第12話 DESPAIR AND HOPE


零ノ国から事務所に戻ってきた壱ノ国代表一行。

皆が集まる、作戦会議等に用いられる畳の部屋には、かつてない重い空気が漂っていた。


「いやあ、ボロカスにやられてもうたなあ」


沈黙に耐えかねたように、平吉が声を漏らす。


その言葉にどのような感情を抱いたのか。

李空は体育座りのまま俯いた。


ボロカスという言葉がぴったりなほど、コテンパに負けた。

最強という噂は聞いていたが、これほどの差があるとは正直思っていなかった。


前回の弐ノ国戦に勝利し、少し舞い上がっていたことは否めない。

それでも、あれほどのハンデがありながら、まさか手も足も出ないとは。


最強の壁の高さを目の当たりにし、自分の実力との差を痛感し、李空の少しずつ積み上げてきた自信は、音を立てて崩れ去ってしまっていた。


「どうして・・どうして棄権したんですか」


絞り出た言葉は、そんな疑問の声だった。

平吉を責めるような口調になってしまったことに、そんな自分のふがいなさに、腹が立つ。


話を振られた平吉は、剛堂に目配せをした。

それに気づいた剛堂が、ゆっくりと頷き、口を開く。


「今日の試合。最初から勝つつもりはなかったんだ」

「・・・・・へ?」


思いがけない発言に、李空は間抜けな声を出した。


「といっても負けに行ったわけやないで」


言葉が足りないと思った平吉が補足を入れる。


「そうだ。だが、ここで死力を尽くすのは色々と考慮したうえで得策ではない。いざとなれば棄権も視野にいれると、事前に平吉とは話し合っていた」


それは肆ノ国との対戦カードを発表した日のこと。

話が終わり皆が帰路につくなか、平吉と剛堂はそのことについて話していたのだった。


「理由はいくつかある。一つは怪我だ。まだ試合がいくつもあるのに、ここで大怪我でもして戦線を離脱する奴が一人でもいると、人手が足りないうちは大損害だからな」


あのまま試合を続けていると、今後の試合に響く怪我を負う者が現れたかもしれない。

実力の差を考えると、その可能性は非常に高く感じられた。


「せや。そんでもう一つが李空。お前の存在や」

「俺・・ですか?」


名指しされた李空が、自分を指差す。


平吉はコクンと頷いて続ける。


「セウズの能力は厄介で隙がないように思える。けどな、この世に完璧な才は存在しない・・はずなんや。どんな才にも穴がある。ワイはそう信じとる」

「それが俺の才ってわけですか?」

「そうや。それこそ、お前の才の可能性は無限大やと、ワイは本気でそう思っとる。セウズがお前に言った言葉覚えとるか?」


そう言われて、李空はその時の言葉を思い出す。


「俺に勝つことは不可能、ですよね」

「そう、それや。せやけど、お前の才は、その不可能を可能にする。そうとちゃうか?」


落ちこぼれの「玄」として生きてきた自分が、今では国の代表としてここにいる。


逆境をバネに。ピンチをチャンスに。不可能を可能に。


『オートネゴシエーション』に秘められたポテンシャルは、李空本人ですら知らない。


それこそ、全てを知っているセウズですら、知らない力が眠っているかもしれないのだ。


「でも、もう優勝はできないんじゃ・・」

「それはちゃうで」


平吉が得意げに言い放つ。


「ええか。『TEENAGE STRUGGLE』は6国の総当たり戦。ほんで、その予選の後。上位2国で優勝を決める決勝戦を行うんや」

「ということは・・」

「そう、どうせ肆ノ国は全勝やろうからな。残りの試合に全部勝てば、もう一度闘えるっちゅうわけや」


平吉や剛堂の思惑を理解し、消えかけていた李空の闘志に、もう一度灯が宿る。


すべてを知っていると豪語するセウズならば、妹の光を取り戻す術も知っているに違いない。

その点においても、リベンジのチャンスが残っているというのは、この上ない朗報であった。


李空が立ち直った様子を見届けた剛堂が、最後にまとめの言葉を口にする。


「俺たちが狙うのは優勝。最後に笑うのは俺達だ。気持ちを切り替え、次に目を向けるぞ!」


その呼びかけに、どんよりとしていた部屋の空気は一新した。



「それじゃあ、今の状況を整理するぞ」


そう言うと、剛堂はペンを手に取り、リーグ表が書かれたホワイトボードの前に立った。


「まずは第一試合。俺たち壱ノ国は、弐ノ国相手に勝利を収めた」


該当するマスに、マルとバツをそれぞれ書き込んでいく。


「次に第二試合。参ノ国 対 肆ノ国の試合は、参ノ国が棄権したそうだ」

「まあ、そうするわな」


それが当然と言うように、平吉が口を挟む。


「そして第三試合は、伍ノ国 対 陸ノ国。勝者は伍ノ国だ」

「あのジジイのとこか・・・」


ボソッと呟く平吉の言葉が気になったが、聞く暇もなく剛堂の話は続く。


「第四試合は俺たちが棄権して肆ノ国の勝利。今の戦況はこんな感じだな」


試合結果を書き終えた剛堂は、続けて言った。


「そして俺たちの次の出番だが、第七試合。相手は陸ノ国だ」


その言葉に、李空らの目の色が変わる。


ここからは負けが許されない闘い。

正真正銘、命がけの試合となることだろう。


「試合形式も通知があったんだが、これがやっかいでな・・」


ドサッ


剛堂の話の途中で、部屋に突然物音が響いた。

当然、その音の方へと全員の視線が注がれる。


して、その先にあったのは、


「みちるくん!?」


畳の上に倒れこむ、犬飼みちるの姿であった。


一番近くにいた真夏を筆頭に、皆が囲むように集まる。


「・・・ひどい熱やね」


みちるの額に自分の額をくっつけた架純が、暗い声色で言う。


みちる本人は「うーん」と苦しそうに唸っており、いつも騒がしい両手に嵌める人形も、何も言葉を発しない。

大人しい2匹の人形は、主人の体調を心配しているようにも見えた。


「架純。看病任せてもええか」

「もちろんや」


平吉がみちるを抱き上げ、架純を連れて、別の部屋へと移動させる。


敗戦からようやく立ち直ったところに、みちるの体調不良。


幸先の悪い出来事に、皆は心配そうな表情で、みちるが運ばれていった方を見つめていた。



「才の使いすぎやろうね」


しばらくして部屋に戻ってきた架純は、皆にそう説明した。

倒れたみちるは、そのまま別の部屋で眠っているらしい。


三つの影を操る『ケルベロスモード』の時の「みちる」は、暴走状態に近い。

その強大な力を操りきれず、逆に操られている状態に近いため、身体にかかる負荷は自然と大きいのだった。


「次の試合は休ませた方がええやろうね」

「参ったな・・・」


みちるはまだ若い。

言ってしまえば皆も若いが、これからも選手として活躍できる時間が長いという面で、あまり無理強いはしたくない。


といっても壱ノ国は選手層が非常に薄い。

可能なら出場して欲しいというのもまた本音であった。


「剛堂。次の試合形式はなんなんや?」

「『ペア』だ」

「よりによってペアやと。BOいくつや?」

「5だ」

「ということは3チーム必要いうわけか・・・」

「あの・・・」


専門用語が飛び交い、理解が追いつかない李空が口を挟む。


「ああ、すまんすまん。なんのこっちゃわからんわな」

「そうだな。改めて説明しよう」


平吉が苦く笑い、剛堂がホワイトボードに向かう。


「対陸ノ国の試合形式は『ペア』。二人一組で闘うタッグマッチだ。そして今回のルールはBO5。両国3チーム出場し、順に勝負を行う。勝ったチームは抜けていき、全チームが抜けた国の勝ち。つまり、先に3本勝利した国の勝利というわけだ」

「というわけで、選手は各国6人必要いうわけや。ただでさえ人数が足らん。みちるが抜けるのは、正直相当の痛手やな」


試合の形式上、全てのチームが一勝はする必要がある。

人数が足りないからと言って、いい加減な人選は出来ない。


「そういうことなら、に頼むしかあらへんのやない?」


そんな提案をするのは架純だ。


「うーん。背に腹は変えられんか・・」

「まじかいな。ワイあいつら苦手やねんな・・・」


剛堂と平吉の反応から、李空は嫌な予感を覚えた。


「よし、李空。明日迎えに行ってくれ」

「えー、なんで俺が」

「学院には俺が話しておくから任せとけ。なんといっても教師だからな」

「いや、そういう話ではなくて・・・」


堂々と威張るように語る剛堂に押され、李空は渋々頼みを引き受けることとなった。




───翌日。


「おう、来たね!」


事務所に訪れた李空を、美波が迎えた。


「私も来たよ!」

「真夏ちゃん!」


李空の背後から顔を出した真夏に、美波は表情をぱあっと明るくする。それから両手を繋ぎ、互いにぴょんぴょんと仲良く跳ね始めた。

姉妹のそれにしか見えない、驚異のシンクロ率である。


「来たか」

「京夜」


美波の背後から現れたのは、最近事務所に住むようになった京夜である。

真夏と美波に比べれば反応は薄いが、李空と京夜のそれは、深いところで解り合っている親友のそれだった。


「僕もいるんだけどな・・・」


体育の授業でペアをつくる際に、相手がみつからずあぶれてしまった時のように。独り寂しく呟くのは卓男である。


担当の教師となった剛堂の計らいにより、イチノクニ学院「玄」組は、課外活動の名目で新メンバーの勧誘に駆り出されたのだった。

落ちこぼれの「玄」は、なにかと規則が緩いのである。


ちなみに、同じくイチノクニ学院の「銀」である美波は、自主休校である。

こちらも優秀ゆえに、緩いのだった。


「全員集まったみたいだし、早速向かおうか!」

「おー!」


真夏が元気に返事する。


「平吉さんたちの話だと、一筋縄ではいかない相手っぽいですけど、作戦とか立てなくていいんですか?」


主に美波に向けて、李空は心配そうに尋ねた。


「うーん。多分、考えても無駄かな」

「うわー、さらに面倒臭そうな予感・・・」

「考えるな感じろ!って感じの人達だから」

「なるほどっすね。京夜は会ったことあるのか?」

「いや。俺も話に聞いたことがあるだけだ」

「そうか」


どうやら、噂の兄弟と面識があるのは、このなかでは美波だけらしい。


「さあ、行くよ!」と、その美波が皆に集まるよう促す。

美波は真夏と手を繋ぎ、『ウォードライビング』の準備を進めていた。


「・・・おい。なんでそんな警戒する目で僕を見るんだ」

「危険な臭いを発してるからだ」

「犯罪臭」


卓男の疑問に答える李空と京夜。


姫を守る騎士の如く、美波の右手を京夜が、真夏の左手を李空がそれぞれ取る。

つまり、卓男は男二人に挟まれるしかなくなったわけだ。


「僕の一生に片手で数えられるだけしかないかもしれない機会を・・・って、んなことあるかああ!」


自分で貶しておいて逆ギレ。

そのまま卓男は、李空と京夜の間にすっぽりと収まった。


ほどなくして光の球体が5人を包み。


未知なる仲間を目標に、飛んでいった。




光のベールがゆっくりと剥がれる中、李空の五感が初めに読み取ったのは、潮の匂いだった。


馴染みはないはずなのに、親しみと懐かしさを覚える海の香り。

鼻から吸い込むそれが、心に開放感を与え、空腹を刺激する。


そして、次いで読み取った情報は、


「同じだ・・・」


全く同じ顔をした二人の男の姿だった。


「んだ?見たことねえ顔だっぺなあ。誰だべ?」


そのうちの一人が李空の姿を捉え、訛った言葉で疑問を投げかける。


「海千兄弟、お久しぶりです」

「んな、そん声は美波だっぺなあ。久しいなあ。何年振りだっぺ?前よりべっぴんさんなってんなあ。平吉や剛堂は元気か?あんつらのことだ、なんだかんだやってんだろな。そういえば・・」


一度開いた口は閉じることを知らず、男は永遠と喋り続けている。

剛堂や平吉が苦手としている理由が、なんとなく分かった気がした李空であった。


「今喋ってるのが海千兄弟の兄。海千矛道さんね」

「んだんだ。おでが千の海を超える男。矛道だべな。それよりこのあいだ・・」

「それで、あっちが弟の盾昌くんね」


未だに喋り続けている矛道の声を掻い潜って、美波が皆に伝える。


「・・・・・」


紹介された盾昌は、矛道とは対照的に何も言葉を発さない。


ここで、李空は改めて二人を観察する。

顔は同じであるが、細身の矛道に比べて、盾昌は膨よかな体型をしていた。


そしてなにより、饒舌な矛道と違い、盾昌は超がつくほどの無口である。


なんともバランスの悪い兄弟であった。


「あ、もしかして漁にいくとこでしたか?」


と、美波が尋ねる。

よくみると、二人とも釣竿を担いでいた。


「んだんだ。んで、おめえらはどうせあれだろ。『ペア』を引いたから、おでたちの力が必要になったんだべな?」

「はい。その通りです」

「やっぱりだべな。そういや、もうそんな時期だべ。んならあれだ。一緒に行くだべな」


そう言うと、矛道は近くの建物に入っていった。


その正体は海千兄弟の家。

どうやら、2人が漁に出ようと家を出たタイミングで、5人は飛んで来たようだ。


「すまんべな。すぐに使えるの3本しかなかったべ」


出てきた矛道の手には、3本の釣竿が握られていた。


「おでらと一緒に船乗って、釣りするやつを3人選ぶべ」

「「ふね・・・」」


船という単語に、嫌な反応を示す者がふたり。


卓男と美波であった。


「乗り物酔いがひどいんで僕はパスで」

「私も。『ウォードライビング』以外の乗り物は無理なの」

「んなら、お前たちに決まりだべな」


3本の釣竿が、李空、京夜、真夏の3人に行き渡る。


「なんかこうなる予感がしてたよ」

「同じく」

「わーい。わたし釣りはじめて!」


こうして、幼馴染3人組は、なぜか漁に同行することになった。




海千兄弟の故郷であり、壱ノ国代表の5人が訪れたここは、壱ノ国の北も北。

国内で唯一海に面する一帯に位置する、小さな村であった。


その土地柄から漁業が盛んであり、何を隠そうイチノクニ学院の食堂名物、海鮮丼の具材もここで獲れたものが使用されている。


「3人でお出かけなんてひさしぶりだね!」


話の流れで、李空、京夜と行動を共にすることになった真夏は、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

その顔を見て、ふたりも「そうだな」と笑う。


5年前となんら変わらない光景に、3人を温かい空気が包んだ。


「というか、なんで釣りなんですか?」


ずいずいと海を進む船の上で、李空は素朴な疑問を口にした。


漁港を出発し、お互い簡単な自己紹介を済ました一行は、矛道曰くこの時間帯が熱いらしいスポットを目指して進んでいた。


「んなことは簡単だべな。大切なことは全て海が教えてくれる。海の導きは絶対だべ。おでたちは海に生かされているっぺな」


海が生活の基盤であるここに住む者たちは、海や魚に対して、信仰心に近いものを抱いているようだ。


「おめえら3人とおでら2人。釣果で勝負だべな。おめえらが勝ったらそれが海の答えだべ。大人しく協力するっぺな」


どうやらこの勝負に勝てば、海千兄弟も『TEENAGE STRUGGLE』に出場してくれるらしい。


兄弟の釣りの腕が如何なものかは知らないが、釣りには運も必要だと聞く。

幼馴染組は全くの初心者ばかりだが、その分数の利がある。

そこまで無理な条件ではないだろう。


ほどなくして目的の場所に到着し、船の動きが止まった。


「着いたべな」


そう言うと、矛道と盾昌は準備に取り掛かった。

負ける気はないが、勝負にすらならないのも不本意らしく、初心者組の仕掛けも兄弟が手とり足とり行ってくれた。


このような言動から、ふたりが決して悪い人間ではないことが伝わってくる。


「んじゃ、始めるべ」


口数が減った矛道の言葉を合図に、一斉に釣り糸を垂らす。

釣り人らしく、この時だけは矛道も喋らなくなるらしい。


なんとも静かな闘いが、船上で始まった。




「なんとも暇でござるなあ」


そう呟くのは、海千兄弟の家で留守番となった卓男であった。

居間の壁にもたれて、全身の力が抜けきったような格好をしている。


「そうだねえ」


そう答えるのは同じく留守番の美波であった。


はて、卓男は女の子が近くにいると、いつもに増して気持ち悪くなる特殊体質の持ち主であるが、実にリラックスした態度である。


最近の様々な出来事が、卓男の感覚を鈍らせているのか。

語尾はござるになっているので、通常モードと異常モードがせめぎ合っている状態なのかもしれない。


まあ、そんなことは心底どうでもいい話なのだが。


「あっ、そうだ。卓男くんってリムちゃん推しなの?」


何気ない雑談のノリで、美波が問う。

卓男はしばらくフリーズしたあと、ガバっと姿勢を正座に変えて、前のめりで口を開いた。


「りっ、リムちゃんを知ってるでござるか!?」

「うん。『2。振り出しに戻るスゴロク生活』のリムちゃんだよね」

「そう!略して『2スロ』の超絶美少女ヒロインのリムちゃんでござる!」


「こんなとこに同志がいたとは」と、卓男が天を仰ぐ。


「何回サイコロを振っても2しか出なくて、毎回スタートに戻るのが面白いよね」

「そ、そうでござる!やっと3が出たと思ったら、止まったマスが『1マス戻る』で、結局振り出しに戻る理不尽さがたまらないでござる!」

「あ〜、あの回は面白かったね〜」


卓男のマニアックな話題に、難なくついていく美波。


何気なく続く会話のリレーが、このうえない快感となって、卓男の全身を駆け巡る。

卓男にとって、このような感覚は初めてであった。


そんな珍事を受け、卓男は自分の中に何かが芽生えるのを感じた。


(こ、これが『運命』でござるか・・・)


淡い幻想を抱いたオタクが、恐る恐る美波に問いかける。


「み、みみ美波殿は、お、おおお想い人はいるでござるか?」

「え!?」


驚く美波の頬に、ぽっと赤みがさすのを卓男は見逃さなかった。


この反応、知ってるでござる。

2スロ第8話にて、リムが密かに想いを寄せる主人公に、好きな人を尋ねられた時のリアクションと同じでござる。


ということはでござる。

美波殿は拙者のことが・・・す、すすすすす好きということでござろうか!?


「誰にも言わないって約束できる?」

「も、もちろんでござる!」


うるうるとした瞳の上目遣いで問うてくる美波に、卓男はブンブンと首を縦に振って答える。


「実は・・・」


続く言葉を今か今かと待つ卓男。

ごくりと唾を呑む音が部屋に響く。


「私、京夜くんが好きなの!」

「・・・・・・・」


卓男の時が止まった。


一瞬の間に意識は深海から上空へ。次いで宇宙へと到達し、身体を真空へと預ける。

15の人生を順に振り返り、そのまま人類の歴史がフィードバックする。


星が生まれる頃まで遡った時、卓男の意識は現世へと戻ってきた。


その目に映る美波は、「きゃ!言っちゃった!」と、女の子らしくきゃっはうふふしている。


「・・・・・ご」

「ご?」


肩がプルプルと震えだした卓男を見て、美波が怪訝そうに聞き返す。


「ご、ご、ござるうううううううううううう!!!」


2スロ第12話にて、リムの魔法が魔物を倒した時のように、卓男のメンタルは粉々の散り散りにブレイク。


虚しいオタクの叫びが、村中に響いた。




さて、こちらは釣り勝負を繰り広げる船上。


「いやあ、今日は大漁だっぺな」


海千兄弟の方のバケツには、数十匹の魚が優雅に泳いでいた。


そして、幼馴染組の方はというと、


「なんでこっちは食わないんだ」

「なんでだろうな。同じ仕掛けのはずだが」

「経験の差か・・・」


見事に坊主であった。

釣れた魚は0匹。海水のみのバケツの中を眺めながら、李空と京夜が暗い声でぼやく。


「京夜。ちょっと耳貸せ」


李空がなにやら耳打ちをする。

京夜はそれに頷くと、海千兄弟に気づかれないように才を発動した。


「またきたっぺ。・・て、あら。ばれたみたいだべな」


餌がなくなった針を見つめて、矛道が嘆く。


ヒットした魚が運悪く逃げたと思っているようだが、事実は違った。

京夜の才『ブラックボックス』によって、兄弟の真下の海は黒い箱の中になっていたのだ。


できることなら紳士の闘いといきたかったが、失敗すると平吉たちに何を言われるか分かったものではない。

それに、才の使用は禁じられていないため、反則というわけでもないだろう。


これにより、海千兄弟の釣竿にこれ以上魚がヒットすることはなくなった。

が、勝負に勝つにはこちらも釣果をあげなくてはならない。


どうしたものかと李空が思考を巡らせていると、


「りっく〜ん。お魚釣れなくてひまだよ〜」


真夏が気だるげに声をかけてきた。


釣りを始めてから既に1時間が経過。

彼女の性格を鑑みると、よく今まで耐えたと褒めるべきかもしれない。


身体をぶるぶると震わせながら、退屈を切実に訴えてくる。


「そうだな。そろそろヒットが・・って、それ」


よく見ると、震えているのは真夏の腕であった。

その手が握っているのは釣竿。震源は海の中だ。


「真夏、それ当たってるぞ!」

「え!?ほんと!?」


慌てて立ち上がり、リールを巻き始める。

どうやらかなりの大物のようで、釣竿が大きくしなった。


「うーん、重いよ」

「頑張れ、真夏」

「俺も手伝おう」


李空と京夜も参戦し、3人で力を合わせて釣竿を引く。


格闘すること数分。


「「「うおおおお!!!」」」


巨大な魚が一匹、船上にあがった。




釣りという名の闘いを終え、海千家に帰ってきた一行。


「いやあ、これはびっくりだべな。この魚は、海の主として語り継がれる伝説の魚だっぺ。おでらも初めて見たど」


真夏が釣り上げた魚を見て、矛道が興味津々に言う。


「すごいね真夏ちゃん!」

「そうでしょ!りっくんときょうちゃんも手伝ってくれたんだ!」


船上での出来事を、美波に嬉しそうに語る真夏。


「卓男、お前なんか老けてないか?」

「気にするな。僕は世界の始まりを見てきたんだ・・・」


ひとり意気消沈している卓男が少しだけ気になったが、李空の意識はすぐに魚に戻った。


「結局、俺たちが釣り上げたのはこの一匹だけですけど、勝負はどうなるんですか?」

「伝説の魚を釣り上げられちまったら、もう何も言えないっぺな」

「ということは・・」

「ああ、海はお前たちを選んだ。千の海を股にかける海千兄弟。壱ノ国に協力させてもらうっぺな」


矛道がにっこりと笑ってみせる。

隣で盾昌も静かに頷いた。


「ミッション達成ですね!」


事の成り行きを見守っていた美波が嬉しそうに言う。


こうして、海千兄弟の参戦が決定し、人数の問題はなんとか解決したのだった。


対陸ノ国まで、残り5日。

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