第9話 FIRST STAR


「ハク、チュン、ソー、ワン選手に続き、ハツ選手も敗北!これにより5つの砦は全壊!!よって、『TEENAGE STRUGGLE』第一試合。壱ノ国 VS 弐ノ国の勝者は・・・」


零ノ国会場と央広場に、実況者ミトの声が響く。


「いちのくにいいいいいい!!!」


その言葉に観戦者たちは歓声をあげ、洞窟のような造りの会場に木霊した。


「りっくううううううん!!!!」


会場のボルテージに負けず劣らずの勢いと声量で、真夏が駆け寄ってくる。

そのまま李空の胸に飛び込み、わんわんと泣きじゃくりだした。


「おいおいどうした?」

「りっくんが・・りっくんが死んじゃうかと思ったあああ」

「・・・大丈夫だよ」


顔をぐりぐりと擦り付けるように泣き続ける真夏に、李空は迷った挙句その言葉を口にした。


決して楽な試合ではなかった。

命の危機を感じた瞬間があった。


捕縛剤にかかり、ハツが紋章に腕を伸ばしてきた時。

李空は自分の才が次にどんな能力を発動するのか、知らなかったのだ。


もちろん、何かしらを発動するであろうことは判っていたし、剛堂との修行の経験から、ある程度の推測はできた。


しかし、『オートネゴシエーション』は気まぐれな才。

その時の気分によっては、心底扱いづらい武器を放ってくるかもしれない。


そんな状況下で、李空は笑って見せた。


まるで窮地を楽しんでいるように。


「随分と遅いから死んだ思うたで」

「まあ、そんなこと言うて。4番目のくせに」

「いらんこと言わんでええねん。そういう架純は何番やったねん?」

「架純は2番え〜る!」

「そしてそして!主人が1番あ〜る!」

「なんや。新人に負けとるやないかい」

「まあまあ、背伸びしちゃって。ほぼ一緒やったやないの」


平吉、架純、みちるの3人が、試合の疲れなどまったく見せずに、ワイワイと話している。

そんな光景に李空が苦笑を浮かべていると、京夜が近づいてきた。


「強くなったみたいだな」

「まあな。そっちも強くなったみたいだな」


京夜の言葉は、再会を果たしたつい1週間前から。

李空の言葉は、離れ離れになった5年前からをそれぞれ指していた。


「きょうちゃんのたたかいも観てたよ!」


鼻水をずずっと啜り、涙の上に笑顔を浮かべた真夏が言う。


「そうか。どうだった」

「暗くて見えなかった!」

「・・・そうか」


どこまでも素直でまっすぐな真夏の性格は、たまに傷であった。


「よくやったお前たち!帰るぞ!」

「さあ、集まってください!」


そう呼びかけるのは剛堂と美波である。


壱ノ国代表一行を、光の球体が包み込む。

割れんばかりの声援を背に、8人は零ノ国を後にした。




「まいめえええん!こわかったよおお!!」


8人を迎えたのは鼻水タラタラの卓男であった。


真夏の時のように飛び込んできたので、李空はそれをひらりと躱した。

体重の預けどこを失った卓男は、そのままの勢いで地面に倒れこんだ。


「・・いたた。なにすんのさ!」


鼻を真っ赤にした卓男が、李空を見据えて涙目で訴える。


「あーすまんすまん。『オートネゴシエーション』が勝手に」

「嘘つけ!才関係ないだろ!」

「じゃあ、理性が勝手に」

「もっと酷くなってる!?」


驚愕する卓男の顔を見て、李空は笑った。


「お前と話すとなんか安心するわ。ほら、実家に帰ったみたいな」

「それは褒めてるのか?」

「もちろんだ。最上級の褒め言葉だよ」

「なら許す」


卓男は腕を組み、満足げに頷いた。


さて、場所は央の巨大モニター。

・・の少し外れに位置する、豪邸と豪邸の隙間であった。


権力を誇示するよう建てられた立派な家と家の間には、普通の一軒家が建てられるほどの土地があった。


金持ちにはもったいないという感性がないのか。

思わずそんな考えが頭をよぎる。


さてさて、どうしてこんな場所に皆がいるかだが。


「それにしても、なんでお前解説なんかしてたんだ?」

「そっ、そうだ!聞いてくれよマイメ〜ん!」


その経緯を語るには、卓男の行動を順に追っていくのが良いだろう。




───時は少し遡り、放送ブース。


「いやあ、一戦目から熱かったですね〜!」


勝者を告げるアナウンスを終え、実況者のミトが熱を帯びた様子で語り始める。


「いやはや。李空が勝ったでござる!」

「オクターさん壱ノ国推しなんですか?今は良いですけど、解説は公平に頼みますよ」


壱ノ国、主に李空の勝利をうけて、オクターこと卓男は舞い上がっていた。

皆が帰ってくるための座標という任も忘れて、それはもう浮かれていた。


「・・あっ、電話だ」


ミトの携帯電話が着信を告げ、それを取る。


「はいミトです。・・・え?オクターさん?」


携帯電話片手に、ミトが困惑した表情で卓男の方をゆっくりと向いた。


「・・・・・貴方だれ?」


さて、自己が強く勘違いされやすい卓男だが、彼は決してバカではない。

今のミトの言葉は、自分の置かれた状況を理解するには十分であった。


不審者を見るような目が痛い。

小躍りする勢いであった熱が一気に冷め、冷や汗へと変化して頬を伝う。


「しっ、失礼しました!」

「ちょっ、待って!」


まるで愛の告白に失敗した時のように。卓男は一目散に駆けていく。

ミトの制止も聞かず、そのまま放送ブースとの距離をどんどんと広げていった。


「誰か!そこの人止めて!」


ミトが呼びかけると、周りにいた貴族たちの目が、一斉に卓男へと注がれた。


「ぼ、僕が何したってんだよおおお!!」


卓男は叫んだ。


そうだ。元はと言えばミトが人違いをしたのだ。

そりゃあ自分も調子に乗った部分もあるが、悪いのはあっちじゃないか。


僕はいつもこうだ。ここに来たのだって巻き込まれた結果。

それなのに自分だけ置いてけぼりをくらって。


こういう星の元に生まれた自分が憎い。

どうせなら、可愛い幼馴染と生意気な後輩とどこか抜けた先輩と血の繋がらない妹と年の離れた姉とドタバタラブコメを繰り広げる星に生まれたかった。


ネガティブなのかもよく分からない思考をぐるぐると回しながら、卓男は見慣れない央の街を奔走するのだった。




それから、少しでも人のいない方へと走る途中で、昼寝していた犬の尻尾を踏みつけ、怒り狂う犬から涙目で逃げているとここまでやってきた、というわけだった。


ちなみに、美波の『ウォードライビング』が生み出す光の球体に驚き、犬は元居た方向へ走り去った。


「大変だったんだぞ!」

「それは気の毒だったな。ミトさんが」

「なんでだよ!」


ともあれ、結果として、卓男は座標としての任を全うしたのであった。


「よし!全員揃ったし、早いとこ央を出て帰るぞ!」と、剛堂。


央を囲む城壁は才を無効化してしまう。

その範囲は、その地下にある零ノ国も例外ではない。


そのため、美波の『ウォードライビング』で、零ノ国から壱ノ国に直接移動することはできないわけだ。


「まずは央を出ないとな」と、剛堂がきょろきょろと辺りを見渡しながら現在位置を確認していると、


「あのー、すみません。ちょっといいですか」


美波が申し訳なさそうに手を挙げた。


「どうした美波?腹でも痛いのか?」

「そうじゃなくてですね・・・。えーと、みちる君の替えの人形を取りに行った時あったじゃないですか・・」


それは、みちるがハクに勝利した後のこと。

暴走するみちるの才を抑えるため、美波は替えの人形を取りに走ったのだが、持ってきた鞄の中にそれは見当たらなかった。


「あれ?どこにやったっけ?」


中身を全部出すも見つからず、美波は思考する。


(そういえば・・・)


思い出すは今日の朝。

美波は万が一のことを考えて、みちる用の人形を手作りしていた。


「ふう。やっとできた・・・」


手に持つそれをまじまじと見つめ、美波が呟く。

徹夜で作業をし、やっとこさ形になった時、


「たのもー!」


真夏の声が事務所に響いたのだった。


事務所には剛堂との修行で疲れ果て、休養をとる李空の姿があった。


「真夏ちゃんおは───」


美波は、真夏が李空の睡眠の邪魔をしないようにと駆けていった。


完成した人形をその場に残して。



「───というわけでして」


人形を忘れたことに気づいた美波は、零ノ国から央に移動。

卓男を座標としたためブース内に出現したのだが、実況に夢中なミトと興奮状態の卓男はそれに全く気づかなかった。


それから壱ノ国の方へと走り、城壁を超えたところで『ウォードライビング』を発動。

事務所近くの定食屋の亭主を座標として移動し、人形を回収。


行きに記憶しておいた城壁の門番を座標に再び発動。

門をくぐり、零ノ国にワープ。


このような紆余曲折を経て、みちるの替えの人形は会場に届いたのだった。


「それであの時、会場に球体が出たんだね!」

「実はそうなんだー」


真夏の指摘に、美波はアハハと照れたように答えた。


「だからあんなに時間が掛かっていたのか」


その時の記憶を辿り、剛堂が言う。


「・・ん?でも、それがどうしたんだ?」

「えーとですね。予定外に『ウォードライビング』を使いすぎたと言いますか・・」

「回数制限か」


剛堂の呟きに、美波は首肯で返す。


そう、美波の才には回数制限があり、それをつい先ほど使い切ってしまったのだ。

つまり、今から城壁を超えたところで、事務所までワープすることはできない。


「テレポーターを雇うにも金がなあ・・・」


何か策はないかと、剛堂が思案に耽る。


央から事務所周辺までは、随分と距離が離れている。

歩いて帰るのは、とてもじゃないがキツイものがあった。


「近くに泊まれる場所でもあったか」


美波に限らず、才の回数制限は一日単位であることが多い。

明日になれば、『ウォードライビング』で帰ることができるのだが。


「それなら・・・」


何やら提案してみせたのは、意外なことに京夜であった。




「いやあよく来たねえ!ほら!遠慮なく食べて!」


貫禄のなかに人当たりの良さを感じる、四十手前の見た目の男が、壱ノ国代表一行に向けて呼びかける。


何処となく和を感じる大広間の中央に、長い机が2つ向かい合わせで置かれており、その上にはこれでもかというほどのご馳走が並んでいた。


さて、ここは一体どこだという話だが。先ほどの声の主は、京夜の身内である。

帰る術を無くし途方に暮れていた一行は、その家の住人である京夜の提案によって、墨桜邸にお邪魔する運びとなったのだ。


「あのー、本当にいいんですか?こんな大勢で突然押しかけて迷惑じゃ・・」

「いいのいいの!若いのが遠慮しない!それに京夜くんがお友達を連れてくるなんて滅多にないんだから」


恐縮する剛堂の言葉は聞き飽きたと言わんばかりに、男はご機嫌な様子で酒をグビグビ頂いている。


さて、ここ墨桜邸であるが、卓男が犬に追いかけ回された挙句に行き着いた場所を挟む、豪邸と豪邸のうちの一つであった。


つまり、この上機嫌な男は紛れもない貴族の一人なのである。

何処にでもいる飲んだくれ親父にしか見えないが、それでも高貴な一族なのであった。


「なに!?剛堂くんは今日で二十歳だって!?」

「はあ、実はそうで・・」

「それは大変だ!さあ、一緒に飲もうじゃないか!」


酒瓶を片手に、剛堂にグイッと体を寄せる男。

どうしたものかと、剛堂が珍しくあたふたしていると。


「次郎さん。せっかくの料理が冷めてしまいますよ」


男の背後から、ひどく冷たい温度を感じさせる声が聞こえてきた。

すっかり酔いが回り、陽気な態度であった男は、表情を一変させ、振り返る。


そこには、架純と違って着物をしっかりと着こなした、女性の姿があった。

妖艶な笑みを浮かべているがその目は笑っておらず、思わず背筋を伸ばしてしまう迫力がある。


「住子。私は決して酔ってなどいないぞ」

「あら。私はまだなにも言ってませんが?」


蛇に睨まれた蛙の如く、すっかり大人しくなった男、次郎。

その様子を見届けた次郎の嫁。住子は、壱ノ国代表一行に向け、こう言った。


「主人がすみませんね。さあ、遠慮なさらず食べてください。お風呂も沸きましたので、食事が済んだ方からどうぞ」


最後にニコっと笑うと、住子は部屋の奥へと戻っていった。




「ぷはー、生き返るわー」


白地のタオルを頭に乗せ、ゆっくりとした所作で湯船に浸かった平吉が気持ちよさそうに言う。


いたせりつくせりのおもてなしを受ける一行は、ご馳走のあとに風呂を堪能していた。


流石貴族といったところか、数十人は優に浸かれるほどの大浴場には、サウナまで完備されていた。さらには男風呂と女風呂で二つに分かれ、さながら銭湯のような造りになっている。


「それにしても京夜が央の貴族だったとはなー」

「言ってませんでしたっけ?」

「聞いてへんがな」

「俺も知らなかったぞ」


京夜を挟むように位置する、平吉と剛堂が詰め寄る。


「京夜は自分のことを話すタイプじゃないからなあ」


その様子を湯船の端から眺めていた李空が呟く。

そこに、体を洗い終わった卓男が合流した。


「アイツと幼馴染なんだって?」

「ああ。5年ほど会ってなかったけどな」

「真夏ちゃんとも面識があるんだよな?」

「ん?そうだけど、それがどうかしたか?」


李空の返答に、卓男は「くぅ・・」と声にならない呻き声をあげる。


「どうした卓男?」

「ぼくの・・僕の立場がないじゃないかあああ!!」


ガバっと湯船から立ち上がり、卓男が悲痛な叫び声をあげる。

露わになったモノを視界に入れないように、李空は驚異のスピードで目を背けた。


さすがは才のスペシャリスト集団とでも言うべきか。それとも慣れてしまっただけか。

彼の奇行に他のメンバーは驚く素振りすらみせない。


「そんなことはないぞ」

「マイメん・・・」

「お前には美波さんの座標という立派な任があるじゃないか」

「そんなの誰でもいいじゃないか!」

「そんなことはない・・と思わないこともなくはない」

「慰めは時に人を傷つけるんだぞ!」


これ以上は面倒だと言うように、李空は京夜たちの方へと湯船の中を移動していった。


「平吉さんはどう思います・・って、寝てる!?」

「ハッハッハ。平吉は自分に利がない時間と判断すると眠る習性があるからな。まあ気にするな」

「はあ。随分と省エネな習性ですね」

「『居眠りの平吉』って二つ名が付くくらいだからな」


平吉と京夜を挟み、李空と剛堂が会話を交わす。


このままではまずいと長年の経験から察した卓男は、慌てて辺りを見渡す。

その視界の隅に、人形が濡れないように湯船に浸かるみちるの姿を捉えた。


「み、みちるくん。ちょっと僕とお話を───」

「主人に近づくなえ〜る!」

「陰湿が感染るあ〜る!」


5つほど歳の離れた子の暴言に、卓男はなす術なく、ブクブクと湯船の底に沈んでいった。




さてこちらは秘密の花園。

理性を狂わす魅惑の楽園。

またの名をこの世の天国。


同じ風呂であるにも関わらず、むさ苦しい空気が漂う男風呂とはまるで違う雰囲気を放つここ女風呂では、3人の可憐な妖精たちが話をしていた。


「へぇー!美波ちゃんと架純さんは同い年なんだ!」

「といっても、今の学年はあちきが一個上やけどね」

「私の方が遅く産まれたからね。学年は『西の中』だよ」


美波の歳は17。

架純は18であるため、学年で言うと『西の薬』となる。


「美波ちゃんもイチノクニ学院の生徒なの?」

「そうだよー。といっても『銀』のクラスだから、学院に行かずに事務所にいることの方が多いけどねー」


イチノクニ学院の多岐にわたるクラスのうち、「銀」は職に困らない生徒が集まるものだ。

例えばテレポートに付随する才の持ち主がこれにあたる。


物流やテレポーターなど、この能力が必要とされる場面は多く、社会的価値の高い才と言える。

また、専門的な知識が必要というわけではないため、他のクラスと比べて登校は自由に近いかたちとなっているのだった。


「あちきもイチノクニやで〜」

「え!架純さんも!?」

「クラスは『金』やけど、ちゃんと通ってるよ」


「金」は、分類が難しい特殊な才の持ち主が集まるクラスだ。

平吉やみちるもこれにあたり、サイストラグル向けの才も多く集まる。


まさに「金の卵」のクラスというわけだ。


「クラスや学年は違うけど、ふたりは同い年・・」


同じ浴槽に浸かる架純と美波を交互に見て、真夏が呟く。


この二人。系統は違うが美少女である。

「可愛い」と「美しい」という言葉がそれぞれ似合う、容姿端麗な女の子である。


ゆえに、あとに続く真夏の言葉が、自分の容姿を褒めるものであると長年の経験から予測し、2人は謙遜の言葉を用意してそれぞれ構えていた。


しかし。


「美波ちゃんは子どもっぽいし、架純さんは歳とって見えるね!」


投げつけられたのは、オブラートに包むという工程をすっ飛ばした、素直すぎる感想であった。

というより、わざわざ悪いように言い換えたようなセリフだ。


言葉だけを切り取れば罵声のように聞こえるが、真夏の表情から悪意は感じられない。


美波と架純は、少しの間呆けた顔を浮かべたあと。


「ちょっとー。真夏ちゃん言葉選んでよー」

「そうやで〜。ちょっと傷ついたやないの〜」


二人して笑顔で答えた。


真夏はよく分かっていない様子であったが、釣られて笑った。


裸の付き合いは、人間関係を急速に深めてくれる。


壱ノ国代表女性陣に結束が生まれ、妖精の泉に笑顔の華が咲き誇った。




「・・リムちゃん危ない!」

「グハッ!」


不意の一発をくらい、李空が飛び起きる。

攻撃を仕掛けてきたのは言わずもがな卓男であった。


ご馳走にお風呂まで頂いた壱ノ国代表一行は、住子さんが用意してくれていた来客用の布団で快適な睡眠をとっていた。

何から何までお世話になり恐縮な気持ちを共通して抱いていたが、皆、試合の疲れからぐっすり眠っている。


一応補足しておくと、女性陣は別の部屋で寝ている。

架純は乗り込もうと計画していたようだが、どうやら真夏や美波によって阻止されたようだ。


「くそ、卓男のやつ呑気に寝やがって・・・」


幸せそうにいびきをかく卓男を忌々しげに見つめ、李空が呟く。

もう一度眠りにつこうとするも目は完全に冴えてしまい、夜風にでも当たろうかと辺りを見渡す。


「あ・・・」


どうやら同じことを考えていた人物がもう一人いたようで。李空はそちらに向けて歩き出した。


「京夜。お前も眠れないのか?」

「李空。ちょっと考え事をしていてな」


その人物とは墨桜京夜であった。


開かれた大きな窓の前に立っており、夜風がカーテンと京夜の髪をそよがせる。

その隣に李空は移動し、二人並んで夜空を眺めた。


の両親についてか?」


単刀直入に李空は問うた。

変に気を遣った言葉では、京夜には伝わらない事を知っているからこその、まっすぐな質問だった。


「いや。次郎さんと住子さんの方だ」

「そっちか。どっちも良い人に見えたけど・・」

「良い人すぎるんだよ。実の息子じゃない俺を何一つ不自由なく育ててくれている」

「じゃあいいじゃないか」

「それが怖いんだよ。俺は真夏みたいに素直じゃないから」


そこまで聞いて李空は理解した。

どこまでも不器用なこの幼馴染は、無償の愛に戸惑っているのだと。


理解した上で思考し、李空はこう告げた。


「それなら一つ我儘を言ってみるといい」

「我儘を?」

「ああ。その方が、あの人たちも喜ぶだろうしな」


我儘は信頼の裏返しとも言える。

次郎と住子とは今日が初対面であったが、京夜が無意識に張っているだろう心の壁が、親子の間に溝をつくっているように李空は感じたのだ。


「我儘か・・・」


真剣に悩む京夜の横顔を、李空が優しげな表情で見つめる。

5年前となんら変わらない幼馴染の姿に、李空は不思議と心が温まるのを感じた。


ふとした拍子に夜空を見上げる。

そこには一つの星が輝き、存在を主張していた。


そのいちばん星は、『TEENAGE STRUGGLE』初戦の、壱ノ国代表の勝ち星を意味するように。


央の夜空から、京夜と李空に淡い光を届けていた。

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