第11話 再度の遭遇

 デンバー遺跡にて聖王国に動きあり。

 その情報は帝国の前線、レスクヴァ要塞に伝えられた。

 即座に複数の偵察隊が要塞から出動し、戦場を駆けまわって情報を集める。

 そんな折、帝国軍に一台の従機が近づいていた。


***


 リヒトが味方と合流した時、既に大勢は決しているように見えた。

 メカニカと聖王国の主力部隊とでは、やはり戦力に覆せないほどの差があり、現在においてなおその差は広がり続けている。


『深追いする必要はねぇ、森の中に連れ込まれないように気を付けろ』


 入り込んできた無線に、リヒトは我知らず息を吐く。


「隊長!」

『おう、リヒト、グスタフから連絡は受けてる、左翼が薄い、そっちに回れ』

「了解しました!」


 わずかな指示が飛ばされ、リヒトはすぐに機体をそちらに回す。


「少し、揺れる、しっかり掴まって」

「……うん」


 僅かに揺れる彼女の髪に肯定の意を捕えて、リヒトは機体の推力を上げた。


***


 左翼の戦闘は微妙な膠着状態に陥っていた。

 森まで距離があり、比較的開けた場所での戦闘なのだが、その開けた場所と言うのが問題だった。

 奪取された何機かのダック・ボウがメカニカの手によってバリスタから大型砲に換装され、只管に弾幕を張られている。

 突破しようとしてできない事はないが、聖王国にとっては割に合わない状況と言って過言では無かった。

 従機数台の攻撃で機兵一機を破壊されたのでは色々な意味で割に合わない。

 手近な建物の残骸に身を隠して、リヒトもまた雨の様な砲弾に辟易していた。

 現場改修の廃品利用従機とは言え、使い方次第では死ぬほどめんどくさい。


「というか、ありゃあちらさんでダック・ボウを作り上げたか?」

「ウチのアヒルも、いろんな所の残骸寄せ集めた使い捨てだからな」


 分厚い城壁の裏で、対機兵用の装備を抱えた歩兵達が愚痴る。


『ま、アイツらには俺らはいないからな……ジョー、前進できるか?』

『出来るだけやってみますが、期待せんでくださいよ』


 城壁の一部が、ゆっくりと動き出す。

 一見城壁の様に見えるそれは、ドラッフェン・シールダーと呼ばれる防御特化の従機。

 前進する城砦という悪ふざけの具現化の様な状況にメカニカの出した返答は、火力の集中だった。

 

『ま、撃ってくるやな』

『機兵連中の盾にはなれん、歩兵は根性入れて付いて来いよ』


 押し出される城壁の圧に加えて、聖王国のダック・ボウ部隊がシールダーの構える盾の隙間から対城バリスタや対機兵砲を撃ちまくる。

 メカニカの火箭は、徐々に弱まってくる。どっかが食いついたかとシールダーの一機が周りを見渡すと、土煙を上げて疾駆する何かが見えた。

 まるで蒸気自動車の様に走りながら、メカニカ側の歩兵の銃撃を弾いて見せる車両。

 機兵や従機と同じく青と白で塗り分けられた車体が、それが聖王国の所属だと雄弁に語っている。


「おいジョー、ありゃなんだ?」

「ビックス、俺が判る訳ないだろ」


 がっしりした四角い車体は頑強な装甲に覆われており、上部には中型の砲塔が搭載されている。伸びた砲身は大きくはない、連射できている所から見るに速射砲の類だろう。

 実際、歩兵にはそれなりの損害を出しているが、従機が相手だと余程当たり所が悪くても完全破壊までは行っていない。


「おい、気づいてるか?」

「あぁ、あいつ一機で俺らとダック・ボウ両方の仕事をある程度できてやがる」


 メカニカの歩兵と聖王国の歩兵が戦っている場所に躍り出た車両群は、自らの車体を盾にして歩兵への攻撃を吸収しつつ、自由に旋回する砲塔でメカニカの歩兵を蹴散らした。

 車体後方の扉が開き、そこから飛び出してきた歩兵達が負傷者を運び入れ、長い間前線に縛り付けられ、退く事も出来なかった兵を回収する。

 無論、犠牲が無いとは言えないが、それでもまともに撤退するのとは比べ物にならない大人数がその車両に回収される。負傷者を乗せた何台かは限界まで収容するや、来た時と同じく圧倒的な素早さで後退していく。


「蒸気自動車に御株奪われるとかたまったもんじゃねぇ、前進するぞ!」

『おう!』


 聖王国の従機隊は奮起した、歩兵の守護たるドラッフェン・シールダーが、たかが蒸気車両に名誉を奪われてなるかと、元々鈍足の機体を走らせ、前線を更に押し込んだのだ。

 そのシールダー達の背後を護るダック・ボウ達も遅れる事無く追従し、ついに敵機をより正確な照準に捕らえられる距離までたどり着いた。

 横から回り込もうとする歩兵や従機達は、聖王国の歩兵達や、後方から追従してきた機兵によって丁度狩られるようなタイミングで現れてしまい、したたかに打ち倒される。

 シールダーに取り付こうとするメカニカの歩兵達は、従機が手にする巨大な盾に殴り飛ばされて吹き飛ばされるか、当たり所が悪く、重機兵用の盾にへばりついた、趣味の悪い装飾と化した。


***


 前線は押し出され、歩兵群による森林での戦いが始まる。

 狭所において、機兵のできる事と言うのは驚くほどに少なく、そう言った場所で機兵にできる事はほぼ全て従機にもできる。

 ともなれば、機兵が相手をするべきは……

 そういう歩兵部隊の背後を蹂躙しようと襲い掛かってくる、敵機兵部隊だ。


『さぁ、来やがったぞ!お客さんだ!』


 耳を突く通信に、リヒトは周りに合わせて機体の盾を構える。

 突っ込んでくるのは、メカニカの尖兵たちがさまざまな場所で奪ってきただろう、統一性のない機兵の群れ。

 種々多様な機兵はどれもどこかが損傷しており、ジャンクを動かしていると表現したほうが正しいようなものも多く存在している。

 後列に位置した機体と、一部のダック・ボウがこちらに近づこうとする機兵に対して砲撃を開始、圧倒的に数に劣るメカニカの機兵から、いくつかの脱落が起こる。


『撃て撃て撃て!三機で一機!!カルト共に情けをかけるな!!』


 ソルダート達の射撃を受け、メカニカの機体……おそらくはキャットフィッシュの残骸をベースに組み立てられたカスタム機がもんどりうって倒れる。

 倒れた機体を踏み砕きながら、一機の人馬機兵が踊り出る。

 肥大化した左腕と、燃えるような単眼。


「あいつは……!」

『ハッハー!カーズクロー様のお出ましだ!怯えてくたばれ!クソ女神の肉奴隷共が!!お前らのだ~い好きな女神様の服を俺の腕で引き裂いて、自慢のイチモツでひぃひぃ言わせてやるからよ!てめーらは部屋の隅で縮こまりながらそのクソちいせぇモノでマスでもかいてな!!』


 前脚を新しい物に交換したカーズクローの機体が飛び出してきた。

 力任せに腕を振り回し、鋭い爪先で聖王国の機体に襲い掛かる。


『全く、品性と言うものを欠片も感じさせない輩ですね……パイロット、判っていると思いますが』

「大丈夫だ、二度も無様は晒さない!」


 スクルドの言葉に、リヒトが答える。

 ソルダートの標準装備である直剣を引き抜き、盾を前に出した状態で下段に構える。

 力任せの薙ぎ払いを正面から受け止めると、そのまま機体出力にモノを言わせて押し返す。上半身の反った相手の胸部を狙う突きは、反射的に胸部を護ったであろう左腕の装甲を浅く削るにとどまった。

 横から追撃をかけた僚機の一撃は、身を捻りながらの後方への跳躍でかわされる。


「強い……!」


 入れ替わるように襲い掛かってくる従機の群れを迎撃しながら、リヒトは唇を噛む。相手は強いが退く事はできない。ここで前衛が退く事は、重装で動きの鈍い後列を危険にさらすという事だ。


『パイロット、武装への属性付与は可能ですか?』

「無いよりまし程度どころか、付与する意味、とか聞かれる程度なら」

『無いよりましでしょう、その辺に落ちてる剣を拾って、左右にそれぞれ熱と冷気を付与し、相手に金属疲労を起こさせるんです』

「無理、左右異属性の付与は並大抵でできる事じゃない」


 スクルドの提言にリヒトは頭を振る。相手の装甲とフレームにダメージを与える程熱してから急激に冷やすような付与を、しかも同時に等、どれほどの天才ならばできるというのか。


「……リヒト、さん」


 声は、後席から聞こえた。


「剣を、取って……魔法は、任せて」


 通信モニタに映るのは、リヒトを真っ直ぐに見つめるトゥエニィの姿。考えるよりも早く、リヒトは手にした盾をマウントすると、近くの残骸から直剣を取り、二刀を構える。


「……私は、願う」


 そして、戦場に彼女の歌が響く。

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