第14話 COUNTRY OF NATURE


───試合当日。


事務所には、壱ノ国代表の面々が勢揃いしていた。


「いやあ、みんなひさしぶりだっぺなあ。美波たちはこの間ぶりだなあ。剛堂はなんか老けたか?村んじじいたちに似てきたような気がするっぺよ。そんだら・・」


海千兄弟の兄、矛道の止まらない喋りに、剛堂の顔が引きつっていく。

海千兄弟と元より面識があり、先日の勧誘には同行しなかったのは、剛堂の他に2人。


その内の1人である架純は、はなから耳を貸さず、爪の手入れをしていた。


そして、もう1人はというと、


「平吉さん立ったまま寝てるよ!」


睡眠をとっていた。


直立したまま寝息をたてる平吉を、真夏が珍しそうに眺める。

平吉は、自分に有効ではないと判断するとすかさず睡眠をとる、省エネで効率的な体質の持ち主なのだ。


「ああ、そうだ。盾昌くん、これ使ってください」


何やら持ってきた美波が、海千兄弟の弟、盾昌にそれを手渡した。

首に掛ける形のペンダントのようなものである。


「なんですかそれ?」

「これは『サイカクセイキ』って言ってね。小さな音を大きくする才の効果がかかってるんだよ」

「美波ちゃんと一緒に、私も買いに行ったんだよ!」


美波から説明を受ける李空のところに、真夏もやってきて嬉しそうに話す。


「才のコンビニみたいな場所があるんすね」

「そうだよ。いろんな才の効果がかかったアイテムが売ってるんだ」

「他にも面白そうなの、たくさんあったよ!」

「へぇー、行ってみたいな」


あまり一般的ではないが、特殊な需要に応えるために、そういった店もあるのだった。


「それにしても、なんで音を大きくする必要が・・」

「あー、あー。聞こえるっぺか?」


聞こえきたその声に、李空は嫌な予感を抱きながら振り向いた。


「おー、盾の声久々に聞いたっぺなあ」

「おでの声が聞こえてるべなあ。やっぱり話すのは楽しいっぺなあ」


悪い予感は見事的中し、そこにはワイワイと豪速球で言葉のドッジボールをする、海千兄弟の姿があった。


「盾昌くんは、声が極端に小さいんだよ」


そう補足する美波の後ろで、海千兄弟のマシンガントークは続く。

どうやら無口だと思っていた弟も、声が小さいだけで兄と同じくらいの饒舌だったらしい。


真夏が大人しく感じるほど、事務所内に海千兄弟の声だけが響く。


「美波さん。あれどうやったら止めれます?」

「後ろにボタンがあるはずだよ」


李空は「すみません」と一つ詫びを入れて、盾昌の首にぶら下がる『サイカクセイキ』のスイッチを切った。


兄の矛道は構わず1人で喋り続けていたが、1人減るだけで随分と静かに感じられた。


そんな、試合直前とは思えない賑やかさの事務所に、ゆっくりとした足取りで近づく人影が一つ。


ガタッ


聞こえてきた物音に、事務所内の人間の視線が集まる。


その先にいたのは、


「みちるくん!?」


今回は体調不良で休みのはずの、犬飼みちるであった。

体調はまだ万全でないらしく、体が重いのか、ドアにもたれるようにしている。


慌てて美波が駆け寄り、肩を貸す。


そこに架純もやってきて声をかけた。


「みちるちゃん。今日は家でゆっくりしとき言うたやろ」

「・・・じっとしてるのはいやえ〜る」

「・・・一緒に行きたいあ〜る」

「・・・・・もう、しょうがないでありんすね。無理しちゃあだめやよ」


すっかり弱ったみちるに母性本能をくすぐられたのか、架純はすぐに折れてしまった。


「美波に真夏ちゃん。頼めるね」

「はい」

「任せて!」


架純に言われ、美波と真夏が頷いてみせる。


「おいおい大丈夫なんか?」

「あんまり無理させない方が・・」

「あちきが良い言うたらええの」


架純の迫力に、平吉と剛堂は揃って黙る。

架純という強い女性の前では、男たちはあまりにも無力であった。


こうして、試合には出ないマネージャー2人が支えることを条件に、みちるも同行することとなった。



「あの・・僕も来たんだけど・・・・」


みちるの後に事務所にやってきた男が、寂しげに呟く。

その男、伊藤卓男は、事務所を訪れるのが何気に久しぶりであった。


海千兄弟の勧誘に行ったはずが、美波の天然によって、卓男は心に深い傷を負った。

その傷を癒すのに、随分と時間が掛かっていたのだ。


ズル休みをした次の日のように。

なんとも言えない憂鬱を抱えながらも、何とかここまでやってきた卓男。


しかし、みちるの一件もあり、彼の存在に気付く者はいなかった。

あんまりな扱いに怒りを覚えながらも、どこか安心を覚えている自分に気付き、卓男は自嘲の笑みを浮かべた。



「そろそろ時間だな。お前ら準備はいいか」


剛堂の呼びかけを受け、皆の目つきが変わる。


「今回は負けが許されない闘いだ。皆、気を引き締めて挑んでくれ!」

「「「おう!」」」


李空や京夜、平吉が揃って返事をし、海千兄弟と架純も深く頷く。


準備は万全。行先は零ノ国。

倒すべき相手は、陸ノ国。


はっきりとした狙いを定め。


「さあ皆さん。行きますよ」


壱ノ国代表一行は、美波の『ウォードライビング』にて、リベンジの地へと飛び立った。




イチノクニ学院や代表の事務所がある壱ノ国中央部から、ひたすら西の方へと進んでいくと、突如その景色はガラッと変わる。

他国と比べて科学が発達している壱ノ国とは対照的に、延々と生い茂る草木が顔を出すのだ。


国境に沿って構える深緑は、よそ者を寄せ付けない、さながら自然の砦である。

もとより国境を跨ぐ行為はタブーであるが、その地形ゆえ、侵入しようなどと考える者は皆無であった。


そんな未知の領域。

名を陸ノ国には、壱ノ国の住人には想像すらできない生活を送る、人間たちの姿があった。


ひゅううううっ


森の中に響く指笛の音色。


その音に反応して姿を現したのは、


「「グハハハハアアアァァ!!!」」


見事な大翼をバサッと翻しながら、周囲の草木を飛ばす勢いで着地する、三匹の「竜」であった。

威嚇の意を込めた咆哮のように聞こえたそれは、どうやら親愛の証らしく、指笛を鳴らした人間たちに甘えるように、それぞれ顔を擦り付けている。


その行為に竜の顔を優しく撫でることで返すと、その者たちは次いで背中に跨った。


三匹の竜に二人ずつ。

の若い人影が、竜への搭乗を終えると、


「クオオオオォォォン!!!」


竜は再び上空へと舞った。



「今日の獲物はどこだったっけ?」


空の中を優雅に泳ぐ竜の上で、同じ竜の背に跨るもう1人の女性に向けて、少年が尋ねる。


「たしか、壱ノ国じゃなかった?」

「ふーん。まあどっちみち、俺っちのスピードには敵わないっしょ」

「まあ私の方が先にやっつけるけどね」

「はあ?俺っちの方が早いに決まってるっしょ!」

「いや、私だね!」


竜の上で睨み合い、取っ組み合いを始める2人。


そこにもう一匹の竜がゆっくりと近づく。


「おい。暴れて落ちても知らねえぞ」

「勝敗は狩の中で決めろ」


背に跨る男2人が、男女に向けてそう声をかける。

その2人は磨き抜かれた筋肉質な体型をしており、心なしか乗る竜が重そうにしているように見えた。


「わかったよ。それじゃあ、どっちが先に倒すか勝負っしょ」

「いいわ。負けた方が竜の世話一週間ね」

「おっけー」


あくまで軽い調子で言い合う男女。

それを眺めて「まあいいか」と、並行して飛んでいた竜が離れていく。


そんな後ろの二匹のことなど気に留めず、悠々と飛行を続けるもう一匹の竜の上には、


「俺らの獲物はどんなだろうな」

「さあな。来る者を屠る。それだけだ」

「それもそうだな」


そんな物騒なことを言う2人の男の姿があった。


三匹の竜と六人の若人。

向かう方角は央。最終目的地は零ノ国。


決戦の時は、刻々と迫っていた。




───貴族の街『央』。


零ノ国の試合会場を映し出す巨大モニターの裏にある、進行・実況・解説用の放送ブースの中を覗き込む、怪しい人影が一つ。


「い、いないでござるな・・・」


その声の主、伊藤卓男は困ったように溜息を溢した。


壱ノ国代表一行と共に『央』までやってきた卓男であったが、零ノ国へと行くタイミングで、皆の元を1人離れたのだった。


「卓男くん?どうしたの?」

「美波殿。拙者はここに残るでござる」

「そっか。じゃあ、行くね」

「引き止めても無駄でござる。拙者の意思は岩のように固く・・って、あれ?」


卓男の提案をあっさりと受け入れ、一行は零ノ国へと旅立ったのだった。


して、敢えて『央』に残った卓男の思惑とは、『TEENAGE STRUGGLE』の解説者の椅子に座ることであった。

自分に残された席はそれだけであるという、悲しい結論から導かれた行動だ。


しかし、本来の解説者であるらしいオクターなる人物が、今日も不在であるかは知るところでない。

オクターが来ていないという、淡い期待を抱いて放送ブースまでやってきたのだが、そこにはオクターはおろか実況者ミトの姿もなかった。


どうしたものかとオロオロしていると、


「オクターさん!?」

「!?」


背後から、甲高い声が投げかけられた。

卓男の背筋がピンっと伸び、悪いことをしているわけでもないのに身体がプルプルと震える。


「ミトさん・・・」


声の主はミトであった。

怯えた様子の卓男の顔を覗き込み、ミトが言葉を続ける。


「その感じ、卓男さんの方ですね。実はオクターの野郎から、一挙放送があるから行けないとか連絡が来まして。卓男さんのことを探してたんですよ」


何かと理由をつけて現場に来ないオクターへのフラストレーションが、ミトの言葉には滲み出ていた。


その言葉に、卓男は歓喜に身体を震わせ、


「拙者は、ミト殿の隣に座るために生まれてきたんでござるううう!!」


と、叫んだ。


「きもちわる・・」

「なにか言ったでござる?」

「いえ、なにも。さあ準備しましょ」


すっかりお馴染みとなった放送ブースに、卓男は進む。


各地でペアが揃い、いよいよ決戦の時がやってきた。

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