第4話 レーデオロ大雨林Ⅲ
「……貴方、何者?」
と聞かれた。
初めての言語だったが、意味は分かった。
素直に答えておこう。
「三条です。」
「サンジョー?…不思議な名前。」
目の前の人物はそう答えた。
こちらから上方、木の枝に立ったままこちらを見下ろすその人物の表情はうまく見えない。レインコートのようなオーバーサイズな服を着て、顔の下半分はパンクなベルト状のマスクで隠している。
すらりと伸びた足はと言えば、ベルトを加工したような、そんな素材でおおわれている。
ブーツは異常に大きい。手袋も少々大きく見える。
目元は確認できるがフードとマスクで表情はわかりづらい。たぶん女性だ。
こちらで人に合ったのは初めてだ。友好的関係を結び、国など人の集まる場所について教えてもらうべきだろう。
武器らしきものは向けられていない。遭難していると、助けを求めるのが一番いいだろうか。
「すみません。実は遭難しておりまして。助けてはいただけませんか?」
誠実に、お願いしよう。
「ある程度は…いいけど…。貴方は何でここに?」
困った質問が来た。正直に伝えても相手を困惑させるだけだろう。
神様曰く、この世界に転生する人はそうそう居ないらしい。転生した人物がいると知らないと考えるべきなのだろう。
呪いは一般的に認識されていると聞いた。
誰かに騙され、呪いで記憶を消されて捨てられたと捉えてもらうべきだろうか。
「わかりません。気づいたらここにいて。記憶が無いんです。」
「名前はわかるのに?」
あ゛…そうだった。名前だけ思い出せた設定にしよう。
「名前しか覚えていなくて。思い出せたのはそのくらいです。」
「…そう。」
「…はい。」
「……。」
「……。」
話が続かない。
神様から思考を読まれていた時と違ってこれはこれで話しづらい。
少々無口な方なのだろう。こういう人に限って良い人だったりするのだ。
「…で。服、着ないの?」
いやん。全裸だった。
隠すところを隠して言う。女性に全裸を見られているのが何とも…。
「先ほどモンスターに襲われまして、上着以外がなくなってしまいました。その上着もどこにあるかわかりません。」
「知ってる。見てた。」
知ってたんかーい。
てか見てたのか、助けてくれてもいいじゃないか。
「そ、そうだったんですか。せめて上着は探そうと思います。どこかわかりますか?」
「うん。…だから持ってきた。」
持って来てくださった。ありがたい。
というよりも、もし俺が死んでいたらパクればいいだけだ。
賢い判断だろう。
お返しいただこう。。
「ありがとうございます。返してもらえますか?」
「…わかった。」
と言って枝から飛び降り、手渡ししてくれた。
蜘蛛さんが少しびっくりしてる。
「ありがとうございます。」
よかった。
ポケットの中にはライターとたばこが入っていた。
喫煙を始めてからずっと使っているライターだ。芯は変えているが、もし無くしていたなら少しショックだった。
少し安心して、改めて目の前の女性らしき人を見る
随分と背が高い。
175センチの俺よりも高い。180後半あるのではないだろうか。
元の世界では、ヒールを履いて少し背の高い雰囲気の女性は多くいたが、それよりも本物の背の高さを覚える。
少し見下ろされてる感じが何とも嬉しい。
ジャケットは羽織ったが逆に変態度が増してしまった。
何か着るものなどはお持ちではないだろうか。
「非常に申し訳ないのですが、何か上下で着ることのできるものはお持ちではないですか?もしよかったらお貸し頂きたいのですが。」
女性にこのようなお願いをするのは申し訳ない。助かったら新しいものでも、なんでもお返ししよう。
「ある。…別にいいよ。」
「すみません。本当にありがとうございます。」
目の前の女性は背中に背負ったバックパックの中をがさがさと探り、衣服を渡してくれた。
ふつうの服だ。脇の部分から袖までが少し大きい。身長も高いことからブカブカだ。
返すことは無いだろうが、汚さないようにしよう。
いい香りがする。むふふ。
服を着て、彼女に向き直る。
「助かりました。この礼はいつか必ず致します。」
「うん。」
とりあえずここはどこか聞いてみよう。
「ここはどこでしょうか?」
「ここはレーデオロ大雨林の北部。比較的外に近い。」
レーデオロ大雨林か。通りで雨が止まないわけだ。
「えっと貴方…はどうしてここに?」
「リンネ。リンネ・ルーフォン。ここから少し遠くの平原から採集のために来た。」
リンネさんか。覚えた。
物資の採集ということは換金目的か、或いは薬品などの材料といったところだろう。
「素材は集まったのですか?」
何か手伝えることがあったら手伝いたい。良くしていただいたのだ。
「一応。けど、少しお願いがある。」
良かった。手伝えることがありそうだ。
「なんでしょう?私ができることならお手伝いいたします。」
「さっきのモンスター。レーデオロトードの唾液が少し欲しい。」
ローションをご所望だ。えっちだなぁ。致死性だけど。
あるのは丸ごとの胃袋。代わりのものとして受け取ってもらえるだろうか。
「すみません。先ほど解体してしまいまして。唾液ではなく胃袋…胃液であればあるのですがどうでしょうか?」
「いいの?」
いいよ。助けてもらったんだ。これくらいあげましょうとも。
「はい。こんなものでよければ。」
「でも…それ高価いよ?」
そうなの?腐食性やばかったからかな。
しかし、今これは俺の手元にあっても宝の持ち腐れだろう。
物は必要な時、必要な人が手にするべきだ。
「構いません。自由にお使いください。」
「そう?…ありがとう。」
と言ってリンネさんは受け取ってくれた。
胃袋を直接手渡すのはなかなかシュールだ。グチャリと音がした。
その後リンネさんは自身で持っていたであろう、ガラス瓶にローションを移し替えていた。ガラスを加工する技術があると分かってよかった。この世界の技術水準はある程度高いものと伺える。さすがに前の世界のPCやスマホなどの技術までは無いと願いたい。
20代後半に差し掛かってからは新しい技術についていくのがやっとだったから。
さて。
「リンネさんは今後どうされますか?」
「とりあえずプレウラ王国に戻るつもり。」
プレウラ王国か。
そこまでご同行させていただきたいものだ。
「ご一緒しても大丈夫ですか?道中などの盾と思っていただけたら…。」
相手を尊重して。営業の時を思い出すんだ。
するとリンネさんは表情をまったく変えずにじっと目を見て答える。
「…あなたの種族は歓迎されにくい。それでもいいなら。」
Oh…。
「人類お断り」なんて入口に描いてあったら悲しい。
しかし、行く当てがない。
孤独の中で生きるのは難しい、けれど集団の中でも生きづらい。
孤独を好む人間はいるが、孤独に耐えることのできる人間はいないと、誰かが言っていた。
何とか頑張らなければ。
「構いません。ご一緒させてください。」
「…わかった。」
リンネさんと王国行きデートが決まった。
蜘蛛さんも頭の上でうれしそうに跳ねている。こいつはペット化確定だ。
パートナー契約のようなものがあるならば、戦闘と日々の癒しの両面で活躍してくれるだろう。
その後はリンネさんの先導でプレウラ王国へと向かうことになった。
リンネさんは慣れているのだろうか、木の間をサクサクと歩いていく。
無言がきつい。会話が無くて気まずい。
「やはりあの個体は、希少種ということもあったので強かったのですか?」
それとなく話題を提供してみる。するとこちらを振り向く。
「うん。…強い部類。私は一人では無理だと思う。」
感情の無いような目で、まっすぐとこちらを向いてリンネさんは言う。
綺麗な目だ。琥珀色の瞳の中で薄く光が揺らぐような、そんなものが見えた気がする。
魔力かな。じっと見られて恥ずかしいから見つめ返しちゃう。
「どうりで速いわけです。」
「…知ってたの?」
無知キャラで通していたのだ。うまく返そう。
少し疑われているのだろうか、3度目は無い様にしよう。
「いえ。あの前に遭遇した同種のものと比べると格段に速い気がしまして。」
「…そう。」
変に会話をしない方がいいのかもしれない。リンネさんも迷惑そうだ。
こんな時、神様印の読心術があればよかったのだが…。
いや、心を読まれるプレイも非常に悪くなかった。
あれはあれで良い。
恥ずかしいのは気持ちいい。
などと考えていると視線をそらしてリンネさんが口を開く。
「先を急ぐから。早くして。」
「はい。」
遅いと怒られてしまったようだ。
つべこべ言わずについていきましょう。
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