第6話 VS NINOKUNI ROUND1


「大変お待たせしました!これより『TEENAGE STRUGGLE』第一試合。壱ノ国 VS 弐ノ国を開始します!!!」


零ノ国の会場にミトの元気な声が響く。

それに合わせて「ウォー!」と歓声が上がった。


その歓声は零ノ国産の生の声である。

壱ノ国代表一行がスタンバイする会場には、砦を取り囲むように観客席が設けられており、暇を持て余した零ノ国の住民が押し寄せているのだ。


観客席は試合会場より一段高くなっており、二階席のようなイメージである。


「それでは改めてルールを説明します。今回の試合形式は『五つの砦』。会場に設置された5つの巨大な箱の中に、番人となる国の選手がそれぞれ一人ずつ待機しています」


「今回ですと番人側が弐ノ国ですね」と、ミトが原稿を確認して続ける。


「そして、挑戦者となる国の選手が砦に侵入するとバトルが発生します。一つの砦に侵入できる挑戦者は一度に一人まで。侵入を確認すると砦のドアは自動でロックされ、どちらかが戦闘不能、もしくは負けを認めると解除されます。一度負けた挑戦者は脱落となりますが、勝利し砦を落とした挑戦者は、そのまま次の砦に挑戦することができます」


「遅れましたが、挑戦者側は壱ノ国ですね」と、興奮気味だったミトが、自身を落ち着かせるように一度深呼吸をして続ける。


「砦を全て落とすことができれば挑戦者側の勝利。一つでも防衛しきれば番人側の勝利となります。解説のオクターさん。ずばり、どちらが勝つと思われますか?」

「そ、そうでござるな!拙者はリムちゃん推しでござる!」

「りむ?ああ、きっとどちらかの選手の愛称ですね。さすがオクターさん。詳しいですね!」

「へ?そ、そうでござろう!」


ミトと卓男の噛み合わない会話は、零ノ国の李空らの耳にも届いていた。


「今の卓男くんだよね!なにしてるんだろ?」

「さあな。あいつは巻き込まれ体質だから。きっと、何か厄介なことに不本意に首を突っ込んだんだろ」


真夏の問いに李空が呆れた様子で答える。


思いがけないルームメイトの登場に、李空は肩の力が抜けるのを感じた。


「それでは試合に移りましょう!皆さん準備はいいですか?いきますよ!『TEENAGE STRUGGLE』第一試合、スタートです!!!」


ミトのアナウンスを合図に、壱ノ国代表のメンバー5人は、へと向かった。




───アナウンスがある少し前。


壱ノ国代表一行は円陣を組み、作戦会議をしていた。


「これが『5つの砦』の概要だ。さて、どうする?」


そう尋ねるのは剛堂。その視線は平吉を向いている。


「そんなん決まっとるやろ。一斉攻撃や」

「そう言うと思ったよ」


剛堂が苦笑いを浮かべる。


「いいんですか?そんな雑な作戦で?」

「雑なことあるかい」


李空の問いに、平吉はやれやれと首を振りながらこう返した。


「ええか。ワイらが勝つためには全部の砦を落とす必要がある。それなら一斉に落としてしまった方が効率ええやろ」

「効率って・・・。まあ、そうかもですけど」

「一人一回勝つだけでええんやで。それともなんや。負けるかもとか思っとんか?」


挑発するように平吉が笑う。


その挑発に乗らないような人物は、この場にはいなかった。


「それでこそ壱ノ国代表や」


真剣な顔つきになった他のメンバーに向けて、平吉が続ける。


「ええか。もしも死にそうになったら遠慮なくリタイアせえ。いざとなればワイが全部落とすさかい心配はいらん」


「まあいらん心配かもしれんけどな」と、平吉がボソッと呟く。


それほどに、李空、京夜、架純、みちるの4人からは、これほどない「気」が漂っていた。




「おーと、壱ノ国!いきなりを捨てた一斉攻撃だー!」


ミトの実況に、真夏が「超戦車乗り?」と疑問を口にする。


この場合、テクニックに長けた操縦士のことを指しているのだろうか。

一切ふざけた様子でないのが、真夏クオリティである。


「挑戦者の利だよ。5つの砦には挑戦者と番人。それぞれにちょっとした有利不利があるの」


隣の美波がそれに答える。


「その内、挑戦者の利と言われているのが相手の才を把握できることなの」


砦に侵入した挑戦者が、待ち構える番人を勝てない相手と判断した場合、即刻リタイアすれば、後続の仲間に情報を伝達できるというわけだ。


「このことから、挑戦者側は一つずつ砦を攻略するのがセオリーとされているの」

「それじゃあ、みんなはお馬鹿さんなの?」


真夏の言葉に、剛堂が豪快に笑う。


「それは違うよ。あいつらは負けられない状況を敢えて作って、自らを奮い立たせてるんだ」


後続がいるという安心は、時に油断を招くことがある。


退路を絶ったからこそ出せる、火事場の馬鹿力というものもあるのだ。


「俺たちはもう見守ることしかできない。まったく、闘えない自分がつくづく嫌になるな」


自分の拳を見つめて、剛堂が呟く。


今日は彼の二十歳の誕生日。

その影響で才の力は既に半減していた。


そんな剛堂の想いも背負って。

戦う者たちの姿が5つの箱の中にあった。




砦『中』


試合前の作戦会議にて、壱ノ国代表はそれぞれの砦に名前をつけていた。

といっても凝ったものではない。イチノクニ学院の学び舎と同じ、右手の指になぞらえて、右から『子』、『薬』、『中』、『人』、『親』だ。


その内の中央の砦『中』に挑むのは、これが大会デビューとなる透灰李空であった。


「お邪魔しまーす」


友達の家を訪ねるように、李空がそうっと砦に入る。


「よく来たね」


薄暗い箱の中。少し慣れてきた目に、細身の男の姿が映った。


シルクハットに小さな丸ぶちのメガネ。

央の街にいた貴族を連想する服装だが、見た目は若く、歳は18くらいだと思われる。


「闇に紛れて奇襲とかしないんですね」

「私は紳士だからね。ジェントルマンにいこうじゃないか」


メガネをクイッと上げて、男が続ける。


「私の名前はハツだよ。君は?」

「透灰李空です。早速ですが質問いいですか」

「質問?なんだね」

「目が見えない人の光を取り戻す才。ご存知ないですか」

「さあ。生憎知らないね」

「そうですか」

「話は以上かな。それではいい試合にしよう」


こちらに歩み寄り、差し出すハツの右手を握る。


「なんてね」


その瞬間。

不敵な笑みを浮かべたハツの左手が、李空の胸辺りを捉えた。


「だめじゃないか。才の戦いに油断は禁物だよ。はい、立直(リーチ)」


反射的に後退る李空の胸に、花のような紋章が浮かび上がる。


「私の才は立直。相手の同じ場所に二度触れることでその命を奪う。二撃必殺の能力だよ」

「・・・わざわざ能力をバラしちゃっていいんですか?」

「いいんだよ。私は紳士だからね」


再びメガネをクイッと上げるハツ。


その奥に見えるキツネ目が、怪しく光って見えた。




砦『人』


左から二つ目の砦に挑むのは、その素顔を未だ見せない犬飼みちるである。


「よくぞおいでくださいました。私ハクと申します。ごめんあそばせ」


箱の中でみちるを出迎えたのは、優雅な立ち振る舞いの女性であった。

修道服のような衣装に身を包み、シスターを連想させるような格好をしている。


「私が望むのは平和です。無闇な殺生は好みません。よろしければ降伏していただけませんか?」

「何を腑抜けたこと抜かしてるえ〜る!」

「主人に敗北の二文字は無いあ〜る!」


ハクの提案に、みちるの両手に宿る人形は拒否を示した。


「そうですか・・・。それは残念です」


民を憂う聖女のように、ハクが嘆く。


「見たところまだ神の恵みを授かったばかりの身。私の相手は少々荷が重いと思いますが・・・」

「その言葉、主人への侮辱と受け取ったえ〜る!」

「あの世で後悔するあ〜る!」


みちるの両手に宿る人形が吠える。

二つはまるで生き物のように。主であるみちるの手元を離れ、ハクめがけて飛びかかった。


「ああ神よ。平和を脅かす者に裁きを」


ハクは恐れを一切見せず、神に祈りを捧げる。


二つの人形がハクの元に到達しようかという頃。


「「ぐはっ!」」


ピンポイントに二発。


人形めがけ、雷が落ちた。




「まずいな・・・」


そう呟くのは、箱の外から試合を見守る剛堂だった。


零ノ国の試合会場には、5つの砦の上部に巨大モニターが設置されていた。

会場に集まった零ノ国の民たちは、そのモニターで試合を観戦しているのだ。


して、現在モニターに表示されているのは砦『人』の様子。

すなわち、犬飼みちる対ハクの試合だった。


「みちるくんの人形やられちゃったけど大丈夫なの?」


心配そうに不安を口にするのは真夏。


その言葉の通りモニターに映るみちるの人形は、対戦相手であるハクの才の能力か、突然降り注いだ落雷によって地に横たわっていた。


「いや、まずいのはみちるじゃない。だ」


剛堂が意味深に呟く。


その言葉の意味は、この後すぐに判明した。




砦『人』


「また尊い命を奪ってしまいました」


目の前で倒れる二つの人形に哀れみの目を向けて、ハクが続ける。


「あなたのお友達は旅立ってしまいました。もう一度、降伏の好機を授けましょう。さあ、決断するのです」

「・・・・・」


ハクの言葉をまるで無視し、みちるは先ほどまで人形が覆っていた両手をみつめる。


「既に解ったでしょうが、私の才は迫り来る悪意に神の鉄槌を下す能力。不戦の願いを込めて『平和』と呼んでいます」

「・・・・・」


丁寧に解説をするハクの言葉にも、まるで耳を貸さない。


そのままゆっくりとした足取りで、みちるはハクの元へと近づいた。


「はあ。どうやら降伏の意をなさそうですね。これも安寧のため。平和の生贄となってください」


先ほどと同様。ハクが目を瞑り、祈りを捧げる。

ほどなくして、箱の内部に雷鳴が轟いた。


「・・・・・なっ!」


音と同時に目を開いたハクは、思わず自分の目を疑った。


その理由は歴然。

眼前に満面の笑みを浮かべる、「みちる」の姿があったのだ。


驚く暇もなく怒涛の展開は続いた。

みちるの変貌した両腕がハクの首を絞め、そのまま体ごと持ち上げたのだ。


「みちる」の両腕はその形を成していなかった。

敢えて形容するなら影。存在すら怪しいその影が、本来の3倍ほどに伸び、ハクの首を捉えていた。


「どういう・・こと・・・」


苦しそうにハクが尋ねる。


「雷のことか?それなら


そう語るのは「みちる」の口。

その見た目からは想像できない、低く唸るような声色である。


人形を含めなければ初めて聞く声だったが、それを本物と言っていいものか悩ましかった。


というのも、彼の顔も影。

両腕と合わせての影が、服の穴からそれぞれ伸びていたのだ。




「どうなってるの!?」


驚きの声をあげるのは、モニター越しにバトルを見守る真夏であった。


「あれがみちる君本来の才だよ」


そう答えるのは美波だった。


「私がスカウトした時。みちる君はあの状態だったんだ」

「あの時は大変だったな」


剛堂が思い出すように頷く。


「みちるの才は『ケルベロス』と言ってな。両腕と顔。三つの攻撃的な首と、人間離れした瞬発力が強みの能力だ。が、その強力な才をコントロールするには、まだまだ経験が足りない」


才はその持ち主の心と密接に関わっている。

心が不安定な状態だと、才も暴走気味になることが多いのだ。


「だから普段はあの人形を嵌めてるんだ。あの人形は特殊な材質で作られていてな。暴走を抑える役を担っている。能力のリミッター。心の安定剤といったところだな」


語る剛堂に、「あの人形私の手作りなんですよ!」と、美波が付け加えた。


「替えは持ってきてるか?」

「はい。ばっちりです」

「でかした。試合が終わったら、俺が渡しにいくから用意しておいてくれ」

「わかりました」


美波が荷物を取りに駆けていく。


このように、不確定要素の多い才の決闘では、マネジメントの役割も重要なのであった。




砦『薬』


右から二つ目の砦に挑むのは、隠しきれない色気を放つ借倉架純である。


「あら。あちきの相手は可愛い坊ややないの」


彼女の視線の先には、小さな男の子の姿があった。

架純の存在に気づいているのかいないのか。少年はピコピコとゲームに熱中している。


「坊や。ゲームより楽しいことせえへん?」

「・・・・・」


年頃の男であればすごい勢いで食いつきそうな誘いであるが、少年はゲーム画面から目を離さない。


「これは困りもんやなあ。そんな熱中して、どないゲームしてはんの?」


すっかり戦意を削がれた架純が、少年に近づこうと歩き出す。


その一歩目を踏み出した頃。


少年が突然顔を上げた。


「お姉さん。危ないよ」


その言葉が終わる時には、既に勝敗が決していた。


架純の体が、まるで水風船のように爆ぜたのだ。


「だから言ったのに」


つまらなそうに少年は言うと、その視線をゲーム画面に戻した。


架純が元いた場所に、綺麗な着物が虚しく舞った。

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