第16話 重いな

 無言で来た道を戻って行く。シエンから逃げるために家出の覚悟をしていたのに、そのシエンが私の後ろを付いてくる。

 聖女様に聖女という存在を聞いてみれば、予想以上の答えが返ってきてしまったし、私の定めというものも教えてもらった。


 世界が決めた定め。世界とは何?シエンは私を聖女と言った。けれど私は聖女ではない。


 そもそも私はなぜここに存在しているのだろう。転生者。私も聖女様も転生者。そこに何かがあるのか?


 聖女様に聞けば答えてもらえるのだろうけど、世界の思惑に踊らされる覚悟か・・・。私はそんな覚悟は持てそうにない。


 そんな事を考えていれば、無意識に家の裏口に戻って来てしまった。私は振り返り、背後霊の様に付いてきたシエンに声をかける。


「いつまで付いてくるつもり?」


「話がしたい。」


 質問の答えじゃない言葉が帰ってきた。


「私はそんな話をしている暇はない。明日の仕込みをしなければならないからな。」


 そう言って家の中に入ろうとすれば、腕を掴まれてしまった。


「放せ。」


「俺に話をする機会をくれ・・・ください。」


 確かに聖女様がその様な事をおっしゃっていた。シエンがそうあるのかだったか。


 そのまま家に帰ろうと思ったが、踵を返す。列車に乗り冒険者ギルド前で降り、ギルドの中に入って行く。いつもの定位置に座って仕事をしているサブマスの前に立ち。


「オリビアさんはいますか?」


 と尋ねた。するとサブマスは顔を上げもせずに


「定時で帰った。」


 と答えた。鬼ババァこんな時ぐらい少し残ってくれていてもいいんじゃないのか。


「なんだ?冒険者ギルドに入る気になったか?仕事ならいくらでもあるぞ。」


 顔を上げ、タバコを吹かすサブマスに言われたが、こきつかわれる未来しか見えないから絶対に入りたくない。


「入りません。」


 それだけ言って、併設されている食堂に向かい、空いている席に座る。今の時間は依頼を終えた冒険者たちで混み合っており、とても楽しそうに騒いでいる。

 なぜ、私がわざわざ冒険者ギルドまで足を伸ばしたかというと、シエンと二人っきりになりたく無かったからだ。公正に話を聞いてくれそうな鬼ババァを挟んで話をしたかったが、いないのなら仕方がない。


 ・・・なぜ、隣に座る。このテーブルの席は4席あるのだから、普通は向かい側に座るだろ!


「注文は何かにゃ?」


 ここのウエイトレスの猫獣人のミーニャさんにそう聞かれたので


「いつもどおりで」


「この時間はランチは無いにゃ。お酒とお肉はあるにゃ。」


 そうなのか。ここに来るときはお昼の販売が終わった後に来るから、夜はメニューが違うのか。チラリと厨房の方を見る。うん、暇そうだ。


 内ポケットからジェネラルオークの肉の塊を取り出し


「暇そうにしているジェフさんにオークの肉を差し上げるので、ボロネーゼと紅茶と食後のパフェをお願いします。」


「そんなメニュー無いにゃ。」


「ジェフさんなら作れます。」


 今の私の胃にお肉は重すぎるので、ここは押し切る。するとミーニャさんは諦めたようにため息を吐き


「お兄さんはどうするにゃ?」


「シーフードパスタとエールで」


「それはお昼のメニューにゃ。もういいにゃ。マスターに聞いてみるにゃ。」


 ミーニャさんはジェネラルオークの肉をトレイの上に乗せて、厨房の方に歩いていった。


 多分ジェフさんも料理スキルを持っていると思われる。王都の全ての店を回ったわけではないが、冒険者ギルドの食堂のご飯が一番美味しい。そして、日替わりだが、種類も一番豊富なのだ。


 そして、私が苦労してデミグラスソースを完成させ、ハンバークを挟んだコッペパンを作った2日後にジェフさんは同じデミグラスソースを作り上げていた。それを見て確信した。オヤジ、私の味をパクったなと。


 あと、弟子にしてくれと年に何人か来るらしいが、誰もジェフさんの料理が再現できず諦めて去っていくらしい。これも料理スキルを持っている特徴だ。料理スキルを持っている人と同じ工程で料理を作っても同じ味にならないのだ。

 白髪交じりのジジイのクセに後釜を育てずにどうするつもりなんだ?


 まぁ。私の場合はレシピ化して誰もが作れるようにしているのだが。



 ・・・・私が話をする場を用意したのに何も話さないとはどういう事だ?


「いつになったら話すんだ?」


「あ、えっと・・・。」


 シエンはうつむいて黙り込んでしまった。話すんじゃなかったのか?随分、沈黙が続いたあと、話す気になったのか、シエンは顔を上げて話しだした。


「俺は『闇を喰らう者』という称号を持っている。これは呪いのようなものだ。闇とは人の怒り、憎しみ、苦しみなどの負の感情の塊と言えばいいのだろうか。それを俺は体に取り込み続けるというものだ。」


 なんか、すごく重苦しい話だった。

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