第37話 狂気


 扉をあけた瞬間、異様な空気が流れこんできた。


 生臭く、尚且つ鉄錆のような異臭は、本能的な恐怖を呼び起こす。


 暗闇から浮かび上がるように、目の前には連れて行かれたはずのローザが立っていた。


 視線を下にやると、血をポタポタと滴らせた小剣を携えている。


 思わず、後退った。


 何故、非力な腕のローザが、そんなモノを持っていられるのか。


「私が1番じゃないとダメなのに、なんで、なんでなの?」


 ふらふらと、ローザは、狂気の光をその目に宿して私に近付いてくる。


 数歩下がったそこから、足が床に縫い付けられたように動かない。


「お姉様が結婚だなんて。この私を差し置いて」


 その手に握られている、血塗られても尚冷たい光を放つものが、両手に持ち直されて、切っ先が私に向けられた。


「キーラ!!」


 テオの声に、咄嗟にお腹を庇う。


「アンタが、幸せになれるわけないのよ!!この、卑しい血のお前が!!」


 ローザが足を踏み出して、


 それと同時に、後ろから腕を引かれた。


 その瞬間に私が見たのは、口元を歪めて笑うローザの正気を失った顔だった。


 私に向けられていたはずの小剣は向きを変え、


 その光景を、酷く、ゆっくりと、見せつけるように視界は捉え、


 切っ先が、テオの胸に体当たりするように突き刺さっていた。


「お姉様の1番大切なものを、私が奪ってあげるわ」


 ローザのそんな声が遠くに聞こえた。


 テオは床に崩れ落ち、その下には赤いものが広がっていく。


 ローザは、リュシアンが取り押さえて、そして騎士に今度こそどこかへと連れて行かれていた。


 姿が見えなくなっても、笑い声が響いていた。


 いつまでも、いつまでも、狂気に満ちた笑い声が響いていた。


 ローザの声だと気付けないほどの、狂人のものだった。


 一連のことはすべて目の前で起きた事なのに、どこか遠い場所での出来事のようで、でも、身体はガタガタと震えて、悲鳴すらあげることはできなかった。


 何故、これを、私のギフトは、知らしめてくれなかったのか………


 この悲惨な結末を……


 でも、


 それは私自身が願ったことだった。


 これ以上怖い事を見たくないと、蓋をしたのは私自身だったのに……



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