。

 もうもうと上がる土煙、その中から人型がゆっくりと現れる。

 その機体に、誰よりもスクルドが速く反応した。


『コルセア!?何故こんな所に!?』

「スクルド、あれは?」


 リヒトの問いかけに、スクルドが歯噛みしつつ答える。


『いわいる旧大戦の頃の汎用LEVです、完全な形で保持されていたなんて』


 知っていたらハッキングしたものを、と舌打ちするAIの様子を気に留めず、リヒトは回避行動をとる。

 理由はない、完全なカンだった。

 LEVが撃ちだした小口径バルカンがアラドヴァルの居た場所を撃ち抜いたことで、カンは当たっていたことが証明される。欠片も嬉しくは無かったが。


 襲い来るカーズクローと、正体不明のLEV。

 状況は一転し、リヒトは再び生存の為の戦いに放り出された。

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