第2話
「いってきます!」
どんなに忙しくても挨拶はしっかりと。我が家の家訓の中でも最も重要なものと位置付けられている。幼少期には「ちゃんと守らないと鬼に食われる」と凄まれて守っていたものだが、今はもちろん違う。
家から伸びる下り坂を一気に駆け降りる。朝方に吹き抜ける風が耳元を通り抜けるのが、前々から好きだった。この辺りは地形の起伏が激しいため、自分の家のような高台住まいはそれなりにいる。
そして、全体の使いやすさを考えてか、学校や商店街といった人が多く集まる施設は、町の中央の窪地に集まっていた。
その坂道を中腹まで降りた頃だろうか、ちょうど交差点で赤信号を待っていた時、不意に自転車のベルが鳴るのを聞いた。
「おい翔!」
呼ばれた声に従って右の方を向くと、坂道を降りてくる友人の姿が目に留まった。彼は僕の隣で自転車を止めると、歯を出して笑った。
「なんだ、遅刻か? この程度の早起きができないなんて情けない」
小馬鹿にするような口調にも聞こえるが、なぜか憎めない。僕は少しあきれた風に笑う。
「
そう言うと
「はは、相変わらず的確なツッコミなことで」
「相変わらずってなんだよ。いつもこうだろ?」
そう、いつだって僕たち二人はこういう間合いで会話をしてきたはずだ。ムードメーカーとしてみんなを引っ張る鈴原と、ブレーキを行う僕。そういう形の延長線に、今回の文化祭の企画もあったはずだ。
だからだろうか、相変わらずという言葉に違和感を覚えてしまった。事実悠馬のほうも指摘されると、頭にやった片手をそのままに、ポカンとした表情をした。
「確かにな、なんでだろ」
お互いによくわからないままではあったが信号が青になった。
「ま、考えても仕方ない」
不意に悠馬がニヤリと笑う。手をハンドルに戻し、ペダルを大きく踏み込む。それなりの質量のものが動いたからだろうか、風が巻き起こって、思わず目をかばう。
「学校まで競争な! 負けたほうが飲み物おごること!」
そんな言葉が向こうへと遠ざかる背中から聞こえて、
「って、はあ!? 冗談だろ!」
そう言いながら僕は駆け出す。あいつなら本気でおごらせかねない。
前を駆けていく自転車の姿を追いかけながら、空気を切っていく感触をどこか楽しんでいる自分がいる。
こうして始まっていく日常は、これから始まるほんの少しの非日常を予感させて、少しだけ胸が高鳴った。
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