第10話 機兵の戦い
戦場に立ち、向かい合う機兵。
単眼四足、肥大化した左腕の爪……人と馬の混じった異形の姿で作られた人馬機兵を更に獣に寄せた様な機体、カーズクロー。
それに相対するは、己すらも凌駕する大盾と大槌を持ち、分厚い装甲に身を包んだ、ソルダート・アイゼン。
『おい』
不意に無遠慮に繋がった通信が、返事など期待しないとがなり立てる。
『テメェは、さっきのガキよりかはマシなんだろうな?』
武器をこれ見よがしに下げ、小馬鹿にするように左腕の爪で手招きする。
あからさまな挑発。しかし騎士は決してそれを相手にせず……。
次の瞬間、ソルダートの手にした大槌が、カーズクローに襲い掛かった。
目の前に叩きつけられた大質量に驚いたように、四足の機体は獣の俊敏さで距離を取る。
「反応速度は悪くない、が、誉めるほどもないな」
グスタフの戦いを余人が評価するならば「堅実にして堅牢、面白味には欠ける」と言った所だろう。
10年は機兵を駆り戦ってきた騎士は、多くの戦場を生き残ってきた故、人馬機兵、獣装兵とも数多く戦ってきた。
四つ足の膂力を使っての突進を仕掛けてくる敵を正面に見据え、大盾を構えて腰を落とし、大槌の先端、槍の様に鋭いそれを正面に向ける。
石突をしっかりと足で押さえ、構えたその姿は古のパイク兵のようにも映る。しかしそれが優秀であったのは馬という「生物」が槍を恐れたが故。
初めからそれが判っている、人が操作する機械が相手ではその効果など……
接触の瞬間、グスタフの持つ大槌の先端が伸びた。
正確には手元のトリガーによって打ち出されたそれは、獣の反射神経で強引な回避を行ったカーズクローの右腕を貫き、引きちぎる。
『てっ……テメェ!?』
「ほぅ、胸部装甲ど真ん中をぶち抜くと思ったんだがな、だが、幸運が続くと思うな」
ガチリ、とカーズクローから判るように、大槌の仕込み槍が引き戻される。
「さてどうする、俺は続けても構わんが?」
『ほざきやがれ着ぶくれが!テメェなんぞにこの俺が!カーズクローが!』
突き出された爪を槌でパリィ、左手に持った大盾を突き出し相手の視界を殺すと同時に前足を薙ぎ払う。
これは読まれていたのか、棹立ちになる事で回避するカーズクロー、そのまま前足を振り下ろし、機体重量をそのままソルダートに叩きつけようとする。
『くたばれぁっ!』
「ぐぅっ……!!」
カーズクローの運が良いのか、うまく盾の隙間を塗った前足がグスタフ機に襲い掛かる。即座にグスタフは盾を手放し、カーズクローの両前足をがっちりと掴む。
前足二本と両手での力比べ、人型を模したソルダートには、圧倒的に不利な状況。
『オラ死ねや雑魚助!!』
巨大な左腕が伸びて、グスタフ機を滅多打ちにする。
格闘戦に調整された大型クローは重装甲で鳴らしたグスタフ機に決して軽くはないダメージを与える。
そう、ここまで有利を取って、所詮その程度しかできなかった。
「ぬ・お・お・お・お・お・お・おっ!!」
機体フレームが軋みを上げる、想定外の重圧とそれを正面からねじ伏せようとする過剰な出力要求に転換炉が悲鳴を上げる。
それでも、重装甲を軽々と動かすために出力を上げられた駆動系は、黒血油にかけられる圧力に耐えきった。
両足を踏ん張り、重量物を軽々と振り回すために過剰なパワーを送り込む事を常とされた両腕が、カーズクローの両足を押し返す。
かけられる重量にフレームがさらに軋み、両の足はずしりと地面にめり込む。
『……っ!馬鹿力がぁっ!』
重量差をパワーでひっくり返される、そう思ったカーズクローは一度引いて体制を整えようとする。
そう、退いてしまった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
グスタフの吠え声に応えるように、魔導炉が唸りを上げる。
生み出された莫大なエーテルは転換炉に叩き込まれ、それまで以上の圧を黒血油にかける。
ついに
グスタフ機の両腕がカーズクローの前足を完全に抑え込む、慌てて退こうとしたところで退けるものではない。
そのままグスタフは、人馬機兵を横なぎに投げ捨てた。
『ぐあぁっ!?』
それだけで軽機兵1機分の重量があると言われる、特別製のタワーシールドを片手で自在に操る膂力は半端ではない。カーズクローの右足首は握りつぶされ、左前脛はあらぬ方向に曲がっていた。
「人馬機兵は不便だな、その位の損傷で動きは格段に悪くなる」
多くの場合馬を模している人馬機兵は、その構造上前肢にかかる重量が多い。
カーズクローもその例外にはなく、設地面など望むべくもない左前脚と、地面につくには付くが、もはやその先端は棒切れも同じ状態の右前脚をばたつかせて立ち上がろうとするのが精一杯だ。
右腕、左前肢の喪失、右足は握りつぶされ動作不良。後肢は無事だが……そこが残っている所で、機体全体を支えている前肢が壊れていては意味がない。
『ぐぅっ……くっ!ポンコツが!立て!立てってんだよ!!』
何度も機体を立たせようとするが、最早状況は根性や精神論でどうにかなる物ではない。
立ち上がろうとしては倒れるその姿は、生まれたての仔馬というほどの健気さもなく、唯々無様としか言い表せない。
「祈りの時間は十分だろう」
カーズクローにゆっくりと近づき、グスタフ機が大槌を振りかぶる。
「落ちろ」
それが振り下ろされんとした刹那、幸運の女神がなんの気まぐれか、カーズクローに微笑んだ。
グスタフ機に襲い掛かる無数の魔道砲弾。機兵を撃破するなど考えもつかないような武装だが、それが数十機の従機から、回転式機関砲の発射速度で浴びせられれば牽制になる。
「くっ!?」
予想もしていなかった不意打ちに、さしものグスタフも怯む。そして、その隙を逃すカーズクローではない。
役立たずの前肢の動力を切ると、残ったバーニアスラスター全てを使ってその場から一気に離脱した。
「っ……!調子に乗ったか……!」
失態に舌打ちすると、投げ捨てた盾を拾いなおし、それを地面に突き立て、即席の防壁にする。
「全く、オプファーベルを叱れんな」
砲撃の音が止む、メカニカの従機達が接近してくる様子はない、寧ろ人馬機兵を回収し、後退を始めている。
状況の〆時だ、グスタフはそう考え、追撃を断念する。
戦場の跡に、一吹きの風が流れた。
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