第15話 情報収集



こちらの世界での日常というものが安定してきた。

そろそろ魔王に関して動き出そう。とりあえずは知り合いを回って調べることにした。


ショタ姫はあれから何かと動いてくれている。殿下本人がうちに来ることは無く、スズリさんが一度来てくれた。殿下は役に立ちたいのだと、躍起になって王宮内で動いているそうだ。

愛されているという実感というか、申し訳ない気持ちがこみ上げる。今度、何かお礼をしておきたい。

俺が訪ねてみようと思っているのは3か所。ロッドとバードックさん、サザビア。

鍛冶屋サザビアに関しては武具の整備も兼ねたついでのようなものだ。


まずはサザビアに向かおう。

家のみんなに伝えると本日は家にてお留守番とのこと。

一人の方が動きやすいと酌んでくれたのだろう。サラさんが蜘蛛さんをつかんで付いて来ないようにしていた。別に付いて来てもいいのですが。


サザビアへ入店する。店はいつも通りお客さんがいる。

カウンターにはガルドさんがみえる。こちらにもお気づきのようで、こちらから挨拶をする。

アイリさんは店の奥で作業をしているようで、奥からカチカチと音が聞こえる。


「お邪魔しますー。」

「おう、兄ちゃん。聞いたぜ。大丈夫だったか?」

「はい。ありがとうございます。」


呪い憑きの一件からこの店には来れていなかった。必要な時にしか来店しないのは無愛想だ。お得意様を目指すため、定期的に通うことにしよう。


「本日は先日の一件で受けた武具の損傷を整備していただきたい事と、魔王に関して何かご存じでないかを聞きに参りました。」

「あいよ。装備は一式そこの籠に入れてくれ。魔王に関してはよく知らねえな一般常識くらいだろ。」

「そうですか。あ、代金は先にお払いしますね。」

「ああ。明日取りに来な。」


傷ついた武具を籠に入れる。ガシャリと金属の音が鳴る。革製のポーチなどは攻撃で穴が開いてしまった部分が多い。手間賃も含めて多めに払っておいた。


「あいよ。ありがとな。」

「アイリさんは本日おられないのですか?」


奥にいるだろうと思うが、聞いてみる。こういうのは形が大切だ。

彼女は鍛冶見習いだったと記憶している。見習いとされる人物の技術を見ておきたい。

本当は可愛いあの子に会いたいだけ。

ガルドさんは答える。


「ああ。奥にいるぜ。見に行くといい。刀鍛冶としては見習いだけどな。面白いと思うぜ。」

「いいのですか?」

「ああ。あいつの人見知り克服の練習になってくれ。」

「あ、はい。」


ガルドさんに許可をもらって店の奥に行く。

そこでは先の小さなノミで金属を叩くアイリさん。彫金師か。これは面白そうだ。

服装は上下のつなぎを腰まで下ろし、ビキニのような服の上に薄いシャツを着ている。

その下には大きなお胸。

これには歴戦の童貞もにっこり。


「こんにちは。アイリさん。お仕事中に失礼します。」

「え?…あっ…こんにちは…。」

「彫金ですか?すごいですね。」

「いえ…これくらいしかできないので…。」


自己肯定感がどうにも低い。力仕事よりもこういった繊細な仕事の方が価値があると思う。もちろんガルドさんをバカにするつもりはない。繊細な仕事をできる人の全体数が少ないという意味だ。ガルドさんも相当の腕だろう。


「このお店にある商品の装飾はアイリさんが?」

「はい…一応。」

「見させていただいても?」

「あ、そこにあります。」


とアイリさんは壁の試作品を指差す。

そこには金を加工した装飾から剣のつばまで、さまざまなものがあった。

それの価値と努力は計り知れないだろう。でも気になったのはその隅にあった木製の箱。


「これは?」

「あ、それは失敗作です…。」


中には屑鉄になってしまったものが見える。その中に気になるものが。

バネ?これは小さなネジ?


「このバネやネジはどうされたんですか?」

「バネ?ネジならわかりますが…。渦巻型のものを変えてみました。うまくできなかったので、失敗作です…。」


この子は野生の天才かもしれない。

この世界での主流は渦巻型のバネだ。懐中時計の中にあるバネと想像するのが一番いいだろう。それが主流だったのはおそらく1300年代だったはずだ。でも彼女が作ったのはフックの法則を利用して力を生むコイルばね。それが生まれたのは1600年代。一人で歴史を300年進めている。

この世界には魔法があるため元の世界の物理法則は通用しないかもしれないが、この子が非凡の才を秘めているのは確実だ。

もしかするとこの世界で銃や回路仕掛けの機械が作れるかもしれない。

そこでガルドさんが入ってくる。


「兄ちゃん、どうだ?アイリの腕はよ。」

「…ガルドさん、彼女は天才です。危険なほどに才能にあふれています。」

「だろ。力のかかり方とかそういうものの勉強を無視して作業してるからな。」

「感覚でできることではありません。」

「すげぇ娘を持つと劣等感がやばいぞ?」


その二人の会話を聞いてあたふたしているアイリさん。

俺は銃や機械には詳しくないが、火縄銃くらいのものならできるかもしれない。

この世界では魔法が主流になりすぎて遠距離攻撃手段がほぼすべて魔法だ。クロスボウなどよりも威力が高く、物質的なリソースのみで運用できる銃が開発されれば魔法士の負担が減るだろう。そしてその整備のために鍛冶屋が儲かり、第一次産業従事者は儲かる。最終的に国全体の産業として育つ。


しかし、これを行うのはこの国ではできないはず。他種族の平和的共生を謳うこの国が積極的に争いの火種となってもいいものか。

いや、自衛の手段…?

難しいことを考えるのはやめよう。俺は頭がよくない。はー。

ガルドさんに向き直って真面目な顔ではなす。その意図を悟ったのか、ガルドも真剣な面持ちになる。


「今言えるのは、彼女を他の国に渡してはいけません。特に人類族の国には。」

「それを兄ちゃんが言うのか?」

「はい。人類は欲の果てを知りません。私は人類だけでなく人間の歴史を知っています。」

「は?どういう意味だ?ニンゲン?」

「深くは言えないのですが、人類の醜さをよく知っています。素晴らしさと同じくらいに。」

「はあ、で?どうしたい?」

「彼女に私の知る限りの技術を渡したいと思います。技術屋ではないので断片的にですが、それを正しく使う方法も。」

「兄ちゃんが悪用しない理由は?」

「私は自身の欲を正しく理解しています。」

「ほう?」


人外っ娘とイチャラブしたいお。それのためならいくらでも血を流してやる。主に俺の。


「私は沢山の人、種族、家族と過ごす、なんてことの無い日常がすべてです。それを昔はすべて失いました。次は絶対に失いません。それを守るためにあなたの娘さんを下さい。」


失いたくない童貞は必死に語る。


「ふむ…。」

「彼女は優しい方とお見受けします。その彼女が技術を制御するべきなのです。」

「ちょっと黙ってな。」

「はい。」


あ、待って。娘さんをくださいって完璧にセリフ間違えた。

自衛の技術を作るために手伝って。という話が大きくなりすぎた。


「先ほどの言葉は少々語弊がありました。お詫びします。彼女の力をお貸しください。」

「うん?…アイリはどう思う?」


先ほどからじっとこちらの話を聞いている彼女。

が口を開く。


「やってみたい…です。」

「理由は?」

「やってみたい…から?」

「はあ…。」


ガルドはこちらを向き直って言う。


「国の関係だかなんだかさっきは言っていたが、俺が言えるのはただ一つだ。アイリがやりたいことが出来ればいい。アイリならうまくできるだろうさ。」

「そう、ですね。」


危険性などいろいろと御託を並べたが、結局のところ、面白いことやってみない?と聞いた方がよかったのだろう。

言い訳や正しさを探すよりも彼女の意思を探すべきだった。

自分のこの性格がまた嫌になる。


アイリさんに告げる。


「アイリさん、先ほどは色々と言いましたが、私はあなたのやりたいことを尊重します。貴方の力になれそうなことについて助言させていただきます。」

「なら…魔道具…作ってみませんか?」

「…はは。」


自分なんかよりアイリさんは周りの人のことを考えている。自衛で回りを守ろうとする自分の思想と、魔道具で生活の質を底上げする彼女の思想。どちらが危険かと言えば間違いなく俺だろう。そもそもこの国の自衛を任されているのは俺ではない。

すべては俺のエゴだ。また自分が嫌いになる。


「お、おかしいですか?」

「いえ。貴方は本当に優しいのですね。」

「え、そうですか?」

「はい。素晴らしい心の持ち主です。」

「そ、そうかな…。」


アイリさんと目が合う。あ、ちょっと笑ってる。いい笑顔ですこと。

と、そこでガルドさんから一言。


「人の娘を目の前で口説くのはどうなんだ?兄ちゃん。」

「え、口説いていませんよ…。」

「お、お父さん…。」


涙目で戸惑う娘。それを笑う親父。本当にいい親子だと童貞は思う。

自分にはこんな関係で話せる親が、もういないことを痛感した。




武具の修理を任せてサザビアを後にした。

魔道具の話についてはアイリさんの気が向いたときにすることになった。

そのうち俺の家に遊びに来るとそう彼女は言っていた。

連絡があればお店に行くと言ったら、サラさんと知り合いのようで、話に行きたいそうだ。

女子会に花を咲かせてもらおう。


向かう先は冒険者ギルド。

また今日もロッドはここにいるようだ。

中に入ると目が合う。どんなセンサーしてるんだよ。


「こんにちは、ロッドさん。」

「おう!サンジョーさん!今日はどうした?」

「今日は魔王について聞きたく…。」

「魔王の情報はほとんどないからな…。あてにするなよ?」

「はい。構いません。」


そういうとロッドのテーブルにつく。

簡単に鳥の手羽先を注文した。ロッドの奥さんたちは宿にいるそうだ。


「冒険者の中の噂だけどな、一人は黒海にいると言われている。」

「黒海ですか?」

「ああ。黒海とはいうが実際は大陸だ。そこは常に太陽が射さない場所だ。一部の種族にすれば丁度いいんだ、太陽の光を直で浴びることのできないやつらもいるからな。」

「日が射さないのに大丈夫なのですか?」

「ああ。学者連中の話では、雲の上に魔力の層があるらしくてな。それが多少の光と熱を全域に運んでいるらしい。それでも薄暗いらしいがな。」

手羽先が届いた。ここの手羽先はおいしいんだよな。ピリ辛で酒が欲しくなる。

無言でロッドは俺の手羽先を取る。あ、いる?あげるわ。


「行き方は分かりますか?」

「あるっちゃあるぜ。会いに行くのか?やめとけって。」

「行かないといけない理由がありまして。」

「いや、行こうにもな。地続きなのは人類族の帝国の先だぞ。」

「それは…困りましたね。」


この世界の人類族とは仲良くなれそうにない。人外を迫害していいという思想は危険です。


「あと海路は一つだな。東の国を通過する必要がある。その国じゃあ儀式をしないと通してもらえないらしいがな。あと、トップが首を縦に振る必要もあるな。」

「ふむ。」


めんどくさぁ…。

人類族と仲良く通過か、東の国でトップと仲良しになって通過。


「通過した先でも時々船が消えるらしい。気をつけな。」

「まあ、先の話ということで。」

「そうかよ。あ、手羽先さんきゅな。」

「いえいえ。」


半分くらい食べやがって。情報料だと思って許してやろう。

あ、そう言えばロッド達って家持ってるの?


「ロッドさん達は家をお持ちなのですか?」

「いや?長期間借りることと宿の手伝いをすることで格安で宿に泊まってる。」

「家を持ってもいいんだが、金がいつまでもあるとは限らねえ。どうにかするつもりさ。」

「そうですか、何かあればお手伝いします。私も先日家を持ちまして。奥さんたちと一緒に来てください。」

「お、そうだったか。今度行くぜ。」


と言葉を交わして冒険者ギルドを後にした。家の場所もきっちり教えた。

それにしても黒海。かなり遠くだというが、どの程度だろうか。星の反対だと言われれば面倒くさい。




冒険者ギルドを後にして商業ギルドへと向かう。

時刻は昼過ぎ。バードックさんに話を聞くべく、少し長い道を進む。

このために先日アポを入れておいたのだ。唐突な訪問は相手に失礼だ。それが商人や貴族であれば猶更。ロッドは…いいだろう。

受付で挨拶をして、部屋に通される。

テーブルについてバードックさんが話す。


「魔王についてのお話でしたね。私も少々情報を集めておりました。どこまでご存じですか?」

「ありがとうございます。黒海の魔王と、人類族に滅ぼされた魔王については聞いております。」

「おお、そうでしたか。それはちょうどよかった。最後の一人についてはあまり知る人はおりません。」

「そうですか!それは助かります。」


バードックさんは小声になって俺に語る。


「最後に一人については、精霊王と呼ばれています。なんでも、実体がないらしく概念に近い存在と聞きます。あまり大きな声では言えないのですが、多くの国が信仰する神というものがこの王というのが最近分かったそうです。」


うーん。いろんな国で信仰されてる神の招待は、実は精霊王でした!ってことかな。


「それは各国の信仰する別々の神が、精霊王という存在に集約しているということですか?」

「そう受け取っていただいて構いません。時折、精霊王がどこかの一個人に語り掛けるといいます。それが託宣というものだそうです。長らくそういったことは起きてないそうですが。」

「そうですか。貴重な情報をありがとうございます。」

「いえ。お手伝いできたならよかったです。」


そこでバードックさんは続けた。


「ところでサンジョー様、先日竜王国に行かれたとお聞きしました。」

「どこでそれを?」

「リーネ様からです。」


情報が早いと思ったら、そういうことか。これくらいはいいだろう。


「そうですね。竜王様に謁見することが出来ました。」

「ほう!…サンジョー様を見込んでお願いがあるのですが、よろしいですか?」


商人の顔をしている。貴重な情報を教えてくれたのだ。できることなら答えたい。


「なんでしょう?」

「現在この国では竜王国との貿易はあまり盛んではありません。それは竜王様の意思で、輸送できる品物に限りがあります。主に工芸品などしか取り扱うことしかできません。」


おや、それは勿体ない。あの国の食事はスパイスが効いていてよかった。それが輸入できれば食事の幅が広がる。

バードックさんはそこで、と続ける。


「竜王国とこの国とで香辛料の貿易を行えるように、竜王陛下に掛け合ってはいただけませんか?」


香辛料の貿易を行ってないって竜王様は何を考えてるんだ?国の特産品を売り出さない理由が分からない。この世界でカレーを再現するためにも、動きたい。


「わかりました。この国の食卓に、かの国の香辛料が並ぶことを目指します。取引はバードックさんの商会が初めに行えるように動きましょう。」


そう聞くとバードックさんは大きく喜んで返した。


「ありがとうございます!」


童貞はしかし、と続ける。


「しかし、一般の方でも手の届く範囲でお願いします。難しいとは思いますが、みんなで幸せは分かち合うものです。」

「そうですな!無理のない価格での販売としたいと思います。初めは値が張るとは思いますが、一般流通するように努力いたしましょう。」


香辛料は昔、金と同じような価格で取引されていたそうだ。輸送の困難さからそうなったのだろうが、うちでカレーを作る頃には一般価格にしてもらいたい。

日本の母の味をこの世界に浸透させてやる。あ、お店をやってもいいかもしれない。サラさんが料理長で、ひと財産築いてもらおう。

儲かればの話だが、彼女にはお世話になっている。幸せになってほしい。


では、とバードックさんに別れの挨拶をする。


「本日はありがとうございました。また、お世話になると思います。」

「いえいえ。吉報をお待ちしていますよ。」

「そうですね。」


商業ギルドを後にして、帰路につく。

今日は実りのある情報収集になった。

邪神の三名の所在。

一人は滅び、一人は黒海にいる。もう一人はこの世界の神的精霊王。


会いに行く算段はまだないが、一歩前進だろう。

家に帰って蜘蛛さんと遊ぼう。サラさんに癒してもらって、リンネさんにはジト目で見てもらおう。

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