第9話 拒絶
直ぐに医療センターへTelする母。
医療センターの看護師と話しながら私へ一体何錠薬を飲んだのか。
また服用してからどのくらい時間が経過したのか。
何処か異常はないのか……等を布団に包まり一切出てこない私へ何度となく質問する。
ただ質問をしては来るが私は殆どそれについて答える事はなかった。
答えたくない、
何が悲しくてである。
つい数日前まで私は電話の向こうにいる看護師と同じ立場だったと言うのにだ。
たった数日、ひと月も経ってはいない。
なのにどうして私は今こちら側にいる?
つい最近までいや、狭心症を患う前までは透析ではなく外来……救急で患者さんを受け入れていた側の人間だった筈。
自殺未遂を繰り返すブラックリストに載っていた患者さんへ対応していただろうあの頃の私の未来がこれなのか⁉
看護師と会話をしている母をそっと布団の隙間より垣間見れば、無性に悲しくも情けない気分から一気に心がずんと堕ちていく。
一体私は何をしているのだろう。
悲しみや情けなさを感じはしても心が病んでいた私が何をどうする事も出来ないでいた。
心がそこまで病んでいなければきっとこんな事ではいけない。
ちゃんと前を向いて生きていかなくては……と思えただろうがしかしこの時の私はそんな事なんて少しも、心の片隅にも思い浮かべる事はなくただただその場の時間に流されていくだけだった。
そうして私は時間の流れのまま、考える事を放棄し真っ黒なタールの様に粘々した負の感情が私の身体に隙間なく纏わりついていく。
息一つ吐けない程に負の感情は私の心と身体をぐっぽりと飲み込んでいけば、出口のない底なしの迷宮へと堕ちていく。
暫くして電話を切った母は私の傍に座り様子を見る事にした。
気が強く何でもはきはきと話し、昔から優しいよりも厳しくて怖いと感じていた母はぽつりぽつりと悲しそうな声音で話しかけていた。
残念ながら話し掛けられた内容までは覚えてはいない。
でも……印象的だったのは優しくも悲しげで、心から心配している声音で全く返事をする事のない私へ我慢強く語り掛けてくれていた事だけは今も覚えている。
因みに病院への受診も勧められたのだが、多分行けば勿論点滴に胃洗浄がもれなく待っているだろう。
あれは間接的に見ていても辛い処置である。
だがそれよりも何よりもあの日を境に私は白衣アレルギーになってしまったのだろうか。
何故なら白衣を纏うスタッフの姿を見る事。
またこんな情けない姿を見られる事を想像するだけで私の心が猛烈に拒否反応を示したのである。
我ながら何て身勝手な……と思うし思われているだろうがしかしである。
Nsと言う仕事にそこまで矜持を持っていた訳ではない心算だったのに、白衣を纏い背筋を伸ばして仕事をしていた自分ではなく、今のこの自身の欠片もなく背中を丸め泣き暮らしている顔やその姿を同業者にだけは絶対に見られたくはないと強く思ってしまった。
だから受診はしなかった。
副作用も軽い頭痛や嘔気は確かにあった。
でもそれでも意識のある間は決して病院には行きたくはないと思ったからこそ受診を強く拒否をした。
結果体調には問題なく、しかし上手く死ぬ事も出来ないしやるだけ無駄――――それも今となってはである。
この時は馬鹿の一つ覚えの様に絞殺と服薬を何度となく繰り返すのであった。
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