やがて人類は神話となる
@makkuroK
プロローグ①
「よう、人間」
話しかけてきたのは少年だった。いや、少年のような存在……と言うべきだろうか。
小柄な体に、外国人のような鮮やかな金髪。透き通るような肌と、みずみずしく光る大きな瞳。純白のベールを身にまとって、まるで人間の理想形態のような姿をしたその存在は、俺の体に触れると穏やかに笑って言った。
「お前、神になってみる気はないか?」
※※※※
あれは凄惨な光景だった。
思い出すだけで体が震える。恐怖とか絶望とか、そんな簡単な言葉では言い表せないような光景がフラッシュバックする。
かつてノストラダムスが世界の終わりを予言した頃、俺はまだ子供だった。当時思いつく限りの世界の終わりを思い描いて絶望に浸っていたけれど、実際に目の前で起きた「世界の終わり」はそんなものの非じゃなかった。
地は揺れ、空は割れ、海はひっくり返った。人々は狂い、どこかしこから叫び声や泣き声がうるさく響いていた。もし神とか言うやつが実在しているのだとするならば、人類は神の逆鱗に触れてしまったのだと、誰もが口を揃えて言うであろう天変地異が世界を襲った。
あの時俺は何を考えていただろう……。確か、割れた空から降り落ちてくる無数の隕石を眺めながら俺は……。
「神よ、俺を救ってください。だろう?」
少年は俺が思い出すより先に、そう口にしていた。まるで俺の心を読んだかのように。
そうだ。あの時俺はどうしようもなくて、神に願っていたんだ。生きることに執着している自覚はなかったけれど、あの時確かにまだ死にたくないと。救いの手を探していたんだ。
「流れ星に願いを……なんて、ロマンチックだと思わないか? 人間。あれを人類に広めたのは僕だったりして」
何の感情も持っていないかのように、少年はニコリとも笑わず、無表情で言った。
「人間は貪欲でありながら非力だよ。非力であるが故に、自らの力では成し得ないものを目前にした時、神に祈る━━神に助けを請う。実に愚かだ。恥じらいもなく、救いを天に委ねる」
けれど。と、少年は俺の体から手を放し、その小さな手のひらで顔を覆うと、一気に髪をかき上げた。その瞬間、短かった髪の毛が一気に伸び、体の半分ほどまでに垂れた。
それだけではない。今まで目の前で喋っていたはずの少年が少女の姿へと変わり果てた。
金髪は銀に染まり、瞳は青く灯る。彼女の胸元を見ると緩やかにベールを膨らませていた。
「けれど、その瞬間こそ人間が最も美しく輝くとは思わないかしら」
ワントーン高くなった幼い少女の声が、すっと空気を震わせる。
目の前で起きたことに理解が追い付かず、俺は何も言えないまま少女をじっと見ることしかできない。
夢か幻でなければ説明のつかないような出来事が、しかしはっきりとした意識の中で起きている。
少年から少女の姿に変わったその存在は俺の動揺など全く知らないように言葉を続ける。
「だから私はお前を救ってやることにした。ただの気まぐれだ」
少女はそこでようやくニッと笑った。無邪気に。少しの穢れもなく。
やがて人類は神話となる @makkuroK
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