第8話 VS NINOKUNI ROUND3


砦『親』


「フンッ!」


大砲のような勢いで繰り出されるワンの拳を、平吉はすんでのところで躱してみせた。

巨体から発せられるそのパンチは、見るからに高い威力を誇り、当たればタダでは済まないことだろう。


「ちょこまかと小賢しいやつだ。そろそろお前も才を発動したらどうだ!」


その巨躯からは想像がつかない跳躍力をみせるワンが、平吉の頭上から両手をハンマーのようにして打ち付ける。


それを飛び跳ねて避ける平吉。

床に加えられた衝撃を前に、涼しい顔を続けていた平吉の額にうっすらと汗が滲んだ。


「どうやら、こっちも本気でやらないかんらしいな・・・」


自分に言い聞かせるように呟き、大きく息を吸い込むと、平吉はゆっくりと


「なんの真似だ」

「さあな。あとのお楽しみいうやつや」

「面白い。そのあとが来ればいいがな!」


無防備に見える平吉めがけて、ワンが飛び込む。

高速の拳が平吉の顔面を捉えたかと思われたが、平吉は目を瞑ったまま、その攻撃を受け流してみせた。


「どうやらお前のことを甘く見ていたようだな」


どこか嬉しそうにそう言うと、ワンは続けて「スーシャンテン」と口にした。


その言葉がリミッターの解除であるように、ワンの筋肉が、更に一回り膨れ上がる。


「どこまでついてこれるか。試させてもらうぞ!」


先ほどよりも素早さを増した攻撃が平吉を襲う。


が、その攻撃が来る場所が解っているように、平吉は目を閉じたままそれをひらりと躱す。


「どんどんいくぞ!!」


「サンシャンテン」「リャンシャンテン」「イーシャンテン」と口にするたび、ワンの体は大きくなり、攻撃のスピードや威力も増していく。


平吉は、依然目を瞑ったままそれらを避けていたが、段々と際どいタイミングになっているのが見てとれた。


して、ワンが「テンパイ」を宣言した直後。

ミサイルのような拳が平吉の頬をかすった。


頬からツーと赤い血が垂れる。疲労を隠せずと言った様子で肩で息をする平吉は、そのまま俯いた。


「そろそろ限界のようだな。だが、せっかくテンパイしたんだ。最後まで見せようじゃないか!」


ワンはそう言うと、「ツモ!」と高らかに宣言した。


目を閉じ俯いていた平吉は、その声を聞いて口の端をニヤッと上げた。



「なっ!どういうことだ!?」


慌てふためく声をあげるのは、優勢に見えたワンであった。


「すまんな。そのでっかい頭に『毒』仕込ませてもらったわ」


平吉はそう言うと、閉じたままだった目をゆっくりと開いた。


初めの頃と比べて2倍近く膨れ上がったワンの図体。

2メートルはある平吉よりも遥かに大きいワンの巨体が、みるみると縮んでいく様がそこにあった。


平吉の視線が見上げる形から平行へ。やがてやや見下ろす形となる。


「お前の才。あー、なんや。『国士無双』やったか。それにはデカすぎる反動があるらしいな」

「なんでそれを・・・」


驚いたように尋ねるワン。

平吉は自身の頬を流れる血を指でなぞり、それを舐めるとこう続けた。


「ワイの才『キャッシュポイズニング』いうてな。相手の記憶を盗聴して、嘘の記憶を挟み込めるんや」


その言葉でワンは全てを理解した。


ワンの才『国士無双』は、一種のドーピングのようなもので、筋肉にかかる負荷が大きい。

そのため、使用後は本来よりも弱体化してしまうのが傷であった。


己の体をいじる能力であるため、この才は扱いが非常に難しい。

ワンは長い修行と実践の果てに、その強化を段階に分けることで、何とか制御できるようになった。


しかし、その操作は非常に繊細で、決して無意識でできる代物ではない。


その記憶を盗み見した平吉は、最終段階の際に操作するそれと、解除の際に操作するそれの記憶をのだった。


そして、まんまとその『毒』を信じてしまったワンは、最終強化をするつもりで才を解除してしまった、というわけだ。


といっても、自分の記憶に疑問を覚えるなんてのは不可能に近い話。それも戦闘中のアウトプット。


ワンのことを責められる者は、何処にもいないことだろう。

ただ一人いるとするなれば、それはワン本人だけである。


「まだだ。まだ終わってない・・・」


筋肉が枯れたようにヨボヨボとなったワンは、それでも勇敢に立ち向かおうと踏み出した。


「やめときやめとき。選手生命縮まるで」


もう勝負はあったと言わんばかりに、平吉はワンをあしらおうとする。


「だめだ。漢の闘いに敗走はない。勝ちたいなら殺せ!だ!」


ワンの叫びに合わせて、砦のロックが解除される音がした。


「・・・・・は?」


ワンは何が起きたのかまるで分かっていないように、呆けた顔をみせる。


「あー、言い忘れとったわ。ワイが仕込んだ『毒』。一個やないで」


平吉は標的に触れたのち、目を瞑っている間、相手の記憶を自由に盗み見することができ、弄ることが出来るのである。


共通語で降伏を意味する「こうさん」。

ワンの出身国である弐ノ国では、同じ響きの「コーサン」という言葉があった。


その意味は共通語の真逆。

「もう一戦」という意味である。


その事実を盗み見した平吉は、ワンの記憶からある情報を

それというのは、この試合の敗北条件の一つ。「負けを認める」であった。


共通語では降伏の意味となることをワンは知っていたが、それが今回の敗北の条件とはのだ。


故に、ワンはその言葉を口にしてしまった。

もう一つ付け加えるなら、「コーサン」はワンの口癖であった。


「というわけで。勝負はワイの勝ちや」

「ま、まて!俺はまだ闘えるぞ!」

「阿呆やなあ。これは才の闘いやで。ここでの勝利条件は二つに一つ。相手の才を打ち負かすか、己の才を通すか、や」


「命あるだけマシや思えや〜」と軽い調子で言い放ち、ひらひらと手を振って平吉は出口へと向かう。


ワンはその背を追おうとしたが、『国士無双』の反動でその場を動けず、ただただ黙って見送るしかできなかった。




「あら?ワイはかいな」


砦から出てきた平吉が、そこにいた顔ぶれを見回して言う。


「ちょいと時間かかりすぎやないん?」

「なかなかの使い手やったからな。架純んとこは雑魚やったか」

「そこは素直に無事でよかったとかいいなはれや」

「はいはい。色気に惑うような奴でよかったなー」

「そんなことないでありんすー。平ちゃんやったら一発でドカンの強敵だったでありんすー」


ぷくーと頬を膨らませる架純を、しっしと手を振り遇らうと、平吉は残りの二人に労いの言葉をかけた。


「京夜にみちる。ご苦労やったな」

「全く問題ない」

「戦闘の記憶が途切れ途切れえ〜る!」

「気づいたら勝利していたあ〜る!」


みちるの両手に嵌められた人形が、それぞれ感想を口にする。


人形を外し、ケルベロスモードとなったみちるは、その時の記憶をほとんど残さないのであった。


「おっ!みちるの相棒おにゅーやないかい!イカしとるで!」

「さすが平吉!変化に気付くいい男え〜る!」

「ファッションは間違い探しあ〜る!」


美波特製の新しい姿となった二匹は、まんざらでもない様子で嬉しそうに答えた。


「あちきの着物は褒めんくせに・・・」

「ん?なんか言うたか?」

「なんでもない!平ちゃんの阿呆!」


架純は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。


彼女の感情の起伏をほぼ全て正確に把握したうえで、平吉は敢えてそっとしておくことにした。


それは触らぬ神に祟りなしといった考えと、他ならぬ羞恥の結果であった。

女心が複雑であるように、男心は単純ゆえに扱いが難しいのである。


「残すは一つやな」


中央にそびえる砦に目を向けて、平吉が呟く。


それ以外の箱は、陥落を示す赤色を灯していた。

未だ黒のままの箱の中で戦うのは、期待の新人、透灰李空である。


「りっくんがんばれ!」


祈りを捧げるように、李空の勝利を願うのは真夏。


会場の巨大モニターには、その雄姿がでかでかと映し出されていた。




砦『中』


二撃必殺の的を互いに抱え、激しい攻防を繰り広げる李空とハツ。


どちらが先に隙をみせるかの我慢勝負。

その決着が、今まさにつかんとしていた。


手合わせの最中。ハツがポケットからなにやら取り出し、床に投げつけた。

李空はそれを反射的に目で追い、一瞬であるが隙が生まれた。


時間にして1秒にも満たない。隙と言えるかも怪しい代物だ。


しかし、ハツは国の代表に選ばれるほどの選手である。

その隙を見逃すほど、柔な鍛え方はしていなかった。


「ッ!」


一瞬にして李空の背後に回ったハツが、李空の足を払いバランスを崩させる。


ふわっと浮いた身体が地面に打ち付けられるまでの、わずかな時間。

体はその身をよじり腕で支えようと動き出したが、李空はその動きを理性で止めた。


というのも、今から落ちる先の地面には、ハツが先ほど投げつけたがあるのだ。

弱点である胸から落下すれば、なにかが作動し即死ということもあり得る。

逆に胸が上を向いていれば、二撃必殺が作動することはまずないだろう。


そこまでをコンマ何秒の世界で考え、李空は仰向けの状態でそこに落ちることを選んだ。


ベチャッ


ねっとりと粘つくような。嫌な音が耳に届いた。


「なんだこれは・・」


立ち上がろうとする李空を、地面のそれが掴んで離さない。


蜘蛛の巣にかかった虫。または、ゴキブリホイホイにはまった奴のように。

李空は仰向けの状態で動けなくなってしまった。


「まさかこいつまで使う羽目になるとはね。不本意だがこれで終わりだよ」


李空の格好を上から見下ろし、ハツは紳士らしからぬ姑息な笑みを浮かべた。


「君の下のそれは、我が弐ノ国で採れる『ピンズ』と呼ばれる豆をすりつぶしてつくった捕縛剤さ」


ハツが話している間も、李空はなんとか抜け出そうと試みる。

しかし、持ち上げようとする腕には真っ白い糸が引き、自由を許してはくれない。


「通常はサラサラの成分なんだけどね。強い衝撃を与えると強力な捕縛剤に早変わりってわけさ」


ハツの解説も終わり、李空は改めて己の状況を考察する。


四肢共に身動きは取れず、弱点となる胸元を大胆にさらけ出し、敵の目の前で仰向けに寝ている。


ふむふむ。どうやら絶体絶命のピンチのようである。


「無防備な相手を屠るなんて、紳士の行いとは程遠いんじゃないですか?」

「どうとでも言うといい。死人に口無し。敗者の言葉は、所詮は負け犬の遠吠えでしかないのさ」


大げさな身振りで嘆いて見せ、ハツは続ける。


「勝った者こそが正義であり紳士。紳士を語れるのは勝者のみなんだよ」


これで終わりだと言わんばかりに、李空の胸の紋章目掛けてハツの手が迫る。


それが李空の的に触れれば、ハツの才『立直』の効果が発動し、心臓の動きが止まるはずだ。


しかし。


己の死がすぐそこまで近づいているにも関わらず。


李空はニヤリと笑って見せた。


(・・・なんだ?何が起きた?)


いくつもの疑問が頭の中に浮かぶが、ハツはそれを口にできなかった。

が、口を開くことを許さないのだ。


視界に広がるのは白い物質だけ。

体も自由が効かず、次第にハツの身体を恐怖が蝕む。


「もうしわけないです。ちょっと危なかったんで、してもらいました」


その声はハツの背後から聞こえた。

この場合の背後とは、位置関係でいうと上である。


すなわち、ハツは李空が居た場所にうつ伏せの状態になっていたのだ。


「といっても喋れそうにないですね。せっかくなんで紳士らしく、解説入れときますね」


李空の才『オートネゴシエーション』は、相手を負かす能力を発動するという代物だ。

それは試合単位ではなく、その時々で発動が出来る。


ハツに動きを封じられ、戦況が変わった段階で、李空は別の能力を発動可能となっていた。


それというのは、、というものだ。


これにより李空は捕縛剤から脱出。

代わりに、ハツはうつ伏せの状態で捕らえられたのだった。


「どうせこのへんに・・・あー、あったあった」


李空は説明を交えながら、ハツのポケットを弄っていた。

そこに見つけ取り出したのは、小瓶だった。


その中に入っていた粉を手のひらに出すと、捕縛剤と接吻中のハツ顔面に塗った。


「ぷはっ!はぁ、死ぬかと思った・・・」


水中から息継ぎをするように、ハツが勢いよく酸素を取り込む。


李空が塗ったその粉は、捕縛剤の粘つきを無効化するものだった。


「・・・その正体がよく判ったね」

「まあ、捕縛剤持ち歩いてるならこれも持ってるでしょ、っていう安直な推理ですけどね」


李空は小瓶を手の中で弄びながら、つまらなそうに答えた。


「さて、ハツさん。降参してください」


李空がハツを喋れる状態にしたのは、これが狙いであった。

動けない敵にトドメを刺すのも、後味が悪いというものだ。


「・・ふっ、どこまでも甘いね」


自身の首元で、しゃがんで問いかけてくる李空に、ハツは亀のように首を伸ばして答える。


「いいかね。確かに私は勝てないかもしれないが、同時に負けもしない。なぜなら、君の二撃必殺の的は床にひっついて離れないからね」


そう、ハツの体勢はうつ伏せ。

二撃必殺の的がある胸元は、とてもじゃないが触れられそうにない。


ハッハッハ、と無様な姿で高らかに笑うハツ。


李空はその姿をニコニコとした表情で眺めると、おもむろに立ち上がり、ハツの足元へと移動した。


「もしかしてですけど。俺の二撃必殺と、あなたの二撃必殺。同じ仕様だと考えてません?」

「へ?」

「俺のはオートネゴシエーションの能力の一つですよ。つまりは、『やり直し』ができるんですよ」


そう言うと、李空はハツの背中に触れた。


「見えないと思いますが、新しい的。できましたよ」


笑っていたハツの顔が引きつり、尋常じゃない汗が噴き出す。


「応答がなければ再起動。俺達の国では常識ですよ」


小馬鹿にするように言い放つと、李空はカウントダウンを始めた。


「さーん」

「やっ、やめ・・・」

「にー」

「ちょっ、たんまたんま!」

「いーち」

「まけまけまけ!私の負け!」


砦内を静寂が包む。

それを破ったのは、砦のロックが解除される音であった。


「ずるしてすみません。新しい的のくだり、全部嘘です」


李空が申し訳なさそうに言うが、返事はない。

不思議に思い、李空はハツの頭の方へと向かうと、顔を覗き込んだ。


「あちゃー。気絶しちゃいましたか」


涙目の間抜けな顔で固まるハツに、李空は最後にこう残した。


「紳士を語れるのは勝者だけ、ってことで勘弁してくださいね」

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