第9話 初陣


 アラドヴァルが駐機されていた整備ハンガー群は戦線からそれなりに後方に配置されていたが、戦闘が始まって以降損傷機体が運び込まれるようになった。

 僚機に肩を借りて護送されるソルダートの足元で、ようやく駐機状態になったダックボウから操手のエクスワイアが転げるように脱出する。

 大量の水魔法で何とか消火はされたが、あの従機を戦線に戻すには時間がかかる。殺すよりも重傷者を作り出す方が敵の戦力を割けるとはよく言ったものだ。

 相手の指揮官は猪突猛進を絵にしたようなタイプらしいが同時に馬鹿でもないらしい。

 まともに相手取るには面倒な相手だ、と状況を見ながらつぶやく。


『騎士グラムエル、リヒトの連れ子が起動成功との報告です、現在こちらに向かっています。』

「おし、この際物が何であれ数が欲しいからな、あのくぞ真面目の事だから道草くう事はしないと思うが」

『マーベットが先導を行っています、迷う事はまぁないでしょう』


 グラムエルの機体が戦場に躍り出る。手にしたグレイブの一振りでメカニカの従機を何機か纏めて吹き飛ばし、肩部に仕込まれた連発型魔導砲が歩兵群を牽制するように着弾の土煙を上げる。

 射撃が収まり、土煙が収まるより早く騎兵隊が突撃し、怯んだ歩兵達を正面から押し返す。

 どれほど機兵や従機の技術が進歩しようと、最後の最後に戦局を決めるのは歩兵だ。

 既に建物内では野戦に勝るとも劣らない戦いが始まっているところもある。


「さて、押し返せるかね」


 口の中で呟くと、グラムエルは戦線構築の為に機体をさらに前に出す。


 戦火はさらに燃え盛りながら辺りを飲み込み続けていた。


***


 戦場へ飛び出したリヒトは、すぐさま自分の部隊を探す。グラムエル機の暴れた痕跡を辿る様に、リヒト用に突貫で調整された機兵は大地を駆けた。


『パイロット、味方部隊の位置を再更新』

「大分南にずれたか……」


 簡易的に表示された地図上で、アラドヴァルの居る位置は所属する部隊よりも南にずれていた。


「マーベット、機位が南にずれてる、方位修正しないと」

『いや?これで合ってるさ』


 わずかに感じた違和感、それを表に出さないようにリヒトが続ける。

 自分を先導する従機、それがわずかに足を速めた気がした。


「ところでマーベット、この間のカードの貸しだけど」

『ん、あぁ……そりゃ、後でな』


 次の瞬間、リヒトが足を止める。


『おいどうしたんだよ?急がねーと隊長にどやされる……』

「いや、割と簡単にかかったな、と……マーベットにはカードの貸しなんて無い、この間誘われたけどイカサマが判り切ってたから断った」


 従機の足を狙って放たれた蹴りを、従機は軽く跳ねて避ける。


「マーベットをどうした」

『判り切った事を聞くのは三流だ、と言われなかったか?無能』


 それが最後の通信、逃げようとした従機とスパイは、しかしアラドヴァルの一撃から逃れることができなかった。

 単純な大きさの差、出力の差は……踏み込みの速度に絶望的な違いを産み。

 結果、逃げ出そうとした従機は、その操縦槽を突き出された槍に深々と貫かれた。


「……」


 何も言わず、槍を振りぬいて刃にこびりついた黒血油とそれ以外の物を振り払う。


「スクルド、機位を確認、合流の為コース変更する」

『了解、ルートを再構築します』


 ナビゲーションに従って機体を動かす。


「……」


 後席に座るトゥエニィの目が、何かを訴えているようにリヒトは感じた。


***


 その機兵は、まるで当たるを幸い暴れまわる狂牛のように敵を求めていた。

 聖王国の従機群を蹴散らし、わき目も振らずソルダートに襲い掛かる単眼の獣。


『おらおらどうした!?もっと強えぇ奴ぁいねぇのか!?』


 右腕に持った巨大棍を振り回し、左手の代わりに据え付けた大型クローがソルダートの胸部装甲をやすやすと抉り取る。

 むき出しになった操縦槽、その「急所」をわざと外して、まるで遊ぶようにそのソルダートの足を潰し、腕を引きちぎる。

 脱出しようと緊急脱出ハッチを炸裂ボルトで吹き飛ばしたそのタイミングを見計らっていたかのように、カーズクローの左腕が、操手の肩から上を消し飛ばした。


『はっはァ!!たまんねェなぁ!おい!』


 暴虐、そうとしか言い表せぬ破壊。人馬兵と呼ばれる機体が、勝ち誇る様に棹立ちになる。

 機体のレーダーが急接近する機体がある事を知らせると、そいつはそれに向き直る。


『どうしたよ、おい、お仲間が虫みてぇにぶち殺されてキレちゃったかぁ?』


 戦場に躍り出た、他よりも一回り大きく見える無塗装のソルダートを見定めるように、カーズクローの単眼が光った。


『おら死んだぁっ!!』


 バックパックから肩部に伸びている連装の魔道砲から灼熱の火線が発せられる、それを潜る様に避けたソルダートは手にした槍を全力で振り下ろした。


***


『パイロット、ディーヴァへの負担が増加します、冷静になりなさい』

「これが冷静でいられるか!!」


 スクルドの諫める声に耳を貸さず、リヒトは機体をその敵に急接近させる。 

 振り下ろした槍は余裕で回避され、続けての攻撃は全て受け流される。


「……くっ……!!」


 背後からトゥエニィのうめき声が聞こえる。

 狭い操縦槽の中で四方八方に体を振り回される近接戦闘は、渦の中に放り込まれたような衝撃を操手に与える。

 それに耐えるために、操手は体を鍛え、訓練を重ねる訳で……自分よりもトゥエニィの負担が増える戦闘だという事はリヒト自身良く判っていた。

 しかし止まらない、止められない。


「ロイドは……!!アイツ、恋人ができたって!!」


 槍を右から大降りに振りぬく、ふざけた様な姿勢で避ける敵機の姿に、リヒトの怒りが募る。

 怒りはリヒトの動きから精彩を欠かせ、単調にさせる。


「マーベットはお調子者で……!隊のムードメーカーで!!」


 怒りに任せて振り下ろした槍を敵機の左腕ががっしりと捕らえ、圧し折る。

 手元に残った柄を投げつけ、大きく後方に飛び、先に倒れたソルダートが持っていたクレイモアを担ぎ上げる。

 双発炉のノイズが時間経過とともに増えていく、同調率も下がり始め、70%台をフラフラしている。

 乱暴に振り下ろしたクレイモアを軽々と避ける敵機、刃が地面に突き刺さったそれを踏み降りながら、肩部の砲門がリヒトを指向。

 反撃の砲撃を急ごしらえで取り付けた盾で受けながら、リヒトは誰が打ち捨てたのか判らないロングソードを両手に取る。


『とにかく冷静になりなさい!死にたいのですか!!』

「判ってるって言ってるだろ!!」

『精霊の言うとおりだ、何を醜態晒している、オプファーベル!』


 横合いから、大盾を使って放たれたシールドバッシュ。それがリヒトの死角から機体の脇腹……上半身と下半身を繋ぐ動力パイプが走る部分を抉り取ろうとしていた巨大な爪を弾き飛ばした。

 現れたのは、重装甲に身を覆ったソルダートのカスタム機。円形の肩盾と分厚い正面装甲が見る者に巨大な壁を印象付ける機体だ。


「き、騎士グスタフ!?」

『到着が遅いから何事かと来てみれば……大物に襲われていたのならなぜ救援を求めない?何故撤退を開始しない?』


 巨大な戦槌を器用に振り回し、敵機の振り回す槌を打ち返す。


『いいか、貴様の乗る「未知の新型」など、俺に言わせれば畑のカカシにソルダートの着ぐるみを被せた程度の物だ、相手が人馬機兵と言えこの程度の相手に競り負けるなど、恥と知れ!』

「っ!!」


 鋭く響く声に、リヒトが唇を嚙む、何か言おうとして反論が出てこない。


『リヒト、貴様は後方へ下がり隊長と合流次第指示を仰げ』

「し、しかし!こいつは!!」

『復唱はどうした!そんな基本的な事もできん兵に育てたつもりはないぞ!!』

「くっ……了解しました!後方へ下がり隊長機と合流!以後、隊長の指示を仰ぎます!」


 一喝され、悔しさに口元を歪めながら機体を反転させる。

 リヒト機が戦域から離れつつあるのを確認して、グスタフは内心安堵の吐息をつく。

 だが、まだ気を抜く訳にはいかない。寧ろここからが本番だ。


 彼は、敵に向けて、戦いの姿勢を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る