第5話 プレウラ王国Ⅰ


リンネさんに付いて行くこと半日。


だんだんと樹木が少なくなっていき、ついには平原に出た。

その道中では数体モンスターと遭遇したが、さして危険だと思えるようなことは無かった。

変に格好つけようとモンスターの相手をしたが、手刀で簡単に穴が開いてしまった。

一発もらえば瀕死ということを隠して冷や汗をかきながら戦ったのだが、あっけなく倒し、格好つけるそんなジャップオスをリンネさんは冷ややかな目で見ていた。

恥ずかしい。


リンネさんからはたくさんの情報を得ることが出来た。

向かう先のプレウラ王国はとある種族が統治する国で、多種族の平和的共生を目指す珍しい国だそうだ。

しかし、現状は実現していないらしい。ここにいない種族も多く、この国を異端視する国もあるという

他国との交通の要所という面から貿易が盛んらしく、そこで商売をするために集まる人類族がいるらしいが全体数はかなり少なく、それ以外の人類族は物好きか、人類の国ではいられなくなった者たちだそうだ。それも入国の際に行われる魔法によって問題があればすぐに追放されてしまうという。

人類が何をしてそのように扱われるようになったかは、リンネさんは教えてくれなかった。自分で調べて知れ、ということだろう。


 平原に出てから野営をし、平原の道を半日進むと国へとたどり着いた。道中では数組ほど商人の輸送グループと出くわした。やはりあまりいい顔はされなった。


 昼過ぎだろうか、そのくらいに入国手続きができるあろう門に近づく。門を含む町の外壁は70メートルほどの高さものだった。まったく素晴らしい建築技術だ。外から見るにかなり大きな国と見える。


門からすこし手前に差し掛かってリンネさんが口を開いた。


「ここで案内は終わり。ここからは一人で行くといい。」

「一緒に入国はされないのですか?」


素朴な疑問だ。入国にはちょうどいい時間帯だろう。


「うん。…人が多いのは苦手だから。」


人混みが嫌いなのか。どちらかというと俺も人混みは嫌いだ。

ここらへんで分かれるべきだろうか。やんわりと同行終を告げてくれているのだろう。


「わかりました。ここまで大変お世話になりました。しばらくはこの国にて滞在したいと思います。もしかしたらどこかでお会いするかもしれません。その際に、このご恩は必ずお返しさせていただきます。」

ここまでとてもお世話になった。このお礼は絶対に返したい。お望みなら体でお返ししたい。

とはいっても顔などはほぼ拝見できていない。コートで体のラインもあまり分からないし、ガードが堅い。

フラグは建てられなかったよぅ…。


するとリンネさんは言った。


「町に着いたら商業ギルドと緑人の風りょくじんのかぜという宿を訪ねるといい。リーネからの紹介といえば分かってくれる。」


紹介していただけるようだ。リンネさんは顔が広いのかな。


「はい。何から何までありがとうございます。」


と感謝の意を告げる。


するとリンネさんは俺の顔をムギュッと両手ではさみ、顔を近づけて言った。すこし背伸びをするとキスできてしまいそうな距離だ。しゅき。

童貞にはいささか刺激が強い。

蜘蛛さんは抗議するように頭の上で威嚇している。


「…貴方は悪い人じゃない。」

「は、ハイ。」


そう言うとリンネさんは手を放し、元来た道を歩き始めた。


すごく緊張した。あんなに近くで異性と話したのは人生初だ。

この世界ではスキンシップ程度なのか?

一体どこでフラグが建った?いや、違うだろ、童貞の勘違いに過ぎない。はずだ。

にしてもリンネさん可愛いかったな。長身クールビューティーなのに童顔だった。

次に会ったらアタックしよう。


などと出来もしない幻想を童貞は抱く。

「…列に並ぼう。」

さて。入国だ。




 それから半刻。自分の番がやってきた。

門番さんは俺を見るとあからさまに面倒くさそうな顔をした。


「止まりな。おまえさん人類族か?」


種族で対応を変えるのはよくないですね。元居た世界だったら大炎上だ。


「はい。入国をお願いします。」

「いいけどよ、入国料払って目的を教えな。後その蜘蛛は何だ?」


あからさまに対応が違う。前の人では笑顔だったじゃん。

入国料があるのは忘れていた。どの世界でもあるんだな。


「友人に騙されてしまい、金品を奪われてしまいました。ここには移住と仕事を探すために来ました。この蜘蛛は素材です。換金する予定です。」

「変にかしこまって話すなお前。まあいい。入国料を払うツテはあんのか?」


商業ギルドでモンスターの素材を売ればいくらかは用意できるだろう。できてほしい。

門番に見られた瞬間蜘蛛さんは固まって動かなくなった。臨機応変な対応感謝しますよ。


「モンスターの素材を手に入れることができたので可能だと思います。」

「そうかい。ならこっち来な。」


そういって門番はそばにある部屋へと迎え入れた。

部屋の中には簡易的な机と椅子があり、その上にはタブレットpcのような薄さの板があった。


「この水晶板に触れな。これはお前の位置を追う魔法が付与されてる。中で問題を起こすか、入国料が5日以内に払われないと、兵士が外に放り出すために兄ちゃんのとこに行くからな。最悪死ぬぞ。」


リンネさんが言っていたのはこれか。治安維持のために必要なのだろう。人類族のみ対象ってのが気に食わないけど。

その板に手を触れると手の甲に模様が現れ、すぐに消えた。

令呪みたいで格好いい。


「わかりました。すぐにご用意してこちらに伺います。」

「問題起こすんじゃねえぞ。あとこの国では滅多に武器を抜くな。人類族は面倒を起こすからな。」

「ハイ…。」


大した武器を持っていないのにまったく信用されてないな。さっさとここを出よう。


「それでは失礼します。」

「おう。あ、おいあんた名前は?」

「三条といいます。」

「サンジョーか、変な名前だな。じゃあな。」

と言って門番は門の方に出ていった。



色々とあったが入国ができた。

部屋から出ると大通りが目に入る。

かなりの人通りだ。さすがは貿易の要所というだけはある。道には出店や屋台が並び、食材から衣服までいろいろなものが並んでいる。奥に向けて傾斜になっており、その最奥部には 王宮らしき大きな建物が見える。

外から見る以上に中は広い。

町並みはまさしく剣と魔法のファンタジー。高級そうな店の外装にはクリアなガラスまで使ってある。いいね。こういうのを待っていたのだ。


まずは商業ギルドに向かおう。


街を行き交う人は見るからに人類ではない。角が生えている人からケモミミのあるものまで、人外万国博覧会かと目を疑う。天国はここにあったのだ。眺めていると舌打ちを食らう。

人をかき分け、進む。

通りがかる人の大半に嫌な顔をされる。非常にきついものだね。

リンネさんのジト目は回復モノだったが、これは精神力がゴリゴリとすり鉢で削られる感覚がある。

小一時間進むと少々身なりのいい人の行き交う区域に到達した。

こちらは迷子の人類種お兄さんだ。商業ギルドを探してきょろきょろと見回すその姿は変人に見えるだろう。



早速兵士に職質された。


「お前。ここで何をしている。」

「は、はい。商業ギルドを探していまして。人類族でしてこの国に来るのは初めてなので場所がわからず…。」

「そ、そうか。この道のつきあたりの大きな建物がそれだ。問題は起こすなよ。じゃあな。」


ふふ。高圧的に話した時に相手が変に敬語だと、勢いが削がれるよな。

俺もネトゲで体験済みだ。


「ありがとうございます。」


場所はわかった。ありがとう兵士さん。

なお、蜘蛛さんは先ほどから服の内側に潜って出てこない。くすぐったいので乳首あたりを移動するのはやめてほしい。ここで感じるのは男の沽券に関わる。



商業ギルドの前についた。看板には≪プレウラ王国商業組会商業区本部≫と書かれている。

ここで間違いなさそうだ。扉を開けて中に入ってみる。

中は思ったよりも広い。


カウンターがいくつも並び、言うなれば銀行の窓口だ。

大きなテーブルもあり、簡単な食事も摂れるようになっている。

人類族も多少見て取れる。そこまで嫌な顔はされていない。

サービスカウンターらしき場所を発見したのでそこで聞いてみよう。

金髪のきれいな白人女性が受付にいた。


「すみません。リーネさんという方にここを紹介していただいたのですが。」

日本人らしく、すみませんという言葉から話してしまう。癖のようなものだ。

「リーネさんですかっ?しょ、少々お待ちください。」

と言って奥にパタパタと駆けていった。

愛想がよろしくてうれしい限りだ。


しばし待っていると、口ひげを生やして、お世辞にも痩せているとは言えないオジサマが現れた。おそらく人類族だ。


「お待たせしました。バードック商会にて会長を務めております、ウィリアム・バードックと申します。」


商会会長直々のお出ましだ。俺も人のことを言えたものではないが、見た目では奴隷で楽しんでいそうな人だ。しかし、リーネさんのお墨付きだ。いい人なのだろう。


「初めまして。リーネさんより紹介をいただきました、三条と申します。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。リーネ様からの紹介ということで驚きました。あの方は滅多に人を信用しません。よほどのことがあったと思います。」


え、リンネさんそんな人だったの?大した出来事はなかったと思うんだが。


「はは。運がよかったと思うばかりです。」

「そうですね。」


そういうとバードックさんは個室へと案内した。

中はテーブルとソファを置いた、内装のしっかりとした部屋だった。

手厚く歓迎されてるけど、お願いしたいのは換金だけなんだよね。


「どうぞ。お座りください。」

「ありがとうございます。」


とソファに腰掛ける。ふっかふかだぁ。


「して、本日はどのようなご用件でしょうか?」


単刀直入に聞いてくださった。助かる。長ったらしい挨拶などはあまり好きじゃない。


「はい。私はしばらくこの町で暮らそうと思いまして。そのご挨拶と、先日レーデオロ大雨林にて入手した素材の換金をお願いしたいと思っています。」

「ほう。レーデオロ大雨林の素材ですか。ぜひ買い取らせてください。あそこは常に雨が降っていることとモンスターとの遭遇率が高いために冒険者が好んで行きません。今回は初回ということとリーネさんの紹介です。奮発させていただきます。」

「そうですか。大変ありがたく思います。」


リーネさんの顔が広いことに感謝だ。最大級の恩をお返ししよう。


「はい。ですから、今後とも御贔屓に…。」


うまくお得意様になれるように尽力したいところだ。


「品物を拝見させていただいてもよろしいですか?」

「はい。こちらになります。」


と、俺は例のジャングルで見つけた葉に包んだ素材出す。希少種さんの目と肉だ。目は異常に硬く、机に置くとゴッと音がした。


「レーデオロトードの希少種の素材になります。」

「ほう!失礼します。」


そういってバードックさんは包みを広げる。脚肉は少し日が経ってるけど大丈夫かな。


「これは…素晴らしいですね。レーデオロトードの脚肉は少し腐敗しているのであまり高価にはなりませんが、眼球は非常に高価です!よく採取できましたね。」

これ高価だったんだ。やけに硬いし構造が複雑だから変だとは思ってたんだが。

「そうなのですね。知りませんでした。」

「はい。この眼球は加工し魔力を通すことで、視力を上昇させ、暗闇でも昼間のように見ることができます。しかもその魔力は少量でいいという優れものです。何より装飾品としても優秀で、その硬度からどの職人でも喉から手が出るほどの一品になります。」


お、おう。バードッグさんが早口オタクみたいになってる。あ、これブーメランだ。自重しよう。


「そうだったのですね。こちら2つになるのですが、大丈夫でしょうか?」

「2つとも買い取らせていただけるのですね!ありがとうございます!」


バードックさんテンション上がってすごいことになってる。ビックリマークがよく映える。


「はい。ですが少々額に色を付けていただけたらと思います。恥ずかしながら今はあまり手持ちがありません。今後の定住の際の資金としてできるだけ多く持っておきたいのです。」

「そうでしたか。それならば、ぜひとも色を付けさせていただきます。」

「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。」


よし。上手くいきそうだ。リーネさんの縁がなければぼったくられていたかもしれない。話している様子だとそのようには受け取れない。しかし商人というものは口がうまそうだ。少し気を付けよう。


「でしたら…。商会のものと話してお金を用意しましょう。少々お待ちください。」

と言ってバードックさんは部屋を後にする。


あ、値段交渉とかはしなくて大丈夫かな。まずった。

すると部屋をノックする人がいた。早いなバードックさん。


「失礼します。お飲み物をどうぞ。」


と言って入ってきたのはエルフ耳の侍女さんだ。

異世界産純正のエルフさんだ。耳が長く色白で金髪。想像通りの森の妖精だ。

えっちな紙芝居のような超乳ではない。気品があって、それでいて主張を忘れないその山は数多の男性の心を、いや魂を掌握し、俺の視線を釘付けにした。その水気を帯びた視線に気づいたのか、メイドさんは気まずそうに飲み物を注ぎ、部屋を後にした。

ふう。今夜のお供は決定だ。


そんなことを考えてサービスドリンクを口に注ぐ。あ、これおいしい。

甘い口当たりの中に柑橘系の酸味がほのかに広がる。やはり甘味は体に染み渡る。

ドリンクを味わいつつ10分ほどだろうか、待っているとバードックさんが入ってきた。


「お待たせしております。代金の方をお持ちしました。」

「いえ。ありがとうございます。」


バードックさんの持ってきた袋はザクっと音を立てて机の上に置かれた。


「中を確認しても?」

「はい。どうぞ。」


見させてもらおう。

中には金銀銅の硬貨が相当量入っていた。銅貨などが多く見える。だが、どの程度の額が入っているのかがわからない。今日入国したばかりで市場の調査などは手を抜いていた。

「大変申し訳ないのですが…。」

「す、少ないでしょうか!?」


バードックさん慌ててる。そうじゃなくて。


「この国に入国したばかりでして…貨幣価値を教えて戴いてもよろしいでしょうか?」

「そうでしたか。はは。少々取り乱してしまいました。これ以上となるとさすがに下の者の首を縦に振らせるのが難しい。」


言葉足らずが効いてしまった。


「いえ。勘違いをさせてしまい申し訳ありません。」

「いえ。では説明させていただきます。まず一番小さいもの。これがプレウラ銭貨。

一般的に流通しているものになります。そしてその上がプレウラ銅貨。その上がプレウラ銀貨。そして金貨。その上が最高価のプレウラ魔晶貨になります。大体この国の一般的な宿屋で食事付きで1泊銀貨2,3枚でしょうか。」

「ふむ。そうなのですか。」


ホテル食事付きで銀貨3枚ということは、少し安めに考えて一枚1200円ほどか。

魔晶貨一つと金貨たくさん。銀貨と銅貨はそれほど多くはない。

いろいろと数えて…。バードックさんにも教えてもらって分かったのは今貰った額が

大体1000万円ほどの価値ということだ。


「1000万円ですか!?」

「えん?そのようなものはお聞きしたことはありませんが…。」

「い、いえ。失礼。こんなに頂いてもいいのですか?」

「はい。鮮度と状態が良かったので、こちらとしても高い価値で回すことが出来ます。」

こんな大金を持ったことがない。不安だ。こちらは前世で高所得者だったことは無い。

するとバードックさんは口を開く。


「持ち合わせが少ないとお聞きしましたので、使いやすい様に銀貨や銅貨なども入れております。こちらの町でお使いください。」

ありがたい限りだ。


「はい。ありがとうございます。こちらでいくらか預けることなどは可能でしょうか?このようにたくさん持ち歩くのは少々不安です。」

「もちろん。こちらでは銀行業のようなことも行わせていただいております。」

「利用させていただきます。」


銀行に預けよう。タンス貯金は不安だ。日本ほど治安はよくなさそうだからな。


そのあとは情報交換などをし、手持ちが100万ほどになるようにお金を預けた。100万でも大金だが、武器を買いたい。何かと必要になるだろう。

冒険者ギルドにも声を掛けておいてくれるそうだ。

この世は縁で回っている。そう痛感した。

そうして商業ギルドを後にした。

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