第4話 腹裂き

 二日後。トモグイは駅でハコビヤを待っていた。

「お待たせしました」

「ああ、今日はよろしくな」

 トモグイは特に言及しなかったが、今日のハコビヤはいつものブカブカのコートではなく、おしゃれをしていた。

 清楚な白のワンピースで、髪も綺麗に整えられていた。

「何か言うことはないんですか?」

「そんな装備で大丈夫か?」

「はあ……」

 ハコビヤは溜め息を吐き、トランクを引っぱって改札へ向かう。

 その後をトモグイが追う。

 電車に乗ってしばらく待っていると、扉が閉まる。

 トモグイとハコビヤは対面式の座席に座った。

「で、いつごろハラサキは動くんですか?」

「分からん」

 ハコビヤは意味が分からなかった。

「オトサタからの情報は?」

「オトサタだって万能じゃない。今日この列車でハラサキが犯行を起こすが、いつ頃かは分からない」

「じゃあ終点までずっと乗ってなきゃいけないじゃないですか!」

「そうだ」

 ハコビヤは頭を押さえて溜め息を吐く。

「そんなことにレディを巻き込まないで下さいよ」

「レディ?」

「何故疑問形⁉」

「ハハハハハハッ」

 トモグイは笑う。それにつられて、ハコビヤも笑った。

(全く。何でこんな人を好きになっちゃったんでしょうね)

 ハコビヤはトランクから弁当箱を取り出す。

「お弁当作って来たんですよ。食べてください」

「ああ、悪いな」

 弁当箱の中身はサンドイッチだった。

(流石に難しい料理はハコビヤには無理か)

 サンドイッチは弁当で言えばおにぎりと同じくらい基礎だが、武術で言えば基礎と言うのは奥義とイコールな場合が多い。

 サンドイッチはパンとおかずが同時に食べられ、手も汚れず、冷めていても美味いのだ。

 気付けば、弁当箱一杯に詰められていたサンドイッチは綺麗に空っぽになっていた。

「どうでしたか?」

「……美味かった」

「よかった!」

 ハコビヤはニパッと笑う。

 それが妙に可愛らしくて、思わずトモグイは目を逸らす。

(飯を食ったら、なんだか眠くなってきたな)

 トモグイは欠伸を噛み殺す。

「眠かったら寝てもいいですよ。ハラサキが動いたら起こします」

「そうか? 悪いな」

 トモグイは座席を倒し、目を閉じると、すぐに寝息を立て始めた。

「ふふふ。計画通り」

 トモグイが眠くなったのは、ハコビヤがサンドイッチに睡眠薬を盛っていたからだった。

 今回、ハコビヤには目的があった。それは――

(トモグイさんの寝顔写真を撮る!)

 この時の為に高性能カメラまで用意しておいたのだ。

 パシャリ! とシャッター音が響き、無事にハコビヤの目的は終了する。

 念のために取れた写真を確認すようとすると、トモグイの首の傷が目に入った。

(この傷は痕になるだろうな。もっと私が上手く縫えていれば……)

 トモグイは傷跡が残っても別段気にしないだろう。それが、余計にハコビヤを苦しめる。

(本当は、こんな危険なこと止めて欲しいんですけどね)

 だが、そう言ってもトモグイは殺人鬼狩りを止めないだろう。それに、そんなトモグイはらしくない気もする。

(私はどうしたらいいんだろう……)

 トモグイらしくいて欲しい。だが、危険なことはしてほしくない。だが、殺人鬼狩りを止めさせることはトモグイらしさを失わせることになるかもしれない。

 堂々巡りになってきた思考を止める為、一旦ペットボトルの茶で喉を潤す。

 すると、隣の車両から悲鳴が聞こえてきた。それも一人ではない、連続で老若男女何人もの人間の悲鳴が聞こえてきたのだ。

「トモグイさん! 起きて下さい、始まりましたよ!」

 自分が寝かせておいて申し訳ないとも思ったが、ハラサキが動いたら起こすという約束でもあったし、仕方がないと割り切る。

「ハラサキが動いたか!」

「隣の車両です!」

 ハコビヤが言い切る前にトモグイは貫通扉へ向かう。

 すると、扉が開き、隣の車両から腹部にナイフが刺さった血塗れの男が出てきた。

「大丈夫ですか⁉」

 トモグイが慌てて支えるが、トモグイには医療の知識がほとんどない。

「ハコビヤ、お前はここで被害者の応急手当てをしてくれ」

「でも、それじゃトモグイさんが……」

「俺は負けない」

 そう言ってトモグイは笑いかける。

「分かりました」

 ハコビヤはトランクからトモグイが怪我をした時の為に持ってきていた医療キットを出す。

 トモグイは右手に折り畳みナイフを握ると、右手で貫通扉を開け、隣の車両へ入っていった。


 隣のハラサキがいる車両は酷い有様だった。

 床だけでなく窓ガラスにも血が飛び散り、急所を刺された人たちは虫の息で床に倒れている。

(もう手遅れな人ばかりだ。構っていられない)

 トモグイはもう手遅れな人々を見捨て、ハラサキを探すことにした。

 車両の端まで来たとき、トモグイは違和感を覚えた。

(ハラサキがいない。それに、軽傷者が少ない?)

 ハラサキは腹を狙う為、軽傷者が少ないのは分かるが、流石にこれは少なすぎる。

(ちょっと待て。おかしいぞ、はず……⁉)

 トモグイの頬を冷や汗が伝う。

(ナイフを何本も用意していた可能性もある)

 トモグイは震える手でスマホを操作する。

(だが、奴がハラサキだとしたら、他に車両へ逃げ込んできた奴がいないのも頷ける)

 トモグイはハコビヤに電話を掛けるが、出ない。

(この状況で出ないってことは、出られないってことだ)

 ハコビヤは若いがそれなりに経験を積んでいる。報連相ぐらいは弁えてるはずだ。

 トモグイは全速力でハコビヤの乗っている車両に戻る。

(間に合ってくれ!)

 大慌てで貫通扉を開ける。そこにあったのは――

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