第2話  仕事へ行けない  

 1月2日以降より私は普通に眠る事が出来なくなってしまった。


 それまでは、前日の元旦の夜までは普通に眠れていたのだ。

 自慢ではないが43歳まで一度も不眠へ陥った事もなければ当然眠剤等も服用する必要もなかったのである。


 普通に夜となり布団に入れば直ぐ――――夢の世界へいざなわれた日常。


 学生の頃修学旅行へ行くも皆が興奮して眠れない時でも関係なくだ。

 私は普通に眠れたし電車やタクシーの中でもゆらゆらと、心地よい揺れによってあっと言う間に夢の世界へと誘われれば、幼い頃より隣で座っていた母から『もっと用心深くなりなさい』と何度となく窘められたものである。


 とは言え眠る事が何よりも大好きで、趣味は読書に食べる事と眠る事――――何てそれは嘘ではない。

 そう1月2日の夜までは……。


 昔はよくお休み三秒説……と家族や友人達よりそう呼ばれたりもしていた。

 何故ならそれだけ私は寝つきがすこぶる良く、一度眠れば朝まで絶対に起きる事のない子供であり大人になってもそれは何ら変わる事はなかった。

 だから職場でよく眠剤を服用する先輩や同僚を見るにつけ、私は絶対に死ぬまで眠剤なんてものは飲まないのだろう……と、多分私だけでなく周りからもそう思われていたくらい眠る事に困らなかったのだが!?


 それがである。

 1月2日の夜以降より、どうやら

 

 ただずっと泣いて謝って、布団の中で過ごしていても眠気は一向に訪れずまた食事や飲み物の一切が喉を通る事はなかったのである。

 

 好きな事は美味しいものをお腹一杯食べる事とふかふかの御布団でゆっくりじっくりと惰眠を貪る事を何よりも愛していた私が――――である。


 この日以降その何れもが出来なくなってしまった。

 

 そうして気づけば朝になり当然仕事は――――ある。

 それもリーダー業務。

 お正月故にスタッフの人数も少ない上休む事は決して許されはしない。

 でも朝になり私はある事に気づいてしまった。

 ずっと眠れず食事や飲み物すらも飲めずでも口渇もなければ空腹感もない。

 だがそれだけならばまだよかった。


 そうこの一晩の間で私は人と対面する事すらも恐怖を感じてしまったのだ。


 家族と家の中とは言え部屋より一歩も出ない私の許へ夫が来る事も、そして顔を、視線すらも合わせる事も出来なくて、ただただ!!


 怖くてごめんなさい!!


 その結果また私は布団の中で涙を流す――――。

 

 流石に心が壊れたこの状態のまま病院で働く前に先ず第一に寝室からも出られない。

 だがなけなしの社会人としての矜持と言うのかそれとも……震える手で携帯より連絡をし、普通に休むと伝える筈が電話をかけ呼び出し音が流れる間に心臓はドキドキと煩く打ち出せば、何かがぐわっと胸の中で膨れ上がり感情がどんどん昂っていく。 

 あろう事か感情の制御が出来ないまま透析のプライミングをしていただろう早出の臨床工学技士の男の子が電話へ出たと同時に私の心の中に溜まっていたモノが一瞬で爆ぜ、噛みつく様に怒鳴り一言――――『仕事へ行けない』と言い終えれば、相手の返事も待たずに一方的に携帯を切ってしまった。


 本当に申し訳ない事をしてしまったと、今になって猛省してしまう自分がいる。

 でも何度も言うがこの頃の私は本当に普通ではなかったのだ。

 

 感情が全く抑えられない。

 怒りや悲しみ、悔しさに惨めさ……ありとあらゆる負の感情が綯交ぜとなって一挙に私へと襲い掛かれば私と言う個の存在はあっと言う間に飲み込まれ、私の心は平静を保てなくなってしまう。

 

 後日病院と母との話し合いによりこの日を境に休職扱いとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る