第12話  疑問 Ⅻ

「ん? 何や」


 詰め所で雑用をこなす傍らで返事をする藤沢さん。

 私の声掛けに短い返事だと言うのにどうしてなのだろう。

 めっちゃラスボス感が満載なのだけれど……。


 頑張れ私!!

 

「えーっと多分先月だと思うんですけれどね。坂本君が患者さんのエ〇剤を注入し忘れたって聞いたんですけれどそれってどう――――」

「あ? ああアレはもういいんや。別に問題はないで」

「い、いや問題と言うかあれは……」

「それより桃園さん、そんな事よりも患者さんのバイタルとか終わったん? 終わったんなら先生の回診があるからカルテの準備とかもうしてあるん?」


 私の言葉へ被せる様に、そして畳みかける様に次から次へと質問を質問で返す藤沢さんに私はそれらの用意は既に終えてある事を告げれば――――。


「じゃあこの検査の結果を配っておいて。先生に直ぐ行って貰うさかい」

「あ、はいわかりました」


 藤沢さんの背後で回診待ちを先生がしていると言われれば話は打ち切らざるを得ない。

 私は直ぐに検査結果を持って詰め所を後にしようとした時だった。


「ほんま、頼むで……」


 ぼそっと呟く様に発せられた藤沢さんの言葉。

 それからDrが何時もリーダーの背後にある机で仕事をしているにも拘らず、インシデントの事に対しあの余裕の態度は一体何だろう。

 先生にもちゃんと聞こえていた筈。

 寧ろ狭い詰め所だから聞こえない方が可笑しい。

 なのにそこ件に関して先生は何も口を挟まないと言うか、何も言う事が出来ない様な空気感が異常だった。



 喜怒哀楽もだが人の好き嫌いがはっきりしている院長とは違いBチームを担当する飯岡先生はめっちゃ穏やかな性格の医師である。

 私が赴任してもう直ぐ四ヶ月を迎えるけれどもその間彼が怒ったのを見た事はない。

 寡黙で穏やかで、挨拶をすればきちんと返してくれる数少ない人物。

 でも今の二人を見れば上下関係は自ずと見えてしまう。


 まあお医者様は神様だーっていう時代は最早古い訳で、医師や看護師そしてその他多くの医療に携わる従事者とは意見をディスカッションしてなんぼ……である。

 とは言えどの業種も結局はいしまたは歯科医師の許の指示に従う……と言うのが医療界のセオリーなのだ。


 どの様にため口で話す中にも礼儀あり。


 立てなければいけない所で立てられない岡本先生って一体……。


 なのにこの二人の関係性はそれがなされてはいない。

 一応立場的に飯岡先生の指示が反映されてはいるがその背後にはほぼほぼ藤沢さんと言う存在がある。

 決して特別な関係云々ではない。

 ただ単に藤沢さんの独裁状態が飯岡先生の領分を侵入しているだけなのだろう。


 そう、だからあのインシデントも先生へ報告をされていなかった。

 あの日坂本君が藤沢さんへ報告へ行った時もセンターより見えていたのだ。


 藤沢さんの背後にいる飯岡先生の姿を……。


 わかっていて報告を促した。

 ちゃんと先生へも報告し指示を貰える様にと思ったのだがまさかのDr報告スルーに、私は何とも怖いものを感じてしまった。

 

 本当にこの病院はヤバいのかもしれない。

 でもヤバいからと言ってたったの四ヶ月で退職は、流石に次の病院へ面接を受ける際に理由を聞かれてしまうだろう。

 私が何をした訳でもないが、まだこれだけで辞めるには早計だろうとこの時の私はそう判断してしまった。

 

 そう遠くない未来この判断を私が間違いだったと猛省するとも知らずに……。

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