六章-02 「私はエリス。私はエリス・ロサ。争いを終焉に導くものよ!」

 エリスは、屋敷に足を踏み入れた。

 前回は、足を踏み入れただけで気を失ってしまった。今回は身構えているからか、別の理由からか、そんなことはなかったけれど。

 正面に玄関があり、入るとホール状になっている。螺旋状の階段を、エリスは躊躇なく上った。予感があった。

 屋敷の中は板張りで、手入れがされていないのかところどころ床が軋んだ。ところどころにあるランタンのような形の電灯も、点いたり点いていなかったりで屋敷の中はひどく暗かった。

 階段を上ると長い廊下が続いている。その、一番奥。

 予感があった。

 がそこにいると。

 慎重に、けれど足早に進む。廊下は暗い。不安定な明かりに照らされて影が前後する。

 予感があった。

 ならきっと、そこにいるだろう。

 長い廊下を渡りきる。奥の扉を開ける。

 そこには、荒れ果てた部屋があった。

 破れた窓にカーテン、音を立てて明滅する電灯。けれど、それ以上に。

 天蓋つきのベッドの上、そこにがいた。

「――ぁ、」

 くらり、と視界が揺れる。私だ、と思った。

 私がいる。そこに。

 私はベッドに腰かけている。長い、長い、赤い髪をそぞろ流すままにして、黒いワンピースを着て。

 私は、

「違う!」

 エリスは叫んだ。エリスが顔を上げる。

「こんにちは、可愛いエリス」

 エリスが微笑む。ひどく壊れた、美しい笑みだった。

「こんにちは、憎らしいエリス」

 エリスが微笑む。何もかもが詰まらないというように。

 ぞろり、とエリスが動いた。

「戻ってきてくれると思っていたわ」

 エリスが首を傾げる。違う、エリスではない。カサンドラだ。

「あなたは誰」

 エリスが問いかける。違う、エリスではない、ロサだ。

 そんな簡単なことすら、判らなくなりそうだった。エリスが対峙する。

 エリスの佇む隣には鏡があって、ほとんど原型を留めないほどに割れていた。まるで内側から割れたみたいに。

 足元に鏡の破片が散らばっている。ローファーで踏めば、じゃり、と音がする。

「私はエリス。争いを喚ぶもの」

「いいえ、私はエリス。争いを終焉に導くものよ」

 ほとんど意地のように、エリスは言い返した。エリスが近づいてくる。

 否、エリスが近づいているのか。どちらがどちらかも、もう判らない。

 だってエリスとエリスは、一緒だ。ずっとそうやってきた。

 私はあなたで、あなたは私。そうやって、もう何百年も。

 けれど、だって。

 あなただって、もう満足していたでしょう――。

 同じだ。ロサも、カサンドラも。だって友人は、エリスを求めてくれた。

 だからずっと、何百年も。

 けれど、だって。


「私はエリス。私はエリス・ロサ。争いを終焉に導くものよ!」


 祈りじみて、エリスはそう言った。

、」

 それは決別だった。自分との決別だった。母との出会いだった。

 長い、長い、日々は――それでも確かに、エリスの心を癒やしたのだ。

「私とお母さんは違うわ。エリス・カサンドラ」

 エリス・ロサはそう言った。真っ直ぐに向き合えば、エリス・カサンドラは怯えたようだった。

「エリス、エリス。可愛いエリス。私のエリス。私そのもの」

 それは、母のように。

 それは、姉のように。

 それは、友のように。

 それは、自分自身を愛するように。

 エリスはエリスを愛し、ともに生き、最後に同化する。エリスはエリスであり、エリスはエリスの全てだった。

 その、当たり前みたいな前提を、エリスは否定した。

「あなたと私は違うわ、エリス・カサンドラ」

 その、当たり前みたいな事実を、エリスは宣言した。

 母は母であり、娘は娘であるという、簡単な真実を。

「シルヴァ、シルヴァ。私の愛しいシルヴァ」

 呼びかけたのが自分だと、一瞬エリスは錯覚した。呼びかけたのはエリスだった。

「エリス・ロサを殺しなさい」

 そう、叫ぶように嘆いた。まるで自分自身を殺すように。

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