第5話 帰隊
デンバー遺跡群南西部における遭遇戦。それは戦史に残る事もない小競り合いだった。
聖王国の機兵と、周辺に展開していた帝国軍偵察部隊との戦闘だったのだろうと、多くの人がそう考える規模の。
『機影補足!形状からして帝国に多い機体の様ですが、一部同盟機のような部分が見受けられます、機種不明!』
「マーベット、推測で構わん、似た機体は上げられるか?」
『装甲形状はフォッシュに酷似しています、しかしこちらで計測した速度より早い!』
「上等だ!マーベット、お前は従騎士達を連れて大隊指揮所に報告せよ、グスタフ、悪いが付き合ってもらうぞ」
『追いかけられている推定脱走機の確保と追跡部隊の迎撃ですか、骨ですなァ』
通信モニタの中で、浅黒い肌と分厚い唇の男がまるで他人事のように言う。本当に困難だと思っている時のグスタフの癖だ。
グラムエルの魔力を受け、彼のソルダートが立ち上がる。中隊長機としてある程度のカスタムが許されているそれは、カナド地方の古い古い伝承に出てくる「カブト」を模した頭部をしていた。
すぐ隣で立ち上がるのはグスタフの機体。グラムエルと同じソルダートとは思えない超重装甲を施された機体は、巨大な鉄槌を両手で抱えている。
『騎士グラムエル、意見具申、前進して従機の足を止めます』
「いや、突っ込むのは俺がやる、グスタフは逃げてるほうがこっちに着たら誘導を頼む」
『暴れたくなりやしたか』
あえて、若い頃の言葉遣いでいうグスタフに、グラムエルはにやりと笑って答える。
「そんな良いもんじゃねぇ、鬱憤晴らしだ」
『似たようなもんでしょう、支援に入ります』
既に突撃を開始しているグラムエル機に追従し、グスタフ機が魔導砲で支援しながら逃亡機に接近する。
魔導砲に期待することは直撃で敵を破壊する事ではない。
期待するのは爆発や土煙で相手をビビらせることで、このだだっ広い平野では目隠しと目つぶし、両方を一度に期待もできる。
事実、装甲の薄い従機達は、立ち上がった土煙を前に速度を落としている。急停止してたたらを踏むもの居るほどだ。
「所属不明機、こちらは聖王国赤龍騎士団リューネブルク大隊所属ランゲ中隊、支援する、こちらに抜けろ」
『騎士グラムエル!?助かりました!こちらリヒト!』
「ははっ!機兵をかっぱらうなんてどこの命知らずかと思ってたらまさかウチのリヒトかよ!グスタフ!聞こえたな!?」
『ばっちりと、従騎士オプファーベルはこちらでエスコートする、そのまま合流せよ』
簡易走査で表示されたリヒト機の状態はなかなかにひどい物だった、装甲はもはやほぼ意味を成しておらず、フレームの剛性だけを頼りにここまで来たのだろう。
10を超える従機、しかも速度と打撃力に長けているであろう見た事のない型に追われて、味方勢力圏まで逃げてくるとは。
「ここで軽く狼共をヒネってやらねぇと、隊長としての資質を問われるってぇもんだな」
ニヤリと笑みを浮かべて、グラムエルはグレイブを握りなおした。
***
追撃・捕獲部隊の失敗は、獲物を追い立てすぎた事にあった。連携して、すべての従機が一つの群れとして複雑かつ有機的な連携をしなければならない所で、己の利益を秤に乗せてしまった。
一人や二人でも致命的なそれを、ほぼ全員が。
それは仕方のない部分でもあるのだろう、メカニカという教団の中で己の地位を上げたいと言う欲求に耐えられるほど、下位の構成員は良い生活を出来ているわけではない。
結果、誰もが周りを出し抜こうと動き、狼の群れであるべき動きは烏合の衆と化した。
そして烏合の衆ごとき、グラムエルの相手ではない。
高熱に白く輝く刃をもつグレイブを振り回し、手近な従機を複数台まとめて薙ぎ払う。
吹き飛ばされた何機かは魔導炉に致命的な損傷を受け、更にその内一部は稼働中のそれを叩き切られた。
魔導炉に閉じ込められた魔力は不意にあいた逃げ道から一度に飛び出し、その勢いは魔導炉自体を爆発させる。
そこで生み出された高熱で黒血油に着火し、それをたんまりと飲み込んだ変換炉にかけられた高圧で生み出されるガスに引火、魔道炉をしのぐほどの爆発を引き起こす。
その爆発を引き裂くように飛び出してくるグラムエル機、キメンと呼ばれる正体不明のマスクをチンガード代わりに装備するその頭部は、まるでカブトの内側で悪鬼が吠えているかのようなシルエットを浮かび上がらせる。
突如として現れた機兵と、その猛烈な突撃にメカニカの従機部隊はその勢いを完全に殺がれた。
判りやすく有り体に言うと超ビビった。
そして、戦場では相手に飲まれた奴から死んでいく。
そうやって味方が狩られていく姿を、その従機はじっと見つめていた。
戦場全体を見回し、敵味方の区別なく誰がどのように動いているかを走査していく。
その内、その頭部が遺跡の一つ、巨大な紡錘形に折れ曲がった二等辺三角、尻尾に三角の尾びれが付いたものを確認し……。
戦場の誰もがそれを気にかけていない事に、満足した様に森の中へと退いていった。
「ちったぁ歯応えのある奴ぁいねぇのか!?」
『メカニカの実働部隊になに無茶言ってるんです、オプファーベルを安全ラインまで下げました、こちらも下がりましょう』
従機の貧弱な火器で健気に反撃を行っていた最後の一機を切り捨てたグラムエルに、グスタフが呆れ切った口調で撤退を促す。
「そうだな、存在自体もそうだが、連中の装備も報告しなきゃならん」
『帝国でも聖王国でも見た事のない型でした、おそらく連中の独自開発かと』
「頭いてぇ話だ、絶対俺らに御鉢回ってくるぞ」
『新型と補充要員、特別休暇くらい強請っても罰は当たらんでしょう』
行けと言われれば行くのが軍というものではあるが、愚痴の一つも言いたくはなる。
「考えるのは俺らの仕事じゃねぇ……酒場でエール一杯位は持ってくれるだろうよ」
『なんとも、ありがたくて涙が出る話ですね』
どんな店で飲んでも30ガルダを超える事はまれな例えを持ち出されて、通信モニタの中でグスタフが天を仰ぐ。
「リヒトに確認とって、可能ならあの機体の戦闘ログを確認……徹夜仕事の報酬にしては、安っっすいやな」
自分も操縦槽の天井を見上げてぼやいていることは、知らないことにしたグラムエルだった。
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