第7話 VS NINOKUNI ROUND2


央の巨大モニター裏にあるブース内にて。


「おねしょたがああああ!!」


手違いで解説者として招かれた、卓男の絶叫が響いた。

無論。その声は、零ノ国会場の観客席や、央にて試合を観戦する貴族たちの耳にも届いていた。


聞き覚えのない異国の言葉に、貴族たちは揃って首を傾げた。


ちなみにではあるが、砦と称されている箱は防音仕様となっており、実際に試合を繰り広げている選手たちの耳には届いていなかった。


「おねしょた?はて、どの選手の呼称でしょうか?」


実況者のミトが疑問を呈するが、その答えは返ってこない。


「ちっ。これだからオタクは・・・」


マイクが拾うか拾わないかの瀬戸際の音量で、ミトが本音を吐露する。


が、流石のプロである。

すぐにパッと表情を戻すと、ミトは実況を続けた。


「すみません取り乱しました。さて、波乱万丈の『TEENAGE STRUGGLE』第一試合。どの砦も目を離せない展開が続いています」


どうにか心を修正したミトが、健気に仕事を全うする。


「なかでも、壱ノ国代表 借倉架純選手 対 弐ノ国代表 チュン選手の砦では、架純選手が爆発するという衝撃の出来事があったわけですが、オクターさんいかがですか?」

「まだでござる。おねしょたは永遠。故に不滅でござるううう!!!」

「オクターさんの発言は理解し兼ねますが。確かに砦のロックは未だ解除されていません!」


試合に使われているこの箱であるが、ただの箱ではない。

試合の条件に合わせ、才の効果がかかっているのだ。


敗北条件である降伏もしくは戦闘不能の状態に、どちらかもしくは両方が陥ると、自動でドアのロックが解除される仕組みとなっている。


しかし、砦『薬』のロックは、未だ解除されていない。


「おっと!これは!?」


モニターを見つめ、ミトが興奮気味に実況する。


そこに映し出されていたのは、砦『薬』の戦況だった。




砦『薬』


「あ〜あ。クリアしちゃった」


架純の対戦相手である男の子。弐ノ国代表のチュンが、つまらなそうに呟く。

彼の手元のゲーム画面には「GAME CLEAR」の文字が踊っていた。


チュンの才は、その名を『天和(テンホー)』という。

自分のパーソナルスペースに侵入した敵を、問答無用で爆発させるという無慈悲な能力である。


名の通り、試合が始まる前に勝敗が決する。恐るべき才であった。


「そろそろ出ようかな」


架純が着ていた着物を軽く飛び越えて、チュンは出口へと向かう。

しかし、箱に一つしかないドアはピクリとも動かなかった。


「弱ったな。なんで開かないんだ?」


声変わりもしていない実に子どもらしい声で、チュンが疑問を口にする。


「なんでやろうね?」

「何かの不具合かな・・・へ?」


チュンが間抜けな声をあげる。


箱の定員は2人。そのうち架純は爆ぜた。

チュンの他に人はいないはずだ。


なら、この声は誰だ。

十分に思考を巡らせる暇もなく、チュンの耳元に甘い吐息がかかる。


「正解は、あちきが生きているからでした」


恐る恐る首だけ振り返るチュン。

そこには魅惑の笑みを浮かべる架純の姿があった。


背後から抱きしめられているため、首以外身動きがとれない。

いや、架純が加える力はさほど強くない。本来なら動かせるはずだが、未知の恐怖がそれを許さないのだった。


「あちき今裸やから、見ちゃだめよ」

「・・・な、なんで生きてる」

「そこかいな。ほんと可愛くないなぁ」


終始生意気な子どもの態度であったチュンが、慌てふためいている様を見ても、架純は不満げな様子だ。


「さっき爆発したのはあちきのコピー。あちきの才は『ハニーポット』いうてな。まあ、子どもに話してもしゃあないでありんすか」


借倉架純の才は、別名を「甘い罠」と言う。

無防備な自分のコピーを戦わせ、その攻防から敵の弱点を暴き、そこを突くのだ。


「坊やの才。制限が強いみたいやね。大方、ってとこでありんすか?」


架純の言葉に、チュンは肝が冷えるのを肌で感じた。


彼女の言葉通り、チュンの才は一人に一度だけしか発動しない。

そもそも一発で仕留められるのだから、本来はそれで十分なのだ。


『天和』をまともに食らって無事だったのは、今まで一人しかいなかったため、チュン自身も忘れかけていた制約であった。


「今回は相手が悪かったみたいね坊や。ちょんぼよ」


首だけこちらを向くみちるの額に、そっと口づけを一つ。


己の才を完全に破られたという衝撃と、これから何をされるのかという恐怖から、チュンは気を失ってしまった。


「あら。坊やには刺激が強かったかしら」


チュンを地面にそっと寝かせて、架純はうふふと優美に笑った。




砦『中』


李空とハツは激しい攻防を繰り広げていた。


「ほらほらどうした。守るばかりじゃ勝てないよ!」


押しているのはハツだった。

胸に大きな弱点を背負ってしまった李空は、それを庇うように闘う必要があるため、必然的に防戦気味となっているのだ。


「そうですね。そろそろ反撃といきますか」


一瞬の隙を突いて、李空の手がハツの胸に触れた。

その言動に危機を悟ったハツは、後ろに跳びのき距離を取る。


「何をした?」

「見たまんま。お揃いの的のプレゼントです」


ハツの胸元に浮かび上がったのは、李空のそれとよく似た紋章だった。


「俺も紳士らしく説明しましょう。まず、あなたの才が二撃必殺の能力であること。俺は、


そう、李空の才は相手の才を読み取ることが出来るのだ。


「ほお。理解した上で一撃目を食らったと?」

「その通りです」

「理由を聞いてもいいかね?」

を知るためですよ」


李空は剛堂との修行にて、二撃必殺を売りとする才と三度手合わせをしていた。

李空が読み取ると同じ『二撃必殺』であるが、その三つには細かい違いがあった。


一つは、相手の体に何箇所でも的を設置可能なタイプ。

このタイプは、いずれかの的に二撃目を当てることで、条件達成となった。


剛堂の才はコピーであるため威力は下がっていたが、相当のダメージを負ったのは苦い思い出だ。


もう一つは、一箇所だけ的を設置可能なタイプ。

こちらは数が一つの分、的が大きいのが特徴だった。


そしてもう一つ。

目に見える的はで、目に見えない的を二撃するタイプ。

相手の先入観を逆手にとり、本物の的に攻撃を当てるのだ。


この厄介な能力と対峙した経験から、李空は序盤戦を相手の才の把握に費やしたのだった。


「なるほど、それは懸命な判断だ。して、この紋章は私のと同じと思っていいのかな?」

「そうですね。俺の才はどうも使い勝手が悪くて。どうせなら一撃必殺にしてくれればいいのに」


自分の才の悪口をこぼす李空。


剛堂との修行を経て、李空は自分の才について理解を深めていた。

不器用なことに、相手にしか発動しないのだ。


考えてみれば、今までの闘いもそうであった。

太一との試合に関して言えば、ファイアーウォールの火を鎮火してしまう程の水を放出する才の方が、もっと楽に勝てたことだろう。


李空の才は、扱いが難しい気分屋なのであった。


「俺の才は『オートネゴシエーション』。相手を負かす才を発動する、最弱で最強の唯一無二の才です」

「その答えが私の立直と同じ二撃必殺。つまり同じ条件なら勝てるということかな?」

「どうやら俺の才はそう判断したらしいですね。相手の和了牌(あがりはい)を切らないように闘う、我慢比べといきますか」

「おもしろい!」


向かい合う李空とハツが、目を輝かせて同時に走り出す。


砦『中』は、第二ラウンドへ突入した。




砦『子』


左端の砦に挑むは、李空と真夏の幼馴染でありながら、いまいち本心を掴みきれない墨桜京夜であった。


「なんだ?」


短い疑問が指すのは、感触の違和感。

箱に一歩踏み出した足に感じるそれが、普通の床とは違っていたのだ。


その正体を知ろうにも、箱の中は真っ暗。

敵の罠である可能性も考慮し、京夜はとっさに構えをとる。


「いや〜、待ちくたびれた!」


闇の向こうから、野太い男の声が聞こえてくる。


「暇すぎて暇すぎて。箱の中、にしちゃったよ」


その声を合図に、箱の中に明かりが灯る。


箱の中身はなんだろな?

その答えは、辺り一面の「緑」であった。


して、声の主はそれらと調和するように、全身緑の服を身につけていた。

髪の色までが緑。目に優しすぎて逆に悪い気がしてくる。


「すまんな。もう名乗る暇もないだろうから先に済ませておこう。俺はソー。そして、才は『緑一色(リューイーソー)』。木遁だ」


箱内部を侵食する緑が、まるで生きているように動きだす。


「それにしてもこの勝負、が大きすぎだよな。これじゃあ、弱い者いじめだぜ」


男が指をタクトのように振ると、床・壁・天井、箱内部のあらゆる面から、木の根のようなものが京夜目掛けて襲いかかった。

京夜はそれらをなんとか躱す。


京夜が最初に感じた違和感の正体は、床に這うように存在する「根」であった。


そして、真夏と美波の会話にも出てきた、挑戦者と番人、それぞれの利。

その内の番人の利こそ、周到に準備が可能、というものであった。


端的に言えば、罠を仕掛け放題なのである。


「いつまで避けきれるかな。現代っ子に自然の恐ろしさを教えてやるよ!」


予測しづらい変則的な動きで向かってくる根を、なんとか躱し続ける京夜。

が、猛攻は止まらず、反撃の隙は見当たらない。


「やはり国の代表になるだけはあるな。だが、これでおわりだ」

「っ!」


迫る根に気を取られ、京夜の足元は自然とおろそかになっていた。

これこそがソーの狙い。攻撃的な太い根と違い、派生した細い根が京夜の足をからめ、身動きを封じたのだ。


文字通り根が張ったように棒立ちの京夜。

それに狙いをすますよう、獲物を前にしたへびのような動きを見せる何十本もの根。


その鋭い先端が、中央に位置する京夜。その一点に集中する。


「この世界は弱肉強食。恨むなら己の無力さを恨むんだな」


ジャッジメントを下す裁判官のように、ソーの腕が垂直に振り下ろされる。


それに合わせ、何十本もの根という裁きが、被告人墨桜京夜めがけ噛みつかんと動き出した。




砦『親』


「あら。なんもないやないか」


右端の砦に足を踏み入れた軒坂平吉は、肩透かしを食らったように呟いた。


箱の中は、障害物一つないまっさらな空間であった。

格ゲーの練習に用いられるような、ただの広い空間である。


そして、平吉の真正面。

入口の直線上には、仁王立ちで待ち構える男の姿があった。


「よく来たな。お前が将か?」

「なんでそう思うんや?」

「何千と戦ってきた経験がそう告げている」

「ちょっとちょっと。判っとるなら罠の一つも仕掛けんと。もしかして、ワイ舐められとる?」


自分のことを指差して、とぼけた調子で平吉が尋ねる。


「俺は国がどうとか興味がない。己とどちらが強いか。知りたいのはそれだけだ」

「国の代表の将の発言とは思えんな。やけど・・」


平吉はそこで一度言葉を切ると、筋肉を伸ばすように準備運動を始めた。

脚を伸ばし、最後に大きく伸びをすると、もう一度男に向き直る。


「そういうの嫌いやないで」


そう告げ、男の懐へと飛び込んでいった。


スピードの乗った鋭い拳が男の土手っ腹に命中。

ぐっ、と短い呻き声と共に、男はそのままの姿勢で数十センチ後退った。


「なかなかやるじゃないか」

「またまた。避けよう思ったら避けれたやろ。力試しいうわけか?」

「まあそんなところだ」


男はそう言い返すと、なにやらぶつぶつ呟きだした。


「今の感じだとローシャンテン・・・いや、ウーシャンテンだな」


自分の中で何かしらの答えがでたのだろう。

男は平吉をまっすぐに見据え、腰を落として気張りだした。


「まだ名を聞いていなかったな。なんと言う」

「軒坂平吉や。そっちは」

「ワンだ。漢と書いてワンと読む」

「可愛ええんか、かっこええんかよく分からんな」


余裕を崩さない平吉の態度に、ワンは無邪気な笑みを浮かべた。


になっても反応なしか。これは楽しめそうだ!」


そう言うワンの姿は、とても大きく見えた。

それは比喩的な意味ではなく、のだ。


「俺の才は『国士無双』。圧倒的な武をもって、貴様を屠る!」


仰々しい決め台詞を残して、ワンが大地を蹴る。


元居た地面は、摩擦で焼けていた。




砦『子』


「なんだ?」


疑問を口にしたのは、弐ノ国代表の木遁使い。ソーであった。


ソー操る「根」は、京夜をめがけて集中攻撃。

して、京夜は八裂きになる・・・はずだった。


しかしだ。


今、ソーの目の前にあるのは、正体不明のだった。

人ひとり入るほどの大きさで、その位置から、中には京夜がいると思われる。


その箱にソーが放った根が突き刺さってはいるのだが、中がどのようになっているかは定かでない。


いや、刺さっているという表現に間違いはないが、そこだけ、と言った方がより正確かもしれない。


というのも、根の太い部分をも飲み込むように、その黒い箱は存在しているのだ。


「これが自然の恐ろしさか」


一瞬にして黒い箱は消え失せ、無傷の京夜の姿が露わになった。


余裕綽々といった態度の彼の右手の上で、サイコロサイズの黒い箱が躍る。

消滅したように見えたその箱は、目で捉えきれない速度で収縮していたのだった。


「それがお前の才か?」


警戒するように根をうねらせながら、ソーが問う。


「そうだ。『ブッラクボックス』。説明は省く」


一方的に言い放ち、京夜は右手を掲げた。


瞬間。


砦『子』の内部を、圧倒的な闇が包んだ。




・・・ここはどこだ?


湧き出る疑問に答える者はいない。


身動き一つ取れない窮屈な棺桶の中のような気もするし、宇宙のように果てしなく広い空間にも思える。


辺りに広がるのは圧倒的な「闇」であった。

自分が目を開いているのか閉じているのか。そんなことすら怪しくなってくる。


果たして眠っているのだろうか。はたまた死後の世界。


音も聞こえず、匂いもない。

皮膚に風が当たるような感覚も一切ない。


一体どれだけの時間が経過した?


ほんの数秒にも。途方もない年月にも。それこそ永遠にも感じられる。


自分は今立っているのか。座っているのか。寝ているのか。

上を向いているのか、横を向いているのか、下を向いているのか。


生きているのか。死んでいるのか。


わからない。何もわからない。


わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。


こわい。こわい。こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


「出たいか?」


危うく自我が崩壊しそうな時。そんな声が聞こえた。


自己を保つための幻聴か。脳に直接語りかけられているような、そんな声だった。


「出してくれ!」

「いい。だが、条件がある」

「なんだ!?なんでもするから!早く!」

「簡単だ。負けを認めろ」

「なんのことだ!?・・・まあいい。負けだ!俺の負けだ!」


それが何を意味するのかを考える間もなく、男は高らかに敗北を宣言した。


その瞬間。

何処かでカチャリとロックが外れる音がした。


無論。その音も男の耳には届いていない。


その数秒後。

視界いっぱいに広がっていた闇が、突然その色を変えた。



「・・・ここは」


そう呟く男の視界には、これでもかと「緑」が広がっていた。

その中には、小さな黒い箱を掌で弄ぶ男。京夜の姿もあった。


その姿を認識した瞬間。男。ソーは理解した。


自分はこの男に敗北したのだと。


「なにが、何が起きたんだ・・」

「箱を俺の『ブラックボックス』で上書きした」


京夜はあくまで事務的にそう答えた。


墨桜京夜の才は、黒い箱。

その中身は謎に包まれており、京夜本人ですら把握していない。


どういう理屈か。その箱は、全ての物質を吸収するのだ。


京夜が操れるのは座標とサイズのみ。

そして今回、京夜は砦の箱内部をそのまま覆うように、ブラックボックスを発動したのだった。


「ということは、お前もあの箱の中に・・・」


そう、京夜もソーと同様、あの箱の中にいたのだ。


退屈は人を殺すというが、本当の意味で人を殺すのは「無」だ。

死んだ先が虚無という解釈もあるが、何もないゼロというのは人を簡単に壊す。


死人は幽霊。ゼロは零(れい)。

死に近い睡眠中も、人は無を嫌い夢を見る。


それでいて、京夜はあの箱の中でさえも平然と、あくまで淡々と勝負に徹した。


「信じられない・・。お前、悪魔か?」

「恐れなければ『無』は『死』でない」


もう話すことはないと、京夜が出口へ歩いていく。


その途中で、すっかり元気のなくなった根を眺め、何かを思い出したように振り返ると、こう告げた。


「植物は『光』がないとダメだったな。すまないことをした」


皮肉ともとれる言葉を残して、京夜は今度こそ箱から脱した。

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