第8話 強襲
リヒトと別の部屋に案内されたトゥエニィは、宛がわれた部屋の窓から外を見る。
青い空、せわしなく動く人々、以前は知っていたのだろう、初めて見る光景。
「……」
白金色の髪が軽く風になびく。ふいに、「唱」が口をついた。
I hope.
So that this voice may carry for someone.
By an usurpation person.
I'm not also an atrocious party.
For only my rider.
So that my voice may carry.
古い、そう言える言葉で、彼女が口ずさんだ歌は、その魔力の残滓と共に空に消えた。
***
その頃、聖王国駐屯地に近い森の中で、再度集結したメカニカの一団が機体を立ち上げていた。
中隊を下回ることは無いだろう従機と、1機の8メートル大の機体……機兵。
「はっ!むざむざ娘っ子を逃がすなんざ、成り上がりの傭兵野郎も大した事ぁねぇな!」
操縦槽に入り込んだ男が、慣れた手順で機体を機動する。
映像盤に光が灯り、魔晶球からの映像が映し出される。
男の魔力を吸い上げた魔導炉が低い唸りを上げ、転換炉に送り込まれた魔力が転換炉を動かし、機体全体に黒血油を流していく。
転換炉の循環率を示すゲージが安定域を指示した。足踏板を踏み込み、機体がゆっくりと立ち上がる。
「カーズクロー、行くぜぇ!!」
正面を向いた機兵の単眼が、昏く光った。
逆関節の足を踏み出し、大きな爪に換装されている左腕で前を指す。
周りの従機達が、足音高く前進を始めた。
森を抜け、目指すのは聖王国駐屯地。
***
警報をかき消すように爆発音が響く。
怒号が響き、緊急発進を告げられた従機が次々と立ち上がる。
聖王国のカラーである白と青に塗り分けられた騎士鎧を思わせる機体、ドラッツェン・ブルートが大盾を構えて防御陣を敷き、その背後にソルダートが並び立つ。その間に攻城弩砲に足を生やしたような従機、ダック・ボウが盾の隙間から狙いを定める。
一次砲撃が終わるころ、樽状の胴体に逆関節の足を生やした、四つ足を持つ胴体を括りつけた……多くのバリエーションの従機が聖王国の布陣に襲い掛かった。
『敵影補足、主力はトゥンナンの改造機と思われる!少なくとも2中隊以上!一部機体は法撃仕様!』
『リーダー機らしき機兵補足!一つ目、左手の大爪、四つ足を持つ汎用機!』
『敵前衛、間もなく防衛部隊に接触!』
怒涛のように流れ込んでくる情報を聞きながら、リヒトはアラドヴァルの操縦槽に潜り込む。
機体の立ち上げにかかった所で、整備士達がざわつき始めた、何事かと外を見ると、トゥエニィが何人かの整備士に取り押さえられていた。
「トゥエニィ……なにを……?」
機体出力が安定しない、魔導炉もA炉は出力が波打つように上下し、B炉は全く反応しないかと思えば突如自爆でもしようとしているのかのような高出力を叩き出す。そんな状態であるにも関わらず両炉の間に走るノイズは安定して大きい。こんなじゃじゃ馬そのものの機体では無かったはずだ、とリヒトは一度動力をカットし、再度立ち上げを図る。
「どっかバラ……してる訳が無いよな、単に機嫌が悪いのか……?」
『パイロット、トゥエニィはどうしました?』
外部魔力で立ち上がっていたのか、スクルドが通信ウィンド上に現れる。
「トゥエニィ?なんで急に……」
『当機は機体操作をパイロットに、魔導炉の調整をディーヴァにそれぞれ依存しています。炉の出力が安定しないのはその為で、当機の炉は、ほんらいそんな暴れ馬な訳です』
「ディーヴァ?……まぁ判らないのは兎も角、どんな欠陥品だよそれ……」
『ともあれ、ディーヴァの回収を推奨します』
言われるまでもない、リヒトは操縦槽を飛び出した。
「トゥエニィ!」
危険だからと引き留めようとする整備員達と、なんとか機体にたどり着こうとするトゥエニィ、両方の動きがリヒトの声で止まった。
装甲を蹴ってコクピットから降り、魔導炉が全く安定しない事、制御の為にトゥエニィの搭乗が必要な事を整備員達に説明すると、一同頭を抱える事になった。
トゥエニィがあの機体に乗らなければ、あれは石ころ以下だ、しかしこの少女を危険な戦闘に狩りだすわけには……。
迷っている時間は与えられなかった、そんな事をしている間にも生身の人間を狙った砲撃はその勢いを増していく。
「こんな所でうだうだしてても死ぬ率が上がるだけだ、だったら機兵の中の方が寧ろ安全だろ」
決め手になったのは、誰かがつぶやいた一言だった。
***
予備のパイロットスーツなど望むべくもない(殆どが男性用である上に着替えている場所も余裕もない)現状、もっとも早く動いたのはトゥエニィだった。スカートの端を太腿の中ほどからばっさりと破り落とし、動きやすさを確保する。
人ごみの中を縫うように進み、アラドヴァルに乗り込んでいく。昇降用の梯子が降りていたのは、多分スクルドがやったのだろう。
破れ過ぎたスカートから下着が覗くのは気にも留めず、操縦槽に潜り込み、後席に収まる。
出力系のゲージが乱れていることを確認すると、小さく、囁くような声で唄を口遊む
駄々っ子どころか爆発寸前まで荒れ狂っていた魔導炉は、まるで巫女に鎮められた荒神のように安定していった。
「出力系オールグリーン……同調ノイズ0.78……さっき98とかありえない数字叩き出してなかったかこいつら」
『ディーヴァが調整してますからね』
「……美人に応援されたらいきなり団結する男連中かよ」
『否定はしません、転換炉循環率98.6%』
二機分の魔力を力に転換し、アラドヴァルに繋がれた各ケーブルがパージされる。
『リヒト、武器を用意してる時間がねぇ!適当に拾え!』
「了解!アラドヴァル、エンゲージ!」
整備員からの通信に答え、目の前まで迫っていたメカニカの従機を蹴りつける。
操縦槽そのものを機体にしたかのような作りのトゥンナンであるから、操手の運命は決まったようなものだ。
その機体がアラドヴァルである、とメカニカが認識するにはごくわずかな時間を要しただろう。
整備班によって応急的にではあるが装甲を施された姿は、やや大型なソルダートという印象を見る者に与えたからだ。
頭部装甲のスリットの奥で、魔晶球が輝いた。
***
「なるほど、ここに居たのは新米ばかりでしたか、熟練が手が離せない状況ではああなっても仕方がありません」
さきほど呟いた「誰か」が、混乱を利用して人ごみからさっと離れ、纏っている作業服を脱ぎ捨てると、作業帽を取り払った。
靡くように広がったのは空色の長い髪、澄んだ空を思わせる青色の目に小さくノイズが走る。
「……はい、誘導はうまく行きました、こちらは間もなく離脱します」
虚空へと呟く言葉、その会話を盗み聞く事も今の人類には不可能だった。
彼女は、誰にも見られぬよう自分が待機しているはずの場所へと戻る。
あとに残るのは、ただ風の音のみ。
***
『テっ!!』
号令を受け、ブルートの作り出す戦列の合間から、ダックボウが大槍の雨を従機群に降らせる。
城攻めに使われる巨大弩砲と破壊された従機の稼働可能なパーツを組み合わせた応急処置的な機体は、それでも求められる役割を十全に果たす。
城の正門や城壁を攻撃するために作り出された巨大な鏃付きのボルトを受け止めるだけの膂力は従機には備わっていない。
射抜かれ、巻き込まれ、何機かがスクラップへと華麗な変身を遂げ、それに躓いた別の機体が音高く転倒する。
それでも怯まぬとばかりに、それらは前進を繰り返す。
従機隊に後退命令が出され、迅速に、ただし整然と後退する従機に変わって正面戦力として躍り出てきたのは聖王国のソルダートだ。
横列に並ぶ白銀の騎士達は、一糸の乱れなく抜刀する。隊長機らしき、青の代わりに金のアクセントが施された機体が剣を突き出すと、白銀の騎士による一斉突撃が敢行された。
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