五章-04 「人間に敵も味方もないでしょう、ばかもの」

 エリス。争いを呼ぶもの。


「難儀だなあ、君も」

 意識を失ったエリスを安全な場所に運ぼうと抱き上げた瞬間、シルヴァは笑いを含んだ声をかけられた。

 美しい。あまりに美しいアルト。振り向かずとも判る。

「……ルネ」

「やあ、エリスは元気? その様子じゃあ――」

 シルヴァの顔色を見とがめて、眉を上げる。道化るように。

「あんまり良くはなさそうだ。エリスは同化を終えたらすぐに死んでしまうものね。同化が近いということは、エリスはそろそろ限界だということだ」

「ルネ、あなたは」

 言い咎めようとして、言葉を失った。ルネがひどく、穏やかな顔をしていたからだ。

「エリスを失うことが、恐ろしくはないのか」

「もちろん、恐ろしいとも。何しろ私の一番の友人だもの」

 くるり、とルネがその場でターンする。まるでそこだけが、舞踏会のようだった。

「けれどそれって、普通のことでしょう。人間たちはみな恐れて、怖がって、けれど最後は必ず経験する。別れってそんなものだ」

「僕たちには逃れる術があるのに?」

「ロサを犠牲にしてね」

 シルヴァが沈黙した。それこそが答えだった。

「ほら、ほら。言い負かされているじゃないの。気が遠くなるほど長い間、エリスに付き従った君らしくもないな」

「あなたには遠くなるようなもないでしょう」

 シルヴァは言った。ほとんど言いがかりの、子どもの悪口みたいな反論だった。

「何を迷っているの? 君らしくもない」

 ルネが問う。歌うように。

「何を躊躇っているの? 君らしくもない」

「あなたは、……ロサの敵なのか、味方なのか」

 シルヴァは問うた。問いながら、ルネを睨みつける。

 まるで、敵ならば容赦はしないというような強い視線だった。殺気すら含まれた視線を、エリスは一笑に付した。

「人間に敵も味方もないでしょう、ばかもの」

 軽やかに、ルネは切り捨てる。

「ただ私は、気づいただけだ。エリス・ロサという人格が生まれた、それこそが答えだとね」

 偶然じゃないんだよ、とルネは言った。

「その答えを、君だって知ってるんじゃないの」

 シルヴァは視線を逸らした。そのまま、ふいと姿を消す。

 一人取り残されたルネは、小さく鼻を鳴らした。その姿すら、月に照らされて神々しいほど美しい。


「……臆病者め」

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