第13話 TACTICS UNIQUE TO TWO


───明くる日。


「というわけで、海千兄弟が協力してくれることになりました」


事務所を訪れた李空は、剛堂に事の成り行きを報告した。


「そうか。それはご苦労だったな」

「はぁ。本当に大変でしたよ」


真夏がビギナーズラックを発揮してくれたおかげで助かったが、あれがなければ惨敗していたことだろう。

海千兄弟。特に、兄の矛道の性格を考えるに、勝負に負ければ、宣言通り協力してくれなかったかもしれない。


ちなみに、真夏が釣り上げた魚は、海千家にて弟の盾昌がさばいてくれ、皆で美味しく頂いた。

伝説の名は伊達ではなく。引き締まった身はプリプリで、今まで食べてきた海鮮のなかで間違いなく一番美味であった。


「ああ、そうだ。当日は来れるそうですけど、それまでは漁で忙しいから顔を出せないそうです」

「そうか。まあ、問題ないだろ」

「よっぽど信頼してるみたいっすね。俺が読み取った限りじゃ、そんなに強力な才には感じなかったですけど・・」

「一人ではそうだろうな」

「どういうことですか?」


剛堂の口から言葉の意味が語られるよりも前に、


「きたで〜」


事務所に平吉の声が響き、剛堂との会話はそこで途切れた。



さて、本日であるがイチノクニ学院は休校日。

ゆえに、剛堂や平吉は真昼間から事務所を訪れているわけだ。


ちなみに、真夏と美波はとある物を買い出しに、卓男は昨日のショックで寮で寝込んでいる。


「剛堂。約束通り連れてきたで」

「おう、助かるよ」


そう言う平吉の背後には、二つの人影があった。


「ここが軒坂さんの秘密の特訓場っすか!」

「俺も来たのは初めてだな」


その正体は、イチノクニ学院サイストラグル部の部員。

久方振りの登場となる、太一と滝壺であった。


「うわ、太一さんだ」

「んな!李空てめえ、生きてたのか!こら!」

「えーと、人違いじゃないですか」


宿敵を見つけて睨みを利かしてくる太一に、李空は顔を逸らして知らないふりで答える。


「俺はこの間の試合。勝ったと思ってないからな」

「滝壺さん。あの時は、試合の途中で気を失ってしまってすみませんでした」

「てめえ、俺ん時と態度が違いすぎんだろ!!」


滝壺とは礼儀正しく対応する李空に、太一はご立腹の様子だ。


「なんだ。やけに騒がしいな」


そこに、事務所で生活をする京夜が合流する。


その面子を眺めて、剛堂は満足げに言った。


「よし!役者は揃ったな。今日も元気に特訓といくか!」


事務所の地下にある特訓場へ、剛堂が皆を引き連れていく。


「はぁ。そんな気がしてたよ・・・」


予想通りといえば予想通りの展開に、李空は溜息を溢しながらも後に続いた。



畳の下にある隠し階段を下りた先の特設リング。

その上に4人の男の姿があった。


イチノクニ学院サイストラグル部からは、滝壺楓、炎天下太一。

壱ノ国代表からは、透灰李空、墨桜京夜の面子である。


「滝壺に太一。さっきも話したように、こいつらにダブルスの戦い方を教えてやってくれ」

「別に構わないが、こいつらは一体なんなんだ?」

「まあまあ。細かいことは聞きっこなしや。今度なんか奢るさかい」


滝壺の質問を適当にごまかす平吉。


零ノ国や『TEENAGE STRUGGLE』のことは、本来秘匿事項。

無闇に公言することはできないのだ。


「俺はリベンジができれば何でもいいっすよ!」


太一に関しては、細かいことは気にしていない様子だ。


「どうする平吉。いきなり実践形式でやるか?」

「んー、せやな。一回体験した方がええか」


リング外で剛堂と平吉が話し合う。どうやら方針が固まったようだ。


「てなわけで、いきなり試合やるでー」


あまりにも緩い雰囲気の平吉の合図で、李空・京夜ペア 対 滝壺・太一ペアの練習試合がスタートした。




「『ファイアーウォール』発動!」


試合開始早々、太一は才を発動した。

掛け声とともに、リング上にいくつもの炎の壁が出現。

前回と違い、入り組んだように現れたそれらは、さながら迷路のような造りとなっていた。


「このくらいの高さなら飛び越えれますよ」


前回同様、壁を飛び越えようとする李空に、壁越しに太一が叫ぶ。


「おっと。容易に動かないほうがいいぜ!なんてったって、今回はだからな」

「うわ!」


その言葉通り、飛び越えようとした瞬間に炎の壁が移動。

危うく激突するところであった。


とりあえずは様子見と、李空と京夜は動きを止める。

すると、炎の壁も動きを止めた。


どうやら敵の動きを察知して、動的に移動する仕組みのようだ。


「こっちが動かなかったら、ただの壁みたいですね」

「おう、よくわかったな!けど、どっちみち動くしかないんだよ!」


太一の言葉に警戒していると、炎の壁を貫通し、何かが飛んできた。


「あぶな!」

「なんだ」


間一髪でそれを避けた李空と京夜。


しかし、その攻撃。

滝壺の水鉄砲は、次々と二人めがけて飛んできた。


「「っ!」」


持ち前の反射神経でそれらを避け続ける。


が、


「あんまり動くと『ファイアーウォール』にひっかかるぞ!」


その動きに応じて、今度は炎の壁が迫ってきた。


「まじか」

「まずいな」


炎の壁から逃げながら、飛来する水鉄砲を避ける。

反撃の隙も見つからず、二人は炎の迷路を逃げ惑うしかなかった。


炎の壁によって二人の動きは制限され、水鉄砲の照準に合わせて行き先は限定的に。

それは滝壺と太一の思惑通りであり、二人は着実にゴールが敗北の迷路を進んでいた。


「くそ!」

「どうする?」


炎と水に誘導されるように行き着いた先。

唯一の逃げ道に待ち構えていたのは、であった。


「「っ!!」」


突如開いた水の穴に仲良く落下し、次いで上空に現れた滝が、容赦なく大量の水を打ち付ける。


前回のように水の流れを変えても、飛び出る先は炎の迷路。

戦況は今とあまり変わらないことだろう。


そもそも今回はその必要もなかった。

というのも、落ちた穴の先にはもう一つの穴が。


その二つの穴は貫通しており、水の流れに合わせて、二人はもう一つの穴から顔を出した。


「よくきたな!」

「おしまいだ」


そこで待ち構えていたのは太一と滝壺の2人。

眼前には、炎と水が綺麗に融合した、2色の大きな球体ができていた。


これをくらえばタダでは済まない。


李空と京夜は直感でそう判断したが、才を発動するのに躊躇した。


というのも、李空の才は発動するまで詳細不明。

京夜の才は、闇雲に発動すると座標がブレ、李空をも呑み込んでしまう可能性があるため、どちらも発動のリスクが高すぎるのだ。


「そこまでや」


試合を見守っていた平吉が短かく言い放つ。


「そんな!この球どうするんすか!」


太一にとってはリベンジマッチでもあっため、どうしても決着をつけたかったのだろう。

ものすごいエネルギーをバチバチと放つ炎と水の球体を指して、ブーブーと文句を垂れている。


「京夜、頼めるか」

「あ、ああ」


試合に敗れた悔しさもほどほどに、京夜が『ブラックボックス』を発動。

球体を包むように出現した黒い箱が、すっかりそれを呑み込んだ。


「な、何者だお前!」


その芸当を前に、太一が驚いたように声を上げる。


「・・・・・」


李空は、未だショックを隠せない様子であった。




「とりあえず今日はこの辺でいいわ。ありがとな」


平吉は滝壺と太一を家に帰し、地下室は李空と京夜、剛堂、平吉の4人だけとなった。


「どうやった?強かったやろ」

「はい。もう少しやれるもんだと思ってました・・・」


平吉の問いに李空は正直に答えた。

「リベンジ成功!俺の方が強い!」と、威張り腐っていた太一の顔を思い出し、ムカムカとした感情が腹の底から湧いてくる。


「『ペア』はお互いの才を理解し合うことが大切やからな。お前らの才は、どちらもまだまだ未知数な部分が多い。今日からの修行で出来るだけ理解を深めるんや」


李空の『オートネゴシエーション』はもちろん。京夜の『ブラックボックス』も、その詳細はまだまだ分からないことだらけだ。


二人で力を合わせねばならないペアでは、その不知が躊躇を生み、致命的な隙となる。


「といっても何をすれば・・・」

「時間もないしな・・・」


李空と京夜が困ったように言う。


その様子を見ていた剛堂が、ニヤリと笑って告げた。


「簡単だ。今日から試合までの4日間。お前たちには寝食を共にしてもらう」

「「え?」」


思いがけない提案に、李空と京夜は顔を見合わせる。


「李空も事務所に泊まり、全ての行動を一緒に行うんだ」

「もちろん、昼は滝壺と太一呼んで試合もするで」


剛堂と平吉はあくまで他人事であるように、ニヤニヤと楽しそうにしている。


「俺のプライベートはいつからなくなったんだ・・・」


と、ぼやいてみせる李空であったが、先ほどの敗戦から、何かをしなければいけないことは彼自身が一番よく理解していた。


「京夜はいいのか?」

「ああ、問題ない」

「そうか」


であれば断る理由はない。

断ったところで、強制されてしまうことだろうが。


「決まりやな。まあ、頑張りや〜」


平吉がひらひらと手を振りながら、地下室を後にする。


こうして、李空と京夜の共同生活兼修行がスタートした。




朝。トレーニング開始。

互いの才を理解し合うため、仮説を立てては試し、トライアンドエラーを繰り返す。


昼。事務所にやってくる滝壺と太一相手に実践で試し、試合で使えるかを検証する。

手応えのあったものに関しては反復し、その精度をあげていく。


夜。反省を活かして課題を設定し、次に繋げる。


その間、生活の全てを共にすることで、思考の擦り合わせも行った。



して、今日は陸ノ国戦前日。


「こ、降参だ・・・」

「・・・だな」


李空と京夜を前に、太一と滝壺は負けを認めた。

李空らにとって、この期間初めての勝利であった。


「いやあ、大分様になったみたいやな」

「二人ともよかったぞ」


平吉と剛堂が、リング上を眺めて満足げに言う。


「京夜。今の感覚、忘れないうちにもう一回試すぞ」

「そうだな」

「張り切るのは良いが、明日は本番だ。疲れを残すなよ」


監督という立場上、剛堂は先生らしい言葉を投げかけたが、その顔は子の成長を見守る親のように、とても優しいものであった。




───その日の夜。


現在は京夜が借りている状態である事務所の一室に、李空と京夜の二人の姿はあった。


「意外とあっという間だったな」

「だな」


終わってみれば一瞬だった。

共同生活は空白の5年間を埋める作業のようで、修行関係なしに有意義な時間だったように思える。


「そうだ。最後に一つ訊いていいか?」

「なんだ?」


二人は既に横に並べられた布団の中。

あとは、明日の試合に備えて眠るだけである。


「実の両親は無事なのか?」


京夜の性格を考慮して、李空は単刀直入に訊いた。


央の街で会った次郎と住子は、京夜の実の親ではない。

とある事情で、実の父親の弟である、次郎の家にお世話になっていたのだ。


そのとある事情とは、京夜が5年前に李空や真夏と離れ離れになった原因でもあった。


「わからない。連絡がとれないからな」

「そうか・・・」


京夜は端的にそう答えた。

その無表情の先に微かな悲しみを読み取り、李空はそれ以上追求しなかった。


どんなに近しい人間にも、話したくないことの一つや二つくらいあるものだ。


「俺も一ついいか?」

「ああ、なんだ?」


珍しく話を切り出す京夜に、李空は思わず身構える。


しかし、その箱の中身は、


「七菜ちゃんは元気か?」


なんら変哲のない身内話であった。


「なんだ、そんなことか」

「そういう流れだと思ったんだが、違ったか?」

「いや、そんなことはないよ」


キョトンとしている様子を見て、李空は可笑しそうに笑う。

共同生活を経て、京夜の中でも何かが変わり始めているのかもしれない。


「元気にやってるよ」

「そうか」

「と言っても、俺も最近会えてないからな。久しぶりに会いたいな」


疎遠になってしまっている妹のことを思い浮かべながら、身体の疲れに従って、李空は眠りについた。

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