第11話 VS SHINOKUNI ROUND1


「これより『TEENAGE STRUGGLE』第四試合。壱ノ国 VS 肆ノ国を開始します!!」


ミトのアナウンスが零ノ国会場に響く。

観客の歓声を浴びながら、壱ノ国代表一行の視線は、会場上部のモニターに注がれていた。


さて、今皆がいるこの場所であるが、前回とは全く別の会場である。

零ノ国案内人コーヤによる案内の先に辿り着いたのは、巨大なリングが一つ設置されただけの、だだっ広い会場であった。


前回と同様、リングを囲むように観客席が設けられており、零ノ国の住人がその席を埋め尽くしている。


そして、リングを挟んだ向こう側には、肆ノ国代表の姿も確認できた。

中央の一人を除いて、他の面子はフードを被っているため、その素顔は分からない。


「あれが絶対王者セウズですか・・」

「せや。なかなかの貫禄やろ」


いつもより笑顔が引きつって見える平吉の物言いに、思わず唾を飲み込む李空。


その視線の先にいる男。

唯一顔が確認できるセウズは、とても十代とは思えないオーラを発していた。


白く長い髪をかきあげ、一枚の白い布を器用に巻いたような格好をしている。

全体から受ける印象は若いが、白髪のせいか、何かしらの格闘術の師範代を務める初老のようにも見える。


腕を組み、仁王立ちでこちらをじっと見てくる視線の圧に、身体が自然と危険信号を発するのを感じた。


「でも・・」


李空は一つの疑問を抱いた。

しかし、その答えを得るより前に、アナウンスが流れる。


「それでは早速ルーレットに参りましょう!両国の代表はボタン前にスタンバイをお願いします!!」


ミトの合図に合わせ、壱ノ国からは軒坂平吉が、肆ノ国からはセウズが、それぞれリング横に設置されたボタンへと歩み寄る。

試合前にも関わらず、モニターに注目が集まっていたのは、このボタンに関係があった。


「今回の試合形式は『神の采』。ルーレットで人数・制限時間をそれぞれ決定し、それに従って試合をしていただきます。人数は最大で5人。時間は5分から無制限まで様々です。試合は最大3試合。2本先取で勝利となります」


一通りの説明を終え、「それではボタンを押してください!」と言うミトの声に合わせて、両国の代表が同時に拳を下ろす。


モニター上でくるくると回っていた文字列が段々と速度を緩め、やがてピタっと止まった。


「さあ、決まりました!壱ノ国 VS 肆ノ国 第一ラウンドは、5対5の団体戦!制限時間は30分です!戦闘不能、もしくは降伏した選手は退場。5人全員が退場した時点で敗北となります。尚、時間内に勝敗が決まらなかった場合は、残り選手の多い国の勝利となります」


引いたのは総勢10人の大乱闘。

このように人数が多い試合を考慮しての、リングの大きさであった。


「両国の選手の皆様、何か不明な点はありますでしょうか?」


央の放送ブースからミトが問いかける。

ボタンのすぐ横にはマイクが設置されており、そこから会話ができるのだった。


「一つ訊いていいか?」


そう言ってマイクを握ったのは、肆ノ国代表将セウズであった。


「もちろんです。何でしょうか?」


央と零ノ国間の会話であるが、タイムラグはほとんどない。

大会を楽しみにしている央の貴族が多額の出資をし、最先端の技術を投入しているためである。


「出場するのは一人でもいいのか?」


その短い問いに、壱ノ国代表メンバーの空気がピンと張りつめた。

明らかに温度が下がったような、そんな感じがした。


壱ノ国代表は表情を顔に出さない選手が多いが、その奥に冷たい怒りが湧いているように見えた。


5人出場できる試合に1人で出る。


つまり、セウズは1対5の試合を申し込んでいるのだ。


「もちろん可能ですが───」

「なら俺一人でいい」


その言葉に、会場のボルテージは最高潮に達した。

割れんばかりの声援が飛び、零ノ国会場に響き渡る。


「おおっと!セウズ選手!!なんと、5人相手にたった1人で闘うようです!!オクターさん。一体どういった思惑があるのでしょうか?」


実際に解説者の椅子に座っているのは卓男であるが、オクターが来ているていでミトは話を進めるようだ。


「僕はあんなスカした野郎がだいっっきらいだ!李空!あんな奴けちょんけちょんのこなごなのぼよんぼよんに・・うわ!」


バシッ、と何かをひっぱたくような音がして、暫し沈黙が流れる。


「っと、失礼しました!一部放送が乱れました!」


卓男の現状が鮮明に想像でき、李空は思わず苦笑を浮かべる。


「随分と舐められとるようやが、変に気張らんと仕事をこなすだけや」


呼びかけるように平吉が言う。


「そうやね」

「そうですね」

「・・・そうだ」

「その通りえ〜る!」

「あの世で後悔させてやるあ〜る!」


他のメンバーの目つきが変わり、意識を集中するように揃って頷いた。


「では、出場する選手の皆様。リングにお上りください!」


壱ノ国からは平吉、架純、李空、京夜、みちるの五人が、肆ノ国からセウズたった一人がリングに上がる。


「みなさん大変お待たせしました!『TEENAGE STRUGGLE』第四試合。壱ノ国 VS 肆ノ国!スタートです!!!」


熱気に包まれた会場に、試合開始のゴングが鳴り響いた。




「ふん。小賢しい」


試合開始早々。

リング中央のセウズが、呆れたように言い放った。


ゴングが鳴ると同時に、ゆっくりとした足取りで壱ノ国代表メンバーの方へと近づいたセウズ。

何の策も感じられない彼の行動に、平吉らはセウズを囲む陣形で応えた。


人の視野は、同時に両目で見える範囲が約120度と言われている。

いかに最強の漢といえど、360度どこから攻撃が来るか分からない状態であれば、発揮できるパフォーマンスは極端に下がることだろう。


1対多の勝負において、数の利を活かすにはもってこいの布陣だと言える。


「後から何や言うても知らんからな」


セウズの正面に構える平吉が、他のメンバーに向けて目で合図を送る。


それに頷くと、まずはセウズの右と左。


「『ハニーポット』発動」

「「『ケルベロス』解放え〜る(あ〜る)!!」」


架純とみちるが動きだした。


架純はゆっくりと警戒の色を含めながら、艶めかしくセウズに近づき、みちるは手に嵌めた人形を自ら捨て去り、猛然と立ち向かった。


人形の中から顔を出した影が、ものすごいスピードで左と右にそれぞれ広がり、左右からセウズの首を狙って食らいつく。


「フン」


セウズはそれを、たかるハエを撃ち落とすが如く、造作もなく退けた。

二本の太い影はリングに落ちると、ピクピクと痙攣し、やがて


「はずれ。それ、あちきのやよ」


そんな甘いささやきが、セウズの耳元で聞こえた。


声の主は無論、架純である。

いつのまにかセウズの背後をとった架純は、甘えるようにそっと抱きつく体勢をとっていた。


「本物のみちるちゃんどこか知りた〜い?」


その声に合わせ、セウズに攻撃を仕掛けていたみちるの姿が溶けて消えた。


詰まるところ、そのみちるは偽物であった。

架純の『ハニーポット』の対象は、のである。


「ここだよ」


低く唸るようなその声は、架純の背後から聞こえてきた。



本物の「みちる」は架純の背中に張り付いていた。

架純の顔のすぐ後ろから、かろうじて顔と認識できる、どす黒い影が覗く。


して、本物の「みちる」のもう二つの顔。

両腕から伸びるその影は、セウズの二本の足をそれぞれ捉えていた。


「平ちゃん。今よ」

「わかっとるわい」


その場から動けなくなったセウズの背後に回り、その背中に平吉が触れる。

平吉の才『キャッシュポイズニング』の発動条件は、相手に触れること。


大抵の場合は、弐ノ国代表のワンとの試合の時のように、攻撃ついでにそれを満たすのだが、格上相手にはそう上手くいかない。

味方の援護を受けながら条件を満たし、すぐさま距離をとる。


「李空!京夜!あと頼んだで」


そう言うと平吉は目を瞑った。

セウズの記憶を盗聴し、有効な毒を検索・調合するのだ。


「『ブラックボックス』」

「『オートネゴシエーション』」


任された二人がそれぞれ才を発動する。


京夜の右手に出現した黒い箱が、一瞬にして膨らみ、セウズの体をまるまる呑み込む。


そこに、李空の才が導き出した答え。


その数5本の白い槍が降り注ぎ、黒い箱に次々と突き刺さった。


「やったか・・・」


眼前に出来上がった、マジシャンが脱出ショーに用いるような、5本の槍が刺さった箱を眺め、李空が呟く。


李空が生み出したこの槍だが、無論ただの槍ではない。

存在が曖昧となる『ブラックボックス』の中でも、なんと存在を確立できる、特殊な槍である。


どこか矛盾している関係にも思えるが、才は不明確で不安定。

絶対の理は存在しないのである。


よって、この槍は箱を確かに貫通していた。

内部に生物がいるとすれば、避けることは不可能と言えるだろう。


しかし、前述通り、才に絶対はない。


「ああ、退屈だ」


確かに耳に届いたその声に、李空と京夜が身体を強張らせる。


『ブラックボックス』は、全てを吸収する箱のはずだ。

物質を、光を、そして、音さえも。


が、その中にいるはずのセウズの声が、今しがた確かに聞こえた。


不測の事態に、その才の持ち主、京夜は逡巡する。


と、次の瞬間。


パンッ、という乾いた破裂音と共に黒い箱は破裂。

その勢いで白い槍が辺りに散らばった。


全くの無傷で姿を現したセウズを前に、李空と京夜は反射的に距離をとる。


その様子を退屈げに見届けると、セウズは平吉に目を向けた。


「後はお前だけ。そろそろか・・・」


その言葉の通り、平吉はゆっくりと瞼を開いた。


それは毒を注入し終えた合図。すなわち必勝の方程式が出来たことを示す所作のはずであったが。


「・・・あかんわ」


平吉の口から漏れたのは、そんな絶望の言葉であった。


「完成したんやないの?」

「あかん。凡人には不可能や・・・」


架純の問いかけに、平吉はすっかり参った様子で答えた。


「当たり前だ。お前の才では役不足なことを、俺は既に知っていた」


セウズはそれが当然であるように、そう言い放った。


セウズの才。その名を『全知全能』。

その四字の通り、「全てを知り、全てを能くす」能力である。


李空が己の才で読み取ったのは、その内の「全知」の部分であった。


知っている。

ただそれだけの能力で、最強の地位を築くことが出来るのかと、試合前の李空は疑問を覚えたのだ。


しかし、今の李空は過去の自分の考えを否定する。

最強と謳われる、その力の一片を垣間見たような気がしたのだ。


「犬がデコイであることも。払ってやれば俺の動きを封じてくることも。黒い箱も。白い槍も。今日の相手がお前たちであることも。実況者の答えが肯定であることすらも。俺は、全てを知っていた」


あくまで退屈そうに。セウズは淡々と言葉を紡いでいく。


「しょうがない。暇つぶしだ。一つずつ教えてやるか」


そう言うと、セウズは腕を振った。

それが指揮者のタクトであるように、方々に散らばっていた5本の白い槍が宙に浮き、それぞれ何かを標的とするように飛んだ。


「まずは犬と女」


槍の一つが架純の背に引っ付くみちるに、もう一つはに、それぞれの直前で狙いを定めるような形で動きを止め、微かに上下に揺れて宙を漂う。


「犬は力を制御できていない。故にその女もデコイ。本物はそこだな」

「・・・隠れても無駄みたいやね」


警察に拳銃を向けられた犯人のように、お手上げ状態の架純が、リングの隅に突如姿を現した。


暴走モードのみちるを生身の人間が背負うには危険が大きすぎる。

そのため、架純は『ハニーポット』を発動し、自分の偽物にみちるを背負わせていたのだった。


「認知を惑わす才のようだが、既に知っている俺の前では無意味だ。次にお前」


セウズの視線の先にある槍は、平吉の目の前で止まっていた。


「俺の記憶を覗くとはいい度胸だな。全てを知る俺の記憶を探るということは、世界の全てを知ることと同義ぞ」

「・・・そうみたいやな。頭パンクする思うたわ」


冗談めかしく言う平吉だったが、事実、脳にかかった負荷は相当のものだった。


「あとは、お前とお前か」


二つの白い槍が、李空と京夜それぞれに向けられる。


「黒の方は相手が悪かったな。気に病むことはない」

「・・・・・」


京夜の才『ブラックボックス』は、「不知」であることに意味がある。


中身がわからない黒い箱。

本人も知らないからこそ、未知の効力は発するのである。


しかし、セウズはその全貌を知っていた。

解読不可能なはずの黒い箱の中身を知っていたのだ。


そのため、才の持ち主である京夜の意思に関わらず、箱内部から乗っ取るという前人未到の行為を可能にしたのだった。


「・・・っ!」

「無駄な足掻きはよせ。お前の箱は、この手の中だ」


セウズの右の掌で、小さな黒い箱が踊る。

京夜は形勢逆転を狙い才を発動しようとしたが、不発に終わったのだった。


「お前が同時に出せる箱の数は一つだけであることも知っている。先ほどの破裂の際に破片を掴んでおいた。解析済みの俺の手中にある内は、お前は新しい箱を生み出すことはできない」


小さな箱を握り、視線を李空へと移して続ける。


「最後にお前。お前の才はおもしろい。が、俺に勝つことは不可能だ」


きっぱりと言い放つセウズ。


「全てを知っているというのは実に退屈だ。剛堂のいない壱ノ国が、ただの雑魚の集団であることも知っていたしな」


5人の心に共通の感情が溢れるが、それが言葉として口に出されることはなかった。


「俺が命じれば5つの槍はお前らを貫くがどうする。まあ、その答えも知っているがな」


その問いに答える人物を知っているように、セウズの視線が平吉を捉える。


「・・・参った。降参や」


「だろうな」と頷き、セウズがリングを降りる。


5人に先端を向けていた槍が、カランと乾いた音を立ててリングに落ちた。



「おおっと!『TEENAGE STRUGGLE』第四試合 壱ノ国 VS 肆ノ国は波乱の幕開け!5人相手にたった1人で勝利を掴んだのは、今大会ベストプレイヤーの呼び声が高い、肆ノ国代表セウズ選手です!!」


実況者ミトのアナウンスに、零ノ国会場に歓声が轟く。


「いやー、オクターさん。すごい試合でしたね」

「ぐぬぬぬ。ちょっとはヤルみたいでござるなあ」

「オクターさん的に気になったポイントはありましたか?」

「そうでござるなあ。セウズって名前、少し言いにくくはないでござろうか?」

「はぁ。出身の国によっては発音が難しいかもしれませんね。・・・って、んなことはどうでもいいわ!」

「いてっ!ミト殿のツッコミが段々と強くなってる気がするでござる・・・」


漫才さながらの放送が聞こえてくるなか、リング上の5人の表情は優れない。


「・・・平吉」

「りっくん、きょうちゃん・・・」

「架純ちゃん、みちるくん・・・」


リング外の剛堂、真夏、美波の3人も、不安そうにそれぞれの名前を口にする。

試合内容も相まって、下手な慰めは逆効果であるため、掛ける言葉を迷っている様子だ。


「ちょっ!セウズさん!?まだ、試合は終わってませんよ!!」


慌てた様子のミトの声が会場に響く。


それもそのはず、試合に勝利したセウズは、フードを被ったままの他の肆ノ国代表メンバーを引き連れて、会場を後にしようとしていたのだ。


会場に困惑の声が上がるなか、壱ノ国代表将 軒坂平吉が颯爽とリングを降り、マイクを握った。


「壱ノ国は、この試合棄権するわ」


その発言に、会場が驚きの声に染まる。


「棄権!?本当によろしいのですか!?」

「ああ。すんません」

「りょ、了解しました。壱ノ国はこの試合を棄権。よって、『TEENAGE STRUGGLE』第四試合勝者は、しのくにいいい!!!」


衝撃の展開に、第一試合の時と打って変わり、会場が揺れるほどのブーイングが壱ノ国代表を容赦なく突き刺す。


して、セウズはこの流れを全て知っていたかのように。


肆ノ国代表メンバーと共に、既に会場を立ち去っていた。

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