第7話 プレウラ王国Ⅲ



顔の表面に違和感を覚えて目が覚める。


ふと見ると蜘蛛さんが俺の鼻にしがみついている。驚いて体を起こす。

鼻から手に移し、起すときはもっとショッキングな絵面にならないようにと注意する。

あの光景では体からエイリアンが出てくるように思えてしまう。


この蜘蛛さんのステータスを確認していなかった。見ておこう。


名前 【 アΛ繧ッ?昴繧lッ繧「 】

性別 【 ? 】


「い゛っっっ」

名前を見た瞬間、強烈な頭痛が襲う。

情報を読み取ろうとしたら完全に拒否された感覚を覚える。この蜘蛛さんからではなく、もっと奥底の何かから拒否された気がする。

てか名前が文字化けしていた。Webかよ。


まったく、朝から嫌な思いをした。

今後もこの方の名前は蜘蛛さんで行こう。


『よろしく。蜘蛛さん』よろしくお願いします。蜘蛛さん。


!?

言葉が制限された。


『よろしく。蜘蛛さん』よろしくお願いします。蜘蛛さん。


もう一度話してみたが制限される。その後も話してみたが敬語以外はすべて制限される。

行動を制限する効果はあれしかない。

これだろう、≪貴紳の所作≫の効果は。

なんてみみっちい呪いだ。

敬語はいい。誰でも初見で話すことはできるからだ。しかし敬語ばかりだと本当に親しくはなれない。敬語だけだとどこか疎外感がある、そんな経験は無いだろうか。俺はある。


「参りましたね。」


ほら、また敬語だよ。どこの紳士だよ。

蜘蛛さんはこちらを見上げている。童貞は悲嘆に暮れる。

すると部屋の外からノックされた。


「おはようございます!リサです。」


なんて間の悪い…。いや、気を切り替えよう。


「はい、少々待ちください。」


軽く身だしなみを整え、ドアを開ける。


「おはようございます。いい朝ですね。」

「はっ、はい!朝早くにすみません!ダースさんが一階にてお話があるそうです。」

「かしこまりました。すぐ行きますので先に降りておいてください。」

「はい!」


朝から元気をいただいた。

俺を起こしに来た幼馴染とでも考えようじゃないか。

軽く準備をして下に降りる。

ダースさんは食事の仕込みをしていた。大きな寸胴鍋を抱えて大変そうだ。


「おはようございます。」

「よう!兄さん、すまねぇな。」

「いえ。何か御用ですか?」

「仕込みを終わらせてからでいいか?リサに後で兄さんを呼ぶように言ったら、張り切ってすぐに行きやがった。」

リサさんは顔を赤らめて反論する。

「そ、そんなことありません!」


あら~^^ お兄さん嬉しくなっちゃう。


「はは。冗談でしょう?何かお手伝いしますよ。」

「いや、冗談じゃ…。まあいい、裏から食材を取ってきてくれ。」

「はい。」


食材のリストと場所を教えてもらって手伝いをした。学生時代のバイトを思い出す。飲食経験は短いが、あの店長はクソだった。バイトを駒としか見ていなかった。


朝から少々汗を流し、仕事を終えるとダースさんが水を出してくれた。それを一気に口に流し込む。


「ふぅ…。」

「いやーありがとな。助かったぜ。」


この世界の食材は名前は違えど、元の世界と似た食材が多かった。今度俺の世界の料理をふるまおう。


「これはおまけだ。食べてくれ。」

「ありがとうございます。」


と、朝食を出してくれた。かなりの量だ。


「とてもおいしそうですね。もし機会があれば私の故郷の料理も食べてみてください。」

「お、いいな。また今度な。」


ダースさんは他の宿泊者の料理を出し、片付けを終えて俺のテーブルについた。

リサさんはまだ奥で片づけをしている。


「でだ、話というのは他でもねぇ。兄さんがいろいろと落ち着いたらリサ、あいつの面倒を見てやってほしい。俺もそろそろ年だ。ずっと一緒にいてやれねぇ。」

「それは…。彼女の意思ですか?」

「いや、俺個人の意見だ。俺は、自慢じゃねえが人の本質が見える。兄さんはいい奴だ。」


違う。こんなのは上っ面だ。


「それは加護のようなものですか?」

「そう捉えてもらってもいい。」


ダースさん、ちょっと覗きますよ。


名前 【 ダース 】

性別 【 雄 】

種族:種族値 【 人類 】:【 68 】

職業 【 宿屋店主 】


特性

【 加護 】


≪ 善悪の眼 ≫

相手の本質を善悪として捉える。

【 呪印 】


  ≪ 肉心の差異 ≫

肉体の老化が抑えられる。しかし精神の老化が促進する。


はー。そういうことね。

厳つく見えてはいたが、精神が異常に老化しているのか。

肉体に精神が追い付いていけないのだろう。

この人には俺の本質が善と見えるのか。それは驚きだ。


「今の私からは何も言えません。こういったことは彼女の意思が大切です。昨日今日知り合った人には彼女も付いて行きたくはないでしょう。少し時間を置きましょう。」

「そうか…。兄さんがそう言うならいい。もう少し後でまた話すぜ。」


悲しそうな顔をして彼は席を立った。

あ、足治してあげよう。


「ダースさん、少し足を見せてくださいませんか?」

「あ?いいけどよ、見ても面白くねぇぞ。」


ダースさんは足を椅子に置く。


「少し痛みますよ。」


童貞の魔法カード発動。


「ヒール。」


義足が無理やり外れ、足が生えてくる。やはりグロイ。


「おおおお!?なんだこりゃあ。兄さんは高位の神官か何かか!?」

「いえ。私の唯一の特技です。これは先ほどの提案のお礼として受け取ってください。」

「すっげぇな。このお礼はもらいすぎだぜ。」

「これでもっと働けますよ。」


と冗談交じりに過重労働を促す。


「ははっ!そうだな。これは貸しにしとくぜ。兄さん。」


と言って厨房に戻っていった。中からリサさんの驚く声がする。

童貞は早めに退散しましょう。恥ずかしいからね。

そのまま緑人の風を後にした。

行ってきます。



緑人の風を後にして門へと向かう。入国料はすぐに払えた。

そのままの足で商業ギルドに向かい、手元の金を調整。バードックさんに軽く会釈をして冒険者ギルドへと向かう。

今になって気づいたのだが、この国に来てからあまり冒険者を見かけていない。冒険者の母数は少ないのだろうか。

と考えていると冒険者ギルドの前にたどり着いた。

入口はカウボーイがいそうな酒場のようなドアになっている。

舐められないように背筋を伸ばして入店。

中は広かったが少々がらんとしている。チームと思しきものが3つほど見えるだけであとは職員の人だけだ。

受付の兄ちゃんに話しかける。おそらく獣人だ。毛がもふもふだ。モフりたい。


「こんにちは。」

「おう!人類族ってことはあんたがサンジョーさんだな!」

「はい。特に悪いことはするつもりはありませんよ。」

「聞いてるぜ!変に律儀な人類族なんだってな。今日はどうした?冒険者登録かい?」

「はい。こちらでできるのですよね?」

「ああ。ちょっと待ってくれよー。」


この獣人さんは結構気さくに話してくれる。バードック効果かな。

受付の兄ちゃんはごそごそとカウンター内で道具と紙を引っ張り出す。


「これだ。これに目を通したら、手を当てて軽く魔力を流してくれ。」

「あ、はい。こんな感じでしょうか?」


魔力操作なんてわからない。なんというか、ハンドパワー的なものを流してみる。


「おいおい、流しすぎだよ…。よし。完了だ。んーで…。」


クレジットカードのようなものを先ほどの道具に近づけている。


「できたぜ!ここにあんたの名前を書き込みな!」

「はい。三条…と。これでいいですか?」

「知らない言葉だな。人類族の言葉かい?」


日本語です。京都は三条より参りました。


「そのようなものです。」

「へーえ。使い方はわかるかい?」

「教えて戴いてもいいですか」

「あいよ。これはギルドカードだ。ここで受けた依頼をこなして冒険者ギルドで承認

すると、商業ギルドで換金できる。一部の店ではギルドカードで買い物できるところもある。少ないけどな!」


おお、クレカだ。大金を持つのは怖いからこれで買い物できるなら便利だ。

と、話を続けていると一人の男に声を掛けられる。


「おいお前。ちょっと。」


大柄な漢だ。背中には大きな斧を背負っている。人類族だ。

先ほどギルド内にいたチームの一つの男だ。


「はい?なんでしょうか。」

「新人か?同じ人類族のよしみだ。話でもしようぜ。」

「いいですね。」


とは言ったもの、新人潰しだったら困る。どの業界でも存在する。でなくてもねずみ講、またはパーティーのオトリ役としての勧誘。品定めはしておくべきだろう。

案内されたのは彼のチームがいるテーブル。仲間の方々は人類族ではない。少々視線が痛い。


「俺はこのパーティー、鴉羽の剣のリーダー。オッドロッド。ロッドと呼んでくれ。」

「三条です。よろしくお願いします。ロッドさん。」

「堅苦しいのは無しにしようぜ。俺よか年上だろうが。」

「これは…。呪いのようなものでして。」

「おっと、マジか。そりゃあすまないな。」


気まずい思いで彼らパーティーを見回す。なんと男はロッドさん一人。ほか3人は全員女性だ。なんとうらやま…いや、バランスの不健全なパーティーだ。

ロッドさんが口を開く。


「お前さんは人類族だろ?この国はどう思う?」


デジャブだ。ダースさんと同じ質問をされた。


「とてもいい国ですね。多くの種族が共存しているのは非常に魅力的に見えます。自分にないものを許容することは非常に難しいことです。それが実現しているのは素晴らしいことだと思います。」


と同じ答えを返す。テンプレとして覚えておこう。


「はーん。ちょっとこっちへ来い。」


とロッドさんはパーティーメンバーから距離を取る。


「サンジョー。あんた人類族じゃないやつが好きなのか?」


おっと、非常にドストレートだ。これは自己PRにいい質問だな。


「はい、非常に。それしか見えてないといっても過言ではありません。」

するとロッドさんはひどく驚き、そして喜んだ。

「サンジョー、いや、サンジョーさん。あんたってやつは最高だ!」

まさか…。まさかロッドお前は…。

「もしかして…貴方も…。」

「ああ。」


そこで声が合った。


「私たちは同族です!」「俺たちは同族だ!!」


そしてガシッと熱い男の抱擁をする。

こいつは俺だ。いや、変態だ。

俺の中でロッドさんがロッドに昇格した。


ロッドの説明によってパーティーメンバー、いや彼の妻たちも俺への警戒を解いた。


「ロッドさん、あなたは非常に贅沢です。そのように魅力的な女性たちを妻にもらうなんて…。」

「はは!勝ち取るもんだ。サンジョーさんもいい相手が見つかるさ!こいつらはやらねぇぞ!」


非常にけしからん。異世界ハーレムを彼は築いていた。

彼は俺に妻たちを紹介してくれた。


「右からベティー、ローラン、シェフィだ。よろしくな。」


と言って彼女らも挨拶してくれた。

ラミア、エルフ、ハーピー。色とりどりの性癖がそこにあった。


「よろしくお願いします。こんなところで同志を見つけることが出来るとは、運命とはすばらしいですね。」

「ははっ。役者みたいな語り草だな、サンジョーさん。」

「だから呪いなのですよ。」


久しぶりに本心から会話ができている気がする。泣きそうだ。

こっちに来てから気を張りっぱなしだ。気を張っていても役に立ってはいないだろうが、安心はここまで得られなかった。

そうだ。こちらも仲間を紹介しよう。


「蜘蛛さん、出てきてください。」


すると服の中から出てきて頭の上に乗る。


「こちら、私の仲間の蜘蛛さんです。」

「蜘蛛さんって名前なのかよ。見たことねえ種類だな。」

「仲良くしてあげてください。話をよく聞いてくださるんですよ。」

「お、知性持ちか。従魔登録したらどうだ?その時に名前も付けられる。」


そうなのか。名前も付けないと。

先ほどの獣人お兄さんに手続きをお願いする。


「蜘蛛さん、どんな名前がいいでしょうか?」


と聞いてみる。返事は帰ってこない。強そうな名前がいいだろうか。


「ヘラクレス、コーカサス、ヒラタ…。」


カブトムシの名前しか思い浮かばない。ごめん。


「アトラス…。」


とつぶやいたときに蜘蛛さんが跳ねた。


「アトラスがいいですか?」


と聞くと、違うという。


「うーん、アトラス、アトーラ、アトラ。」


うんうんと蜘蛛さんが頷いてくれた。


「アトラでいいですか?」


うおうお、登ってくる。

顔に張り付いて頬ずりしてる。変に人間っぽいな。


「アトラでお願いします。」

「はいよ!…できたぜ!」


獣人のお兄さんは仕事ができるタイプだろう。速い。

ギルドカードを確認する。


従魔

【 アトラ 】

 性別 雌

 種族 未発見


え、蜘蛛さん女の子?

アトラって名前、少し男の子っぽい?と思うけどいいのかな。

まあ、蜘蛛さんきってのお名前だ。


「よろしくお願いします。アトラさん。」


跳ねてる跳ねてる。可愛い。


ロッドの元へ戻る。


「登録できました。名前はアトラさんです。」

「アトラねぇ。いいじゃねえか!」


それから、俺がどうやってこの国に来たのかを話した。

とても有意義な話ができた。

疑問だったことも聞いておこう。


「それで、聞きたいのですが、冒険者ギルドはいつもこのような感じなのですか?広さに対して少しガランとしているように見えますが。」

「ああ、いつもはこうじゃねえよ。サンジョーさんが国に来た3日前にギルドからの緊急指令が出たらしい。」

「緊急指令…ですか。なんでしょう?」

「さてはサンジョーさん、登録の時の紙、見てねぇな?」

「あ…はい。」


やっば。最後まで目を通してない。日本人だな。いや、俺の不用心さだ。


「規模が大きい、または危険度の高い事態が発生したときにギルドが出すことのできる、国内にいる冒険者に対して強制的にクエストに参加することを強いる指令だ。」


何ともブラックだ。

強引はよくない、合意の上でならOKなのだ。


「何があったのでしょう。」

「聞いた話じゃ、ここから北の草原、カリーユ平原で呪い憑きが大量発生したそうだ。だから全員駆り出された。俺らやここにいるやつはその時外にいたか、特殊な例で行けなかったやつだ。」


呪い憑き…ゾンビかな?


「そうなのですね。無理に戦闘に出ることにならなくて幸運でしたね。」

「いや、そうでもねぇ。緊急指令は強制な代わりに武勇を立てたときに報酬がでかい。場合によっちゃ、上の貴族連中が願いを叶えてくれることもあるらしい。」


ふむ。士気の維持のための策だろうか。やる気は出るだろうが、不満は消えないだろう。


「私だったら安全を取りたいですね。」


と笑う。

他にも質問したいことはあるのだ。時間が許す限り聞いておこう。


「もう一つ質問を良いですか?リー」


と聞こうとすると入口が勢いよく開かれ、一人の冒険者が入ってくる。エントランスの全員の視線が釘付けになる。


「助けてくれ!竜種の呪い憑きだ!!」


騒然となる。

これ、絶対緊急クエストの流れだ。幸先悪いなぁ。




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