第5話 COUNTRY OF ZERO


「李空のやつ。結局、学院に来なかったでござるな」

「そうだね」


そんな会話を交わすのは卓男と真夏。

作戦会議が行われた日から1週間。李空は一度も学院に姿を見せなかった。


「李空は剛堂と修行を行っている」と美波の口から聞き、二人はただ待つことしかできなかった。

仕事に関しても大会までの雑務は美波が済ましてしまったらしく、当日まで待機とのことだった。


して、今日はその当日。


指定された時間に間に合うように、卓男と真夏は事務所に向かっていた。


「たのもー!」


久しぶりに李空と会えるとあって、いつもに増してテンションの高い真夏が事務所に乗り込む。


この1週間。京夜との再会から李空ロスと、振り幅の大きいダメージを負った真夏は、異様に大人しかった。

その姿を少し離れた側から見ていた卓男は、すっかり元に戻った真夏を見て素直に喜び、そのあとで李空を少し恨めしくも思った。


「真夏ちゃんおはよ!よくきたね!」


慌てて出てきたのであろう。

適度に息が乱れた美波が、二人を出迎える。


「美波ちゃん!りっくんは?」

「えーと、李空くんは・・・」


出迎えた美波の視線が泳ぐ。

その反応に不安を覚えた真夏は、勢いよく奥の部屋へと走っていった。


「りっくん!?」


そこには、畳の上で安らかな顔で眠る李空の姿が。


「そんな!りっくん!死んじゃやだよ!!」


その側に駆け寄り、真夏は李空の体を右に左に激しく揺さぶる。


「・・・勝手に殺さないでくれ」


うっすらと目を開く李空がそう言うも、混乱中の真夏の耳には届かない。


「間に合わなかったかぁ・・・。疲れ切ってるから休養を取らせるようにって剛堂さんに言われてたんだけどな・・・」


後から追いついた美波が、その光景を見て「あちゃー」と、溜息を漏らす。


さらにその光景を後ろから俯瞰していた卓男は、


「恵まれすぎのツケがきたんだ。ざまあみろ」


と、姑息な笑みを浮かべていた。



「よし!全員揃ったな!」


剛堂が辺りを見回して言う。


卓男と真夏に次いで、平吉、架純、みちるも事務所に到着し、現在の事務所にはの姿があった。


「まだきょうちゃんが来てないよ!」


そう訴えるのは真夏。


剛堂、美波、李空と先述の5人で8人。


つまり、京夜の姿だけまだ見えていないのである。


「京夜については現地集合になってる。だからこれで全員だ」

「そうなんだ!」


どうやら京夜は既に『央』付近にいるらしい。


剛堂は頷き、話を続けた。


「早速だが出発する。美波、頼めるか?」

「はい。任せてください」


そう答えると、美波は両手を合わせ、何やら集中し始めた。

しばらくそうしていると、特徴的なアホ毛がピンっと跳ねた。


「京夜くん見つかりました。みなさん急いで手を繋いでください」


美波の合図で、その場の全員が手を取り合う。


「え?ちょっ!なに!?」


展開についていけず、すっかり取り残されてしまった卓男。

手を取り合う他7人は円を描くように立っており、卓男が入り込める隙間は一箇所しかなかった。


「卓男くん、はやく!」

「さあ、あちきの手をとりやぁ」


なんとその隙間とは美波と架純の間であった。


こんなことが許されるのだろうか。後にとんでもないしっぺ返しが待っているのではなかろうか。


頭の中で天使と悪魔が葛藤をすることコンマ何秒。


「お邪魔しますでござる〜!」


卓男は天国へと飛び立った。


瞬間。


8人は、事務所から姿を消した。




さて、場所は変わり『央』の手前。


今一度説明をすると、央とは大陸の中央に位置する区画である。

小さな円を描くその地域は六つの国とそれぞれ接しており、国間のやりとりは一部の例外を除いてここを通して行われる。


壱ノ国から見ると、央は南に位置する。

壱ノ国から真っ直ぐ東へ向かえば弐ノ国、西へ向かえば陸ノ国にそれぞれ到達できるが、国境を跨ぐ行為は禁忌とされている。


仮に弐ノ国へ攻め込めば、好機とばかりに陸ノ国が背後から攻め込んでくる可能性があるからだ。

つまり、隣国に攻め入ろうとすれば、逆側の国の協力を仰ぐか、隣接する二つの国を同時に落とす必要があるのだ。


例えそれに成功しても、その途中で央に報告され、その他の国からも敵意を向けられることになるだろう。


このような仕組みから、才というイレギュラーな力を有しながらも、6国は仮初の平和を保っていた。


「来たな」


そう短く呟くは京夜。


美波は、京夜を座標として『ウォードライビング』を発動したのだった。


央手前の広大な大地に、不自然な光の球体が出現。

その光はゆっくりとベールを剥ぎ、中から李空らが姿を見せた。


「この球体、案外揺れるでござるんなぁ・・・」


真っ青な顔でいち早く出てきたのは卓男であった。


どうやら光の球体で乗り物酔いをしたようである。

光の速さでしっぺ返しをくらう卓男であった。


「京夜!」

「李空。少しは強くなったか?」

「もちろんだ」


李空に関しては、京夜と戦友らしい会話を交わしている。

いつもなら真夏も割り込んで来そうなものだが、今の真夏は別のものにすっかり気を取られていた。


「おおきい・・・」


その視線の先にあるのは、雲にかかるほど大きな壁。


その壁の正体は、央を囲む城壁であった。


央は国の均衡を保つ要であるため、こうして城壁を築き、鉄壁の構えを敷いているのだ。

その壁はサイストラグルのリングとはまた違う特殊な素材を使用しており、才の効果を無効化してしまう。


まさに不可侵の砦であった。


「よし。京夜も揃ったし乗り込むぞ!」


先陣を切り壁に向かって歩く剛堂。

その先には、城壁をくり抜いて造られた、いかつい門が顔を出していた。


「いよいよか」


緊張から李空が固唾を呑む。


「今からそんな調子じゃもたへんで。まあ初戦やし、生きて帰ってこれれば万々歳や。リラックスしていきや」

「そんなこと言われたら逆に緊張しますよ」

「それもそうやな」


李空の肩を叩いて、平吉が愉快そうに笑う。


そんな肩のこらない平吉の態度に、李空は不思議と肩の力が抜けていることに気づき、感服の意を込めた笑みを溢した。



ゴゴゴ、と重々しい音を奏でながら、門がゆっくりと開いていく。


門番らしき男に剛堂が許可書のようなものを見せると、央へ足を踏み入れることを許されたのだった。


さて、門の先に見えた央の景色は、形容するなら貴族の街であった。


立派な髭を蓄えたオジ様に、シルクハットに杖といった風貌のオジ様。

金持ちというブランドに身を包んだ様々なオジ様が、皆、我が物顔で街中を闊歩している。


「ここが央?なんでおじいさんしかいないの??」


必要な声量を大幅に超えた無邪気な真夏の問いに、歩いていたオジ様方がピタリと歩みを止める。


「真夏ちゃん。ここのジジイ共は無駄にプライドが高いんや。おじいさんなんて呼んだら何されるか分からへんで」


注意に見せかけた悪口を言いながら、小馬鹿にした笑みを浮かべる平吉。


プライドの高さ故にオジ様方は何も言えず、再び我が道を歩き出した。


「平吉、あんまり挑発するなよ。こいつらが大会の主催者なんだ。不利な条件を投げつけられたらどうする」

「賭けの対象にする以上それはないやろ。まあ多少不利な条件でも負ける気はさらさらないけどな」


先頭を歩く剛堂と平吉があれやこれやと言い合いながら、壱ノ国代表一行は街中を進む。


最後尾の李空が、隣を歩く京夜に話しかけた。


「京夜は初めてじゃないんだよな」

「そうだな」

「零ノ国とやらにはどうやって行くんだ?」

「あれだよ」


示す指の先。

そこにあったのは、豪勢な造りの街に見放されたように佇む、人が優に入るほどの大きさの穴だった。


「まさかとは思うが、あそこに落ちるのか?」

「そういうわけだ」


驚愕する李空と、淡々と答える京夜の話を聞いていた剛堂が、申し訳なさそうに割って入る。


「零ノ国には入り口がないんだ。金がある国の代表はテレポーターに大金を払って行き来するんだが、うちは金がないからな。行きは自由落下だ」


テレポーターとは才を使用して客を移動させる職のことだ。

テレポートに類する才は希少であるため、その分高額の料金を必要とするのだった。


「美波ちゃんの『ウォードライビング』は使えないの?」

「私のは条件に合致する才の持ち主のところに移動するからね。特定できる才が移動先にいないとダメなんだ。それに回数制限もあるしね」

「そっかー」


残念そうに美波が言い、真夏も一緒に項垂れる。


どうやら、穴に飛び込むことは回避できないらしい。


「さて。帰りは美波に頼もうと思うんだが、そのためにはここに残る人物が必要だ」


美波の才の性質上、央に残り、帰りの座標となる人物が必要となる。


「はいはい!僕、全然残りますよ!」


珍しく自らを主張するように立候補するのは卓男だ。


彼は高いところや絶叫系が大の苦手なのであった。


「それは頼もしい。よろしく頼むよ」


剛堂はそう言うと、美波を軽々と抱えて穴へと向かった。


「剛堂さん。できるだけゆっくりお願いします」

「善処するよ」


そのまま、「それじゃあ行くぞ。俺たちに続け」と、穴の中へと落ちていった。


「いやあああぁぁぁ・・・・」



美波の悲鳴がどんどん小さくなっていく。


「そうか。まあ二人はしょうがないか・・・」


そう呟くのは卓男。

卓男は、零ノ国に行くのは出場する5人だけだと勝手に決めつけていた。


しかし、よく考えてみればそんなことはない。


剛堂は監督という立場であるため、零ノ国に向かうのは当然だろう。

美波に関しても、先ほどの話にあったよう、皆を運ぶため同行せざるを得ない。


となれば、卓男と共に『央』に残る可能性のある者は真夏だけになるわけだが・・。


「私も行っくよー!」


その本人は、選手たちを差し置いて、一目散に穴へと落ちていった。


「真夏!?」


恐れをしらない真夏の行動に一瞬驚きを見せた後、彼女を助けるため李空も飛び込む。


そこからは流れ作業のように、残りのメンバーも次々と後に続いた。


「あれ・・・?」


気づけば知らない土地に独り。


か弱いマニアを一人残して、一行は零ノ国へと入国した。




央の地下深くに存在する、ここ零ノ国。

その存在は限られた者しか知らず、聞いたことはあっても見たことはない者がほとんどである。


一国を買い占められる程の財宝が眠っている。

死者の魂が集まり暮らしている。


噂はさらなる噂を呼び、零ノ国の伝説は大陸中を一人歩きしていた。


しかし、噂はあくまで噂。

真実とは縁もゆかりもない、尾ひれはひれがつきものである。


実のところ。

零ノ国の正体は、上の人間の都合の良いゴミ捨て場であった。


大罪を犯した者や、存在自体が都合の悪くなった者を、まるで家庭ゴミのように捨てるのだ。

国から捨てられた者たちが暮らす地獄のような国。それが零ノ国である。


今回壱ノ国代表一行が落ちた穴こそ、そのゴミを捨てるための穴であった。


「あいたたた・・・」


ハの字に崩した正座の格好で、真夏が声を漏らす。


穴の下には控えめに敷かれたマットがあり、真夏らが落ちたのはその上であった。


さすが国の代表に選ばれる才の使い手たちである。

平吉や京夜たちは、何事もなかったかのように涼しい顔で立っていた。


「あれ?りっくんどこ?」


しかしどうだろう。李空の姿がないではないか。


「・・・ここだよ」


真夏の声に応える声は彼女の真下から。

李空は真夏を庇うため、彼女の下敷きになっていたのだった。


「きゃ!」と、短い悲鳴と共に真夏はそこをどく。


「無計画に飛び出しやがって。マットが無かったらどうするつもりだったんだ」

「えーと、ほら!は敗者の言葉って言ってたよ!」

「誰がだよ!あとカニはタラバな!」

「そうだっけ?でも、どのみちりっくんが助けてくれるから大丈夫だよ!」

「あのなあ・・・」


すっかり毒気を抜かれてしまい、李空は泣き寝入りするほかなかった。



「こんにちは!零ノ国移住者の方々ですか?」


マットの上の一行に向けて投げかけられる若い声。


「いや、大会の出場者だ」

「これは失礼しました。壱ノ国代表の皆様ですね」


年は李空と同じくらいだろうか。いかにも好青年といった印象の男が、皆に向かって礼をする。


「初めまして!僕は零ノ国案内人のコーヤです」

「なんだ代替わりしたのか?」

「はい。前任者である兄は20になったので、今年から僕が代わりを務めることになりました」

「そうか。それは大変だな」

「いえ光栄なことなので。それでは案内させてもらいますね」


コーヤと名乗る青年と剛堂が話を進め、歩き始める。

それに他の一行も付き従った。


「零ノ国初めて組は知らんやろから軽く解説しとこか」


李空、真夏、みちるの3人に向けて、平吉が語り出す。


「ここは用済みとなった人間のゴミ捨て場みたいなところやが、一応国として成り立っとんのや」


平吉の言葉通り、少し歩いた先にはちょっとした店が並んでいる光景があった。


「ここを仕切っとるんは下級貴族の子どもや。才の性質上、大人より若者の方が力が強い。どんな大罪人も、10代の才の前では歯が立たへんのが現実や。そこで、下級貴族の子どもを派遣し、ここを統治させとるいうわけや」

「どうしてそんなことを?」


疑問を呈したのは李空であった。

零ノ国が貴族にとってゴミ箱であるなら、わざわざ統治する必要もないように思える。


「それはこの大会を運営するためやろな。貴族にとっては心底楽しみなイベントなんやろ。自らの娯楽のために子どもたちを地獄に送る。同じ人のなす所業とは思えんな」


そう言って、平吉は苦虫を潰したような顔をした。


そうしてしばらく歩くいてると、酷く細い道に入った。


「本当にこっちであってるの?」と、真夏。

「大丈夫です。見てください。着きましたよ」と、コーヤが答える。


トンネルのような細道の先には、開けたスペースがあり、そこには不自然な立方体が5つ構えていた。

どれも同じサイズで、人ひとり生活できるほどの大きさだ。


「ここが第一試合の会場となります。後ほど試合開始のアナウンスがありますのでそちらに従ってください。それでは、皆様の武運をお祈りします」


そう言い残すと、コーヤは来た道を一人戻っていった。


「いよいよ始まるんだな」

「李空。死ぬなよ」

「当たり前だ。京夜もな」


拳を交え、二人が笑う。


最強を決める大会『TEENAGE STRUGGLE』。


その闘いの火蓋が、まさに今、切られようとしていた。




地下にて闘いが始まろうかという頃。

その地上にあたる『央』にも、殺伐とした雰囲気に包まれている場所があった。


「どうした。まだ始まらないのか」

「開始の時刻はとっくに過ぎているぞ」


そう口々にぼやくのは、立派な身なりの貴族たちであった。


ここは、央の街中にでかでかと構える巨大モニターの前である。

今日この時刻に、零ノ国にて年に一度催される『TEENAGE STRUGGLE』の中継があると聞いては、その重い腰を一斉に上げ、こうして大勢の貴族が集まったのだ。


しかし、約束の時間が過ぎても中継が始まる様子はない。

その原因は、至極単純なものだった。


「え!?推しが死んだから行けない?一体何を言ってるんですか?」


巨大モニターのその裏。

『TEENAGE STRUGGLE』の司会進行も並行して行う予定である、解説席が内蔵された放送ブースの中に、電話に向けて呆れた声を投げる若い女性の姿があった。


「いいから早く来てくだ・・」


女性の声は途中で切れた。

おそらくは相手が電話を切ったのであろう。


「・・・どうします?もう時間ないですよ」

「わかってるわよ」


スタッフの言葉に苛立った様子で女性が答える。


この女性。名をミトは、サイストラグルの実況者であった。表では顔と名前が一致するちょっとした有名人である。


して、今回は念願の『TEENAGE STRUGGLE』の実況に抜擢されたのだった。


この大会は本来秘匿のものだが、実況者の間ではその存在が密かに囁かれていた。

その大会を実況できるのは、ほんの一握りの選ばれし実況者だけ。そんな風に噂は出回っていた。


そして今回、ミトは晴れてその実況席に座ることができたのだ。

これは彼女にとっての大仕事。夢の舞台なのである。


しかしだ。解説として呼んでいた男が土壇場でキャンセルをしやがったのだ。

「推しが死んだ」なんて理由は、オタクでないミトにとって言い訳にすらなっていなかった。


「誰か他に解説できそうな人いない?」


スタッフに呼びかけるも返事はない。

どうしたものかと、困りきった顔で透明なブースの壁越しに外に目を向ける。


観客となる貴族にとっては、解説などいてもいなくてもどうでもいいのかもしれないが、ミトのプロ根性がそれを許さなかった。


「・・えっ、いるじゃん!」


明るい声色の言葉と共に、ミトが勢いよく外へ飛び出す。


「オクターさん!なんだ、来てるじゃないですか!」

「なっ、なんでござる!」


さて、その視線の先にいた男とは、皆に取り残され街中を彷徨っていた伊藤卓男であった。

突然女の子に声を掛けられ、見事にキョドッている。


「いいから早く!時間がありません!」


どうやらミトは、解説者として来る予定だった男と卓男を見間違えているようだ。

名前まで微妙に似ているのだから、なんとも滑稽な話である。


有無を言わさず、ミトが卓男をブースへと引き連れていく。


「拙者の、拙者の貞操がああぁ」


心配無用なことを口走りながら、卓男はまんざらでもない様子で後に続いた。

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