第38話 報い

「てお……?」


 その名を呼ぶ声が震えていた。


 さらに震える腕で、テオを抱き起す。


 浅い呼吸を繰り返して、赤い血が噴き出すように止めどなく流れ続けて、それは手で押さえても、止まるものではなかった。


 力無く微笑むテオが、私の頰に手を伸ばす。


「これ以上は、キーラの傍に、いられない……」


 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。


「やだっ……」


「愛してる。キーラ」


「やめて。最期の別れみたいな事を言わないで」


 それ以上テオの言葉を聞いていると、ソレを認めないといけなくて怖かった。


「恨みも、何もかも、全て忘れて、静かに暮らせ。リュシアンが、助けてくれる。生まれてくる子が、ギフトを、もってるから、心配するな。大切に、してやってくれ」


 最後のは、私の横にしゃがみこみ、必死に止血処理を行おうとするリュシアンに向けて言って、それにリュシアンは歯を食いしばって、頷いて答えるしかないようだった。


 リュシアンが、この傷が致命傷だと分かっているんだ。


「忘れろ。キーラ。そうすれば、この先辛くない」


 私の頰を撫でて、私の目を見つめてそう告げた。


 それは、とても残酷なことだ。


 かぶりを振る。何度も、何度も。


「忘れるなんて無理よ。イヤ。貴方がいないと、私は」


 生きていけない。


「目を閉じて、寝て起きたら、悪い夢を見ていたと、そう思えるから」


「待って、テオ。私は」


 テオは、私の目をその手で覆った。


「寝ろ。忘れろ。辛いことは終わる」


 その途端、急激な睡魔に襲われて、寝たくないのに、意識は薄れていっていた。


 膝の上には、テオの体温を確かに感じていた。


 そして、テオが最期に、私のお腹を慈しむように撫でていた事も、その手の体温も感じていたのに。


 私の記憶に、この先残る事は何一つなかった。


 これは、報い。


 沢山の人を犠牲にした上で、幸せになろうとした報いだ。


 唯一人愛した人を失い、愛してくれた人との記憶すら失うことは、私に対する最大の罰だった。





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