第11話  雁字搦め

 お正月まで、私の心の死のカウントダウンの時間までがあっと言う間に流れていく。



 よく死ぬ前に置いじゃない。

 死ぬ前に走馬燈が見えるって。

 でも当の私にはその走馬燈らしきもの何て見える訳もなくと言うか、見たり感慨に耽る心の余裕なんてモノは既に私の精神世界において存在しない。

 ただ毎日毎時間毎分毎秒までもがカチカチと刻むが如く、息は上がり当に瀕死状態を迎えているだろう私の歩みを一切止める事を許さず、また死んで尚まだ動け、働けと言わんばかりにじりじりと確実に追い詰められていく。



 その姿は想像するにきっとゾンビの様だったと思う。

 きっとバ〇オ〇サードに出演しているゾンビ顔負けの存在感だった事だろう。

 張り付いた仮面の様な笑顔を湛え仕事をし続けても満足な休憩すらもない状況。

 食事何て何が何処へ入ったのか、またあるいは食べる事も出来ないのに何故か空腹である筈なのにその空腹感さえも感じなくなっていた。


 喉が渇けば流石にだ。

 そっと、そこは瞬足で休憩室へ入れば通勤途中のコンビニで買ってきたお茶を一口喉を潤すと、また元の仕事へと戻っていく。


 この頃の体調は身体中が鉛の様に重くて仕方がないと思うのに、何故か実際に動いてみれば不思議と重くは感じない。

 いやいや元々身体はそれなりに重い。

 だが疲労困憊で肉体共に精神が限界に近い……もう振り切れているのかもしれない。

 そこまで色々と疲れていたけれども大量のアドレナリン大放出により私自身の身体の感覚が既に悲鳴を上げていたとしてもだ。

 その効果により私は全く気が付かなかった。

 いや返って変な興奮状態だったのだろうと思う。

 たとえこの危機的状況に私が気付いたとしてもだ。

 きっとこの時の私はその気づきへ蓋をした事だろう。

 そう全てはただ一つ――――。


 もっと頑張らなければいけない。

 もっとこれ以上頑張って一日でも早く正確に仕事を覚えなければっ、仕事が出来ないからっ、全てが上手く回らないのは私の仕事が出来ない所為なんや!!


 それだけしか頭にはなかったし思わなかった。

 それだけ、本当にそれ以外は何も聞こえないし見ようともしなかった。

 与えられた仕事へ真面目に取り組まなければいけないと、そしてこの透析センターにはスタッフが本当に少ないのである。


 だから早く一人前のリーダーとなって動かなければいけない!!



 心の奥底、深層心理の底の底にひっそりと鳴りを潜めてしまった本来の私の意識は、どれだけこの病院より辞めたいと思っていた事だろう。


 土山さんや武井さんがいた頃はまだ良かった。

 それが冗談めいた口調でもだ。

 素直に自分の意志を口に出せていたのだから。

 そして一体何時からなのだろう。

 私自身本心を口に、言葉として発する事が出来なくなってしまったのは……。



 それでも私は歩みを止める事無く最期の瞬間まで到頭とうとう止まる事は出来なかった。

 その先に線路のないとわかっていながらも機関車は直ぐに止まれず脱輪すればである。

 機関車毎倒れぐしゃりと壊れる瞬間まで私は、息も絶え絶えの状態のままその先の先へと進む事しか出来なかったのである。



 


 

 

 

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