第13話 来客Ⅲ
リンネさんのお願いを聞いた我が家の住民二人と1匹。蜘蛛さん以外は固まっていた。
彼女は我が家に移住をご希望とのことだ。なぜ?
「……。」
「貴方の家で一緒に居させてほしい。」
「…聞こえています。」
リンネさんは表情を変えずに同じ内容を繰り返した。サラさんは会話に水を差さないようにとの配慮なのか、黙って聞いている。
彼女の意図が分からない。確かにリンネさんには多大なる恩がある。彼女が居なければ今の俺はない。だからこそその理由が分からない。初めて会ったときに全裸だった男の家に移住?その真意を聞くべきだ
「私はいいのですが、なぜですか?リンネさんは賢い方です。この家以上にいい場所は沢山あると思います。」
「…ダメだった?」
「いえ。この家にて過ごすのは全く構いません。ですが、その理由が分からないのです。リンネさんにはとてもお世話になりました。そんなリンネさんを無下に扱って離れるようなことにはなりたくないのです。」
俺としてはとてもうれしい。だって長身クールビューティー童顔なリンネさんだぞ?家に一緒にいて間違いがあって子供がほしい。できたら良いんだけどね。
彼女はこちらをじっと見て、次の言葉をつづけた。
「貴方は悪い人じゃない。この街に着いてずっとあなたを見ていた。私は貴方と居たい。」
「…?それは一体?」
「貴方にはそれが分かるはず。私の呪いを見ればいい。」
「見れ…ば?」
リンネさんからの唐突なストーカー発言。リンネさんってば意外とやばい人?
そこで気付いた。
彼女は俺のステータスについて知っている。相手の中身を覗く能力は俺固有のものだ。それを言っていたのは神様だ。そこから思いつくのは一つ。
「…神様ですか?」
「違う。」
きっぱりとした否定だった。他に考えられるのは邪神。探してた邪神が第一異世界人なんてのは運命のいたずらだろう。そうなると戦闘の可能性もあるかもしれない。蜘蛛さんとサラさんを避難させるべきだろうか。
とリンネさんが言う。
「考えるよりも見た方が早い。」
「…わかりました。」
さっさと見て判断するべきだ。リンネさんの言う通り。
Status
名前 【 リンネローゼ・ルーフォンベック 】
性別 【 雌 】
種族:種族値 【 飛鼠人族 】:【 22 】
職業 【 流浪の亡民 】
LV 【 50 】
HP 2500/2500
MP 4000/4000
可動性 【 3000 】
筋力 【 3500 】
耐久性 【 3300 】
知性 【 6000 】
運 【 60 】
技量 【 4000 】
啓蒙 【 0 】
特性
【 加護 】
≪ (種族)心音 ≫
聞いた相手の会話の嘘を見破る。
【 呪印 】
≪ 第三の眼 ≫
視界に入った相手の知られたくない情報を読む。〈制御不可〉
リンネさんの本名、なんかやばくない?
というよりも一番やばいのは加護と呪印の相乗効果だ。こんな能力を持っている人は貴族や商人が放っておかないだろう。
でも、これでは俺のステータスを見破る決定的なものじゃない。どちらかと言えば彼女に対しての脳内セクハラの方がやばい。ステータスに関しては知られても別にいいからだ。立証する方法が無いからな。
彼女は俺の眼を見て黙っている。
「貴方の呪いでは先ほどの言葉との整合性が取れないように思えます。どうなのでしょう?」
「確かに。貴方が一番知られたくないのは別。」
「ごめんなさい。」
リンネさん、セクハラで訴えないでください。シャレになりません。
こちらの謝罪を無視する形でリンネさんは続ける。
「貴方に対してはなぜか呪いの能力が変わる。目を見ると貴方が読める。」
「!?…本当ですか?」
「うん。謝罪は無視していない。気にしていないだけ。」
「ッ!?」
俺は椅子から立ち上がり、後ずさる。完全に読んでいる。
それに対してリンネさんも立ち上がり、机を回って俺の目の前に来る。
彼女と別れる直前と同じ動作、顔をぎゅむっと両手でつかまれる。
「…こっちを向いてて。」
そう言われて目を開く。バッチリ目が合う。
ごめん。リンネさん。ああ、顔可愛い。あ、待って、読まないで。童貞には刺激が強すぎます。…童貞です。あ、リンネさんの手って結構あったかいですね。
思考の制御ができない。そんな童貞を彼女は無言で見つめる。
「……。」
「制御が効かないもので…。」
「…貴方は読まれているのに嫌じゃないの?」
嫌じゃないです。恥ずかしいのは気持ちいい。いや、何と言いましょうか、お姉さんに責められている感じが何とも嬉しいだけなのです。
「…変態?私は貴方よりも年下。」
「?何のことでしょう。」
「そう。」
変態です。
リンネさんは手を放し、けれども目を見つめたままで言う。
「読まれていて平気?」
「呪いのおかげでまともに話せませんので、新鮮ですね。こういった経験は前にありましたし。」
「…変なの。」
と言ってリンネさんは少しだけ笑った。初めて見た笑顔だ。クールビューティーがデレたことで童貞の心には核爆発並の衝撃がはしる。
リンネさんって笑顔もかわいいですね。あ、今少しだけ牙が見えました。
サラさんが不思議そうに二人を見ている。口がへの字に曲がってるよ。
どうしたん?話聞こうか?
「リンネさんは何の種族なんですか?」
「蝙蝠。だから耳がいい。私の種族は全員に同じ加護があるから。」
「そうなんですね。」
と話しながら二人は元の席に戻り、座る。
蜘蛛さんはこっちをじっと見ている。
となると加護との相性は最高だろう。どんな小さな会話でも真偽が分かる。密偵でも活躍だ。
いや、その能力が裏目に出て人から嫌われたりするだろう。それはかわいそうだなぁ。
「そう。だから私の種族は街中では耳栓をしていた。」
「耳栓をしての生活は大変でしょう。目だけで生活をするの…は…。」
気付いた。リンネさんはまともに生活するために耳栓をしても、相手の弱点が見える。それも制御ができない形で。
「制御ができないというのはどのようなものなのでしょう?」
「…街中を歩くと前が見えなくなる。情報だらけ。」
「それはお辛いでしょう。」
「……。」
そんな彼女がどうして俺の近くに居たいんだ?ここは中心街から離れてはいるが、人はいる。
「そんなリンネさんはなぜこの家で過ごされたいんですか?」
「言わないとわからない?」
「え?はい。」
「…貴方は正直だから。嫌いじゃない。あと、私に読まれても平気。」
「は、はあ。」
欲望に忠実な変態ですがね。呪いのせいでまともに冗談も言えない。
俺はリンネさんが好きだし、家にいてもらえるのはうれしい。
「……。」
「あ…。」
リンネさん、大好きです。へへ、くらえ。セクハラじゃい。
あ、蜘蛛さん、こっち見ないで。飛びつこうとしてるでしょう。
大体は理解できた。彼女をこの家に置くのは悪いことでは無い。むしろ良い。俺が本音で話せる相手だ。諸刃の心だが。
サラさんに伝える。
「サラさん、リンネさんがこの家で住むのは反対ですか?」
「え?まあ、大丈夫ですよ。」
よし、了解はもらえた。
と、蜘蛛さんが顔面に飛んでくる。予期していた動きだ。顔を左に動かしてそれを回避。
後ろで蜘蛛さんが不時着する音がする。
「アトラさーん!」
と、サラさんが心配している。健気なことだ。
リンネさんに向き合って言う。あとルールも。
「リンネさんが良ければこの家をお使いください。ですが、サラさんやほかの方の弱点に関しては内緒でお願いします。誰しも隠したいことや後ろめたいことはあります。」
「うん。…ありがとう。」
あと、俺の中身についても言わないでください。人間関係終わっちゃう。
ん?後頭部に違和感。
後ろで床に不時着した蜘蛛さん。次は勢い良く後頭部に張り付いてきた。何がしたいんだ。
「昼食も皆さん終えたようですね。片づけましょう。」
「はい!」「うん。」
その声で片づけが始まった。サラさんには家の中のことなど、いろいろと任せっきりだ。
今度何かお礼をしておかないといけない。
サラさんは食器を持って奥に行く。リンネさんは何かやることがないかときょろきょろしている。可愛い。
あ、目が合った。
テーブルを拭き終えた俺にリンネさんが近づいてくる。
「貴方のことは誰にも言わない。」
「あ、ありがとうございます?」
「…私だけが知ってる。」
「は、はい。」
と言ってサラさんの方に行ってしまった。なんだったのだろう。
リンネさんが来て1週間。リンネさんがいることが日常になり、俺の家もだんだんと日常のルーティンが決まってきた。
サラさんが1階右奥の部屋。リビングに入って左手、その階段を上った先が二階。その最奥が童貞の部屋で、その手前がリンネさんだった。1階の部屋をおすすめしたのだが、頑なにこの部屋がいいと言っていた。リンネさんは耳がいいので、俺の夜のハンドジョブも憚られる。非常に残念だ。毎晩やってやる。
蜘蛛さんはいつも通りリビングの梁の上で遊んでいる。時々俺が寝るときに部屋の扉をトントンと叩いて迎え入れると、そのまま俺のベッドで寝ることがある。人間らしい蜘蛛さんだ。
サラさんに家事を任せてもいけないので、掃除はできるだけするようにしている。ティッシュの処理や風呂の掃除だ。時々ダースさんの宿で夕食を食べに行くこともある。お世話になったのだからできるだけ売り上げに貢献したい。
一軒の家に男一人と女性二人、と一匹。あまり健全とはいかない構成だが、何も起きていない。彼女たちの気持ちは大切にしたい。デバフもあるし、無理やりはよくないという薄氷のような理性と、妙に人間味のある蜘蛛さんが防波堤になって童貞の暴走は食い止められている。
正直なところ、そういうことになったとしても怖気づいてできないのが童貞の本音だ。
先日はリンネさんと蜘蛛さんとで危険度の低いクエストに出発した。近くの集落への護衛だったが、難なく終わった。
意外だったのは蜘蛛さん。なかなか荒れた戦いをされる。何もしていないウサギの首を糸で落とし、食らいついていた。野生の本能を感じた。
倒した後のドヤ顔らしきものが可愛かった。
そんな日常が流れていた。
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