第16話 ショタ姫の急接近


邪神様に関する情報収集から帰った次の日、朝食を終えて自宅でくつろぐ。

昨日分かったことを共有しておこうと思う。邪神様を探す旅は一人でやろうと考えているが、相談しないのはあまりに不義理だ。

リンネさんには目を見て理解してもらい、サラさんには要約して伝えた。

蜘蛛さんは朝食後から俺の手のひらで寝ている。

リンネさんがジト目で言う。


「サンジョー、私の扱いが雑。」

「そんなことはありません。せっかくの能力ではないですか、すべてを知ってもらうのがいいでしょう。」

「…うん。」


その言葉を受けて彼女は少々顔を赤らめる。

なんで照れているんですか。訳がわかりません。

それよりも、本日もベルトに締め付けられた身体が素晴らしいですね。ええ、セクハラです。すべてを知ってもらいましょう。


と、リンネさんに脳内セクハラをしているとサラさんが問う。


「要するに、会おうと思って会えそうな魔王様は一人だけってことですか?」

「そうですね。移動手段はまだ未確定です。」

「それが分かるまではどうするんです?」

「うーん。少々用事があるので、竜王様のところに行って来ようと思います。」

「え…家にいないんですか?」

「家を任せてしまってごめんなさい。しかし、それが終わればやることが出来ます。もちろん皆さんと一緒にできることです。」


カレーを作ろうや。この国ではいろいろなことができそうだ。


「わかりました!待ってますね!」


と嬉しそうなサラさん。良かった。

そこに玄関を叩くノック音。朝早くからどうしたんだろう。

リンネさんはすでに気付いていた様子。鳴る前から扉を見ていた。

扉を開ける。そこにはショタ姫。スズリさんも一緒。


「サンジョー!魔王について分かったぞ!」


今日はご機嫌のようだ。昨日情報収集したんだけど…。


「はい。どうぞお入りください。」

「うん!」

「お邪魔します。」


リビングのテーブルについてもらう。

サラさんにお願いしてお茶を出してもらう。


「で、サンジョー!お前の探してる魔王の一人は精霊王だ!最近分かって、一部の者しか知らない情報だ!」

「あ…。」


お茶の間に微妙な空気が流れる。サラさんは苦笑い、リンネさんは真顔、蜘蛛さんは我関せず。

完璧に情報が一致してしまった。童貞は彼女の尊厳を守り抜くために嘘をつく。


「そ、そうでしたか。昨日私も情報を漁りましたが、精霊王については分かりました。しかし、それが私の探す魔王だったとは…。」

「だろ!驚いただろ!感謝しろよな!」

「はい。ありがとうございます。」

「ふふん!」


かなりの上機嫌だ。リサさん、協力感謝します。

それを眺めていたスズリさんが一言。


「サンジョーさん、嘘がお下手ですね。」

「え…。」

「ご存じですよね。」

「は、はい…。」


ショタ姫が驚く。バッとこちらを見る。


「え、どういうことなんだスズリ?」

「私個人としてサンジョーさんの動向を探っておりました。昨日、サンジョーさんはバードック商会にて同じ情報を得ています。」

「え…そうなのか?」


とショタ姫。スズリさんと童貞とを交互に見ている。


「スズリはなんで教えてくれなかったんだ?」

「サンジョーさんがどのような対応をするか気になりました。」

「え…。じゃあサンジョーは何で嘘つくんだ?」


とこちらに質問。

正直に白状しましょう。


「殿下の手を煩わせてしまったのです。好意で頂いた情報を無下にはできません。殿下の落胆する姿は私には辛いものです。」

「そ、そうか…。」


あからさまに落胆するショタ姫。罪悪感がヤヴァイ。

ここまでしてくれているのになにもできていない。

すると突然顔を上げて言う。


「じゃあ!滅ぼされた魔王!あいつの情報は?」

「それでしたら何も得ることはできていません。」

「そ、そうか!少しだけど分かったぞ!奴は女だったそうだ!髪は長く、空のような蒼だったそうだ!亡くなったとは伝えられているそうだが、遺体は見つかっていないらしい。」

「ほう?…それは、かなり嬉しい情報ですね。」

「そ、そうか!」

「はい。生きているかもしれない可能性が出ただけ、私にとっては大収穫です。」

「や、やった!」


と喜ぶ彼女は満面の笑みだ。主張の少ない胸の前でガッツポーズをしてニカッと笑う。

健気でいい子だ。将来はイイ女に育つのだろう。

すると、スズリさんが殿下に向かって耳打ちする。


「ん?…ああ、そうだった!」


俺に御用のようだ。


「どうされました?」

「おじ…陛下からの召喚命令だ。明日、王城に来るように伝えろと言われた。」

「わかりました。」


陛下からの召喚命令。報奨金はあの後自宅に届けてもらった。あれから特に連絡はなかったので騎士の件はなくなったものとばかり考えていた。

陛下が乗り気だったら嫌なんだけど。


「明日、王城へ向かいます。」

「そ、そうか!…それはそうと、サンジョーはこの後何かあるのか?いや、あるの?」


語尾がまだ安定してないですね。女の子らしいのをチョイスしてもらいたい。


「いえ。急用はありません。」

「じゃ、じゃあ町にでも行かない?」

「え?」


急にメスになったショタに少しドキッとする。

リンネさん、ジト目やめて。急に口調変わるとドキッとするじゃん。


「そうですね。殿下にはお世話になっています。お礼をさせてください。」


その言葉を聞いて嬉しそうにした後、恥ずかしそうにショタ姫は言う。


「…エメリーって呼んでほしい。」

「…いや、それは流石に…。一国の女王を呼び捨てするのは恐れ多いことかと…。」

「いいから!」

「…わかりました。ではエメリー様と。」

「うん!」


嬉しそうにしているけど、周りの目が痛い。

スズリさんは涼しそうな顔。サラさんは笑顔だが、目が笑っていない。リンネさんはもはや目を閉じている。蜘蛛さんは今飛びかかってきた。

ロッド、助けて。

空気に耐えられず童貞は逃げる。


「では、行きましょうか。」

「うん!」


スズリさんも付いてくる。

そこにショタが一言。


「スズリはここで留守番。」

「いや、しかし…。」

「これは命令。」

「はい…。」


待って、スズリさんが俺をすごい目で見ている。

何かするなよと、絶対に守れよと、そんな意思が伝わってくる。

軽く会釈をして返す。任せてね、と。




ショタ姫と町に向かうことになった。

朝食は先ほど食べたばかり。ショタ姫はどう?


「エメリー様は朝食は食べられましたか?」

「うん。食べてきた。」


そう言う彼女は先日に比べて庶民的な服装だ。特徴的な角を隠すために薄いコートを着ている。一見魔法職の冒険者だ。あからさまに背が低いが。

お忍びで城下の観光だ。


「エメリー様は今日のようにお忍びで城下に来られることはあるのですか?」

「あ、うん。兄さまたちも時々来てるそうよ。僕はそれよりも多く来てる。」

「そうだったのですね。」

「あ、また語尾が…。」


キャラが定まっていないショタ姫だ。このようになった原因は俺だ。姫様自身の判断に委ねよう。


「語尾を変える必要はあるのですか?」

「そりゃ、女らしくならないと…。」


とチラチラ俺のことを見てくる。


「女性らしさとは…なんでしょうか。」

「それはお淑やかで…綺麗な…?」

「私はそのようには思えません。エメリー様のように性別というものを超越した方もいらっしゃるのです。エメリー様の自然体がエメリー様の女性らしさだと思います。」

「そ、そうなの?」

「はい。エメリー様の今のような口調は非常に嬉しく思います。」

「そ、そうね!わかったわ!」

「エメリー様のしっくりする形が一番でしょう。」


と、言っておく。

今後ショタ姫が、いや、ショタ呼びはやめよう。姫がどのように変わるのか期待だ。

先ほどのような口調が本来は彼女の14歳本来のものだろう。王城の中では無理でも、俺やサラさん達の中では自然体で過ごしてほしい。


と話しながら市場に向かう。


「何かお探しのものなどはありますか?」

「特には無いわ。サンジョーはある?」

「昨日買ってしまいましたからね…。では装飾品などはどうでしょう?」

「い、良いわね!…サンジョーがくれるのならなんでも嬉しい。」

「おふ…。」


今のは童貞的にポイントが高かった。

重い衝撃が心に刺さる。つい彼女にピアスを強要してしまう彼氏の気持ちがわかる。


「では、行きましょう。」

「うん!」


と話して町を歩く。サザビアのような老舗ではないにしろ、装飾品を専門で売っている店を見つけた。若い人が多く出入りしており、流行りのお店といった感じだ。

扉を引いて彼女に先に入ってもらう。

う、女性が多い。世の中の彼氏という人たちはこのアウェーの中で生き残っているのだろうか。尊敬の念を覚える。


店の中には俺の元居た世界でも多く見られたようなアクセサリーがあった。ピアス、リング、ネックレスなどなど。でも雰囲気はビクトリア調のものばかりだ。

イマイチぱっと来ない。前の世界がオシャレすぎた。

いや、俺のセンスで決めてもアレなのだが。

店の中で簡単に見回る。先日の一件で俺の顔が知れているらしく、多少は嫌な顔をされなくなった。

そこで面白そうなものを発見。角用のアクセサリーだ。

元の世界に角のある人間はいなかった。それゆえに発展しなかった文化だ。これいいな。


「エメリーさ、ん。これなんてどうでしょう。」

「ん?角用の装飾?これ、実は角じゃなくて触覚なんだよ…。」

「え、そうなんですか?」

「うん。」


と言ってエメリーは触覚をウニウニと動かす。可愛い。ついつい掴んでしまう。


「ひゃっ!」

「あ、すみません。つい。」

「いや、びっくりしただけだし…」


ごめん。猫が猫じゃらしを追いかけるみたいに掴んじゃった。

あ、こんなのよさそう。


「これはどうでしょう?これは手首用の装飾ですが、調節すれば触覚にちょうど良いと思いませんか?」

「あ、確かに…。でも調節できるの?」

「ええ。知り合いに彫金が上手な方がいます。


金属で編まれた綺麗なものだ。

アイリちゃんにお願いしよう。


それを購入してサザビアへ向かう。連日お邪魔しております。

ガルドさんに挨拶をしてことの顛末を話す。アイリちゃんは二つ返事で了承。エメリーと一緒に奥に入っていった。

エメリーを見てガルドが聞いてきた。


「兄ちゃん、ありゃあこの国のお偉いさんか?」

「ええ。第三位後継者のエメリー様です。」

「え、あの最近転還したとかの…。」

「そうですね。」


その言葉を聞いてガルドさんはびっくりしている。


「じゃあなんだ、転還の理由は兄ちゃんかい?」

「まあ…はい。そうですね。」

「ははっ、兄ちゃんも罪な漢だなっ」

「いえ。偶然ですよ…。」


ガルドさんと世間話をしている中で、先日修繕をお願いしていた武具を受け取る。

仕事が早いことだ。

奥からカチカチと音が聞こえる。

ああ、とガルドさんが切り出す。


「昨日の件だが、アイリのやりたいことをやらせてやってくれ。」

「そうですね。そのつもりです。」

「ああ。」


昨日は少々申し訳ないことをした。


「そんな顔すんなよ。気にしてないぜ。」


とガルドさんはこちらの考えを読んで言う。ありがたい。

奥から物音がしてエメリーとアイリちゃんの声が聞こえる。

終わったようだ。さすがは天才肌だ。


エメリーが出てくる。

その角からは少量の血が出ている。


「っ!エメリー様、お怪我ですか?」

「いや、大丈夫。私の希望でお願いした。」

「そ、それは…。」


よく見てみると装飾の金具を触覚に埋めているのが見える。金具で吊り下げるような形だ。

アイリちゃんはその横で申し訳なさそうにしている。

俺はエメリーに問う。


「良かったのですか?」

「うん。私がしたかったから。」

「ですが…。」

「サンジョーがくれたんだもん…。」

「…そうですか。」


彼女にピアスを開けさせる彼氏の気持ちが分かってしまった。

これは…悪くない。というかすごい。

お代を渡して店を出る。アイリちゃん、また会おうね。手を振ると返してくれた。

店の前まで送ってくれたガルドさん。そんな彼にいじられる。


「兄ちゃんも愛されてるな。」

「どうでしょうね。」

「ごまかすなよ?」

「そうですね。」


ちょっと真面目な顔だ。

いつまでも誤魔化すわけには行けない彼女の気持ちには答えないとな。




家に帰ってきた童貞。

入るなりエメリーの触覚を見たスズリさんが一言。


「説明は?」


あれ、敬語が消えてるよ?敬語大切。

そこでエメリーが声を上げる。


「私からのお願い!独断でこうしたの!」

「そ、うですか…。」

「うん。うれしいもん。」

「ならよかったです。」


その風景を眺めていると奥のサラさんと目が合う。目が笑ってないよ。

そして口パクで言っている。

『私にも買ってくださいね』

と。はい。買わせていただきます。

やはり女の子はああいうのが好きなのだろう。

リンネさんはソファに座っている。膝の上に蜘蛛さんが乗っている。

懐いたのか…俺以外のやつに…。

ちょっと嫉妬。


エメリーとスズリさんはその後すぐに帰っていった。

エメリーはご機嫌。スズリさんは涼しそうな顔で帰っていった。

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