第4話 謎の声

 それは機体が電撃によるダメージを受けた際に、強制的に立ち上げられた。コアだけが全く知らない、形式番号も判らないフレームに接続されている。それはいい。そのフレームがほぼ装甲もない状態で稼働している……それもまぁ良いとしよう。そんな事を考えるうちに「彼女」は状況を理解する。



「なんだ!?……声!?」


『落ち着いてくださいパイロット、既に回路は保護しました、あの角付きラプトルが電気ウナギの様に電撃を放ったとしても、これ以上ダメージを受ける事はありません』



 リヒトは目の前のモニタから順に視線を巡らせて声の出所を確認する。



『あぁ、探し回る必要はありませんよ。映像を通信モニタに回します』



 後席を映していたモニタの一部が分割され、人型が浮かび上がる。



『始めまして、パイロット。私は当機の制御AI「スクルド」あなたを導き、生きながらえさせることが、私の使命です』



 彼女は、たおやかに微笑みながら……



『さて、とりあえず手始めに、あの映画には到底出演できそうにない不思議生物の群れを、泣いたり笑ったり出来なくなるまで教育してやりましょう』



 ……そういった。


 そして、必殺の筈の電撃がその効果をなくし……健気に切り裂き、噛みついて見た所で相手は金属の塊であるがゆえに。角付きのティールテイル達は悲しくなるほど速やかに駆除された。



『パイロット、森の陰からこちらを伺う金属反応がいくつかあります。味方ですか?』


「世界は広い、と言っても攻撃を仕掛けてくる味方ってのは聞いたことないよ」


『全く同意見です。では、敵と認識します』



 モニター上に周辺のマップが浮かび上がり、最新の状況に更新しようとしてエラーが吐き出される。



『っ……!GPSの応答がない?……damnちくしょう!!どの衛星もどこぞに散歩中ですか!?』



 即座に内蔵されているマップデータから周辺地図が呼び出される。



『マップは2年前のデータです……これも信用なりませんね、ここは農地の筈ですが……周りは森です』


「いや周辺の地図って……」



 森の中から射撃が始まる。迫りくる火線を避け、応射しようにも銃が無いのでは話にもならず、手近な木をへし折って苛立ち紛れに投げ槍の様に投げつける。


 運の悪い従機が1機、直撃を喰らいもんどりうって倒れる。


 それを無視するかのように新たな従機が森の中から何機も現れた。


 逆関節の足を持ち、速度を重点的に伸ばした機体。樽のような胴体はトゥンナンの流用らしい。作業用機械として出回っているものもあるとはいえ、よくもまぁ、とリヒトは関心半分に呆れる。



「リヒト……さん」


「大丈夫、ここからなら、切り抜けられる!」



 怯えを含むトゥエニィに、空元気と勢いだけの自信をあふれさせた声で答える。


 嘘は言っていない。速度重視の従機であったとしても機兵との根本的な差を覆すのは難しい。


 そのはずなのに、追いつめられているのはリヒトだ。リヒトを追う機体群はただの速度重視で設計された機体ではなく、超高速で機兵を追い込むための機体。


 猟犬と名付けられたそれは、機兵を倒すのではなく、追いついて足止めするための機体。


 足を止め、放たれた矢をかわし、ワイヤーを引きちぎる。


 功を焦ったのか、無謀な接敵を試みた何機かは叩き潰して行動不能にさせ、それらが持っていたバリスタをもぎ取ると、こちらに近づこうとしている機体に対して、適当に撃ち放つ。


 思わぬ反撃に驚いたのか、追跡機の一つが避けようとして転倒し、それに巻き込まれて何機かがさらに転ぶ。


 戦果確認不十分のまま、リヒトは味方陣地へと向けてさらに駆けだした。



***



 聖王国帝国奇襲部隊先遣隊本陣は、既にデンバー遺跡群の北部まで到達し、先遣隊との合流は3日後を想定している。


 このデンバーに残る大型の遺跡を仮の司令部とし、ここからレスクヴァ要塞を奪取する。山中にそびえたつ要塞は、大軍が移動するのを阻止するのにとても向いており……つまるところ、聖王国の軍にとって目の上の瘤であった。



「オーレッドの偵察隊は戻ったのか?」


「はい、いいえ騎士グラムエル、予定時刻はそろそろですが、まだ姿を見たものはありません」



 年齢としては40か50と言った所の、いかにも叩き上げといった風体をした騎士、グラムエルは軽く眉を顰め「そうか」と答える。



「小規模とはいえ補給を連れた超長距離編成だ、何かあったかもしれんな……」


「捜索を出しますか?」



 さてどうするか、グラムエルの目がテーブルに敷かれた地図を睨む。オーレッド隊の偵察ルートは長い、従機中心の快速部隊を組んだとして、果たしてどれほどかかるか……


 第三階梯を示す略章を無意識のうちに指で弾いていたことに気づき、周りの誰もが悪癖に気づいていない事に内心ほっとしながら浮かびかけた苦笑を押さえる。


 まったくもって、こんな勲章貰う前の自分なら、既に威力偵察に向かっているのだが……。十名からなる隊のまとめ役など性格的に不向きではあるのだが、直属の上役から「いい年した現場上がりがいつまでも現場にしがみ付いてたら後進の育成に悪影響しかない」と言われたら反論のしようがない。



 現実逃避をしていても仕方が無いので状況を取りまとめるのに戻る。


 小隊長をしていた頃は思う存分暴れまわれたものだが、今やそうやって動く下の者の手綱を取るのだけで必死だ、これより上の階梯とか考えたくもない、と言葉にはしないがつい顔に出る。


 グラムエルの指揮する部隊は機兵3、従機3、歩兵3、それに加えて自分を含めた10名からなっている。各小隊は機兵と従機が1ずつ、戦力は隊全体でまとめて作戦の都度必要に応じ移動する。


 オーレッドの隊は長距離偵察と従機に乗るようになったばかりの第二階梯従士の訓練を兼ね、機兵1、従機2を配備した。



 デンバー遺跡近くの森を中心に、帝国の伏兵や大型の魔獣などが居ないかを確認するのが任務内容だ。森自体は飛竜の巣まで広がるようなどれだけあるか考えるのも馬鹿臭い大きさなだけに、深入りだけは絶対にしないよう厳命してある。


 第二階梯聖騎士であるオーレッドは慎重な男ではあるが、如何せんとっさの判断に劣る所もある。不意打ちでも受けて混乱状態にある事は予想できた。


 故に、超長期の行軍となる可能性も含めて、十分な補給を持たせたうえで慣れていないとはいえ、従機を2機つけた。行動の性質上、従機1と歩兵2でも十分可能な任務ではあるのだが、ここに来てから何度も受けた新種魔獣の報告、さらにおそらく帝国の偵察と思われる従機多数の存在が、機兵を持ち出すことを良しとした。


 それだけにこうなってくると、なにかしらの情報が欲しい所だが、と脳を巡らせる。


 考え事を妨害したのは、周辺パトロール隊からの緊急連絡だった。



『報告!!デンバー遺跡南西方向からこちらへ向かう機兵あり!周辺には従機らしきものも確認できるとの事!』


「なに!?識別はできるか!?」



 従機を引き連れた機兵、電撃戦で帝国がこちらを押さえに来たか、と予感が頭をよぎる。しかしそれは次の報告で覆された。



『先ほどの機兵と従機は交戦状態にある模様!従機には半欠けの歯車の紋を確認!!』


「メカニカ……?魔導器排斥のカルトがなぜ……?」



 どうしたものかと思案する。機兵の1部隊に即座に発進できるよう指示を出し、もう少し、状況を見守るのが正しいと考え、それを口にしようとしたとき……



『報告!追われている機兵から信号弾!赤3つ!間隔は我が軍のものです!』


「動かせる機兵を回せ!追われている機を援護せよ!」



 即断即決、グラムエルの指示は即座に実行された。

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