六章-03 「私はエリス・ロサ。何の力も持たない、ただの少女よ」
シルヴァには、人間の見分けはほとんどつかない。ルネやアーメ、魔力や他の力を持つ人間は気の流れで見分けがつくが、ただの人間は本当に見分けがつかない。
特にエリス・カサンドラとエリス・ロサは、魔力や存在そのものが限りなく近いのもあってシルヴァにはほとんど同じようにしか見えなかった。だから、エリスに好意を寄せたのだ。
もう何百年も同じひとを愛してきたから。
もう何百年も同じひとに従ってきたから。
今までと同じようにエリスを愛した。エリスが二人いることに疑問を持ったこともなかった。
それでも、とシルヴァは思う。二人のエリスの違いなんて、シルヴァには判らないけれど。
「あなたのあんなに無邪気な顔を、僕は初めてみたんだ、エリス」
そう、そっと声をかけた。エリスが振り返る。
たったいまエリス・ロサを殺せと命じた口が、嘆きを祈った口が、僅かに震える。絶望にまみえたように。
ふと、世界がルネのものではないのだと気づいたように。
「だめよ、そんなのは。殺してしまえば、多少無理にでも同化できるわ」
エリスは言った。頑是ない子どもに戻ったみたいに。
「だって私は、死んでしまうもの」
エリスは言った。聞き分けのない子どものように。
「人は生き、人は死ぬ。それが人間だと言ったのはルネよ」
エリスが言った。傲然と首を上げて、エリスを非難する。
「例えあなたがこのまま生きたって、いずれ死ぬとしても! 私はルネの友人だし、ルネの友人は私だけではないのよ」
エリス・ロサは。
エリス・ロサは。
何の力も持たない、ただの少女は、ふわりと笑う。
「あなた何百年も生きてきたわりに、そんな簡単なことも判らないままだったのね。お母さん」
そろり、とローファーが鏡の破片を踏んだ。
じゃりりと音が鳴る。そのまま、足を踏み出す。
最初はそろりそろりと。それから堂々とした足取りになって。
もう自分に迷いはないというように。
「人間ってそんなものよ。人生ってそんなものよ。私みたいな子どもだって知っていることだわ」
すっと、エリスは手を差し出した。救いを求めるように、救いを差し出すように。
「だから一緒に生きましょう、お母さん。私はエリス・カサンドラではないし、あなたはエリス・ロサではないけれど。同化することはできないけれど、一緒にいることはできるわ」
胸を張って、エリスは言った。手を差し出したまま。
「私はエリス・ロサ。何の力も持たない、ただの少女よ」
根気強く、差し出された手に。
そろり、と本当に弱々しく手が重なったのは、数分後のことだった。
人外イケメンにいきなり嫁呼ばわりされました( #いき嫁 ) 伽藍 @garanran @garanran
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