第3話 森からの脱出行

 立ち上がる時に勢いをつけすぎた機体がぐらりと傾く。それでもなんとかバランスをとって転ばない様にする。


従機とは視界の高さ、視野がまるで違う。足元が見にくい。……だからどうした。


リヒトは正面モニタを、そこに映し出される情報を睨む。敵味方を考える必要はない、今の所目に付くものは全て敵だ。


 目の前で従機が立ち上がり、後ろ手に掴んだライフル型の魔導砲を撃ってくる。それを腕の装甲で防御し……いくつかの弾丸が腕の装甲を抜いたのを目視する。



「はりぼて!?」



 薄かった。並の軽装型機兵よりもよっぽど装甲が薄かった。見た目重装甲の癖に。



「ガワ繕っただけかよ!」



 バックステップ、機体を派手に後ろに跳ねさせ、射線から逃れる。射線を振り切る様に木々の中で逃げを打つ。



『力を手に入れてなお逃げを打つだけとは!ザマぁないな!コソ泥!』



 外部スピーカーで煽ってくる従機乗りの言葉に苛立ちながら、自分の感覚と実際に機体に送られる指令の違いや遅滞の確認をする。それも回避行動をとりながらだ、それは機体に慣れた専門の操手の得手であり、一介の従騎士にすぎないリヒトには難易度の高いものだった。


 被弾の衝撃に機体が揺れる、衝突の振動と音にトゥエニィが身をすくませるのがモニタの端に映った。操縦桿を握る手に力が入る。フットペダルを蹴りつけ、非力な従機ごときが引くワイアーで捕らえかけられていた腕を強引に引き抜く。



『はっ!ヤる気になったか!?獲物ってのはそうじゃねぇとな!』



 相変わらずがなりちらしてくる従機の言葉を無視して、機兵が大雑把に腕を振るう。思いもよらぬ速さに回避できなかったメカニカの人間は、自分が殴りつけられたことも理解できなかっただろう。


 気づいてしまった。自分の後ろには、あの少女がいる。身を守るものは服すらもたない彼女の、唯一の盾。


 

「揺れる!ベルトで体を固定して!」



 もたもたと安全ベルトを身に付けるトゥエニィの姿をモニタで確認する。女性らしいふくらみを理解させる程度の胸がベルトを挟み込み、その柔らかさを強調するが、今のリヒトにそれを気にしている余裕はない。


 目の前の敵、例の従機を眼前に捕らえ続ける。横や後ろに回り込まれたらダメだ、死角からの攻撃に対応できるようになるまでは、まだまだ訓練が必要だ。


 足元に張られたロープに引っかかり、体制を崩す。受け身をとって起き上がると、丁度頭の位置に張られた糸を切り、左右からとがらせた杭を括りつけた木が襲ってくる。咄嗟に体を深く沈みこませて回避、すぐには立ち上がれず、体を起こそうとしたところで従機が携行魔導砲を乱射してくる。


 両手で胸を、正確にはその奥にある操縦槽と魔導炉を庇い、薄い装甲で魔導砲を受け流す。



「どけぇっ!!」



 それは果たして何を故とした叫びだったか。いずれにせよリヒトの強靭な意志は言葉として溢れ出し、それと一緒に放たれた魔力を魔導炉が律儀に吸い上げる。


 限界を超えて取り込まれた魔力は過剰に圧縮され、膨大なまま転換炉に叩き込まれたそれは安全の為にとられた容量いっぱいの圧を黒血油にかける。結果として生み出されるのは想定外の大きな出力。それにものを言わせて、リヒトの駆る機兵は集まり始めた従機を薙ぎ払い、蹴り飛ばして一気に走り出す。


 追いすがる頭付きの放つ砲撃が装甲を掠め、被弾の衝撃とトゥエニィの悲鳴が重なる。編隊を組む従機達がワイヤー付きのアルバレストを放ち、機兵を捕らえようとする。パワーの差にものを言わせ、倒木を振り回して纏わりつこうとする従機を纏めて薙ぎ払う。装甲ははりぼてでもフレームは本物だ。パワーの差を見せつけられ、従機達が怯む。


 リヒトとしてもトゥンナンの改修機あたりは怖くない、厄介なのは……



『楽しませてくれるじゃねぇか!コソ泥にしとくのは惜しいぜ!』


「くそっ!しつこいぞ頭付き!!」



 非力な出力で機兵に喰らい付いてくる。それどころか、大きなダメージこそないものの、確実にリヒトを追い込んでくる。中心に単眼を携えた、頭付きの従機。


 片や非力な機体を、その機動性を持って強引に振り回して死角と隙を狙い。


 片やはりぼての装甲と、頑強なフレームが生み出す力で押しつぶそうと大質量を振り回す。


 どこまでも計算高く、次の一手を間違えれば叩き潰されて終わる脆い機体と、一つ一つは致命傷に遠いダメージを蓄積されていく未完成の頑強な機体。


 それでも主導権はリヒトにあった、機体の歩幅には文字通り大人と子供の違いがある。同じように「普通に歩く」と1歩の幅というのは馬鹿にできない違いを生み出すものだ。


 

 だからできない、そうさせないように従機が動く。戦闘中でなければよく観察し、学びたいほどの動きだ。


 敵でなければ、すぐにでも教えを請いたいほどの洗練された動きだ。



 遺跡で、都市で、森で、洞窟で……数多の機兵を狩ってきた者の動きだ。



 同じ従機乗りとして憧憬と羨望が一瞬頭をもたげ、理性がそれを瞬時に拒絶する。



 「同じ」従機乗り?馬鹿々々しい。技量も経験も、力量も、胆力も、あらゆるものが自分は劣っているではないか。自分に、単騎で機兵と戦うだけの根性があるのか?



「けど」



 片隅のモニタを見やる。一人の少女が後席で今も必死にコンソールにしがみ付き、恐怖しながらも、生きる事を諦めていない。リヒトがこの窮地を脱すると信じてくれている。



「負けてやらねぇ」



 ごう、と魔力が高まる。魔導炉が一度に吸い上げられる限界すら超えて、魔力が昂る。


 

『は、さらに動きが良くなるかよ!』



 双発の魔導炉が悲鳴を上げる。許容量を超えて押し込まれる魔力を処理し、エーテルが過剰なレベルで転換炉に流し込まれる。


 自壊しながら想定以上の力を生み出す手足、それを操り、手近な大木を蹴り飛ばす。大人の男が数人手を広げてようやく囲めるかという巨大木、目的は当然蹴り折る事ではなく、反動で跳ぶこと。従機がワイヤー付きバリスタで行っている機動を、平面に向けて自力だけで再現する。


 反動で跳ぶ、というよりも吹っ飛ばされる。森を抜け、足先が地面に引っかかり、そのまま転ぶが機体が受け身をとって衝撃を逃がす。



 追撃は、こない。出力差で引き離せたか、とリヒトが安堵した所で機体が紫電に包まれた。



「うわっ!?」


「きゃあっ!!」



 過電流にモニタがいくつかちらつく。操縦桿の反応が悪い、操作系にダメージが来たようだ。咄嗟に副操作系に切り替える。反応は変わらず。



 森から、角付きティールテイルが従える群れが飛び出してきた。ひときわ大きな個体を中心に、角付きの個体が雷撃を放ってくる。


 群れの向こうには頭付きの従機、おそらくこの群れを見つけ、追い立ててきたのだろう。


 単体はそれこそ腕を振るうだけで死ぬ魔物、しかしそれが群れとなると話はまるで変わる。よけきれない、潰しきれない。



 回避しなければ、操作系が焼き切れたら終わりだ。しかし機体は悲しいほどに操作についてこない。



「獣風情に……!」


『全くです、最悪のモーニングコールですね』



 どこからか、響くように声が聞こえた。

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