第3話 闇討ち

 翌日の深夜にトモグイは目を覚ました。

(丸一日寝てたわけか)

 吐き気はなく、むしろ空腹でまた倒れそうであったが、流石に血塗れのまま買い物に行くわけにもいかない。

 トモグイはシャワーを浴びて血を洗い流し、洗濯済みの服に着替える。

(上着はどうしようもないな。気に入っていたが仕方ない)

 上着はきっぱりと捨てることに決めると、トモグイは別の上着を着てコンビニに向かう。

 もちろん、拳銃とナイフは持ったままだ。

 家からほど近いコンビニでサンドイッチと炭酸飲料を買い、家路につく。

 そこで、トモグイは視線に気付いた。

(見られてる。数は……一人か)

 警察か別の連続殺人鬼か。どちらにしてもこのまま家に帰るわけにはいかなくなった。

 トモグイは遠回りをして薄暗く人気のない路地に入る。

(さて、ここなら仕掛けてくるか?)

 トモグイが警戒を強めた瞬間だった。

 ブスッ! と音がして、トモグイの太ももに何かが刺さる。

「~っつ⁉」

 トモグイは困惑した。音も、光もしなかったのだ。

 銃であれ刃物を投げるのであれ、光ったり音が出たりするはずだ。それが、なにもなかった。

(改造した無光無音の武器か!)

 暗闇の中で、光も音もなく人を殺す連続殺人鬼。トモグイのデータベースの中でヒットするものが一つだけあった。

(お前か、ヤミウチ)

 連続殺人鬼ヤミウチ。暗闇で暗視ゴーグルと改造ネイルガンを使い、無光無音で敵を殺す。

(だが、お前は必ず近くにいる)

 改造ネイルガンの射程はそこまで長くない。少なくとも数メートル圏内にはいるはずだ。

 太ももに突き刺さった黒塗りされた釘を引き抜きながら、トモグイは反撃の算段を考える。

(次ヤミウチが攻撃してきたとき。そこが勝負だ)

 今回は相手と同じ装備では戦えないが、それは仕方がないと割り切ることにした。逃げるくらいなら拘りを捨てた方が良い。

 トモグイは上着の内ポケットから拳銃を取り出し、右手に構え、左手には折り畳みナイフを握る。

 これが、本来のトモグイのスタイル。

(人気のない暗い道とはいえここは町中。撃てば発砲音ですぐに人が来るだろうな)

 だが、ナイフだけで太刀打ちできる相手でもない。相手は飛び道具を使うのだから、こちらも使わなければ倒せないだろう。

(連射で一気に叩く!)

 トモグイの肩に痛みが走る。

(今だっ!)

 トモグイは釘が刺さった場所と方向からヤミウチの居場所を割り出し、拳銃を構え、撃つ。

 三回の発砲音が響く。

 残りの弾数は二発。何故二発残したのかと言うと、止めの一発と予備だ。

「うぐっ⁉」

 暗闇から呻き声が響く。

(手応えはあったが……どうだ?)

 様子を窺おうと拳銃を下げるが、ガシャン! という音と走る音が聞こえてきた。

「逃がすか!」

 ヤミウチがトモグイを狙っていたのであろう場所には暗視ゴーグルと改造ネイルガンが捨ててあり、血だまりができていた。

(この傷では、もう時間の問題だろう)

 ヤミウチに止めを刺すのを諦め、トモグイは現場から離れることにした。

 自宅に帰ったトモグイは、肩に刺さった釘を引き抜く。

「わざわざ釘一本一本を黒塗りして、光が反射しないようにしてるのか」

 トモグイは釘をゴミ箱に投げ捨てると、スマホを操作してオトサタに電話をかける。

『やあトモグイ。一昨日ぶりだね』

「オトサタ、ヤミウチを重傷にした」

 オトサタはしばらく喋らず、キーボードを叩く音が電話越しに聞こえる。

『止めを刺さないとは、君にしてはヘマしたね』

「向こうから襲って来たんだ。装備も拳銃とナイフだけだった」

『まあ、勝っただけでもたいしたものだよ』

 オトサタはそう言って笑うが、トモグイからしてみれば、英雄たるもの戦って勝つのは当然といえた。

『それより、近々ハラサキが動くよ』

 その言葉を聞いた瞬間、トモグイの思考が切り替わる。

 机からメモとペンを取り出し、スマホは左手に持ち変える。

「いつだ?」

『二日後。場所は電車の中。詳しくはメールで送るよ』

「了解」

 トモグイが電話を切ると、オトサタからメールが送られてきた。

 トモグイはその内容をメモに書き写し、画鋲で壁に貼る。

 トモグイは頭の中で計画を練る。

電車の中と言うのは不味い。民間人を巻き込む危険があるためだ。ハラサキが電車から降りた後で殺すことも考えたが、おそらくハラサキは電車内で犯行に及ぶだろう。被害者が出てからでは手遅れだ。

「助っ人がいるな」

 ちょうど弾丸も三発撃ったことだしちょうどいいと、トモグイはハコビヤに電話をかける。

『もしもし、トモグイさん』

「ハコビヤ、悪いが二日後に一緒に電車に乗ってくれないか?」

『え、それって――』

「ハラサキが動くらしい」

『ああ、そうですか……』

 さっきまでは楽しそうに話していたのに、ハコビヤは急に沈んだ声で話し出した。

『でも私、戦闘とかはできませんよ?』

「ハラサキも素人だ。今回に限っては大丈夫なはずだ。それに、銃を撃つぐらいはできるだろう?」

『まあ、そのぐらいなら』

 トモグイが頼れるのはオトサタとハコビヤしかいない。そして、オトサタは銃すらもロクに撃てないほど戦闘力がなかった。

 消去法的にハコビヤになるわけだ。それにハコビヤなら武器が切れた時の補充には事欠かない。

『では、二日後に駅に集合でよろしいですか?』

「ああ、じゃあよろしく頼む」

 そう言ってトモグイは電話を切った。

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