第17話 VS ROKUNOKUNI ROUND3


「第3試合、壱ノ国代表 透灰李空選手・墨桜京夜選手ペア VS 陸ノ国代表 ゴーラ選手・ダイル選手ペア。スタートです!!」

「『ブラックボックス』」


試合開始早々、京夜は才を発動した。

右の掌で回転する黒い箱を、サイコロを振るようにリング上に放ると、薄い壁に形を変えた。その壁は、壱ノ国側と陸ノ国側でリングを二分した。


太一の『ファイアーウォール』をヒントに編み出した、京夜の新技『ブラックウォール』である。


「『オートネゴシエーション』」


それに合わせて、李空も才を発動。


セウズ戦でも使用した、『ブラックボックス』を貫通する光の槍が数本出現し、陸ノ国側に発射された。

太一の『ファイアーウォール』と絶妙なコンビネーションを見せた、滝壺の水鉄砲をヒントに生み出したコンビ技だ。


『ブラックウォール』を貫通できるのは光の槍だけ。

つまり、一方通行の攻撃を仕掛けることができるのである。


それなら、相手を箱の中に閉じ込めてからの方が、動きも封じられて良いように思えるが、セウズの時のように箱を乗っ取られる可能性もゼロではない。

あのような芸当ができる者が何人もいるとは考えたくないが、リスクは減らすに越したことはないという考えから生まれた壁だった。


それに、この攻撃は相手の出方を見るための牽制でもある。

滝壺・太一ペアとの修行で学んだ、主導権を握ることの大切さを存分に発揮した攻撃だといえるだろう。


「解除」


『ブラックボックス』は音も吸収するため、壁の向こうの状況はわからない。

警戒のアンテナを張り、京夜が『ブラックボックス』を掌に戻す。


して、その先に見た景色とは。


「なんだ?このひょろ長い棒っきれは?」

「歯ブラシにしちゃあ、ちと柔すぎるなあ」


光の槍を両腕で掴む獣と、強靭な顎で噛み砕く獣。


怪しく目を光らせる、2匹の怪獣の姿であった。


「次はこっちの番だな」


両腕に掴んだ光の槍を投げ捨て、陸ノ国代表ゴーラが、李空と京夜に焦点を合わせる。

試合前と比べて、数倍にも膨れ上がったその姿は、マウンテンゴリラを思わせる迫力であった。


ゴーラは両腕を広げると、


「うほおおおおおお!!」


そのまま自分の胸を叩き始めた。


高らかな咆哮と共に、胸をリズミカルに打ち鳴らす様は、さながらゴリラのドラミングのそれである。


「な、なんだ」

「ぐっ」


耳をつんざく爆音に、李空と京夜は思わず耳を塞ぐ。


音という貴重な情報源を失った二人は、自然と視力に力を注ぐ。

そして、一つの違和感に気づく。


視界に映るのはドラミングを続けるゴーラただ一人。

もう一人の選手、ダイルの姿がないのである。


「りっくん、きょうちゃん!うしろ!!」


ベンチから叫ぶ真夏の声が、微かに二人の耳に届いた。


反射的に二手に分かれた李空と京夜。

二人が元いた場所に、カツン!と金属音が鳴り響く。


「よく気づいたなあ」


そこにいたのは、人ひとりを優に飲み込むであろう大口を開いた、さながらイリエワニのような風貌のダイルであった。


中央の上と下にそれぞれ金歯と銀歯を携えており、口を開いては閉じるたびに、それらがぶつかり合い金属音が響く。


たまらずダイルから一定の距離を取る李空と京夜。

必然的に、ゴーラとダイルに挟まれるかたちとなる。


「まずいな」

「ああ」


互いに背中を預け、構えるふたり。

言葉ではそう言いながらも、訪れたピンチを楽しむように、ふたりは揃って引きつった笑みを浮かべた。


「おい、お前。金と銀。どっちがいい?」

「・・・はい?」


突然、ダイルから寄せられた質問に、李空は疑問で返した。

つれない返答に、ダイルは眉間にシワを寄せて、不機嫌そうに続ける。


「なんだよノリ悪いな。お前、斧持った神が川から出て来たら、ビビって逃げるタイプか?」

「はあ。まあ、まず逃げるでしょうね」

「かぁ〜。それじゃあ物語が始まらねえだろうが。いいから選びな!」

「えーと、じゃあ金で」

「金だな」


ダイルはニヤリと笑うと、大きく口を開いた。


「はあ、おへ」

「え?」

「押せって言ってんだよ!」


攻める口調で言い放つと、ダイルは再び口を開ける。

どうやら、金歯を押せと言っているらしい。


「い、いやですよ」

「あ?」


ダイルは李空をギロリと睨むと、仕方なく自分で押そうと試みる。


しかし、彼の今の形態はワニのそれと同じ。

短いその腕は、とてもじゃないが口まで届かない。


一体どうするのかと眺めていると、ブンッ!っと尻尾を器用に前にやって口に突っ込んだ。


「そんなのアリかよ・・・」


自分の尻尾を食べているかのような、一見間抜けなダイルの姿を前に、李空は呆れたように声を漏らす。


「って、それ銀じゃないですか」

「ん?下のは銀だったか。まあいいや」


一体そこに何の意味があるのかは知らないが、ダイルが尻尾で押し込んだのは銀歯の方であった。


程なくして、ワニの皮のようなダイルの皮膚が熱を帯び、真っ赤に染まっていく。


「恐怖で小便ちびんなよ!『ワニワニパニック』!」


瞬間。残像が見える程の速さで辺りを噛み付きながら、李空と京夜めがけてダイルが迫った。


ダイルの猛攻がすぐそこまで迫り、李空と京夜は仲良く後ろに飛びのく。


しかし、その先には、


「まってたぜええ!」


ジルジルと涎を垂らす、ゴーラが待ち構えていた。


そのただならぬ「気」に、李空と京夜は空中で身をよじり、ゴーラへの警戒を示す。


しかし、


「『ゴリラリアット』!!」


その行為を待っていましたと言わんばかりに、振り返った二人の首元めがけて、ゴーラの両腕が炸裂。

ラリアットの要領で叩きつけれた二人は、そのままダイルの方へと吹き飛ばされる。


「ゴーラ!ナイスパス!」


獲物が自ら飛んでくる形となったダイルは、嬉しそうに口を大きく開いた。


(くっ!どうすれば・・・)


このままでは、仲良くダイルの胃の中である。


仮に二人がこのまま食べられると、残りの試合はどうなるのだろうか。

不戦勝となり、陸ノ国の勝利になってしまうのだろうか。


ダイルの口までの飛行時間で、李空はそんなことを考えていた。


国の勝利を第一に考えるならば、この試合は棄権し、手負いのチームと闘った方が得策ではないか。

デメリットもない。勝算も高い。絶対にそうすべきだ。


冷静な脳がそう判断する。

しかし、李空の口はそう動かなかった。


男とは、特に勝負に身を置く漢とは。

無駄にプライドが高く、すぐ先の勝利にしか目がない。


なんとも不器用な生き物なのである。


「京夜。頼む」

「わかった」


ダイルの口まで残り数センチ。

京夜が『ブラックボックス』を発動。


その大きさは、リングを覆う特大サイズ。

リング上の4人を、綺麗さっぱり呑み込んだ。


試合内容を完全に隠してしまう黒い箱の出現に、観客からは大量のブーイングが降り注いだ。




───数日前。


場所は事務所地下の特訓場。


この日も練習に付き合ってくれていた滝壺と太一の姿は既になく、その場にいるのは李空と京夜の他に、剛堂と平吉の4人だけであった。


「また上手くいかなかったな」

「だな」


修行中の李空と京夜は、慣れない2人1組の闘いに、苦戦を強いられていた。


才の力は、単純な足し算や掛け算ではない。

組み合わせとその使い方で、0にも100にもなる。


2人1組の最も明快な闘い方は、どちらかがどちらかの才に合わせることである。

修行初期の李空と京夜は、李空の『オートネゴシエーション』で出た目に合わせて、京夜の『ブラックボックス』を合わせる方法をとっていた。


「なかなか上手くいってないみたいだな」

「せやな。一つきっかけがあれば、上手いこと噛み合う思うんやけどな」


剛堂と平吉が揃って頭を捻る。


李空と京夜の2人は、個人戦であれば国の代表としてやっていけるだけの実力者である。

さらに2人は幼馴染であり、息が合っていないというわけでもない。


歯車が一度噛み合えば、後はスムーズに回り続けるはずだ。


「そういや李空。セウズ相手にぶっ放したあの槍。セウズというより、京夜の才に合わせた感じの能力やったよな」

「え?ああ、確かにそうですね」


平吉に言われ、李空はその時のことを思い出す。


京夜の才『ブラックボックス』を貫通する光の槍。

平吉の言う通り、対戦相手のセウズというより、京夜に合わせたという解釈がしっくりくる。


つまり。


「『オートネゴシエーション』は、周りの環境を総合的に判断して能力を決めてる?」

「その可能性が高そうやな」


いまいち自信のない李空の仮定に、平吉はニヤッと含みのある笑みで返す。


「ということは・・」

「ああ、俺たちがやっていたのは、どうやら逆だったみたいだな」

「だな」


李空と京夜が、互いに見合って笑う。


未だに謎の多い才であるが、一説では10の歳に授かる才の能力は、それまでの生活に所以すると言われている。


幼少期。李空は幼馴染の京夜と真夏。性格に難があるこの二人を繋ぐ役割を担っていた。


真っ直ぐすぎる真夏と、曲がりくねった京夜。

そんなふたりに振り回され、李空はなんとも悩ましい幼少期を過ごしたのだ。


『オートネゴシエーション』の能力は、そんな生活を色濃く反映した結果なのかもしれない。


「俺がいつも通り合わせるから、遠慮はするなよ」

「わかった。頼むぞ」


前述通り、才の力は単純な足し算や掛け算ではない。


繰り出す才の順番を変えただけで、李空・京夜ペアの力は数段跳ね上がり、遂には滝壺・太一ペアを負かす程までに成長を遂げたのだった。




「何が起きた・・・」


突如訪れた360度の暗闇に、ゴーラは疑問を口にした。

普段の生活から夜闇は慣れているが、この暗闇は毛色が違う。


どこまでいっても闇。一向に目が慣れないのである。


ゴーラは早々に視覚を捨て、残りの感覚を研ぎ澄ます。

自然界で過ごした今までが、ゴーラに最適の選択を促したのだ。


が、もう一人の選手。ダイルはそうもいかなかった。

なぜなら、闇に呑まれるよりも前から、彼はパニック状態であったからだ。


「イタっ!」


ゴーラの脇腹を何かが噛み付いた。

その感触から、ゴーラはその正体に気づく。


「ダイル!非常時こそ冷静たれといつも言ってるだろ!」


苦悶に満ちた顔を浮かべるゴーラの悲痛な叫びは、闇に吸収され、ダイルには届かない。

まあ、届いていたからといって、パニック状態のダイルが大人しくなったかは定かでないが。


「っ!今度はなんだ!?」


ゴーラが叫ぶのも無理はない。

自らの体が180度回転したのである。


一体どういった原理か。重力をまるで無視し、ゴーラの体は宙吊りの状態にあるように回転する。

その拍子に、噛み付くダイルの顎も外れた。


「またか!?」

「ぐわあああああ!」


息つく間もなく、ゴーラとダイルの体がぐるんぐるんと回る。


ふたりは為す術なく、闇の中を転げ回った。




そんなゴーラとダイルの姿を安全な場所から観察する、2人の姿があった。


「もうそろそろかな」

「だな」


李空と京夜である。


2人の現在の居場所は、なんと『ブラックボックス』の内側であった。


果たして、2人はなぜ無事なのか。

その答えこそ、李空の才『オートネゴシエーション』が導き出した一つの解であった。


李空と京夜の居場所は、ブラックボックスの内部でありながら、ブラックボックスの中ではない。

その実、巨大な黒い箱の中にある、もう一つの箱の中であった。


その箱の名は『DMZ』という。

この箱の中は、黒い箱の内部でありながら、『ブラックボックス』の影響を受けない。


すなわち非武装地帯であった。


勿論、これは李空の才が作り出した箱である。

「DeMilitarized Zone」の頭文字を取り、李空本人が『DMZ』と名付けた。


して、『DMZ』を包む『ブラックボックス』が、いかなる動きを見せているかというと。


「うおお!これは、2スロ最終話にてリムちゃんが放った裏技。2以外が出るまで振り続ける、の再現のようだああああ!!!」


サイコロを何度も振るように、回転を続けていた。


相手を戦闘不能に追いやるまで箱を振り直す。

実に無慈悲な京夜の新技『ブラックダイス』である。


リング上で乱回転を続ける様に、卓男が興奮気味に解説を入れる。


正体不明の黒い箱が踊る光景は、外から見ると天災のようで。


その内側で踊らされるゴーラとダイルにとっては、まさに天変地異であった。



「解除」


巨大な黒い箱が収縮し、ゴーラとダイルの巨体がそれぞれリングに打ち付けられる。


「解除」


次いで姿を見せた白い箱がゆっくりとリングに着地し、それと同時にパッと消えた。

その中から現れた李空と京夜が、目を回してリングに横たわるゴーラとダイルの元へと歩み寄る。


「どうします?まだ続けますか?」


李空にそんな風に言われたゴーラは、相方のダイルの方に目を向けた。


そこには、パニックを拗らせて真っ赤から緑に戻った。

すっかりのびきった状態のダイルの姿があった。


ゴーラはふうっと息をつくと、李空に向けて手を差し出した。


「いや、どうやら完敗みたいだ。お前らいいペアだな」

「ありがとうございます。最後に一ついいですか?」

「ん?なんだ?」

「光を失った目を治す才に心当たりはないですか?」

「すまないが聞いたことないな」

「そうですか」


李空は残念そうに首を振ると、差し出したままだったゴーラの手を取り、握手を交わした。


「試合は俺たち陸ノ国の負けだ。仲間の無礼も詫びよう。それから、俺たちに賭けていた貴族の野郎共。残念だったな」


ふらふらとした足取りながらも高らかに笑いながら、ダイルを担いで、ゴーラはリングを降りていく。


「おおっと!ゴーラ選手が敗北を認めた模様。よって、『TEENAGE STRUGGLE』第七試合の勝者は・・・いちのくにいいいいいい!!!」


ミトのアナウンスを受け、会場を割れんばかりの声援が包み込む。


「くっ・・・」


ゴーラの大きな背を見送っていた李空が、張り詰めていた糸が切れたように倒れそうになる。

『DMZ』の運用は、見た目以上に繊細で、相応の集中力を必要とするのであった。


「おっと」

「京夜・・」


すかさず京夜が肩を貸し、李空は安心したようにそのまま体重を預けた。


「ありがとな。お前のおかげで俺は・・」

「・・・京夜?なにか言ったか?」

「いいや、なんでもない」

「そうか・・・」


限界に近い李空をベンチの方へと引き連れながら、京夜は優しい笑みを溢した。

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