第26話 叱責


 俺の自室でくつろいでいるとリンネさんが入ってきた。

要件は昼に言っていた話だろう。

今日もクールビューティーですね。


「こんばんは。リンネさん。」

「うん。」


彼女はいつも通りの声色でそう返事をした。

俺を静かに見つめ、俺を読んでいる。

彼女をソファに案内し、向かい合う形で座る。

どういったお話でしょう。


「どういったお話ですか?」

「貴方はこれからどうするの?」


彼女は俺を見つめたまま、言う。

俺のこれから。

王都についてから物事に流されていつの間にか男爵になってしまった。

クラフト伯の寄子として、竜王国とプレウラ王国の国境沿いで街を作る予定になってしまっている。

男爵というものになって少し経つが、邪神のことに関する情報は無い。

流れで領地経営でもするかね。


「そうですね。竜王国とプレウラ王国の国境沿いで街を作ることになりました。」

「なった?それでいいの?」

「男爵として陛下のお願いは断れません。」

「言い訳?」


今夜はいつもよりもお厳しい。

冒険者から始めてここまで動き続けた。家にはサラさん、ミーナさん、そして目の前のリンネさんが来てくれた。生活の場所は変わったが、皆のお陰で楽しく暮らせている。


「皆さんが平和に暮らせる場所を作るのが、今の私にできることです。」

「邪神はいいの?」


今は俺の個人的なことはいい。

それより、皆が楽しく、平和に、たくさんの人と暮らせる理想郷が作りたい。

それが俺の今の夢。多くの種族が入り混じる世界。そこには人類もいる。王都よりも、平和で垣根のない、黒海の先でも、東の島国でも、すべての人が来ることのできる国だ。


「最後で構いません。多くの種族が集まれば、情報も集まるでしょう。」

「そこにいる人たちは本当のあなたを知らない。」


それを聞いてリンネさんが返す。

本当の、到底紳士とは言えない俺を知って幻滅するだろうか。

もしそうなるとしたら、俺が変わるべきなのだろうか。

大丈夫。おれは大丈夫。


「そうなれば仕方ありません。今の私に矯正します。」

「人を幸せにするためには、貴方も幸せにならないといけないことが何故分からないの?」


俺は十分幸せだ。たとえ本当の俺を皆が知らなかったとしても、そこに皆が笑顔でいるのならいい。


「私のことは大丈夫です。邪神に会うのも、例え戦闘になったとしても、滅多なことでは死ねません。」

「貴方が死ななくても、周りは死ぬ。」


 戦闘になる可能性もある。そうなれば一人で交渉に行くべきだろうか。

皆には傷ついて欲しくない。

街が出来たら、そこで待ってもらうのもいいだろう。


「そうなれば私は一人で行きます。」


簡単には死ねない。そういう呪いだ。


「いい加減にしてっ。貴方は誰かのために自分を犠牲にしてる。」


彼女は声を荒げ、ソファから立ち上がる。

ここまで気づいていなかった。彼女の表情がいつものものとは大きく変わっていることに。

どうしてわからないのか、そんな顔をしている。

彼女は優しいのだ。でも、大丈夫。


「私は大丈夫です。元より私のしたいことです。」


そう言うと、彼女は表情を変えた。

そして言う。


「見てる私が…辛いのに気付いてくれないの?」


そう言って彼女は表情をまた変えた。

目の端から涙が流れている。それは頬を伝い、床に落ちる。


「それは…、ごめんなさい。」


彼女の想いを童貞は謝罪で返す。

それを聞いても彼女は表情を変えない。俺が何に気付いていないのかが分かっている。

童貞は立ち上がり、涙を流す彼女に近づき、ハンカチを渡す。

正直に言うとなぜ彼女が、俺のために涙を流しているのか分からない。


「なぜ私のことを気に掛けてくださるんですか?」

「分からないの?」


疑問に疑問で返される。

涙をぬぐいながら言うその彼女の言葉は、俺に刺さった。

彼女が俺の元にいてくれるのは俺のような変な心を持った人が少ないからだと聞いた。

彼女の能力と呪いに対して特別な考えを持たないからだと、そういう風に聞いたはずだ。


「私のように心の中を知られても大丈夫な方が少ないからですか?」

「もう…。」


彼女はそう言うと、俺にもたれ掛かる。

そして背中に手をまわし、俺を胸の中で抱いた。

恥ずかしさを持った彼女の声は、俺よりも高い位置から届いた。


「貴方が周りを大切に思う以上に、私は貴方のことを大切に思う。」

「え、えっと、それは?」


俺が周りの人を大切にしたいみたいに、リンネさんも大切にしたいということかな。

クールビューティーな上にママ属性まであるとは…。


いつも通りなペースに戻った童貞に彼女は追い打ちをかける。


「私を私だと、いつまで経ってもセクハラを諦めない貴方が大切。」

「は、はい。ありがとうございます。」


素直に嬉しい言葉だった。

その言葉を聞いて動揺した童貞は固まる。

今日はいつもよりも言葉数が多いですね。大切に思ってくれるのはありがたい。

彼女は腕に力を入れ、力強く抱きしめる。


「今日はサービスが多いですね?」


その言葉を聞いて彼女は童貞の肩を持ち、見下ろす。こちらの眼球をじっと見て、眉をしかめる。

なんですか。

リンネさんは優しいですね。大切に思ってもらえるのはとっても嬉しいですよ。

でも、あれですよ、童貞は勘違いしやすいんです。

クラスの男子の心を持っていくような、サバサバ系女子みたいに言ってたら、どこかで童貞に襲われますよ。

襲いますよ。その度胸があったら。


「分かってない。」

「え?」


そんな素っ頓狂な声が出た。それを聞いた彼女は言う。


「分からせる。」


そう言うと、彼女は俺の唇を乱暴に奪った。

身長の高い彼女に抑えられ付けるように上からキスされた。

初めての味は甘い果実のお味でした。

困惑する童貞を押さえつけ、数秒間のそれはすぐに終わった。

感覚的には背景にズキュウウウウウン!と文字が浮かんでいる。

ふええ…。


「え、えっと?」


キョドる童貞をみて、彼女は少しだけ口角を上げて言った。


「分かった?」

「…はい。」


あの、これはLIKEとかではなくLOVEで良いのですか?

こんなことするのはあまり無くて、いえ、初めてです。

俺、分からせられちゃったよぅ…。

そう心の中で言う童貞を置いて、彼女は言う。


「貴方が自分を犠牲にするのは見ていて嫌。それに、これからのことを貴方がすべて自分で出来るとは思えない。貴方が私たちに助けを求めることがあっても、それは誰かのため。貴方のために、貴方を手伝う。私を頼って。」


真剣な顔だった。

誰かのためではなく、俺の為に。

その彼女の言葉は重かった。


「分かりました。」


そう告げると、彼女は俺を放してくれた。


「貴方の最優先目標は何?」

「皆さんを不幸にしないことです。」


リンネさんが聞く。

最優先は彼女や周りの人たちの命と生活。その為だったら俺の童貞なんてどうでもいい。

いや、少しだけどうでもある。


「正直。」

「ええ。解決したらお願いしますよ。」


俺の心を読んだリンネさんは静かに言う。生涯童貞は嫌だ。

ふふ。俺のセクハラにも勢いが戻ってくる。


「町と邪神だとどっち?」

「そうですね…。街でしょうか。邪神の情報がありません。どちらにせよ、経営の為に情報収集で時間を割くのは難しいと思います。」


ちょっと言葉足らずなところがいい。

ムムム…。と考えるリンネさん。今日も可愛いです。

資材管理や会計などなど、時間が足りない。王様が部下をくれるというが、あまり信用していないのが現状。いや、それなら。


「リンネさん、経理などはできますか?」

「できる。一時期緑人の風にいた。」


サラさんの実家でリンネさんが働いていた事実が発覚。

任せることが出来るのはリンネさん。信用しよう。


「街を作るにあたって、経理などをお願いできますか?私は企画書や施工の際の管理をしたいと思います。時間が出来るようであれば、王国内の貴族と話して、新たな種族の受け入れや援助のお願いをしたいと考えています。」


今のプレウラ王国貴族たちは俺のバックについていてくれる。

その機会を生かそう。

リンネさんに街と、俺の業務の一部を受け持ってもらえるなら、俺がかなり動きやすくなる。

家や町の警備はミーナさんに任せよう。

その考えを読んで一言。


「任せて。」

「ありがとうございます。」


よし、動きやすくなる。

俺の仕事がひと段落するのであれば、邪神についての情報収集に動きたい。


そんな童貞の思考を読んでいたのか、リンネさんが言葉を発する。


「貴方は成り行きで動きやすい。迷ったら相談して。」

「分かりました。」


相談の必要性は十二分に理解している。

疑問や問題に対して報連相出来ない人は、未経験の素人にも劣る、と上司が言っていた。あの人も報連相してなかったけどな。なんで失敗を俺に擦り付けるんだ。

まあこれはいいだろう。

困ったことやこれからのことはリンネさんに相談するようにしよう。


「詳細はまた、話しましょう。夜も遅くなっています。」

「うん。」


リンネさんはそう答えて部屋のドアに向かう。

クーデレリンネさん…密室…何も起きないはずもなく…。何かが起きて俺の初めては奪われてしまった。

くそう、なんて悔しいんだ。心までは屈しないからな!


部屋を出る直前、リンネさんがドアを閉める動作を止める。

そして言った。


「初めての相手はこのリンネ。分かった?」

「は…ハイ。」

「ふふ、おやすみ。」


そして扉が閉まった。

心までは屈しないんだから!と思っていたのはどこの空。

クールビューティーさんがクーデレさんに成ってしまった。

あのモードのリンネさんは強い。そんな彼女に童貞は立ち向かえるすべもなく…。

どうにか勝てる方法を見つけないといけない。



              *



リンネさんと話し合った数日後、サラさんに起こされて起きる。


「おはようございます。」

「おはようございます!」


今日も彼女はご機嫌だ。

先日ポニーテールが素晴らしいと進言させて頂きましたところ、彼女の髪型がポニーテールに固定された。嬉しい。

彼女の頑張りはベテランメイドさんからよく聞いている。

今では何も言うことは無くなり、自分で仕事をサクサクとこなしているようだ。


「最近は何か困ったことなどはありませんか?」

「え?無いですよ!良くしてもらっています!」

「それは良かったです。」


ポニーテールを振って振り返りながら答える彼女。彼女の働きには給金を出させてもらっている。待遇改善などがあれば、出来るだけこたえたい。

これは彼女に限った話ではない。俺に裁量権は無いが、ヒューニアでもブラックな職場は無くしたい。

俺の作る街では残業を無くしたい。無理な話だとは思うが、超過した分の時間外手当は出る職場にしたい。

種族による体力や作業効率の差があることは理解している。その違いをどうにかして反映させた給料形態にしないと、生活での差が出来てしまう。

このことはまた考えよう。


今日は先日イルトール陛下が言っていた俺の部下が来る日だ。

竜王国とプレウラ王国から俺の部下、もとい、お目付け役が来てくださる。

その時間は午後から。


街を作るにあたっての建築関係の委託業者はサイクロプスやドワーフの方々だ。

俺の考える街のイメージは伝えてある。

紙は少し高価なので、羊皮紙にイメージボードのような形で街並みを描いて渡した。

この世界の建築技術は高い。東京駅前のようにはできないだろうが、3階建てのビルが並ぶような街並みにしたい。

俺の世界の街並みがあれば、俺と同じ境遇の人間に会えるかもしれない。会えなくても、俺の死後に俺はここに居たのだと分かってもらえる。その人のために残せる物もあるだろう。


昨日、ミーナさんを一度竜王国に戻すように陛下で言われた。じいちゃん電話の利便性が光る場面だ。

彼女に言うと、


「え?めんどくさいなぁ…。」


と言っていたが、しぶしぶ向かっていた。

彼女の帰りは、今日の部下訪問と合わせるとのこと。

部下を引き連れて帰ってくるミーナさん格好いいぞ。王女様っぽいから頑張れ。



午前中にリンネさんと打ち合わせをした。

主要とする産業、交通網の配備、将来性について話した。机上の空論になる話が多かったが、それでもリンネさんは熱心に聞いてくれた。

プレゼンを真剣に聞いてくれる人には好感が持てます。アジェンダばかりで済ませてはいけません。

そこで、リンネさんから気になることを聞いた。


「西方海国…ですか。」

「うん。そこの動きも見ておいた方がいい。」


西方海国。

先生によるとそれは竜王国の南西、ここヒューニアから西にかなりの距離いったところにあるという国。

西側を海に囲まれた、水棲種族が多く集まる国だそうだ。

その国とプレウラではあまり交流はない。竜王国と平和的協定を結びつつある現状、それを妨害するなどの動きを取ってくる可能性があるらしい。

平和的な解決方法があるのなら、それを念頭に置いた付き合い方がしたい。

俺の作る街が竜王国、プレウラ、西方海国の3つの国での貿易所になるのなら願ってもいない。

邪神の情報もあるだろう。


リンネさんとの話し合いの末、今後の動きが決まった。


新しい街はサンジョー領となる。領地はプレウラ王国のものとなるが、ミーナさんが竜王国代表としてプレウラの独裁を防ぐという立場に着く。建前のようなものだろう。

まずはその場所の開拓。サンジョー領予定地は林が転々とした草原だそうだ。

可能な限り自然は残したいが、必要部分の伐採を行う予定。

そこはオークの少数部族が稀に出現する場所だと言う。

下見も兼ねて俺が行くということでリンネさんに了承を貰った。

そこからの資材搬入や人員については俺の部下の皆様が来てからの決定となる。


リンネさんとのミーティングを終えて、建築関係の皆様に挨拶に向かった。

公共事業として委託された彼らは、「仕事があって嬉しいぜ?」といった感じで迎えてくれた。

俺個人としては現場で働く姉貴みたいな人が一人は欲しかったが、居なかった。

女性の雇用機会を増やしていきたい。女性の就業率が高いのは飲食業。

出来ればもっといろんな場所で働ける環境を作りたい。

決して、土っぽい汗を間近で浴びたいわけじゃありません。チガウヨ?


挨拶の帰りでゴルさん達を見つけた。

彼らの多くはまだ集落にいるらしいが、少数のゴーレム族がこの街で暮らしているという。

街の人に受け入れてもらう為、まずは慣れてもらうというのが目的だろう。

狩ったモンスターを売って何とか暮らしているらしい。それでは厳しいだろうと思い、金銭的な援助や家屋の援助を提案したが、断られた。働いて得た金で暮らしたいらしい。

ちょっとしょんぼりした俺を見て、何かあったら手伝うと言ってくれた。

申し出を断られて少し悲しかったが、それ以上に俺の申し出を断った、ということが嬉しかった。ゴルさんは前に言った通り、俺のことを友達として見てくれている。それは言葉にしづらいが、とても嬉しかった。


それから屋敷に戻った。最近は飛行魔法も慣れたものだ。俺の自室の窓にダイレクトインすることもできるようになった。

始めは失敗してカーテンを破いてしまうこともあった。サラさんに正座させられて怒られました。最近、サラさんがママというか、おかんのような存在になっています。

可憐に世話をしてくれる、新妻おかんといったところだろう。

こんなことを言えば怒られてしまうだろう。黙っておこう。


時刻は昼前。

サラさん達と昼食を取り、部下の皆様の到着を待つ。

午後1時くらいになって部屋にサラさんが来た。皆さんの到着とのこと。

屋敷で待つのは俺の性分に合っていない。到着を入口で待ってしまうタイプだ。


それを聞いた童貞は一回の入口に向かう。

そこに行って、居たのは5人。


こちらに一瞬で気付いたミーナさんが一言。


「あ!ただいま!」


元気に帰宅を告げるミーナさんに挨拶を返したかった。

しかし、そこにいたメンツが良くなかった。

竜王国よりお越しの方が2名、プレウラ王都より2名。

氷爆龍アナスタシア様、アルバート様、エメリー・ドーリシア・プレウラ様、スズリ・リクドウ様。

ロイヤルファミリー周辺の方々だった。

それを見て童貞は思う。


これ、部下じゃなくて上官じゃない?


冷や汗がドバドバと流れるのを感じる。

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