第6話 報告と裏を隠す気もない信賞必罰

 森を抜け、近くに聖王国の機体を確認したため、機体に搭載されていた信号弾を打ち上げる。

 それに気づいた機体がこちらを誘導に向かってくるのが確認できた。


『データにない機体ですね、どこぞの新型でしょうか』

「いやまぁカスタムされてるけど、二機ともソルダートだぞ」

『聞いたことのない名前ですね、仮称として登録しておきます』


 向かってきたのが所属部隊の隊長と副隊長だったのはまさに僥倖だろう。

 飛ばされた指示に従い、リヒトは副隊長機に追従する。


「……」


 すこし、トゥエニィの顔色が悪くなっている気がする。

 無理もない、とリヒトは思う。メカニカの連中に何をされたか知らないが、機兵の戦闘機動は体を四方八方に振り回される。

 従機で慣れていたリヒトでも目が回るのだから、女の子の体では不調を訴えるなと言って無理があるだろう。

 そんな事を考えている内に、先導する重装甲化されたグスタフの機体が振り返る。


『オプファーベル、ここからの安全は確保されている。そいつは空いてるハンガーにかけておけ』

「了解しました」

『……私はコートでもなければワンピースでもないのですが』

『……オプファーベル、何か言ったか?』

「自分ではありません、この機体です」


 唐突に聞こえた第三者の声に、グスタフが怪訝そうな顔をする。

 その顔色にも声音にも「認めたくない」という感情がありありと見て取れた。


『……とりあえず、報告は後でまとめて受ける。今はとにかくそいつを無事に持って帰れ』

「了解いたしました、騎士グスタフ」


 踵を返し、隊長機の援護に向かうグスタフ機と別れ、リヒトは聖王国先遣隊の陣地を目指す。

 グスタフから連絡が入っていたのか、リヒト機を確認すると、すぐに迎えの機体が2機現れた。


『リヒト、また見た事のない機体に乗り換えて来たな』

『っつーか、お前トゥンナンどこやった』

「それが壊れたからこれに乗ってるんだよ」


 言いながら機体の保持機構に機兵を接続し、魔力循環を外部に移行。

 魔導炉がリヒトから魔力を吸い上げるのを停止し、流し込まれるエーテルで動いていることを再度確認すると、改めて背後の同乗者の格好を思い出した。


「……流石に、その格好で外出てもらう訳には、行かないよなぁ」

『全く同意見ですね』


 背後でセーフティベルトを外す音がして、彼女が所在なさげにもぞもぞと動く気配が判った。

 というか、何かあった時の為に繋いだままにしていた通信モニタにしっかりとそんな姿が映っていた。


「あの……えっと……」

「あぁ、ごめん……えぇと……これ、羽織って」


 小さくしゃがみ込み、胸を手で隠したまま涙目で訴える声に、羽織っていたシクラスを差し出す。

 彼女の方を見ないようにするのは、とても根性の要る仕事だった。


「えっと……一応、大丈夫です」

『パイロット、視線を絶対下には向けないでくださいね。いくらなんでも小さすぎです。性癖ですか?』

「いや君口悪いなスクルドさん!?」


 体の前後を覆ってこそいるもののシクラスはひらひらと頼りなく動く上に、身を隠すものをなにも纏っていない下半身が煽情的に過ぎた。

 本人も必死に手で隠しているが、焼け石に水という言葉がこれほど合っている状況も珍しいだろう。


『パイロット、映像記録しますか?』

「しなくていいよ……」


 どこまでも平常運転なAIの言に、リヒトは力なくツッコミを入れた。


***


 その頃、外部の整備員たちは更に苦労していた。


「おい、ハッチ開かねぇぞ」

「何?どっか歪んでるのか?」


 コクピットブロックを含むコア部分の構造が、機兵と全く違う作りだった。なんとかそれっぽい機構を探してみたが、今度はコクピットハッチが開かない。

 外部からどうこうできないなら内部からやってもらうしかない。


「リヒト、聞こえるか?こっちからハッチの開閉が操作できねぇ、内側から弄れるか?」

『ハッチ開閉はこちらで行います、それよりも、大きめのバスタオルを一枚所望します。それと、できればWAVEを』

「……は?女?」

「リヒト、お前機兵に女連れ込んでるのか?」


 ついうっかり整備兵に答えたのがスクルドだった為、整備員たちはなおの事混乱に陥れられた。


『正確には女性ではありません、私はこの機体、アラドヴァル、機体番号Rcn643T7714の機体制御AIスクルドです』

「……まて、って事はお前さん、この機兵そのものか?」

『かみ砕いていえばそうなります』

「「「精霊機!?」」」


 熟練の整備兵が恐る恐る尋ねたその言葉にスクルドがさらっと答えたもんだから、整備兵たちは今度こそパニックに陥った。


「……間に合わなかったか」


 グスタフが色々説明しようとやってきたのは、まさにその時だった。


 結局のところ、司令部付きの侍従さんに臨時で手助けに来てもらい、トゥエニィは身を隠したまま機体から降りる事に成功した。なお先に彼女を降ろしたがため、風の悪戯で背後からお尻が丸見えになった所をがっつり見てしまったリヒトは整備班一同からボコられていた。


***


 聖王国侵攻軍第1大隊司令部。

 なし崩しで始まったデンバー遺跡を巡る戦いがグダグダになってきたので、なんとしても橋頭保としてこの遺跡を確保するために送られてきた精鋭部隊。

 その司令部に、中隊長以上の面々集められた。


 そんな状況に、一兵卒に過ぎないリヒトが呼ばれたのは……まぁアレの件だろうな、と本人が一番思っている。


「色々と聞きたいことはあるが、まずはよく無事に帰還してきた、騎士オプファーベル」

「……自分は従士の位であったと記憶していますが」

「流石にあれだけのものを持って帰られると、評価せぬわけにいかん」


 大隊長、オリバー・ナイトハルトの言葉に、疑問符を浮かべるリヒトに、追撃が襲い掛かる。


「さて、では報告を聞こう」

「はっ!報告いたします!オーレッド小隊は偵察の任を受け、機兵1、従機2の編成により長距離偵察を開始、デンバー遺跡付近の森の調査を行っておりました、その最中、デンバー南東部の森を調査しておりましたところ、所属不明の従機数機を基軸とする部隊に奇襲を受け、騎士オーレッドが戦死、自分は搭乗していた従機で反撃を行いつつ撤退いたしました」


 姿勢を正しての報告、中隊長以上ほぼ全員がそれを傾聴する。

 リヒト自身としては本当に居心地が悪かった、グラムエルが「気持ちは判る」とばかりに頷いているのが見える。


「機兵が居て従機数機に後れを取るとは……」

「敵従機はトゥンナンの改造機が主ではありましたが、未確認の機体、武装を施されていたものも多くありました。騎士オーレッドは機体に乗り込む前に戦死し、自分も戦闘中に崖から転落した次第です」


 そうやって襲い掛かってきた連中が乗っていた従機は、自分が蹴散らしてきた従機ととても良く似ていた。

 すなわち、メカニカ。


「騎士オーレッドの機体については?」

「どうなったかは不明です、しかし、駐機状態でハッチも開いておりましたので、戦闘中に破壊されたのでなければ……」

「だろうな、鹵獲しない理由がない」


 魔導機械の排斥を教義とする邪教の軍団であったとしても、機兵に対するに最も適した武装が機兵であることに変わりはない。

 故に実働部隊の中には、鹵獲した機体を戦力として利用している事が多々あった。

 メカーネの狂信的な信徒でもなければ機兵を簡単につぶそうとはしないし、メカニカ自体犯罪者集団としての側面が強い。

 それ故に、居並んだ面々は渋い顔をしていた。


「まぁそこに関しては話したところで仕方がない。では次に、君が連れてきたあの少女の事だ」

「……と言われましても、私もメカニカの集合地点らしき場所で何らかの処置を受けそうになっていた所を救出した、としか」


 なんらかの情報を入手するヒマすらなかった。習熟訓練もなしに乗り込んだ機兵で非戦闘員を守っての戦闘、その中での憶測を並べる事しかできないリヒトに、オリバーが一つ頷いて見せる。


「こちらとしてはそれだけ判ればいい、これに関する詳しい話は後程別の場所で行う、さて、最後にあの機体の事だが」

「精霊機、まさか伝説に近しい機体をこの目で見る事になるとは、思ってもおりませんでしたな」


 オリバーの言葉に被せるように、別人の声が響いた。


「マラカイト司教……」

「失礼、精霊機に関して話をされるなら、教会としても一人くらいは居たほうが良いかと思いまして」


 咎める様なオリバーの言葉を流して、マラカイトと呼ばれた司教はリヒトに向き合う。

 銀に近い髪をオールバックにした、眼光鋭い男の登場に、リヒトが一瞬気圧される。


「時間が惜しい、細かい挨拶は抜きにしよう、オプファーベル君」

「司教様が仰られるなら」


 少し、ほんの少しリヒトの言葉に険がこもる。


「……そう言えば、君は新派と旧派の争いで郷里を焼かれているのだったな、神官やそれに類するものに不信を感じるのは判るが、今は収めておいてくれ。少なくとも、私自身はそう言ったことに君を巻き込んだことも巻き込まれた事もない」


 それに気づいたのだろうが、まったく悪びれない表情と口調で、マラカイトは会話を区切る。

 リヒト自身も、全く関係ないだろう人物にどうこういう積りはないので、それはそのまま流された。


「さて、君が鹵獲してきた精霊機だが……あぁ、隠す必要はない。既に何名かの整備員や騎士が精霊の声を聴いたことは知っている」


 前置き一つ、マラカイトは本題に斬り込んだ。


「あの機体の精霊から、なにか聞きなれない言葉などは聞かなかったかね?」

「……なにか、地図の情報がどうとか、えいせい?なるものが有るとか無いとか言っていた気がします」

「ふむ……」


 リヒトの返答に、マラカイトは顎に手を当て少し瞑目する。こつ、こつとつま先が床を叩く音が数度響いた。


「ありがとう、後々、再び色々聞くことがあるかもしれないが、私からは今の所そんなものだ」

「……騎士オプファーベル、君が持ち帰った機体の処遇についてだが……ある程度調べが付いたら、君が操手となるべきだと判断した」

「はぁ……は?」


 思わぬ言葉に思わず間の抜けた声が連続で出る。

 司令部全体が、ざわついた。


「言ってしまうと身もふたもないが、操手の数が足りん、それに……今の所あれを一番動かしているのは君だ」


 オリバーがさも当然、と続ける。


「それに、これを言うのもどうかと思うが……あの機体に何があるか判らんからな」


 仮に外部からの操作で自爆することがあっても、機兵に乗り始めたばかりの操手なら失っても痛くない、という事だ。

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